エピローグ おかえり。そして「    」

『必ず会いに行くから』

 また、この夢だ。

 白一色の空間に、誰かの声が響き渡る。

『ずっと待ってるから』

 目も体も動かせない。

 だけど声だけが聞こえてくる。

『だから、早く帰っておいで』

 喉が張り付いたみたいに声が出せない。

 俺も、早く帰りてぇよ。テメェの元に。


     ***   ***


 重い瞼をゆっくり開けると、真っ先に視界に入ったのは眩しいほどに白い天井だった。

(デジャブだ……)

 透羽は、首だけを動かして視線を巡らせる。

(特に何もねぇな)

 それから回らない頭で、気を失う前に何があったかを整理する。

(アニミーに勝って、気を失った。はい終わり。……何か、物足りねぇな。胸の内側がスースーする感じ。でも、何でそうなるのかは分かんねぇし)

 透羽はボーっと天井を見つめていると、ガラリと病室の扉が開けられる。

「おや、目を覚ましましたかな」

 入って来たのは、優しそうな老人の医者だった。

 白い髪に白い髭。いかにもベテランの先生という雰囲気を醸し出している。

 その先生は透羽の額に手を当てると、嬉しそうにうんうんと頷いてバインダーに挟まれている紙に、ペンを素早く走らせた。

 それから、ベッド脇にある丸椅子に腰かける。

 透羽は、その一連の動作をボーっと目で追っていた。

「つい数日前まで高熱が出ていてね。それもしっかり回復している。君は、二か月ほど眠っていたんだ」

「二か月、か……。そんな経っちまってるのか」

「そうだよ。そして君の傷のことなんだが──」

 あれやこれやと説明される。

 透羽の体の中で最も重症だった箇所は左太ももらしい。

(まぁ、あれだけ刺されたし酷使したんだ。当たり前だろうな)

 そして、大事な血管が損傷していて、しかもすぐに治療しなかったため後遺症が残った、と。

 透羽は体を起こそうと腕に力を入れたはずが、思ったよりも力が入らなくて驚いた。

 力を入れるだけでプルプル震える両腕を無視して、上体を起こしてベッドヘッドに身を預ける。

 それから着ていた病院着の上衣をめくった。

 そこには、戦いで負った傷跡が所々残っている。

「すまないね、出来ることは尽くしたんだが、傷跡だけはどうしても消えなくてね……」

「気にしてねぇよ。むしろサンキュな、ここまで治してくれて」

 それから透羽は、問題の左太ももを見やる。

 そこには、体の中で最も大きい傷跡が刻まれていた。

 いかにも何かに刺されましたと主張している、大きな傷跡が左太もものど真ん中にある。

 試しにその傷跡を撫でてみると、しっかり触れている感覚はした。

(感覚がねぇわけじゃねぇのか。だったら問題ねぇだろ)

 透羽は、バレないようにホッと息を吐き出した。

「歩いていると、痛みが走って足に突然力が入らなくなったりする可能性があるんだ。でも、それ以上治すことは出来ない。本当に、申し訳ないね」

 先生は、申し訳なさそうに目を伏せて首を振る。

「だからリハビリを──」

「それはいらねぇ」

「いや、しかし……」

「日常の生活をリハビリにすっから問題ねぇよ。今すぐ退院で良い」

「それは……。──分かった。これは特別だからね」

「サンキュな、先生」

「でも、無理しない程度にやること。近くに手助けしてくれる人が必ずいる状態でやること。分かったかい?」

「……あぁ」

 先生は、他にも診る患者がたくさんいるということで、病室を後にした。

 再び病室が静寂に包まれる。

 ふと、透羽はベッドサイドに何か置いてあるのに気付いた。

 それは透羽の服と、その上にスマホが置いてある。

 スマホを手に取り画面を点けると、そこには獅堂からのメッセージが入っていた。

『アニミーは完全にいなくなった。アニミーハンターは解散だ。透羽、お前はもう自由だ。どこへだって行ける。欲しい物は掴んで手放すなよ。もっと我儘になれ』

 透羽はその文章を、獅堂の声音を思い描いて脳内で再生する。

(解散、か。刻月を、あのアニミーを倒したからか。ガキん頃から続いた長ぇ戦いも、遂に終わったんだな。これで、俺の物語は完全に幕を閉じるっつーわけだ)

 そこで透羽はふと思った。

(アニミーハンターは解散。つまり、俺と淳希はもうバディじゃねぇ。淳希とバディじゃなくなって、じゃあ俺たちは何なんだ?)

