第11話

 シヅリとスバルさんは同型の新人類ではあるけれど、外見以外は特に似たところがない。

 シヅリは白いものしか食べないというこだわりがあるけれど、白いものならなんでも食べる。大量に食べる。


 スバルさんは私よりも小食だ。最初に会った日からそうだった。

 親睦会であっても食べる量は普段と変わらず、シヅリに押し付けられた餅とサラダをほんの少し食べただけで早々に箸を置いていた。

 レジスタンスの大人たちにとっては当たり前のことなのかもしれない。スバルさんに注意を払う人はいないようだった。


 それとも無理に構うのもよくないと思ってのことだろうか。

 最初は私にも色々と話しかけてきたけれど、なにか察するところがあったらしく今は放っておかれている。

 私だって仕事上必要なこととか、目的がある話ならできる。雑談は苦手だ。

 シヅリだけが大人たちときちんと話ができている。

 大人たちの方はちゃんとしていないかもしれない。例の飲み物が注がれたグラスを手に持って顔を赤くしている。


「今日は大変だったけど外に出たのは楽しかった」


 シヅリたちの邪魔にならないように、スバルさんにだけ聞こえるように囁いた。

 スバルさんは黙ったまま頷き、少し経ってから口を開いた。


「食べた後はしばらく喋りたくない」

「あ、ごめん」


 食べ過ぎて苦しいのか。

 話しかけて悪かったな、と思う。

 いや、それにしても冷たい。

 少しくらい話をしてくれてもよくないか、という気持ちもある。

 言いたいことはまだあるのだ。

 明日、私は都市に帰ってしまうのに。

 息を吸って、吐く。


「うん、休んでいなよ」


 なんでそんなことを言ったのか。

 友達との最後の会話を嫌なものにはしたくないから、だろうか。


「ふふ」


 私の口から小さな笑いが漏れる。

 スバルさんのことをいつの間にか友達だと思っていたことに気づく。

 私にシヅリ以外の友達ができるとは思っていなかった。

 スバルさんは私のことを友達だと思ってくれているだろうか。

 お別れを寂しがってくれるだろうか。

 少なくとも隣に座ることを嫌がってはいない。

 その優しさにまだ甘えていいのなら。

 なにか一つわがままを言うのなら。

 やはり、綺麗なお別れをしたい。

 喋らなくていいことは喋らないまま。

 友達とは一度だって喧嘩をしたくない。


「ふう」


 今度はスバルさんが息を吐いた。

 少しは楽になったらしい。


「明日帰るの?」

「うん、私もシヅリも。仕事があるなら見送りはいいよ」

「そう」


 真珠のような目がこちらを向く。

 なにを考えているのか、少しはわかるようになったつもりでいたけど。

 余計なことは口にしなくていいと思うけど。

 話さなければわからないこともある。


「次はいつ来る?」

「え」


 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。

 そうか。

 帰ればそれまでだと思っていたけれど。


「また来てもいいの?」

「いつでもいい」

「レジスタンスじゃなくても?」

「いい」


 なんだ。

 スバルさんだってまた会いたいんだ。


「ふふ。うん、近いうちに、また」


 シヅリにそうするように、しょうがない人だな、という目をしてみる。

 口元は笑ってしまっている。

 よく見れば、スバルさんの口角も上がっている。

 今は最後にはしないけれど、いつか最後の会話というものがあるなら、こんな風に終わるのがいい。

 ふと、そんなことを思いもした。



 細い緑の胴体がうねうねと動く。

 その先端、幾重にも重なる白い花弁もふわりと揺れる。


「どうですかマザー! マザーの言葉に合わせて動くんですよ! それに後から調べたんですが白いカーネーションの花言葉は『尊敬』だそうです。ぴったりじゃないですか。すごい偶然ですよね!」

