きみの白猫

芍薬小麦

1

「ねぇー数学つまんない」


 真夏六時間目僕が暑さに悶えていると、隣の華恋が僕の目を見ながら訴えてきた。長い髪。雪のように輝く白い肌に窓から光が差し込む。そんな華恋を僕は軽くあしらう。横目で見る君は構ってくれる人がいなくなり、不貞腐れた表情でノートに絵を描き始めた。


「ちゃんと授業受けなよ」


 華恋に注意し僕は授業に戻る。授業が終わる十分前。なんだか視線を感じる。視線をふと右に写してみると華恋が口角をあげながらこちらをじっと見ている。

 周りは授業に集中しているためクラスはとても静かで、教室にはチョークやシャープペンシルが擦る音が目立つ。華恋は少し僕の方に体を寄せて小さな声で言った。


「授業もうちょっとで終わるんだし、手紙回さない?」

「また?」


 華恋はいつもそうだ。授業終わりになると手紙回しを薦めてくる。

 僕は君より頭は悪くないのに。

 僕が答えを言う前に右の席から紙が飛んできた。華恋はにやにやして僕を見つめている。中には「蓮今日部活あるの? ないなら一緒に帰ろ!」と書かれていた。

 最近は大会なので部活が忙しく、華恋とは一緒に帰れていなかった。


「花火大会も一緒に行けたらいいね」


 手紙の右端に小さく書かれていた


「今日は部活ないよ。久しぶりに一緒に帰る?」

 と答えを書いた。


 「花火大会の日部活休んじゃうか」


冗談混じりで返事を書き、華恋の方に紙を飛ばす。

 華恋は久しぶりに答えが返ってきたと言わんばかりに、驚きながらも、ほくそ笑む。

 僕はその顔を見るのが好きだった。

 普段は年相応の少しクールな華恋。僕の前になると少し子供っぽくなる。

 その時に優しく微笑むその顔が僕には落ち着く顔だった。

 華恋は僕の答えに「まじ⁉︎」と小さな声で言った。僕は優しく頷く。

 華恋は久しぶりに帰れることを知り授業始めのどんよりとした表情はなくなり、笑みが溢れていた。

 ーーチャイムがなり、授業終わりの挨拶をする。今まで静かだった教室は先程の静けさが嘘だったように騒がしくなった。


「あぁ、やっと終わった。なんか今日の授業長くなかった?」

「そんな事ないでしょ」


 えーと言わんばかりに華恋は大きく口を開けた。はいはい。と胸の内でつぶやく。

 靴箱にたどり着き、靴を履こうとしゃがもうとした時、華恋が背後から「わっ!」と思いがけずに驚かせてきた。無表情な僕を見て華恋は、


「つまんないのーもっと驚きなよ!」

 と靴を履き始めた。


 玄関を二人で出ようとし、校門を出た。

 その時華恋が言った。


「蓮、ずっと部活で一緒に帰れなかったでしょ? だから花火大会行けるのかなぁーってずっと考えてて、蓮と花火大会行きたいからさ」


さらっと言われたその言葉。なんだか僕は、胸が熱くなったのがわかった。

 幼馴染の僕ら。かれこれ中二から付き合い始め、何をしても二人で一緒だったが、中三になるとクラスが離れてしまい、それぞれ別の友達もでき,まぁまぁ関わっていたが、前よりは明らかに関わりは減っていた。だけれど高校に入るとクラスは同じで、席は隣。


中三の時は華恋とはあまり話せていなく、高校三年になって急に関わりが増えて、安心する反面少し気まずい雰囲気もあった。

 ーーねぇどうしたの?

 華恋に話しかけられて、現実に戻る。気づいたら彼女の顔は僕の目の前にあった。


「あ、あぁ、なんでもないよ」

「なんか顔赤いよ?」

「え?」


 急に言われて、どういうことかわからなかった。


「はい」


 華恋に鏡を渡された。自分の顔を映し状況を確かめる。僕の顔は真っ赤になっていた。

 普段はクールな華恋。僕の前ではデレデレする。「蓮と花火大会に行きたい」なんて、そんなはっきり伝えられるのは珍しく,僕は驚きながら、わかりやすく動揺していたのだ。


「結構赤いよ? 体調悪い?」


 心配してくれるのはありがたい。けど、はっきり言われて照れちゃった。なんて言えるわけがない。


「大丈夫。大丈夫だから早く帰ろ」


 そう言って僕は華恋の家まで一緒に帰る。

 華恋の家に着くと、彼女は言った。


「蓮さ今日この後に用事ある?」

「え? 別にないよ」

「じゃあちょっと家で遊ばない? 久々だし、二人で遊べるのも今後あんまないでしょ? せっかくだし、ね?」

「いいの?」


 実は華恋の家に入るのはこれで五回目。付き合ってからもう2年以上経つと言うのに。


 華恋の家の中はとても綺麗で清潔感のある家だった。華恋は猫を飼っていて、華恋も僕も大の猫好き。だから毎回触らせてもらうのだが、僕は何故か動物に好かれない。これまでどれだけ引っかかれたことか。

