第21話:家事プログラムの限界と人間味
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1. 嵐の静寂と心臓の駆動音
ミスト日本支部による総攻撃が終結してから、三日が経過した。セーフハウス「メゾン・ド・バレット」の庭は、M.A.の事後処理班によって完璧に修復され、洋館の外観には、激戦の痕跡は一切残っていない。
しかし、メイドたちのサイボーグボディは激しい戦闘の疲労を抱えていた。地下メンテナンスルームでの緊急オペと換装を終えたばかりの者、駆動部に残る微細なノイズと戦う者。彼女たちは、ルナの厳しい司令のもと、肉体的・精神的なリカバリー期間に入っていた。
洋館の廊下や階段からは、戦闘で乱れた調度品を整頓する見習いメイド隊(ネストリング)の忙しい足音が微かに聞こえてくる。
悠真はリビングのソファで、水色のスライミーを膝に乗せながら、平和な日常が戻ったことを実感していた。彼はもう、ただ護られているだけの「護衛対象」ではない。支配力を覚醒させ、メイドたちと共に戦場を支配した「覚醒者」へと成長していた。
悠真の隣では、黒髪メガネのクロエが、いつものようにノートPCを叩いている。彼女の瞳には、疲労の色がわずかに滲んでいた。
「クロエ、無理してないか? まだ身体が本調子じゃないだろう」
悠真が優しく尋ねると、クロエは黒縁メガネを押し上げた。
「志藤様。私の駆動部に微細なノイズが残っていますが、データ処理能力に影響はありません。ルナ隊長から、志藤様の『抑止力安定化のための日常プログラム』の再構築を命じられています。これは任務です」
クロエはそう言ったが、そのノートPCの画面に映し出されていたのは、最新のミストの解析データではなく、『男性が喜ぶ手料理のカロリーと栄養素の完璧なバランス』という表だった。
「今回の総攻撃で、私の『理性的独占』の優位性が崩壊寸前となりました。アリス隊員やメイ隊員といった、感情的な独占欲を持つ者たちが、悠真様の精神的安定に最も貢献するというデータが示されている。……このデータは、私の研究にとって重大なバグです」
クロエはそう呟くと、悠真に顔を近づけ、黒縁メガネの奥の瞳で真剣に見つめた。
「私の愛(独占欲)は、理性的で完璧でなければなりません。そのために、彼らが主張する『人間的な愛の行動(手料理など)』を、データとして再現する必要があります」
「クロエ……それは、研究じゃなくて、単なる嫉妬か?」
悠真の率直な言葉に、クロエの頬が微かに赤く染まる。彼女の理性の仮面が、一瞬だけ崩壊した。
「し、志藤様。それは感情的バイアスです。私の行動は全て理性的です。……とにかく、朝食の準備に移ります」
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2. 家事プログラムの限界と愛のバグ
ルナの司令により、メイドたちは悠真の世話を再開した。ルナは司令塔として、メイドたちの「人間的な感情の揺れ」が抑止力の安定に与える影響を測るため、あえて家事の自由競争を容認した。
「規則を再徹底します。家事プログラムは、志藤様の健康的な日常を維持する上での最重要任務です。ただし、志藤様への奉仕は、隊員間の独占欲を刺激しない範囲で理性的に行うこと。それを破れば、司令塔として厳しく制裁します」
ルナはそう言い放ったが、その理性の裏側には、他のメイドたちが悠真を独占することへの理性的な嫉妬が隠されていた。
だが、戦闘で人間の感情を強く意識したメイドたちにとって、ルナの「理性的な規則」は、もはや通用しなかった。
リビングのキッチン。
小柄なメイが、白いエプロン姿でフライパンを振っている。彼女のツインテールが、リズミカルに揺れる。
「悠真せんぱい! メイ特製のツンデレ・オムライスですよ! アリスせんぱいみたいなカロリーオーバーの愛じゃなくて、メイの愛情たっぷりのお出汁で作った、純粋なツンデレな愛なんです!」
メイはそう言いながら、オムライスを悠真の前に差し出した。しかし、そのオムライスは、お出汁の入れすぎで、ご飯が少しべちゃついてしまっていた。
「あら、メイちゃん。それは任務の妨害ではないかしら?」
公認の恋人役であるアリスが、フリル付きの可愛らしいエプロン姿で、メイのオムライスを横から覗き込んだ。
「メイちゃんのオムライスは、愛情はたっぷりだけど、データが示す通り、水分と塩分が過剰ね。悠真くんの健康を害するわ」
アリスがそう言うと、悠真の前に完璧な形のハート型ハンバーグを置いた。
「悠真くん。こっちは、恋人役の私が徹夜でデータ解析して作った、『公認の恋人の愛が詰まった、カロリー完璧ハンバーグ』よ! 私の愛は、任務の範囲を越えた本物なんだから、こっちを食べて?」
アリスはそう言って、ハンバーグを悠真の口元に差し出した。しかし、そのハンバーグは、完璧すぎて、わずかに焦げ付いてしまっていた。
「アリスせんぱいのなんて、独占欲が強すぎて焦げ付いているじゃないですか! 悠真せんぱいの体調管理は、後輩であるメイの役目です!」
メイはツンデレな怒りを爆発させ、アリスのハンバーグを自分の手作りのオムライスで阻止しようとする。
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3. 母性的な愛情と布団チェックのバトル
