第12話
ジン・ラウスはグルグスク大草原に突入せよとの命令を授かった時、思わず深いため息をついた。栄えある強軍、ゼナダ騎兵隊の一員とは言え、魔境として有名なグルグスク大草原を目指すのはよくあることではなかったゆえだ。
「本当に行くんですか?」
「不服か?」
「いや、そんなわけじゃないんですけど。。。」
騎兵隊に所属された時から、この偉大な祖国のために何事も成し遂げてやると決心していた。例えそこが地獄のような戦場であっても雄叫びを上げながら前進する覚悟はある。だが。。。
「隊長。聞きたいんですけど。。。」
「なんだ。」
「今回の任務。。。やる理由はあるんですか?」
ジンの問いに隊長の顔が歪んだ。隊長の岩のような手に捕まり、ジンは人気のない陰まで連れて行かれた。
「ど、どうしたんですか!」
「馬鹿が。誰かがそれを聴いてみろ。お前は即死刑だ。」
「。。。!!!」
ジンが慌てていると、隊長は深く息を吐いた。
「任務内容は聞いたはずだが?パサードの殲滅とその族長の首を確保することだ。」
「それが疑問なんです。パサードなんて、もう世間に噂も流れないほどに衰えた民族なんでしょう?今更殲滅しろと言われましても、あの大草原だとすぐに自然消滅しますよ。」
パサードの名は今や学校の歴史書やグルグスク大草原の話題に一言語られるくらいの弱小民族だ。すでに死地へと追いやって100年近い時間が過ぎている。わざと手を出すまでもないのだ。
「皇帝陛下の命令は絶対だ。我々が考えられないような理由があるに違いない。文句を言う暇があるなら、ちゃんと身支度をしろ。」
「命令には従いますよ。逆らうなど滅相もない。でも、今更って思っちゃうんですよね。。。」
「。。。。。。」
隊長は背を向け歩き出した。ジンは彼に何かを問おうと掴もうとしたが、彼の背中から出る妙な雰囲気に気圧された。
(なんなんだよ、いったい。パサードを手にかけることに意味があるのかよ。。。)
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「大丈夫か?」
「言うもんじゃねぇよ。もう装備がガタついてるぞ。」
仲間が呆れた顔でぶつぶつと不満を語ると、あっちこっちから荒い声が出始めた。グルグスク大草原に足を入れるなど、こうなることを覚悟してのことである。
「俺が狩人とかだったら入口付近でやった猛獣やらの革とかを剥ぎ取ってたさ。そしてとんずらだな。」
「そりゃそうよ。一つ一つが惜しい素材だぜ?。。。帰路に持ち帰っていいのかな?」
「馬鹿野郎。そんなに余裕を持って帰れると思うな!」
隊長が険しい顔で怒鳴った。
「。。。すみませんでした。」
「ちゃんと休憩を取っておけ。きっともうすぐだぞ。」
兵士たちは隊長から少し距離を取る。隊長はまるで仇を眼前においたような、鬼の形相だった。
「。。。ヒリヒリするぜ。疲れちまうよ。」
「しょうがないよ。ここまで来る途中犠牲がどれくらいあったか、わかるだろう。」
ジンは周りを見渡す。装備の消耗だけではない。今ここに立っている兵士は出発した部隊の3分の2ぐらいだった。残りは早々退却を迫られ、中には死者も出ていた。ジンは疲弊した仲間の顔を見てから空へと視線を移る。夜空は都市で見てるものよりもすっきりするほど開いており、美しいの一言では表せなかった。
「地獄は世のどこよりも美しい。。。か。」
一瞬強い風が吹き、草原の蒼を強く揺らす。波打つそれがゼナダ騎兵隊を通り抜け後ろへと去っていく中、ジンと隊長の目に光が映った。
(あれは。。。!)