 実を言うと。透羽が前々から少し考えていたことだ。アニミーを全部倒し尽くした、その先のことを。

(俺は、淳希と離れるしかねぇんじゃねぇか)

 考えると胸の内がギュッと苦しくなって、透羽はずっと考えないようにしていた。

 でも、遂にその時がきた。もう、逃げることは出来ない。

 バディとは互いの命を預け合うもの。

 それはもう、友達よりも深い関係のはずだ。

(でも、バディじゃなくなった今は? 俺たちの関係はなんて言うモンなんだ? 淳希に理由なく会うことって、こんな俺にその権利はあるのか? 散々人に強く当たったり、人の気持ちを踏みにじってきた俺に。……ダメだ。いくら考えても思い浮かばねぇ)

 ふと、透羽は頬に熱い液体が流れていくのを感じた。

「……?」

 不思議に思い頬に手を伸ばすと、指先が湿る感覚。

(俺は、泣いてるのか。何で? 寂しいから? 何が? 淳希ともう会えないのが?)

 透羽は、誰も見ている人はいないと分かっていながら、涙を流した証拠を隠すように、慌てて涙を手の甲で拭う。

 透羽は、頭の中に浮かんだ言葉をもみ消そうと頭を振って、用意されていた自身の服に着替える。

 病室には、眩しすぎるほどに赤い西日が差し込んでいた。透羽は病院着から黒の厚手のTシャツに黒のロングクート、青のダメージジーンズを身に付ける。

 自分の私物が一切なくなった病室を後にし、退院のあれこれをロビーで済ませた。

「足に負荷をかけないために、必ずお迎えを呼んでください」

 受付の人はそう言うが、透羽は、「もう迎えはいる」と言って病院を出た。もちろん迎えなどいない。

 外に出ると、最後の記憶の頃より外気が物凄く冷たくなっていて、透羽は思わず身震いした。

(そういや二か月経ってたんだっけな。季節はとっくに進んで冬真っ只中か。確かこの時期は、受験シーズンだったな)

 ここは雪が降ってもあまり積もる地域ではないため、幸い足元は悪くない。

(ただ、寒ぃだけだ)

 冷たい空気が透羽の息を白くして、露出している顔や手を突き刺してくる。

 透羽は両手に息を吹きかけて、温めた。

 チラッと隣を見る。

 そこには、誰もいない。

(……寒ぃな)



 透羽は、病院を出たその足で感情屋へと向かう。

(あそこも、もう用なしだしな)

 歩いている時、医者の言う通り急にズキリと痛んで足に力が入らなくなった。

 そして時々躓いたように足を縺れさせるが、足を踏ん張ってすぐにバランスを立て直す。

 しかし、歩くスピードはどうしてもゆっくりとなった。

 透羽は足を滑らせないよう、普段の倍以上の時間をかけて急な階段を登る。

「はぁ、はぁ、はぁ……。クソッ……」

 階段を登り切った時には、透羽は息切れをしていた。

(ここの階段って、こんなに疲れるモンだっけか。二ヵ月のブランクは、かなりデケェな)

 帰りもこの階段を下らなければならないことを考えると半ば絶望的に思いながら、透羽は顔を上げる。目の前にそびえ立つのは、ボロボロの神社の風貌をした建物。

『感情屋』

 ここは獅堂と出会った、そして淳希とも出会った大切な場所だ。

 透羽は、依頼人がこの場所を見つけやすいように、と設置した電灯を一つ一つ外していく。

 その行動が、この場所できた思い出を一つ一つ外していくかのようで、透羽の心を酷くざわめかせた。

(……いや、考えないようにしよう)

 それから、最後に残った『感情屋』と書かれた看板を外す作業に取り掛かった。

 家の裏から脚立を持ってきて、看板の下に立てる。それから、脚立の一段一段に慎重に足をかけていった。

(上ってる途中で足に力が入んなくなったらマズいから、慎重に──)

