第42話:亡国の騎士は骨となりて嗤う

 王都を、後にした。

 俺と、バルド。そして、最後まで俺についてきた、十数体のアンデッドたち。

 俺たちは、夜の闇に紛れ、誰にも知られることなく、その地を去った。


 俺たちは、西へ、向かった。

 かつて、俺たちが、死んだ場所。

 嘆きの谷。

 そこが、俺たちの、新たな、始まりの場所だった。


 谷は、変わらず、荒涼としていた。

 だが、俺の目には、もはや、ただの墓場には映らなかった。

 ここは、静かだ。

 生者の欲望も、欺瞞も、ここにはない。

 俺たちのような死者が、安らかに眠るには、あるいは、次なる戦いに備えるには、ふさわしい場所だった。


 俺は、谷の、一番高い岩の上に、立っていた。

 眼下には、バルドたちが、野営の準備――火のいらない、野営だが――を進めているのが、見える。

 彼らは、もう、ただのアンデッドではない。

 彼らは、俺の、民だ。

 俺が、これから、守り、導くべき、唯一の、同胞。


 俺は、懐から、父親の日記を、取り出した。

 そして、まだ、読んでいなかった、最後のページを、開く。

 そこには、オルティスが、魔族と、何を、取引しようとしていたのか、その、推測が、記されていた。


『――奴は、力を、求めている。だが、それは、魔族を、支配するための、力ではない』

『――むしろ、逆だ。奴は、魔族を、この世界に、招き入れようとしている』

『――来るべき、『大災厄』に、備えるために、と。奴は、そう、嘯いていた』


 大災厄。

 オルティスも、口にしていた、言葉。

 父は、それが、何なのかまでは、突き止められなかったらしい。

 だが、俺は、知っている。

 オルティスを、貫いた、あの瞬間に、彼の魂から、流れ込んできた、断片的な、記憶。


 それは、予言だった。

 あるいは、太古の、契約。

 百年後か、千年後か。

 いずれ、この世界の、理そのものが、崩壊し、混沌が、全てを、飲み込む、日が、来る。

 オルティスは、その、絶対的な、終末を、恐れていたのだ。

 そして、その、終末を、乗り越えるために、彼は、人間であることを、やめる、という、狂気の、選択をした。


 だが、オルティスが、開いた、魔族への、扉。

 それは、もはや、完全には、閉じられてはいない。

 いずれ、奴ら――魔族は、本格的に、この世界への、侵攻を、開始するだろう。

 大災厄の、尖兵として。


 セレスティアは、その時、どうするだろうか。

 彼女の、国は、民は、その、脅威に、耐えられるだろうか。

 俺は、静かに、目を閉じた。


 俺の、復讐は、終わった。

 だが、俺の、戦いは、まだ、終わってはいない。

 むしろ、今、始まったばかりなのかもしれない。


 今度の、戦いは、誰のためでもない。

 名誉のためでも、国のためでも、民のためでもない。

 ましてや、復讐のためなどでは、断じてない。


 ただ、俺が、守ると、誓った、一人の、少女が、いる。

 彼女が、これから、築き上げていく、新しい、世界が、ある。

 それを、誰にも、知られず、影から、守る。

 それこそが、今の、俺に、できる、唯一の、償い。

 そして、アレン・ウォーカーという男が、最後に、遺した、誇り。


 俺は、ゆっくりと、顔を上げた。

 東の空が、白み始めている。

 あの、王都の、空も、今頃、同じ、夜明けを、迎えているだろうか。


 俺は、骸骨の、顎で、嗤った。

 それは、もはや、嘲りや、絶望の、嗤いではなかった。

 これから、始まる、永い、永い、戦いを、前にした、一人の、戦士の、不敵な、笑みだった。


 亡国の騎士は、骨となりて、嗤う。

 その、本当の、意味を、今はまだ、誰も、知らない。


【完】

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亡国の騎士は骨となりて嗤う~国に裏切られ死んだ俺がアンデッドとして蘇ったら、何も知らない元カノが「世界を救う」とか言って俺を討伐しに来た~ @tachibanadaiji

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