その時、金髪ポニーテールのソフィアが、グラマラスな体型を揺らしながら、悠真の部屋から現れた。彼女は、ゆったりとしたスウェット姿だが、その手には完璧にシワ一つない布団が抱えられていた。
「あらあら、皆様。朝から元気ねぇ」
ソフィアは母性的な微笑みで二人を制した。
「志藤様は戦闘の疲労で、心身の栄養補給が必要です。お布団のチェックは、私の母性的な愛情が最も必要とする任務ですよ」
ソフィアはそう言って、悠真のソファの隣に座り込み、悠真の頭を自分の豊かな胸元に引き寄せ、強制的に膝枕を敢行した。
「ルナ隊長も、『母性的な包容力による精神安定の提供』は、任務として容認しているはずですよ。私が、あなたを大人の包容力で癒やして差し上げますね」
ソフィアの言葉は、ルナへの露骨な牽制だ。
「ソ、ソフィアさん! ずるいですよ! それは『母性』じゃなくて、格上の色気牽制でしょう!」
メイはソフィアの「母性的な独占」という逆転技に、顔を真っ赤にして発狂した。
アリスは、ソフィアの膝枕を見て一瞬悔しそうに顔を歪ませたが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、悠真の耳元に顔を寄せる。
「ふふん、ソフィアさん。大人の色気で牽制なんて、古典的よ。悠真くんの『公認の恋人』は私。ルナ隊長には言えないけれど、昨晩、風邪の看病という名目で、もっと進んだスキンシップを許されているのは、私だけなんだからね?」
アリスはそう言って、悠真の頬に音を立ててキスを落とした。
「私が『独占』しているのは、膝枕の場所じゃなくて、悠真くんの秘密の心なんだから!」
アリスの任務を越えた秘密の共有という、進んだ関係性を匂わせる強烈な一撃に、ソフィアの優雅な表情が初めて崩れた。
その隙を突き、クロエがノートPCを抱えて悠真に近づいた。
「志藤様。ソフィア隊員の膝枕は、人間的な感情の揺れを誘発します。私の理性的で完璧なデータ解析こそが、あなたの安定に貢献します」
クロエはそう言いながら、悠真の膝の上にいるスライミーを指差した。
「スライミーは、あなたの心拍数を測る最高のセンサーです。研究という名目で、スライミーの隣で、あなたの心拍数を理性的に計測します」
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4. ルナの理性的な制裁と、愛の証明
四人のメイドたちが悠真を巡って家事バトルを繰り広げ、悠真は四つ巴の独占欲の嵐に翻弄される。
「全員、静粛にしなさい!」
ルナの冷徹な司令がリビング全体に響き渡った。
ルナは戦闘服ではない、普段のメイド服姿だが、そのモノクルの奥の瞳は、理知的な怒りに満ちていた。
「家事プログラムに感情的なノイズを持ち込むことは、任務の妨害です。特に、ソフィア隊員と、有栖川隊員! あなたたちの『愛の抜け駆け』は、見習いメイド隊(ネストリング)の家事プログラムの効率を乱しかねないわ!」
ルナはそう言いながら、悠真の前に立ちはだかった。彼女は、他のメイドたちに向けた理性的な嫉妬を、「司令塔としての使命」という名の下で昇華させようとしていた。
「志藤様。彼らの独占欲は、あなたの抑止力を安定させるための、非効率的で、最も効果的な方法です。ですが、彼らの感情の揺れが、完璧だったはずの家事プログラムにミスを増大させている」
ルナはそう言うと、悠真に背を向けた。
「全員、志藤様への奉仕は、理性的なルールに則って行うこと。でなければ、司令塔として厳しく制裁します」
ルナの冷徹な言葉は、悠真の心に突き刺さった。しかし、悠真はルナの背中に、彼女が抱える孤独な使命と、不器用な愛を感じ取った。
「ルナ……ありがとう。みんな」
悠真は、メイドたちの手作りのオムライスやハンバーグ、そしてソフィアの膝枕から解放され、改めてメイドたちの人間的な感情の揺れに安堵した。
(マヤの裏切りで、俺は友人を信じる心を失いかけた。でも、この子たちは、俺を護るため、俺を愛するために、こんなにも人間的に感情を揺らしてくれているんだ)
悠真は、メイドたちの人間的な側面を愛らしく感じ、サイボーグと人間のギャップ萌えが全開となるこの日常こそが、戦いの後の最大の癒やしだと確信する。
「俺は、みんなのその人間的な優しさを信じるよ。だから、これからも、俺をめぐってたくさん争ってくれ。その愛が、俺を護ってくれているんだから」
悠真の率直な言葉に、メイドたちは顔を紅潮させ、それぞれの独占欲を任務として昇華させるという、新たな決意を固めるのだった。
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後書き
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全50話の戦闘メイドのバトルアクションファンタジーです。ラブコメ要素多め!
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【小説家になろうで月間ラインクイン中】メゾン・ド・バレット~戦う乙女と秘密の護衛生活~ ざつ@竜の姫、メゾン・ド・バレット連載中 @zatu_1953
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