ひたむきで誠実だけど狡い君

宝月 蓮

ひたむきで誠実だけど狡い君

 七月上旬。

 期末試験が終わり、県立音宮おとみや高等学校には開放感が漂っていた。

 そんなある日の放課後。


 シューズが床と擦れる音、不規則な足音、ラケットでシャトルを打つ音、激しいアタックの音、ボールが床に勢い良く落ちる音。

 音宮高校第二体育館には様々な音が飛び交っている。


 そんな中で、女子バドミントン部二年の藤代ふじしろ真白ましろはスマッシュの練習をしていた。

 しかし、真白はふとした時に大きなネットのカーテンで仕切られた体育館中央よりも向こう側に意識が行くことがある。


(あ……。森田くん、今日もサーブ練頑張ってるなあ……)


 真白が見ていたのは、男子バレーボール部二年の森田もりたさとる

 真白と同じクラスの男子生徒だ。


 第二体育館は女子バドミントン部と男子バレーボール部が半分ずつ使用しているのだ。






◇◇◇◇






「森田くん、さっきサーブ練頑張ってたね」

「うん。夏の大会、ようやくレギュラー入り出来たから」

 悟ははにかみ、嬉しそうな様子だ。

「凄いじゃん。おめでとう」

 真白も自分のことのように嬉しくなり、表情を明るくした。

「ありがとう、藤代さん」


 女子バドミントン部と男子バレーボール部の休憩時間が被ったので、真白と悟はネットのカーテン越しに会話をしていた。


「森田くんって、部活が終わった後も残って自主練してたもんね」

「まあね。一年の時からレギュラー入りしてる奴がいて、負けてられないなって思って。俺、身長くらいしか取り柄ないし」

 苦笑する悟を見上げる真白。

 悟は身長百八十四センチあるそうだ。真白とは二十五センチ差である。

「ええ? 森田くん、身長以外も取り柄あるでしょう。真面目に練習頑張ってるところとかさ。私は……森田くんのそういうところ、良いなって思ってる」

 真白は少し頬を赤くして悟から目を逸らす。


 真白と悟は一年生の時から同じクラスだった。

 入学当初は特に悟を意識していなかった真白。しかしバドミントン部に入部して部活に慣れ始めた頃、体育館中央よりも向こう側で懸命に練習するバレーボール部の悟の姿が目に入るようになった。

 最初の頃は頑張っているなと思うだけだったが、悟の真剣さに次第に惹かれていく真白だった。


「ありがとう。藤代さんにそう言ってもらえるのは……嬉しい」

 悟ははにかみながら頭を掻いていた。


 二人の間に少しの沈黙が流れる。

 音楽室がある少し離れた棟からは、真白が普段聞かないような厳かなクラシックらしき曲が聞こえて来た。

 吹奏楽部が合奏中なのだろう。


「あ、藤代さん、そういえば、明後日球技大会だね」

「ああ、うん。そうだね」

 話が変わったことで、真白は再び悟に目を向けることが出来た。


 音宮高校では一学期の期末試験後に球技大会があるのだ。

 二年生は女子の種目がバスケットボール、男子の種目がバレーボールである。


「男子はバレーでしょう。森田くん活躍間違いなしだね」

「まあ、クラスでバレー部俺しかいないから。でも、他の運動部の奴らも動けると思うし、吹奏楽部の朝比奈あさひな小日向こひなたもかなり運動出来るって話だから」

「へえ。じゃあもしかして優勝とか狙えたりするの?」

「さあ? でも、勝ち負けよりもクラス全員で楽しむことが重要だと思う。期末テストも終わったんだし、息抜きにさ」

「確かにそうだね」

 真白は表情を和らげた。

 ふと体育館の時計を見ると、もうすぐ休憩が終わる時間だった。

「森田くん、球技大会楽しみだね」

「だね。じゃあまた」

「うん」

 真白は軽く手を上げ、バドミントン部の顧問の元へ向かった。






◇◇◇◇






 二日後。

 球技大会は第一体育館、第二体育館、第一グラウンド、第二グラウンドなどでおこなわれる。

 各学年、男女で種目が違うが盛り上がっていた。

 第一体育館では二年生女子のバスケットボールの試合が白熱している。

 真白達二年四組の女子生徒は先程試合を終えて休憩時間に入っていた。

「真白、四組の男子、まだバレーやってるみたいだから見に行かない?」

 女子バスケットボール部に所属する友人、長谷部はせべ莉子りこに誘われて真白は「うん」と頷く。

(森田くんが出てるところ、見られるかな?)

 真白は少しワクワクしていた。


 第二体育館では二年生男子のバレーボールの試合がおこなわれている。

「へえ、森田達が今出てるんだ。てか四組負けてるし」

 莉子の言葉通り、現在コートには悟が入っていた。

 しかし、悟以外は文化部で、おまけに運動が苦手そうなメンバーだった。


「そっちよろしく!」

 コート内に悟の声が響く。

 するとヒョロリとした文化部の男子生徒が頑張ってレシーブをした。

 しかし彼は運動が苦手なようで、ボールはおかしな方向へ飛ぶ。

 悟はそのボールを上手くトスし、ネット付近にいる小太りな男子生徒が打ちやすい位置に持って行った。

「頼んだぞ!」

 悟がそう言うと、小太りな男子生徒は戸惑いつつもアタックをした。

 トスの位置が良かったようで、無事にボールは相手コートに入る。

 しかし相手のクラスの連携が見事で、点を取られてしまった。

「ごめん」

「ドンマイドンマイ。でもボール触れたじゃん」

 悟はミスをした生徒を責めることはしなかった。

「森田、さっきボール触らせてくれてありがと」

「うん。さっきのアタック、良い感じだった」

 悟はニッと歯を見せて笑う。

 負けているにも関わらず、コート内の雰囲気は明るかった。


(森田くん、凄いなあ)

 真白はぼんやりと悟を見ていた。

「バレー部の森田が全部ボール取れば良いのに。でも、何か森田も含めてみんな楽しそう」

 真白の隣で莉子は意外そうに目を丸くしている。

「全員が平等にボールに触れるように、全員が楽しめるように森田くんが調整してくれてるんだよ。本当、凄いよね……」

 真白は口角を緩めた。

(森田くんは、バレー部でひたむきに練習して、クラスメイトには誠実で優しい。そういうところが、私は好き)

 その時、真白はコートの中にいる悟と目があった。

 すると悟は真白に満面の笑みを向ける。

(あ……)

 真白の体温は上昇した。

(そういうのは狡いよ……!)

 ぎこちなくなりながらも、真白は悟に微笑み返す。

 その後、悟は先程のように全員が平等にボールに触れられるよう調整しながら球技大会を楽しんでいた。

 真白はそんな悟の姿をぼんやりと見つめる。

「ちょっと真白……!? 顔赤いよ! 大丈夫? 熱中症?」

 隣の莉子は、ギョッとしながら真白を心配していた。

 真白は首を横に振る。

「大丈夫。そういうんじゃないから」

「……なら良いんだけど。暑いから水分取ろうね。熱中症は馬鹿に出来ないからさ」

「うん。ありがと、莉子」

 真白は肩に掛けているタオルで汗を拭い、再び悟に視線を向ける。

(森田くん、ひたむきで誠実だけど……狡い。好き)

 真白はタオルで顔の半分を隠し、顔を赤くしたままほんのりと口角を上げた。


 音宮高校二年四組にクラス内カップルが誕生するまで、あと少し。

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