恋愛とはとどのつまりパチンコである。

八木崎

恋愛とパチンコって似てるよね。



「なぁ、知ってるか? 恋愛ってパチンコと通じるものがあるんだぜ」


 ジャラジャラとあちこちで銀玉――パチンコ玉が奏でる音楽を背景にして男は笑った。

 まるで王子様のような甘いマスク、金保留ばりの金髪に染めた髪。白いシャツを第二ボタンまで開け放った着崩したスタイル。


 誰がどう見てもホストみたいとしか形容しようのないその男。名を九頭見葛葉くずみくずはという。

 ちなみに彼の職業はごみ収集員だ。とても似合わない。もっと他に適職があると思われる。


「例えばさ、こうして無数に打ち出されるパチンコ玉は、人との出会いと同じだと思わねえか?」


「ヘソの入賞口が自分だとして、そこに玉が入って行くだろ? これが出会いって訳だ」


「けど、打ち出した玉が必ずしもヘソに入ってくれないように、この出会いは狙った通りにはいかない。外れていく方が多いだろうな」


「だからこそ、ヘソに入っていった玉は運命的な出会いを果たしたと言えるんじゃねえかな」


 そう言っている間に、葛葉が打つ台に変化が起きる。保留が変化して信頼度が上昇。そしてリーチが掛かった。

 演出は盛り上がり、大当たりの期待が高まっていく。そうして最後のボタンプッシュ。


「……ハズレか」


 しかし、煽るだけ煽っておいて結果としてはハズレ。何事も無かったかのように次の変動が始まるのだった。


「まあ、こういう時もあるさ」


「いくら出会いを果たしたからといって、成就するとは限らないんだからな」


「けど、いつかは結ばれる事もある。それを狙っていくのが人生だろ?」


 そう呟きながら葛葉は台の上に設置してあるデータカウンターに視線を向けた。

 そこには大当たり数0回、現在の回転数810という表示があった。悲しいぐらい負け込んでいるのは明白だった。


 つまり彼の理論で言うと、出会った相手に810回も袖にされてるという事に他ならない。哀れと言う他なかった。

 そしてこのタイミングで機械に入れていた資金が尽き、葛葉はまた新たに1万円を機械の中に通していった。


 これで総投資は諭吉が5人目。そろそろ当てて気分を切り替えたいところだ。


「……結果が投資に見合うとは限らない。これも恋愛と同じかもな」


「時間もお金も心もかけたのに、なにも得られず終わることもある」


「でも、たまに想像を超えるリターンが返ってきたりもする」


「それがきっと恋愛やパチンコの醍醐味なんだろうな」


 葛葉がそう呟いた後、パチンコ台から『ポキュン』と心地よい高い音が鳴り響いた。俗に言う先バレ音というものだ。

 かなり熱い演出だったので、葛葉は自然と期待を膨らませる。

 液晶の画面を食い入るように見つめて、何かが起こればすぐに構えられるように体が自然と前のめりになる。


「このハラハラとさせられるドキドキ感……告白をしてる時みたいだよな」


「信頼度の高い演出が続くから、割と脈ありみたいな反応を見せられている感に似ているぜ」


「けど、結果は最後まで分からない。絶対にイケると思えても、時にはダメなことだってある」


「そうやって何度も期待して、何度も裏切られて。それでも諦められない恋ってのはきっと……」


「大当たりを追い求めるパチンカスとなんら変わらないのかもしれないな」


 そんな事を呟きつつも葛葉の目には期待がこもっている。そして――


「……よしっ!」


 キュインキュインと脳を揺さぶる軽快な音楽。当たったことを祝うかの如く、虹色に光るフラッシュが盛大に炸裂。

 その瞬間、葛葉はグッと右手でガッツポーズを決めた。粘りに粘って勝ち取った念願の当たりだ。興奮しない訳がないだろう。


「ずっと報われない恋でも、いつか救われる瞬間が来る。パチンコも同じだ。それが今この瞬間なのかもしれないな」


「ああ。やっぱりこういうのはいいもんだな。最高だぜ」


「……ただ、当たったからといって、ここで逸ってはアウトだ。恋愛と一緒で、事が終わるまで気を抜いたらいけない」


「単発で終わるような短い付き合いはダメだぜ。長く続かないと意味がないからな」


「さぁ……今回の大当たりという名の恋愛は、いつまで続くんだろうな?」


 そうして葛葉はニヤリと笑いつつ、右手に持ったハンドルを限界まで回す。

 玉が勢いよく台の右側へと打ち出されていき、それから夢のような一時が開始されるのだった。


 ちなみに余談だが、彼は職場の同僚やパチンコ仲間達から『恋の伝道師』という二つ名で呼ばれている。

 彼の独特な恋愛観は多くの仲間から支持を受けており、時に恋愛相談などを受けていることもある。

 そんな彼のアドバイスを受けて成功した者も少なくないとか。 それが二つ名の由縁でもあるのだ。


 ……なお、当人の恋愛歴はというと、あまり芳しくない模様。

 顔は良いがギャンブル依存症気味な性格のせいで振られるケースがほとんどらしい。


 しかし、本人は特に気にしていない。むしろ、これも含めて恋愛だと割り切っている節さえあった。


「そういえば来週には新台が入荷されるんだったけか。そいつとは一体どんな出逢いが待ち受けているんだろうな」


 そんな事を言いながら、今日も今日とてパチンコを打ち続ける葛葉であった。





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恋愛とはとどのつまりパチンコである。 八木崎 @phoenix_yagisaki753

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