サファイアの破片で栞を作れたら君との記憶で作れたら 冬

※こちらのお話は、みどり憬さん(X:@Midorimeteor)の「サファイアの破片で栞を作れたら君との記憶で作れたら 冬」から着想を得て書かせていただきました(許可をいただいています)。



「思い出って、人生の栞なんだよ」


いつだったか、君はそう言った。


嗅覚、聴覚、視覚、触覚、味覚。五感は記憶によく結びつく。


「ほら、何か匂いを嗅いだときに、ふっと昔のことを思い出したりするでしょう?あれってプルースト効果って言うらしいんだけど、そんなふうに自分が感じたすべてが記憶になってて、思い出すときにその瞬間に引き戻されるから。だから、思い出は人生の栞なの」


それからというもの、僕の人生はずいぶんと忙しくなった。

早朝のしんと澄んだ空気の匂い。ころころ笑う君のいたずらっぽい声。帰りの車窓から見える夕日。ぱたぱた体中をつつく雨。夜更かしをした日のちょっと甘いコーヒー。そういう小さな感覚を、取りこぼさないように全身で感じ取っている。

君と過ごす日々の、そのすべてに栞を挟んでおくために。尊い営みを全部忘れないように、いつでもこの瞬間に帰ってこられるように。


ああ、青い。空が青い。心が青い。きらきら光っていて、目を閉じていてもやさしく眩しい。まるでサファイアの破片みたいだ。そういえば、サファイアは青だけじゃないらしい。ちょうどいい、それならいつかこの青が移ろっても思い出は変わらずに宝石であり続けられるだろうから。

いま全身で感じる青は、深い深い空がどうしようもなく澄んでいて、呑んだ息のやわらかな冷たさに驚く朝で、繋いだ手の温かさに途方もない幸せを感じる、冬だ。

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短編置き場 海揺霧惟 @hanarokushou-no-yoru

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