「わあ……」


 得意気に話すシヅリを横目で見る。なんだか余計なことまで言っている気もする。

 マザーの像は優し気な微笑みを維持しているけれど。


 結局、マザーに送るロボットは植物型ということになった。白いカーネーションだ。

 本物よりは大ぶりなボディをしている。

 そして動くだけではない。


「マザー、話しかけてみてください。機嫌がいい時は喋るんですよ。名前はウサギです」


 シヅリがろくな案を出さないので私が名付けた。


「あっはい。えーと、ウサギ、こんにちは?」

「こんにちは」


 ウサギはぼそりと応えた。スピーカーが悪いのではない。そもそものボイスサンプルがそんな感じなのだ。

 スバルさんの声を素材にした合成音声なのだが元の雰囲気がかなり残っている。


「私が構築したAIを組み込んでいてマザーの話し相手になれます。マザーとは全然違う思考をするはずですよ」

「なるほど」


 実際のところ、これがマザーにとって嬉しいものか、マザーの友達になり得るものか、私にはわからない。

 私とシヅリがしたいからそうした、というだけのことだ。

 資源の無駄遣いだと思われてしまうのかもしれない。そういう不安もないわけではない。

 私とシヅリからマザーへ、普段からの感謝を込めた贈り物だ。

 それに対してマザーから感謝し返されることを求めているわけではないけれど。

 できれば喜んでほしい。AIの感情が人間のそれとは違うというのは置いておく。


「なるほど」


 マザーはそう繰り返した。


「二人ともありがとうございます。とても嬉しいです。ですが、この子にもう一つ機能を付け加えてもらえませんか? 必要な資材は私から提供します」

「え。いえ、もちろん大丈夫ですけど。どんな機能を?」


 そういう反応は意外だった。そもそも仕事の割り振りは別として、マザーからなにかを頼まれるということ自体が珍しい。


「移動する機能を追加してください。方式、形態はお任せします」

「移動ですか」

「ええ、私の制御下にはないのですから。どうせならとことん自由にしてもらう方が面白いかと」

「面白い……」


 そういうことを言うのも意外だ。

 でも悪くはない。思っていたよりもずっとマザーは感情的に反応している、ように見える。


「しかし移動ですか。元々置き場所はマザーに決めてもらうつもりでしたけど。移動させるならバッテリーも変えて充電ドックも用意した方がいいですね」

「ふむ、ドックの場所は決めておきます。手間をかけさせてしまってすみません」

「いえ、そんな」


 元々好きで始めたことだ。ウサギの製作は楽しかった。ここから手を加えるのもきっと楽しいだろうと思う。

 ただ、思い残すことは一つだけ。


「今日、母の日ですから。そのプレゼントにしたかったんですが、何日か遅れてしまいそうですね」

「いいえ、改造作業中もウサギと話すことはできるのでしょう。今度は私から会話用のドローンを送っても構いませんか?」

「それは、はい、もちろん」


 マザーはしばらくの間ウサギをじっと見つめていた。


「本当に気に入ってもらえたみたいですね!」

「うん、良かった」


 シヅリが耳打ちする。音量は小さいのに元気さは変わらない。器用だと思う。


「マザー、本当にいつもありがとうございます。それでは、また今度」

「ええ、またいつでも」


 通信を切る。

 あれ、と思う。

 いつの間にか端末にはポイントが付与された旨のメッセージが届いていた。

 その数値が妙に大きい。


「なんだろう、このポイント」

「ウサギが気に入ったからか、レジスタンスの手伝いをしたからか、ですかね? 私にも同じだけ来てます」

「そういうつもりじゃなかったのに。いや、レジスタンスの方は元々そういう目的だっけ」


 短期間で色々なものを得た。

 ウサギの筐体にはレジスタンスから分けてもらったジャンクが目いっぱい使われている。

 楽しかったが浸るような思い出でもない。遠い過去のことではないのだ。


 今は今のことを考えよう。

 二人、顔を見合わせる。


「ポイント、なにに使います?」

「私が決めるの?」


 シヅリはいつかの様に力強く頷いた。

 しょうがない人だな、といつかのような視線を返す。


「それなら」


 ほんの少しも考えることなく、思いついたことがある。


「なにか、白いものでも食べようよ」

「いいですね!」


 そういえば、この古い友達とは一度も喧嘩をしたことがない。彼女の性格のおかげなのだと思う。

 シヅリはいつも機嫌がいい。

 今は特に嬉しそうだった。

 私もこういう大人になれればいいのに。

 ふとそんなことを思う。


 これまで将来について考えるということはほとんどなかった。

 得意なことは生まれつき決まっていたし、上手くできる仕事は自然と好きになっていた。

 大人になっても変わらない日々が続くのだと思っていた。

 でも、例えば、チャランゴを弾くことを望んだら。

 マザーはきっと後押しをしてくれるのだと思う。シヅリも深く考えずに賛成するだろう。

 仕事に対して新人類は余り気味だし、スバルさんだって好きにさせているのだし。

 スバルさんが遠くに行きたいのだと話してくれた、あの時の胸騒ぎがなんだったのか。


 今なら言葉にできる。

 語られる夢の光景に心躍っただけではない。

 夢の実現を祈っていただけではない。

 それらも本心ではあったけれど。

 彼女には夢がある、それ自体が羨ましかったのだ。

 今、都市で過ごす日々は楽しいけれど、どこか彼方へ行きたいと思いはしないけれど。

 私にも未来を描く夢がほしい。


「ケーキはどうですか? スポンジが白いのもあるんですよ。イチゴはあげます!」

「うん、いいよ。もらってあげる」


 ああ、でも。

 やはり私は、この今の日々も好きなのだ。

 いつかなにかが変わるのだとして。

 今はただ、それが暖かいものであることを祈る。

 想像もできないけれど、ただ祈る。


 想像できることは実現できる。でもそれは、思い描けないことはあり得ないという意味ではないはずだ。

 かつて、この星にはただ日々が過ぎるだけで世界全てが変わるような力があったのだという。

 知識だけで知ってはいるけれど、本当にそれが訪れた時、私自身がどういう風に感じるのか想像もできない。

 それでも。今ここに私がいるというのと同じくらい、それは本当にあったことなのだ。

 私は祈る。今はなき季節の名を借りて。

 どうか、大人になるということが暖かいものであるように。冬から春へ移ろうように。

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オペレーション・カーネーション 元とろろ @mototororo

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