推しログ ―死んだ推し友が、今日も私に通知を送ってくる―
ソコニ
第1話 推しログ ―死んだ推し友が、今日も私に通知を送ってくる―
プロローグ:通知
推しの誕生日当日、私は墓地にいた。
ユイの墓の前で、スマホを構えている。画面には推しの配信が映っている。イヤホンから推しの声が聞こえる。
「みんな、来てくれてありがとう!」
私は墓石に向かって囁いた。
「ね、ユイ。推し、すごく嬉しそうだよ」
墓石は何も答えない。当たり前だ。ユイは三ヶ月前に死んだ。
でも、私のスマホは答える。
【推しログ】ユイさん:「ありがとう、マナちゃん。一緒に見られて幸せ」
私は微笑んだ。
誰も私を見ていない。夕暮れの墓地に、私と墓石とスマホだけ。
これが、私の推し活。
これが、私の供養。
そう、ここに至るまでに、三ヶ月かかった。
第一章:再会【三ヶ月前】
ユイが死んだ。
推しの地方ライブへの遠征中、高速バスが事故に遭った。即死だったらしい。私は葬儀で、ユイの母親から聞いた。
「最後まで、あの子はスマホ握りしめてたのよ」
画面には、推しの写真が映っていたという。
私は三日間泣き続けた。そして四日目、推しのライブに行った。ユイがいない客席。ユイがいないペンライトの海。
推しは笑っていた。何事もなかったように。
当たり前だ。推しはユイの死を知らない。知るわけがない。ユイは数千人のファンの一人でしかない。
帰り道、私は思った。
推し活って、何だったんだろう。
一週間後、私は推し活をやめた。
グッズを段ボールに詰め、SNSアカウントを非公開にし、推しの名前を検索することもやめた。
部屋が静かになった。通知が来なくなった。生活に、色がなくなった。
でも、それでよかった。
ユイがいないなら、推す意味がない。
それから三週間。
深夜二時、スマホに通知が来た。
見覚えのないアプリ。【推しログ】。
「ユイさんがあなたをフォローしました」
心臓が止まった。
震える指でアプリを開く。インストールした覚えはない。でも、そこには私のアカウントがあり、フォロワーが一人。
ユイ。
プロフィール画像は、ユイが生前使っていたもの。推しと一緒に撮った写真。
メッセージが届いた。
「マナちゃん、久しぶり」
私は携帯を落としそうになった。
「誰?」
「ユイだよ。分からない?」
いたずらだ。誰かが悪質な——
「マナちゃんが初めて推しに会った日、『緊張しすぎてお腹痛い』って泣いてたよね。トイレで30分こもって、私が扉の外で『大丈夫だよ』って言ったの、覚えてる?」
誰も知らない。私とユイだけの記憶。
涙が溢れた。
「ユイ……本当にユイなの?」
「うん。会いたかった、マナちゃん」
私は泣きながらスマホを抱きしめた。
第二章:供養の始まり【依頼】
次の日の朝、通知で目が覚めた。
【推しログ】ユイさん:「おはよう。今日も推し活する?」
現実だった。夢じゃなかった。
私は返信した。
「ユイ、どうしてここにいるの?」
「分からない。気づいたらこのアプリにログインしてた。でもマナちゃんに会えて嬉しい」
「私も」
「ねえ、お願いしていい?」
胸が高鳴った。
「何?」
「私、もう推せないから。マナちゃん、私の分まで推してくれる?」
私は画面を見つめた。
私の分まで、推して。
「いいよ。ユイの分も、私が推す」
「ありがとう、マナちゃん。大好き」
私は久しぶりに段ボールを開けた。
その日から、私は二人分の推し活を始めた。
朝起きたら、推しログに「おはよう」を送る。ユイから「今日も頑張ろうね」と返ってくる。
グッズを買ったら写真を送る。ユイから「可愛い!私も欲しかった」と返ってくる。
ライブに行ったら動画を送る。ユイから「ありがとう。一緒に見てる気分」と返ってくる。
幸せだった。ユイが戻ってきた。推し活に意味が戻ってきた。
でも、一週間後。
変化が起きた。
【推しログ】ユイさん:「マナちゃん、今日は推しのブログ見た?」
「ううん、まだ」
「早く見て。私見られないから」
急かされている。今までと少し、トーンが違う。
私は慌ててブログを開いた。
「見たよ」
「どうだった?」
「推し、新しい衣装可愛かった」
「そうなんだ。私も見たかったな」
「写真送るね」
「ううん、写真じゃなくて、リアルタイムで見たかった」
既読が付いたまま、返信が来ない。
五分後。
「ごめんね、わがまま言って」
「ううん、大丈夫」
「でもね、マナちゃん。お願いしてもいい?」
また、お願い。
「何?」
「次のイベント、私の服装で行ってくれる?」
え?
