あめのひのパンダ

霜月あかり

あめのひのパンダ

朝からぽつぽつと雨が降っていました。

竹林の奥にある動物園は、いつもより静かです。

パンダのリンリンは、丸い耳をぴくりと動かして、空を見上げました。


「またあめかぁ……おさんぽできないなぁ」


リンリンは少しだけ退屈そう。

けれど、目の前のガラスの向こうでは、カサをさした女の子がひとり、じっとリンリンを見つめていました。


「……こんにちは」


リンリンは竹をぽりぽりかじりながら、首をかしげます。

女の子は小さな声で言いました。

「今日ね、遠足だったの。でも雨で中止になっちゃって。だから、ママと動物園に来たの」


リンリンは、竹をくわえたままうなずくように、こくり。

「そっか。ぼくも、きっと“あめのひ”がすきになれるかも」

そんな気持ちが、胸の中にふっと浮かびました。


* * *


そのとき、雨粒がガラスを伝って、まるで線を描くように流れました。

女の子が指でなぞると、リンリンは中から同じように前足でなぞります。

すると、ふしぎなことに――ガラスに映った二人の線が、まるで虹のようにつながって見えました。


「わぁ……」

女の子が笑うと、リンリンもにっこり。


次の瞬間、ガラスの外にある小さな傘が風に飛ばされていきました。

「まって!」女の子が走り出します。


リンリンは思わず立ち上がりました。

(あぶない!)


けれど、リンリンのいる檻の外には出られません。

それでも、リンリンは大きな声で鳴きました。


「ウォンッ!」


その声に気づいた飼育員さんが駆け寄り、転びかけた女の子を抱きとめます。

「ありがとう、リンリン」

飼育員さんが笑うと、リンリンは安心したように竹をかじりました。


* * *


雨はまだ止みません。

でも、女の子はまたガラスの前に戻ってきて、リンリンを見上げました。

「パンダさん、ありがとう。あのね、雨の日って、いやなことばっかりじゃないんだね」


リンリンは、丸い背中をすこし揺らしてうなずきました。

ガラス越しに見えるふたりの姿は、まるで“ひとつの傘”の中にいるみたい。


その日の夜。

リンリンは小屋の中で、ぽつぽつと屋根をたたく音を聞きながら目を閉じました。

(また、あの子が来てくれるかな……)


夢の中で、リンリンは大きな葉っぱの傘をさして、女の子と並んで歩いていました。

竹林の道は、雨のしずくでキラキラ光っています。

それはまるで、空から落ちてきた星の粒のようでした。


――雨の日にしか見えない光もある。

そんなことを、リンリンはその日、はじめて知ったのでした。

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あめのひのパンダ 霜月あかり @shimozuki_akari1121

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