第8話 本音

 僕の恩人であるその人は、歩みを進めていた。その最中さなか、マントの下からランタンを取り出す。

 ランタンの中には美しい水晶のようなものが浮かんでいた。その人は、ランタンの窓を開け、水晶に息を吹きかける。


 息を受けた水晶は淡い光を放ち出し、突如炎の如く燃え上がった。ランタンの窓を閉めたその人は、ランタンを体の前に掲げると、ランタンの光は周りを淡く照らすだけではなく、道を指し示すかの如く一方向に光の筋を放った。

 僕は目を疑った。これまで非現実的な出来事はいくらでも起こって来た。しかし人は、驚きを前に慣れる事はないらしい。

 

「これは……一体、どういう事なんですか!?」

「……何が?」

「何がって……ありえないじゃないですか!それは魔道具ですよね!?此処では使えない筈です!魔道具や魔法のたぐいは一切!」


 僕達は、生き物の体内を巡るエネルギー源を、魔力と呼び、空気中に含まれる魔力を魔素と呼んだ。

 どちらも、この現世において、当たり前に存在する。どんな生物にも、どんなものにも少なからず宿っているものだ。

 だが、サイハテはそれらがない。魔力の一切を排他した場所なのだ。そのせいか、魔力を使って動作する魔道具や魔法は一切機能しない。それらもこのサイハテが異端とされる所以ゆえんだった。


 僕達は空気中にある魔素を吸収しなければ、魔力欠乏症まりょくけつぼうしょうという様々な症状を発現し、やがては死に至る。その為の魔力吸入器。サイハテに入る必需装備ひつじゅそうびだ。

 だがこの人は、今目の前で魔法のようなものを使っている。・・・・・・・・・・・・・・


「……そうだな」

「そうだなって……!じゃあなんで!」

「…………」


 その人は足を止め、僕の方を振り返った。


「……お前、魔法の基礎を知ってるか?」

「魔法の基礎、ですか?」


 唐突な問いに困惑しながらも、思い返すように考え、僕はその人の顔を見据えた。


「……知りません、けど……」

「……魔法は、イメージや思い込み、思想、感情、心、魂に大きく起因する。呪文を唱えるだとか、魔法陣だとか、ああいうのはイメージを明確にする為の儀式だ。本来魔法はそういうものを使わなくても、使えてしまうものだった・・・・・・・・・・・

「……?……それが、サイハテで魔法を使える事とどう繋がるのですか?」


 その人は再び歩みを進め始め、僕はそれについて歩いた。


「500年前、始まりの皇帝ノアに仕えていた光の精霊使いが、未知のエネルギー源を魔力と定義し、魔力を用いて発現させる現象を魔法と定義付けた」

「そんな話はなんとなく……聞いた事があるような、ないような……」

「……その研究は画期的かつ、現代にも通用する定説となっているが、事実は逆だとしたらどう思う」

「……逆?」

「その定説をあげ、定義付けた事によって、魔力を用いて起こす現象が生まれたのだとしたら」

「……え、え?それって」

「仮の話だ。正直、俺だってよくわかってない。そもそも、これは、魔法なのか」

「…………え?」


 そう告げると、話は終わりだと言わんばかりに、口を閉じ、先を急いだ。僕は置いて行かれないよう、小走りで着いて行く。

 黙ってしまったその人の横顔を眺めていると、なんだか不思議と安心するような感覚に、僕は懐かしさを覚えていた。


「……貴方は魔法が、好きなんですね」

「……どうしてそう思う」

「魔法について詳しいっていうのも理由の一つですけど……。昔、魔法が好きな人に会った事があるんです。その人と雰囲気が似てるなって思って」


 一拍おいて、懐かしむように目を閉じてから、ゆっくりと目を開いた僕は、言葉を続けた。


「本当に魔法が大好きな人だったんです。魔法離れしてきている現状に憂いて、いつも悲しそうに笑っていました」


 何時もなら口にしない胸の内や過去の思い出も、この人の前だと、何故かするすると出て言ってしまう。僕は、身を任せるように言葉を続けた。


「……でも、精霊使いの信用が落ちて来てからは、魔法に対して嫌疑的けんぎてきな人も増えて、その人は肩身が狭くなっていったんです。魔法に対して、真っすぐな人だったから、だから――反感を買うんだ」


 ――あれ?

 僕は自分の喉から飛び出した言葉が信じられず、足を止めた。


「僕……今、なん、て」


 僕は今、彼女に対し、自業自得だと思った?

 無意識の内に沸き上がった負の感情と喉をついて出た言葉に、僕は恐怖を覚えた。


 「ち、違う!僕は、そんな事!僕はそんな事微塵も思ってない!僕は、僕はッ……」


 顔が青ざめると同時に、冷や汗が噴き出すのを感じる。鼓動がうるさい、呼吸がうまく出来ない。僕は胸を抑えた。

 薄く目を開いた僕は、その人に近づき、膝を着きながら縋るようにマントを掴んだ。


「違う、違うんだ、僕は……!」

「何を怯えている。それがお前の本音だ」

「違うッ……!」

「違くない、それはお前のものだ。お前が、お前の心の底に沈めた」

「違うッ!」


 今までにない大声で叫ぶ。空間に自分の声が響き渡った。


「こんな醜い思いを、僕が彼女に抱いてるいだ筈はない!抱いいだて良い筈がない!お門違いだ、こんな事ッ!許せない、あっていいわけないんだ!こんな感情!」


 胸に秘めた思いの丈を、吐露した僕は、力が抜けていく。マントを掴んだままずるずると倒れ込みそうになる僕の腕を、その人は掴んで引き上げた。


「……感情に悪なんてない。存在しなくていいものなんてない」

「綺麗事だ。あっちゃいけないものだってある。サイハテだってそうだ。この世界にあっちゃいけないから、人は、なんとかしようとするんじゃないか」


 そう言った僕の胸倉を掴んだその人は勢いよく僕を引き上げた。唐突な出来事に、僕は目を見開く。

 その人は、芯の通った静かな声で告げた。


 「感情ってのはな、層になってんだよ。お前が吐露した本音、その更に最奥に、そう言わせた原因があるんだ。それに気づかず、発露した感情を醜いと決めつけ、断罪し、己を淘汰とうたする。其れがどれだけ愚かな事か。どいつもこいつもわかってない。俺はそれが腹立たしいんだ、見ててイライラする」


 その人は僕の胸倉を掴んだまま僕を軽く揺する。しっかりしろと活を入れるかのように。


「いい機会だ。今ここで向き合え。正直お前が逃げ続けようが、向き合わなかろうが、俺にとっては如何でもいい。だがな、お前が逃げ続ける限り、お前の苦悩は終わらないぞ。たとえ逃げ仰せたとしても、サイハテは違う形でお前に其れを突き付ける。さっきみたいにな」


 言い終えた直後、空を切る音がしたと同時にその人の横っ面に、白く細い石のような形をしたものが突き刺さった。

 その人の面が割れ、砕ける破片が、目の前をゆっくりと舞う様が見えた。

 勢いのままに倒れそうになった体を、その人は片足で強く踏ん張り体勢を立て直す。ぼたぼたと額から血が流れ、大地を赤く染め上げた。


「屍さんッ!」

「……あ゛ぁ……ウダウダしてたから来ちまったじゃねえか。――この世界の、膿が」


 その人は頭を抑えながら顔を上げた。その人の視線の先には、あの白い怪物達が、群れを成して立っていた。

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サイハテの反逆者 月白 @tukishiro369

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