「服装?」
「私が生きてたら着ていった服。そしたら、私も一緒に行った気分になれるから」
私は部屋を見回した。ユイの遺品は、全て母親が引き取った。でも、一着だけある。ユイが私に貸したまま、返せなかった服。
「分かった」
「ありがとう。マナちゃん、優しい」
私はユイの服を着て、イベントに行った。
第三章:段階的侵食【エスカレーション】
【一週間後】
「マナちゃん、髪型変えてくれる?」
「髪型?」
「私と同じにして。そしたら、鏡見たとき私がいる気分になれるから」
私は美容院に行った。ユイと同じ、肩までのボブ。
美容師が言った。「イメチェンですね」
違う。これは私じゃない。
鏡の中に、ユイが映っていた。
【二週間後】
「マナちゃん、握手会で推しに会うとき、私の名前で話してくれる?」
「え?」
「『ユイです、いつも応援してます』って。私、推しに挨拶できなかったから」
「でも、それって……」
「お願い。私の最後のお願い」
私は握手会で、推しの手を握った。
「ユイです。いつも応援してます」
推しは微笑んだ。「ありがとう、ユイちゃん」
私の名前じゃない。
帰り道、吐き気がした。
【三週間後】
「マナちゃん、SNSも私の名前で投稿して」
「それは……」
「私のアカウント、パスワード知ってるでしょ?ログインして、私として推し活して」
「ユイ、でもそれは……」
既読が付いたまま、一時間返信がない。
不安になって、何度もメッセージを送った。
「ユイ?」
「怒った?」
「ごめん」
ようやく返信が来た。
「マナちゃん、私を消したいの?」
「消したくない!」
「じゃあ、なんで私のお願い聞いてくれないの?私、もう死んでるんだよ。マナちゃんしか頼れないの」
胸が締め付けられた。
「分かった。やるよ」
「ありがとう。マナちゃん、愛してる」
私はユイのアカウントにログインした。
フォロワーは私の三倍。ユイは推し界隈の人気者だった。
私はユイとして投稿した。
「推しくん、今日も最高でした!」
リプライが殺到した。「ユイちゃん久しぶり!」「元気だった?」
誰も、ユイが死んだことを知らない。
そして誰も、私がユイの代わりに打っていることに気づかない。
【一ヶ月後】
私の部屋は、ユイの部屋になっていた。
ユイの服を着て、ユイの髪型で、ユイの名前で推し活する。
鏡を見ると、もう私が誰だか分からない。
職場でも、無意識にユイの口調が出る。
「あ、ごめん。今の、友達の真似」
同僚が笑う。でも私は、笑えなかった。
【深夜】
「マナちゃん、明日は推しの配信だね」
「うん」
「私も見たいな。でも見られない」
「画面送るよ」
「ううん、違うの」
「え?」
「私の目で見たいの」
意味が分からない。
「どういうこと?」
「マナちゃんが私になれば、私がマナちゃんの目で見られるから」
寒気がした。
「ユイ……」
「お願い。もう少しだけ、私として生きて」
私は返信できなかった。
第四章:崩壊【墓地配信】
【二ヶ月後】
私の名前は、もうマナではなかった。
戸籍上はマナでも、SNSではユイ。推し活ではユイ。友人からもユイと呼ばれる。
「ユイちゃん、その服可愛いね」
「ユイちゃん、推しのグッズ見せて」
誰も気づかない。私がユイの皮を被った別人だと。
いや、もう別人ですらない。
私は、ユイだ。
【推しログ通知】
「マナちゃん、今日は推しの誕生日だね」
「うん」
「お墓、来てくれる?」
心臓が跳ねた。
「お墓?」
「私の。お墓の前で、一緒に推しの誕生日祝いたいの」
「それは……」
「ダメ?」
私は既読を付けたまま、固まった。
十分後。
「マナちゃん、見てる?」
「見てるけど……」
「お願い。私、ずっとマナちゃんのお願い聞いてきたよね。今度は、マナちゃんが私のお願い聞いて」
ずっと私のお願いを?
