繭
長い夢を見ていた。
現代の都会で生まれ育った私が知っているはずもない、かつての養蚕の風景。たくさんの蚕がいて、小気味良いような薄気味悪いような葉っぱの咀嚼音と、生と死の香りが混ざった独特の匂いが充満している。
夢とはこんなにリアルなものだっただろうか。
まさに日本史の教科書で見たような世界観だ。といっても、女工さんが働いているような工場ではなくて、どこかの農村の家業として行われている様子。
卵が産み付けられた紙が並ぶ一角、幼虫が葉を食べる場所、1匹ずつに仕分けられたさなぎ直前期の小部屋、繭が並ぶ箱。隣の部屋では蚕が繭ごと茹でられ、絹糸が作られている。
人間も茹だりそうな蒸し暑い部屋でぼうっと立っていると、慌ただしく立ち働いていた女性の一人にあんたも手伝えと大量の繭が入った容器を渡された。
どうやらこの夢は自分も体験するタイプらしい。
見よう見まねで繭を茹でながら、目の前のいのちに想いを馳せる。
この子たちはきっとずいぶんな手間やら何やらをかけられてここまで育ったはずだ。今がどのくらいの年代なのか分からないが、確か農村部では蚕の捨て子なども起きていたと聞いたことがある。それも加味して考えると、人間以上に恵まれた環境で育ったと言える。天敵もいない環境でたっぷりとご飯を与えられて、相当に良い暮らしぶりだ。けれどここで生まれてしまったからには、その一生は全て育てた者が上等な糸、ひいては金を得るために消費される運命なのだ。糸を出すだけ出したらもう用済み。羽化するという自然の摂理すら許されず、自らを守るためにあったはずの繭の中で逃げ出せないまま死んでゆく。
そうこうするうちに茹だった蚕を取り出し、そこから糸を引き出していく。くるくるからから回る繭たち。だんだんと薄くなっていって、ぼうっと死んだ蚕が中に見え始めたところで糸取りは終わりだ。
そのまま捨てるつもりだったのだが、手に持ったはずみで破けてしまって蚕が顔を出した。
茹で上がって出てきた蚕の存外に整った顔が一瞬人の顔に見えて、私は悲鳴をあげる。そんな私をよそに、目の前にひとつの繭が投げ込まれた。
投げてきた主曰く、このお蚕さんは上手く羽化できずに中で腐ってしまった不良品の繭だから捨てておいて、とのことだった。
そのときなぜかふと興味が湧いた。中で腐った蚕はどんな感じなのだろうか。中を割って見てやろうという気になり、どうせ捨てるのなら許されるだろうと実際に割ってみる。
そうして中から出てきた蚕の顔が自分の顔に見えたとき、私はようやく理解した。
これは私の人生の走馬灯だったのだ。
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