エピローグ
第31話 当たり前のひととき
タイム・パンデミックの危機を防いでから数週間後の夜。紫音は町のとある駅に向かっていた。
事件の後処理や事情聴取などでバタついた日々がようやく終わり、久々の休日となったこの日を紫音は楽しみにしていた。
駅に着くと、柱の近くに見慣れた三人組の姿を発見した。すぐに行きたい気持ちを抑え、少し立ち止まった紫音は彼らに見つからないようこっそり柱の裏に回る。そして、話に夢中になっている彼らの横にそ〜っと近づいた。
「それでね。これがもう大変で——」
「うんうん、大変だったね〜」
「うわっ!? いつの間に!?」
葵は思わず大きな声をあげる。紫音はいたずらっぽくウィンクをすると、久しぶりに会う堀越と和泉に手を振った。
「久しぶり〜♪」
「久しぶり、紫音」
「葵から『仕事に追われてた』って聞いてたんだが、元気そうで何よりだ」
声色や表情から見るに、二人も元気にやっているようだと察した。自衛隊の中でも、超自然派に関する件でいろいろ動き回っているという話を聞いていたので、自分と同じく忙殺されているのではないかと若干心配していたのだ。
こうして定刻通りに集まった四人は予約していた居酒屋へと向かった。最初は予約するつもりはなかったのだが、和泉のアドバイスで入れていたのだ。結果は大正解。店の前には人だかりが出来ており、予約をしていなかったら余裕で三十分は待たされていただろう。
席に案内された後、おのおの食べたいものをタブレットで注文する。ちなみに紫音は好物のつくねと甘めのレモンサワーを頼んだ。瞬時にお盆を持ったロボットが登場し、できたての料理が次々に並べられていく。ロボットが離れていくと、紫音はレモンサワーを持ち上げ、乾杯の音頭を取った。
「皆、ひとまずお疲れ様。いろいろあったけど、無事に事なきを得て良かったよ。今日は肩の力を抜いて楽しもう! 乾杯!!」
「「乾杯!!」」
久しぶりのお酒は疲労が抜けない身体にじわじわと浸透していった。そのままつくねも口に入れると、肉の旨味が口いっぱいに広がり、頬が緩まずにはいられなかった。お酒とつくねのコンビだけでも無限に繰り返せそうだ。
しばらく最近の世間話をしながら、運ばれてきた数々の食べ物に舌鼓を打っていた。数十分ほど経ち、話はタイムトンネルへと消えていったロケットについての話題になった。
「それにしても、よくあんな策思いつきましたよね。やっぱ先輩はすごいな~」
酔いが少し回った葵は、ふにゃり気味な顔をしながらつぶやいた。こういうときの葵は普段だったら照れて言わないようなことも平気で言ってしまうから面白い。
「所長が無人タイムマシンについて話してたのを思い出してね。もしかしたらロケットをタイムトンネルへ閉じ込めることもできるんじゃないかってとっさに思いついたんだ。まあ、けっこう博打ではあったけど」
二杯目のレモンサワーを喉に通しながら、紫音はあの日のことを思い返した。あのとき、八雲からの着信がなければ、あんな奇策を思いついていなかったかもしれない。もっと言うと、ロビーで無人タイムマシンについて話していた八雲たちに遭遇してなければ、無人タイムマシン自体思い浮かばなったかもしれない。偶然が重なって生まれた、まさに奇跡と言える案だ。
「やっぱあんたはすげーよ。俺なんか足下にも及ばねえ」
「それなのにひけらかさないんだものね。もっと誇ってもいいんじゃない?」
堀越と和泉は口をそろえて褒め讃えてきた。もう五杯以上は飲んでいる気がするが、一向に酔った素振りが見られないのはやはり特殊部隊員ならではなのだろうか。
「いや、まだまだだよ。研究を進めるたびに、謎は増えるばかりだからな」
紫音はまだ理性が働いている頭で謙遜を示した。
正直なことをいうと、自身でも頭が切れる方だと自負してはいる。が、それをむやみやたらとひけらかすのは好みでなかった。でも、だからこそ、ここまで信頼してくれる後輩や友人ができたのかもしれない。
そう分析した紫音は軽く微笑むと、残り一本となったつくねを頬張った。
かれこれ二時間が経ち、紫音たちは居酒屋を後にした。また近いうちに会おうと約束し、駅前からそれぞれ帰路についた。
明日からはまたいつもの研究の日々が始まる。近々、江戸時代へタイムトラベルすることも決定されていた。当たり前のように研究に励み、当たり前のように人と話を交わす。その『当たり前』が紫音の選択ひとつで崩れてしまったかもしれないと考えると、それらがとても幸せで貴重なことなのだというのを改めて知ることができた。
2115年の夜空は相変わらず少しくすんではいるが、月明かりがいつもより輝いているように感じた。酔った身体を優しく撫でる夜風がとても心地良い。肩まで下ろした青みがかった髪をふっとかき上げ、住み慣れた町の中を軽快な足取りで歩いて行った。
タイム・パンデミック 〜完〜
タイム・パンデミック 杉野みくや @yakumi_maru
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