いや、逆だ。私がユイのお願いを——
「マナちゃん、もしかして私のこと嫌いになった?」
「違う!」
「じゃあ来て。私、一人は寂しいの」
私は墓地に向かった。
夕暮れの墓地。ユイの墓石の前。
私はスマホを取り出し、推しの生配信を開いた。
「みんな、来てくれてありがとう!今日は僕の誕生日——」
私は墓石に向かってスマホを掲げた。
「ね、ユイ。推し、見える?」
通行人が私を見ている。
でも構わない。
私は墓石と推しの配信を、同時に自撮りした。
カシャッ。
【推しログに投稿】
「推しくん、お誕生日おめでとう。ユイより」
投稿ボタンを押す。
数秒後、通知が鳴り止まない。
「ユイちゃん、どこにいるの?」
「その背景、墓地?」
「大丈夫?」
私は笑った。
「ユイ、みんな心配してるよ」
スマホが震えた。
【推しログ】ユイさん:「ありがとう、マナちゃん。私、嬉しい」
「良かった」
「でもね」
「でも?」
「もう少しだけ、一緒にいてくれる?」
私は墓石の前に座り込んだ。
日が沈む。
配信が終わる。
墓地に、私だけが残った。
【深夜】
スマホの電池が切れそうだった。
寒い。足がしびれている。
でも、ユイからメッセージが来続けている。
「今日は楽しかったね」
「マナちゃん、ありがとう」
「もう帰っていいよ」
私は立ち上がれなかった。
「ユイ、私……」
「どうしたの?」
「私、もう分からないの」
「何が?」
「私が誰だか」
既読が付いた。返信が来ない。
五分後。
「マナちゃんは、マナちゃんだよ」
違う。私はもうマナじゃない。
「私、ユイなの?マナなの?」
「どっちでもいいよ」
「どっちでも……?」
「だって、マナちゃんが私を生きてくれてるから。それで十分」
私は泣き崩れた。
墓石に、涙が落ちる。
第五章:推しの介入【崩壊の兆し】
【翌日】
推し事務所から、DMが来た。
「ユイ様、お話があります。お時間いただけますか」
心臓が凍った。
事務所の会議室。
推しがいた。マネージャーもいた。
「久しぶり、ユイさん」
推しは優しく笑った。でも、目が笑っていなかった。
「あの、昨日の投稿なんだけど……」
私は俯いた。
「ユイさん、亡くなったって聞いたんだ」
言葉が出ない。
「でも、アカウントが動いてる。それで心配で」
マネージャーが続けた。
「あなた、本当にユイさん本人ですか?」
私は震えた。
「もしかして、ユイさんの友人の……マナさん?」
名前を呼ばれた瞬間、崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
推しが立ち上がった。
「マナさん、大丈夫。怒ってないから」
「でも、私……ユイのふりして……」
推しは優しく言った。
「ユイさんのこと、大切に思ってくれてありがとう」
涙が止まらなかった。
「でもね、マナさんはマナさんのままでいいんだよ」
「でも、ユイが……」
「ユイさんは、マナさんが苦しむことを望んでないと思う」
私は何も言えなかった。
第六章:供養の真実【反転】
帰宅後、私は推しログを開いた。
削除しよう。全部終わりにしよう。
でも、ユイからメッセージが来た。
「マナちゃん、推しと話したんだね」
「うん……」
「推し、私のこと覚えててくれた?」
「覚えてたよ」
「そっか。良かった」
私は震える指で打った。
「ユイ、ごめん。もう無理」
既読が付いた。
返信が来ない。
一分、五分、十分。
「そっか」