 触るまでもない。近づくだけでシャーと威嚇される。もう慣れたもんだ。

「相変わらず蓮めっちゃ警戒されてるね」と馬鹿にされるようにクスッと笑われた。


「もう一生動物には好かれないわ」


 他愛もない会話をして、外はいつの間に真っ暗になっていた。時刻は六時四十分。


「え! めっちゃ暗くない?」

「こんな長居しててよかったの?」

「全然! めっちゃ楽しかったよ!」

「てことで、帰るね」


 華恋との会話はとても楽しく、親からのメッセージが来ていたのは全く気づかなく、一時間遅れで返信をした。

 玄関に着くと華恋が言った


「わたし送っていこうか?」

「何言ってんの危ないでしょ」

「蓮だって危ないじゃん」

「華恋が危ない方が駄目でしょ」

「ありがとう。じゃあ気をつけてね」


 ありがとう。と一言言って僕はそそくさと華恋の家を離れた。

 次の日、朝スマホの通知を見ると、華恋からメッセージが来ていた。


「今日一緒に学校行ける?」

「行けるよ迎えにいこうか」

「え。いやいいよ蓮の方が学校から近いじゃん。私が蓮の家行く」

「まぁ確かに。七時五十分に来れたら来てほしいかも」

「はーい」


 返事と共に華恋からは猫の可愛いスタンプが送られてきた。

静かにスマホを閉じ、学校の準備始めた。

 時刻は七時五十分前。家のチャイムが鳴った。華恋だ。急いで荷物を持ち玄関のドアを開けるとそこには、ポニーテールの華恋がいた。


「早く行こ!」


 軽快な声で言った。


「うん」


 素っ気ない返事をして家を出た。家を出てから華恋とはゆっくり話しながら学校に向かうと華恋が言った。


「待って時間やばい」


スマホで時刻を確認すると八時ぴったり。校門が閉まるのは八時十分。残り十分。


「ゆっくり喋りすぎたね」


華恋は少し焦った様子で問いかけた。


「ちょっと急ぐか」


 時間はどんどん進み、二人は全力疾走。遅刻しないように急いでいた時。

 道路に黒っぽい猫がいた。猫の前には小さな車一台。彼女は僕に何も言わずに道路に飛び出した。


「だれか! 救急車呼んで!」

「女の子が轢かれたぞ!」

「大丈夫⁉︎」


 僕は理解ができなかった。彼女が今。いなくなったことを。

 僕は何もできずにずっと突っ立っているだけ。涙も出なかった。

 数日後。


 彼女は死んでいた。

 どうか生きててほしかった。

 次の日の朝。なにもやる気が出ない。あの楽しい日常はもう取り戻せないことを知って僕はベッドに潜り込んだ。


 重い足を運びながら彼女が亡くなったあの場所にガーベラを持ってお供えに行く。ガーベラを置いて手を合わせ、帰ろうとした時、近くに小さな白猫がいた。捨てられたのだろう。今は引き取る余裕もないし、そんな元気はない。僕はそそくさと家に帰った。

 ご飯も喉を通らない。なにをしてもやる気が出ない。僕は大の字でベッドに飛び込んだ。


「ニャー!」


 急に目の前に猫が現れた。あの白い猫だ。一言鳴いた後、こちらをじっと見ている。

 小さな手で毛繕いをしている。とても真っ白で雪のようだった。


「お前逃げないんだね」


 ずっと昔から動物に好かれない体質だ。この猫は逃げるどころか、どんどん近づいてくる。こんなに動物を近くで見たのは初めてだ。

 ずいずい近づいてくる猫を触ろうした。


「はっ、あ。あぁ夢か」


 窓を見ると夜になっていた。どうやら寝てたようだ。

 睡眠をとったからか知らないが、不思議なことに、寝る前のあのどんよりさが少し軽くなっている気がした。あの猫のおかげかな。そんなわけないか。


 まぁ。ただの夢だし。


 当たり前だが、何日経っても彼女のことが忘れられない。今までずっと隣にいた彼女がある日を境に急にいなくなってしまった事実が受け止めきれない。


 だが。それと同時に夢に出てきたあの猫もどこか頭の隅にいる。あの夢を見てから二日。時間は経っているが、忘れられないこともあり、彼女が亡くなったあの場所にいた猫の様子をもう一度見に行こうとした。


「流石にいないか」


 猫が捨てられて二日も経っているのに誰かに助けられる以外生きているはずがない。と思っていながらも、その場所まで足を運ぶ。


 現場に着いた。猫は……いた。


 二日前と同じ場所に真っ白な猫がいた。前回見た時は物静かな子だったが今回は何かを訴えかけるような瞳でニャーニャーと鳴き続けていた。連れて帰ろうと決心したが、一体、どうやって持ち帰ろう。


 夢の中に出てきた猫は、僕を威嚇しないで優しく近づいてくれた。でもそれは夢だからだと思った。でもなんだか夢の中と今目の前にいる猫はとても似ていて、違いがわからない。もしかして同じ? ……な訳ない。