 そう思ったのも束の間。

「ヤベッ!?」

 もう少しで看板に手が届くというところで、足に力が入らなくなって階段を踏み外す。

 透羽はそのまま体勢を立て直せずに脚立から落下して、地面に背中を打ち付けた。

「いっ、てぇ……」

 背中がジンジンと痛む。

 その痛みが、まるで透羽自身を責めてくるかのようだった。

 透羽は痛みに顔をしかめながら身を起こして、服に着いた土を払ってからもう一度慎重に脚立に上る。

「っし」

 今度こそ上手くいった。少し傾いた看板に手をかけ、力を籠めればいとも簡単に外れた。

 脚立から降りて、脚立を元の位置に片付ける。

 そして家の表側に戻り、手に残った看板を見つめた。

 淳希と会った時のことは、今でも鮮明に思い出せる。

(河川敷で、俺が戦ってる所を初めて見た時の淳希の顔、まさにビックリって感じて面白かったな。まぁ、フツーの一般人があんな場面見たら、ビックリしないわけねぇわな)

「ふはっ、オモシれぇな」

 透羽は、思い出してクツクツと笑った。

 それから、顔を上げて明るい西日を見つめる。

(あの日の出会いから、俺の全てが変わったんだ。そういや淳希は、変な所にある鳥居が気になって感情屋まで来たんだっけか。もしも淳希が鳥居を見つけてなかったら、今のこの未来はねぇんだな。俺の隣には別の人……、いや、誰もいなかったのか。そう考えると怖ぇな。考えんのやめよ)

 透羽は思考を打ち消すように頭を振る。

(淳希は、人を信じることを教えてくれた。俺はこの先もずっと、獅堂以外とは関わりなく生きて行くモンだと思ってた)

 しかしそれは、淳希によっていとも簡単に壊されたのだ。

(少しは人を信じてみっかな、って思えた)

 何度も何度も、淳希と共にアニミーを討伐しに行って。

 助けて、助けられて。

(あの文化祭ってのも、めちゃくちゃ面白かったしなぁ)

 時には喧嘩もして。

(……淳希は怒らしちゃいけねぇってのが身に染みて分かった瞬間だったな、ありゃ)

 的外れなところで意地を張り怒ったところや、大人げなく泣きじゃくっているところ。

(情けねぇところも、淳希にはたっくさん見せちまった。淳希の前では、カッコイイ俺でいたかったのに。憧れてくれる存在で、ありたかったのに)

 戦いを重ねてくたびに、淳希がどんどん強くなっていくから、透羽はそれが心の底から嬉しかった。

(どんなに強い奴と戦っても、過去のことがフラッシュバックして心が折れそうになっても、淳希が隣にいたから、俺は戦えたんだ)

 淳希と出会っていなかったら、俺は今みてぇに強くなれなかっただろうな、と透羽は本気で思っている。

 しかしそんな淳希とも、もう会えないかもしれないと考えると、込み上げてくるものがある。

 透羽は込み上げてきたものを押し戻そうと、少し上を向いた。

「ふぅー……。ダメだろ、そんなん」

 透羽は、わずかに歪んだ視界を遮るように、ゆっくり目を閉じる。

(俺が離れたくねぇからって、淳希を縛り付けちゃダメだ)

 淳希には、淳希の生活があるのだから。

(アニミーハンターっつうのがなくなった今、淳希にはこれから、自分がやりてぇって思ったことをとことんやって欲しい)

 透羽と淳希があれほど一緒にいられたのは、バディだったからだ。

(バディってのがなくなった今、俺らを繋ぎとめるモンは何もねぇから。今日から俺の住処は、ここに戻るんだろうしよ)

 感情屋の看板を外し終わったはずが、透羽は看板を手に持ったまま直立不動で、ボーっと物思いにふけていた。

(俺らしくねぇ)

 透羽は、大きく頭を振って気持ちを切り替える。

(この看板、どうやって処分しようか)

 手元の看板を見下ろしてあれこれ考えていると、透羽の背後で足音が聞こえた。

(もしかして、客か?)

