小さな努力
佐竹健
小さな努力
「きれいだなぁ……」
わたしが歩いていると、周りの誰かがこうつぶやきます。
何がきれいか友達に聞いてみたのですが、彼女が言うには、
「織りたての絹のように真っ白で艶やかで繊細な肌。ぷるんとした弾力のある薄紅色の唇。あ、あとつやつやの黒髪も素敵よ」
と答えてくれました。
そう言ってくれた友達には申し訳ないですが、わたしは自分のことを「きれいだ」とは思っていません。むしろ、醜いとさえ思っています。それゆえに、わたしは見えないところで、小さな努力をいくつもしています。
櫛で髪をとかす。
洗顔後やお風呂上りには化粧水をつける。
寒い時期は、唇がささくれ立たないようにリップクリームを塗る。もちろん手の乾燥を防ぐためにハンドクリームも。ハンドクリームを塗るときは、手全体に塗り、指の末端へと向かうよう優しく、けれども少し力強さも忘れない力加減で。
暑くて日射しの強い時期は、欠かさず日焼け止めを塗ったり、日傘を差したりします。
定期的に脱毛器を使い、毛をなくしていく。
太らないように、食べる量は少なめに。少しでも気を抜いてしまいますと、体重が増えてスタイルが保てませんから。
夜はいつも走る。そして身体はできるだけ動かす。全ては太らないために。ただ、筋肉がつくのも嫌だからほどほどに。
醜い姿になりたくないから。わたしが小さな努力をする理由はこの一言に尽きます。少しでも気を抜くと、シンデレラにかけられた魔法が解けて、お姫様から継母たちにこき使われる不遇な町娘に戻ってしまったように、本来の醜い自分に戻ってしまいそうで怖いのです。そんなわたしの自己満足と不安からの逃避というエゴからやっていることでも、誰かに「いいな」と思ってもらえるのなら、少し誇らしい気持ちになれます。
「気持ち悪りぃ」
「普通こんなことしないぞ」
こんなわたしのことですから、普段している見えない努力の話をしますと、当然心無い言葉をかけられることがよくあります。そうした酷い言葉にも、
「そ、そうだよね。ははは……」
と愛想笑いをして返しています。ですが、本当のことを言いますと、傷ついています。
重たい荷物が持てない。虫が苦手。お化けが怖い。かわいい物が好き……。確かに、わたしは他の周りのヒトとは違う普通から逸脱した人間です。他の周りのヒトができることが、わたしにはできないし、好みもまるっと違う。そりゃ、世間様の「そうしなさい」とか「そうであるべき」という常識からは大いに外れています。それに、人がどう感じるかはその人の自由ですので、あまり強くは言えません。でも、だからといって、心ない言葉をかけられるたびに、いちいちへこたれていてはいけません。嘲りと軽はずみな悪意に負けて、いちいちくじけていては、きりが無いです。わたしのように、世間様の言う「常識」や「そうであるべき」から外れたニンゲンは、見た目は可愛らしくとも、心には自分を貫く覚悟と強い意志があらねばなりません。そうでなければ、わたしがわたしであることなんて、到底できません。だから、心の中だけでも強くあらねばならないのです。
エゴと逃避のために自分を美しく見せようと努力するわたし。世間の常識や固定観念から外れた道を歩むわたし。この世の摂理に逆らってばかりのどうしようもないわたしにも、
「肌白くてきれいだね。お人形さんみたい」
「きれいな唇。リップ何使ってんの?」
「つやつやの黒髪。きれいだなぁ。うらやましい」
「手きれいだなぁ……」
と褒めてくれる人がいます。褒められると、やっぱりうれしい気持ちになります。エゴでやっていることであっても、世間様が「そうしなさい」とか「そうであるべき」と言うことから外れていても、こうして誰かに褒めてもらえるのですから。「ありがとう」の五文字では足りないくらい感謝しています。大好きです。愛してます。おかげで、見えない小さな努力を重ねている甲斐があります。
誰かに酷いことを言われようと、嘲りや軽はずみな悪意に晒されようと、わたしはこれからも人には見えない小さな努力を重ねていきます。自分自身をもっと美しくしていくために。もっと誰かに「きれい」と言ってもらうために。
小さな努力 佐竹健 @Takeru_As1999
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