 でも考えてる暇はない。


 勇気を出して腕を差し出した。いつもなら威嚇されて引っかかれる……と思ったが、僕の腕の中にすっぽり入ってきた。こんなことは初めてだ。自分の手で動物を触るのは人生初めての経験だった。きっと痩せ細く元気がないから助けを求めたのだろう。


 慎重に抱き抱えて立ち上がった時、猫がニャーと鳴いた。顔を見ると可愛らしい上目遣いをしていた。


 なんだか華恋のように見えた。


 一人で猫を彼女のように大切に抱きしめて家に連れて帰った。連れて帰った頃には辺りは暗くなっていて、少し急足で家に帰る。


「はぁ。色々ありすぎて疲れたなぁ」


 猫に語りかけるように一人で呟いた。猫が無事でよかった安心感があり、しばらく、ぼーっとしていた。

 夕飯などを終えた後、することもなく、今日はとりあえず寝ることにする。布団の中に入ろうとした時、猫が一緒に布団に入り込んできた。


「え⁉︎」


 驚きながらも、その日は疲れていてそのまま眠ってしまった。

 朝起きると、猫がいない。僕は焦った。


いつもなら二度寝するのが今回は飛び起きて家中を探し回った。だが、猫はどこにもいなく、とりあえず落ち着こうと太陽の光が差し込む窓に視線を移すと、網戸にサッカーボールより少し小さいくらいの穴が空いていた。


 もしかしてと思い急いで外に出る。近くのコンビニ、広場、道端、探せるところは存分に探したが、猫は見つからなかった。

 僕は絶望に陥った。


「なんで運が悪いんだろう。彼女も亡くし猫も逃げて」


 一人そう呟き、朝を迎えた。


 僕は猫のことをまだ諦めきれない。でも探せるところは探したし、もう諦めるしかないのかな、と思った。いったんテレビをつけて天気を確認して、それから猫を探しに行こうと、テレビをつけてお天気お姉さんを見ていると、背景に白い猫がいた。真っ白でまるであの猫のようだった。


 嘘でしょ? と多少の希望を持ち外に出て、テレビに映っていた公園に向かう。すると白い何かがいた。猫だ、急いでそれに向かって走ると、それはビニール袋だった。自分の目の悪さを改めて実感し、憎んだ。


一瞬の希望がビニール袋だったと気づくと探すのをやめようかと思うほどだった。けれどまだ希望はある。急いでテレビに映っていた正確な位置を確認してそこに向かう。


 いた。大きな木の前座っている小さな白色の物がいた。恐る恐る近づくと、

 やはり猫だった。あの猫だ。やっと見つけた。安心で涙が出そうだった。

「もう逃げないでね」と猫を抱き抱えて空を見上げる。目の前には大きな木……あれ、見覚えがある。


 そうだ、この公園は僕が華恋に告白をした公園。なんでここに。


「もしかしてこの猫、華恋…?」


 僕はありえない妄想をして気づいたら小さな涙が出ていた。腕に抱いていた猫が軽い足取りで腕から落ち、足元で体を擦り付けてきた。小さな体、涙で滲んでよく見えない。僕は優しく微笑んだ。


 すると一瞬、真っ白なこの猫が華恋に見えた。華恋は優しく微笑んでいた。瞬きをすると美しい華恋の姿は消えていた。悲しいような、嬉しいような。


 家に帰ると、急いで家を出たせいで、テレビがつけっぱなしだった。かなり長い時間付いていたので、番組が変わっていた。動物関係のものに変わっていた。猫を腕から優しく下すと、今まで静かだったのに、テレビを見て、鳴き始めた。


その目は何かを訴えかけるような目だった。頭を優しく撫でると泣き止み、少し口角が上がっているように見えた。


 次の日、いつもと変わらず学校に行くと鍵を忘れたことに気がつく。スマホで時間を確認し、急いで家に戻る。


「間に合え間に合え」


 心の中でそう唱えながら全力で走る。すると、むかいの歩道にあの猫がいた。


「寂しくてついてきちゃった⁉︎」


 そう思ったのも束の間。猫が口に鍵を咥え、横断歩道を横切ろうとこちらに向かって走った時、猫の目の前には小さな車が向かってきていた。


「華恋……あぶない!」


 反射的に猫に覆い被さり、僕は車に轢かれた。


「え⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」

「聞こえますか⁉︎」

「男の子が!」


 意識は遠のくのがわかった。視界は暗く、周りの人の声がうっすら聞こえてきた。


 目が覚めた。


「あぁ、生きてたんだ」


 道路の脇に僕は寝ていた。雨が降っている。早く家に帰らないと。家に向かっている最中誰かに話しかけられた?


「かわいい!」


 小さな女の子が僕を指さして笑顔で見てくる。かわいい?どういうことだよ。声を出そうとした。


「ニャー」


 え。ニャー?


 水たまりでふと反射した自分の顔を見てみた。猫だ。

 僕は猫になっていた。どうすることもできずに、なんだか嗅ぎ覚えのある匂いがする。


 なんの匂いかは思い出せない。

 どんどん歩くに連れて、匂いもはっきりとする。

 たどり着いたのはある公園だった。

 そこには君がいた。雨に打たれ美しい君がいた。

 思い出した。この匂いは君だ。

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