 アニミーの脅威は過ぎ去ったはずなのに。

「あー悪ぃ、もうこの店は必要ねぇから閉めちまおうとし、て……──」

 言いながら振り返ると、透羽の視線の先にあったのは、今の今まで考えていた相手の姿だった。

 長い間会っていなかったのに、その人物の浮かべる優しい表情も雰囲気も、何一つ変わっていない。

「なん、で……」

 透羽は呆然と零す。

(淳希、淳希だ……。淳希がいる)

 透羽は目を丸くして、その場で固まった。

 手から力が抜けて、感情屋の看板が地面にゴトンと落ちる。

「透羽」

 淳希の声で自分の名前を呼ばれる。たったそれだけで、透羽の全身が痺れるような感覚に陥った。

 上手く動かない足を、こんなに歯痒く思ったことはない。

「あつ、き……、あつき……!」

 名前を呼び、透羽は足を縺れさせながらも懸命に足を動かして、淳希との距離を詰めた。

 透羽の不自然な動きに察したのか、淳希も駆け寄ってくる。

 その時、足に強い痛みが走り、力が抜けて透羽は盛大につんのめった。

「うおっ」

 バランスが取れず顔面から地面にダイブする──その寸前に、透羽は淳希の腕で支えられ、気付くと淳希の腕の中にすっぽり収まっていた。

(あぁ、これだ。この温もり。ずっと欲しかった。病院で目が覚めた時から、隣にこのあったかさがずっと欲しかったんだよ)

 透羽の胸の内側が、蜂蜜が溶けるように暖かくなる。

 寒かったことが嘘だったように暖かくて、気持ち良い。

「あ、あ、つき……、淳希……!」

 透羽は、額を淳希の胸元に擦り付ける。淳希の服からは、嗅ぎ慣れた優しい匂いが漂ってくる。

 今はもう、年上の威厳など気にしていられなかった。

 透羽は下唇を噛み締めて、込み上げてきたものを必死に受け流す。

 しかし、いくら受け流そうとしてもダメだった。

 透羽の紅い瞳に張った涙の膜が、耐え切れずに決壊してポロポロと涙が零れ落ちる。

(クソッ。ここで泣いたら、淳希を引き留めてるみてぇになっちまうだろ)

 淳希には、淳希の生活があるから。淳希には、淳希の生活が──。

(そこに、俺はいれねぇから……)

 しかし、淳希と離れたくないという透羽の気持ちを代弁しているかのように、透羽は無意識に淳希の服を握って離さない。

「淳希……」

「透羽、会いたかった」

 淳希は、しばらく透羽の頭を無言で撫でていた。

 ふと、淳希は透羽から体を離す。

 急に温もりが離れていき、透羽は途端に寒さを感じた。

(こ、これで最後にすっから、もう少しだけ、くっついてちゃ、ダメか……?)

 透羽は鼻水を吸って涙を服の袖で乱雑に拭い去ると、もう一度淳希に手を伸ばした。

「あつ、──は……?」

 思っていた淳希からの対応と随分違っていて、透羽から間抜けな声が漏れた。

 淳希は透羽の背中と膝裏を支えて、軽々と横抱きにして持ち上げる。

「え、ちょ、淳希、まっ、えっ」

 透羽は混乱を極めていた。

(何だこれ、こんな持ち運ばれ方されたの初めてだ。めっちゃハズいぞ。っつーかこれって、男相手にするもんじゃねぇだろ……)

 脳が状況を理解した途端、急激に頬が熱くなる。

「ちょ、降ろせって、おいっ」

 透羽の脳内は混乱を極めており、ショート寸前だった。

 透羽は、淳希の腕の中でジタバタ暴れる。

「ちょっと、そんな暴れないでよ。落とすよ」

「え」

(それはいくら何でも酷くねぇ?)

 透羽は、スンッと静かになって大人しく運ばれた。淳希を見上げると、涼しい顔をしている。

 透羽の視線に気付いたのか、淳希は透羽の顔を見下ろして静かに笑った。

 透羽は、その微笑みを見た瞬間に鼓動がやかましいくらいに速くなって、そのことにも混乱して、慌てて顔を逸らす。

(っつーか何でコイツ、俺のことそんな軽々持ち上げられんだよ。テメェより六つも年上で、しかも身長も同じくらいあんだぞ?)