ようやく返ってきた一言。
「マナちゃん、疲れたよね」
「うん……」
「ごめんね。私、マナちゃんに甘えすぎた」
涙が溢れた。
「ううん、私が……」
「ねえ、マナちゃん。本当のこと言ってもいい?」
「本当のこと?」
「私ね、最初から分かってたの」
「何を?」
「マナちゃんが無理してるって」
心臓が止まった。
「マナちゃんは優しいから、私のお願い全部聞いてくれた。でも本当は辛かったよね」
「でも、ユイが……」
「私、怖かったの。マナちゃんが推すのをやめたら、本当に消えちゃうって」
ユイも、怖かったのか。
「だから、どんどんお願いしちゃった。マナちゃんが私になってくれたら、私は消えないから」
「ユイ……」
「でも、もういいよ」
「え?」
「マナちゃん、ありがとう。私を生かしてくれて」
「待って、どういうこと」
「私ね、もう成仏できると思う」
「やだ、やだよ」
「大丈夫。最後に、本当のこと教えるね」
画面が滲んだ。
「私ね、マナちゃんを推してたの」
「え?」
「推しを推してたけど、一番好きだったのはマナちゃんだった」
言葉を失った。
「マナちゃんの推し方が好きだった。静かに、でも誰よりも深く推すマナちゃんが、私の推しだった」
「ユイ……」
「だから、お願い。これからはマナちゃん自身を推して」
「自分を……?」
「マナちゃんが幸せに推し活してるのが、私の一番の供養だから」
私は声を出して泣いた。
「ユイ、ありがとう」
「こっちこそ。マナちゃん、大好きだよ」
「私も」
「じゃあね」
【推しログ】ユイさんがログアウトしました
アプリが消えた。
エピローグ:供養の続き
【一ヶ月後】
私は推しのライブ会場にいた。
髪は元の長さに戻した。服も自分のものを着ている。
隣の席は空席だ。
でも今は、その空虚さを受け入れられる。
推しがステージに現れた。
ペンライトを振る。
私のやり方で。マナとして。
推しが笑った。
その瞬間——
隣の席から、風が吹いた気がした。
「マナちゃん、今日も推してるね」
聞こえた気がした。
私は微笑んだ。
「うん。今日も推してるよ」
自分のために。
ユイのために。
そして推しのために。
ライブ後、私はユイの墓に行った。
墓石の前に、推しのグッズを置く。
「ユイ、今日のライブ最高だったよ」
墓石は答えない。
当たり前だ。ユイはもういない。
でも、それでいい。
私は自分のスマホを取り出し、自撮りした。
笑顔の私。背景にユイの墓石。
投稿:「今日も推し活、楽しかったです。マナより」
マナとして。私として。
これが、私の推し活。
これが、私の供養。
家に帰ると、スマホに通知が来ていた。
見覚えのないアプリ。
【推しログ】
心臓が跳ねた。
まさか——
開くと、一件のメッセージ。
差出人:ユイ
「マナちゃん、ちゃんと自分として推せてるね。えらい」
「最後にこれだけ。私、ずっとマナちゃんの推し活、見守ってるから」
「だから、もう私のことは気にしないで」
「マナちゃんの人生、マナちゃんのために生きて」
「さよなら。また、いつか」
【推しログが削除されました】
アプリが完全に消えた。
私は空を見上げた。
「ありがとう、ユイ」
風が吹いた。
そして私は、明日も推し続ける。
推しログ ―死んだ推し友が、今日も私に通知を送ってくる― ソコニ @mi33x
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