「なんだ!」
隊長が怒声を出す。ジンは小さな光の軌跡を追い、手に持った槍を突き出した。
「あっちだ!あっちに落ちたぞ!」
「どこから降ってきた?!」
「わからない!風が強くてよく見えなかった!」
「まず探せ!考えるのは確認してからだ!そして何人かは周りを警戒しろ!」
兵士達は目を見開いて周辺を警戒し始めた。深い海のように動く草の中で何かが流されるように消えていくのを見つけずに。
「あったぞ。」
「なんだ、これは。」
「石ころだな。ちょっと光ってるが宝石じゃない。風が強いからどこかで飛んできたんだろう。」
「貸してみろ。」
「はい、隊長。ここに。」
隊長は石を手に取って灯に当てて回してみると、顔をひどく歪ませて叫んだ。
「これは自然物じゃない!誰かがこれを投げたのだ!辺りを捜索しろ!」
隊長は石を投げつけると直接馬を走らせた。細工の後の残った石は草原のどこかに落とされ、元からその一部だったかのように沈んでいった。兵士たちが騒がしく動いていると、丘の下から誰かが声を上げた。
「ここに籠があります!中身は薬草っぽいです!」
「パサードめ。。。!ここまで近くにいたのに誰も気づかなかったというのか!」
隊長は歯を食い縛った。パサードはこの大草原で生き残るために特化した術を作ったと聴いたことがある。でもこれほどまでに巧妙に気配を消せるぐらいの力があるとは。。。
「すぐに移動する!支度しろ!」
「はっ!」
騎兵隊が動き出す。大地を鳴らす音が広がっていく。乗り手の焦る気持ちを知るか否か、馬は荒い息を吐きながら走った。群れを導く灯りが魔獣の眼光のように揺らめいた。
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「おい。。。あれを見ろ。。。」
「あれがパサードの村か。そこまで規模はデカくないが。」
「いや、あの建物の上の装飾。ちゃんと当てたみたいだ。」
先頭の兵士は額から流れる汗を拭きながらにやりと笑った。彼らの目は村で一番大きい家、ゴルダの家の装飾を凝視していた。
「あれがパサードの族長の家か。民族の長が住むにしてはとても質素な家なもんだぜ。」
「ははははははは!!!」
騎兵隊は口を揃えて嘲笑う。こんな危険を冒せておいて、呑気に過ごすものだ。騎兵隊は興奮していた。それが怒りと蔑視として出ている。
「さっさと燃やして帰ろう。もう消耗が酷いからな。」
「。。。そうだな。まあ、目的は族長の首だ。それさえ取れば他はどうでもいいってさ。」
「必ず全滅させろというわけじゃないのか。どうしてだろう。」
「陛下のご心中など、ただの兵士である我々にはわからんさ。命令されたことを遂行するのみだ。」
「じゃあ早くやろうぜ。やつら、まだ我らが来たこと自体わかってないらしいしな。」
「。。。ちょっと待ってよ。」
空気が緊張で固まっている。先までも吹いていた風がまるで消えたように静かだ。一人、また一人がそれを感じ始める。ジンは息苦しくなりヘルメットと鎧の間を緩めた。
「静かすぎる。。。」
「。。。呑気に食事でもしてるんだろう?」
「いや。。。それにしてもだ。まるで人の気配がまったくないような。。。」
何かが起ころうとしている。場数を踏んできた騎兵隊の研ぎ澄まされた感覚がそれを訴えている。先頭に立った隊長が重い槍を上げた。
「我らは栄えあるゼナダの兵士だ!気合を入れろ!パサードなど、今や廃れた少数民族!我らの手で止めを刺してやろう!」
隊長の雄弁が終わると同時に、彼らを挟むように両方から雄叫びが上がった。
「今だ!!!」
空気を裂いて降り続く矢の閃き。それが鎧を叩き、その隙に深く刺さる。血雫が飛び散り、馬は混乱して唾を吐きながら喚いた。
「待ち伏せか!小癪な真似を!」
隊長が槍を高く持ち上げ、円状に回しながら降ってくる矢を跳ねる。兵士達は今だ混沌の最中だ。草原の中で輝く数多くの目。今ここで全滅するわけにはいかない。
「ちゃんと目覚めんか!!!敵はあそこだ!態勢を整えろ!攻撃!!!」
隊長の号令が効いたのか、騎兵隊は慣れた動きで鎮静しパサードに突撃する。闇の中に隠れてたパサードもすぐに反応して散開した。
「ほう。混乱の術をすぐに破るか。さすがに帝国の兵士だ。だがここで終わりだとは思うなよ。」
ゴルダは冷たい声で呟く。だがこちらに準備する時間を与えたのがいけなかった。100年、苦しみの歴史を見せつけてやろうと、ゴルダは笑った。
星降る草原のイメス @overlight
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