 透羽の男としてのプライドが、少しだけ傷付く。

(あ? あー確か淳希は引っ越しのバイトやってんだっけか。つまるところ俺は、荷物と同じっつーわけか)

 透羽は関係ないことを考えて、何とか落ち着きを取り戻した。

 淳希は、透羽を感情屋の室内にそっと降ろす。

 まるで食器やガラスとかの壊れ物を扱うかのように優しくされて、透羽はむず痒く感じた。

 淳希は透羽の隣には座らず、透羽の正面に立ったままでいる。

「透羽、もしかして左足痛い?」

「……痛くねぇ」

「嘘つかない」

「……」

「本当は?」

「…………ちょっと、痛い。時々急に痛くなって、足に力が入んなくなる時、……ある」

「……そうなんだ。俺の傷さ、一つも残ってないんだよね。医者からもめっちゃ驚かれた。綺麗に治り過ぎだって」

「へぇ、そりゃスゲェな」

(淳希は日頃の行いが良いから、神か何かが味方してんじゃねぇか?)

 透羽は本気でそう思っていた。

「透羽のお陰だよ」

「はぁ? 俺何もしてねぇし」

 透羽は不審そうに目を細める。

(むしろ、俺のせいで怪我したようなもんだろ)

 そんなことを考えている透羽の顔を、淳希は何かを伝えるようにジッと見つめていた。

 それから透羽から視線を外し、グルリと感情屋の中を見渡す。

「ここで初めて出会ったんだね、俺たち」

 淳希が透羽の隣に腰を下ろした。

 肩がピッタリとくっついている。

 フワッと淳希の匂いを感じて、透羽はバレない様にホッと息をついた。

「……あぁ、そうだな」

 淳希は、透羽と出会った時のことを思い出す。

 そう、あの時初めて出会った透羽は、正直言って印象はあまり良くなかった。

 しかし、すぐに分かった。透羽の根底には優しさがあるということを。

 そして、人一倍独りの寂しさを知っているということを。

 誰も気付くことが出来ないほど奥深くに眠る、透羽の弱い部分。そんな人間らしく完璧ではない透羽に、淳希はどんどん惹かれていったのだ。

 もう二度と、手放したくないと思えるほどに。

「そう思うと、オンボロなこの場所に来なくなるのも寂しいな」

「……そう、か」

 透羽は重く頷く。

(俺たちの間には何もなくなるんだ。淳希はここに立ち寄る必要がなくなる。だから、会うこともない。俺たちは、一体何だ)

 透羽はそう問おうと口を開きかけるが、それよりも早く淳希が口を開いた。

「透羽、アニミーハンターは解散したけど、これからも俺と一緒にいてくれる?」

「…………え?」

 淳希の突然の言葉に、透羽は目を見開いた。

 てっきり、もう終わりだと思っていたからだ。

(淳希が望んでくれるのか。俺と一緒にいることを。淳希から次に飛び出す言葉は、サヨナラなんじゃねぇかって覚悟してたのに。……でも、そうか。淳希は俺がガキん頃から欲しかった、誰かからの愛情ってモンを、俺にくれんのか)

 淳希はいつだって透羽のことを真っ直ぐ見つめ、太陽のような笑顔で笑っていた。

 それは今も同じで。

「俺に、無条件で透羽の隣にいる資格をちょうだい」

「んだよ、それ……」

 透羽は、脱力したように眉尻を下げて淳希を見る。

(決まってんだろそんなん。当たり前だ。俺だってそれを心の底から望んでんだから。でも、それを素直に言うのが恥ず──いや、ダメだ。淳希が真剣に伝えてくれてんのに、俺だけはぐらかすなんて男じゃねぇ)

 その時、獅堂のメッセージの文面が頭の中に流れる。

『欲しい物は、掴んで手離すなよ』

(俺の本心、俺の心の底からの本心は──)

 透羽は大きく息を吸い、精一杯の本心を言葉にする。

「俺も、淳希と一緒にいてぇ。俺の隣に、ずっといろよ」

 透羽の顔には、今までで一番の笑顔が乗っていた。

 悩みの種や不安、恐怖や寂しさを全て取っ払った、透き通る笑み。まるで満開に花を咲かせる桜の様に、眩しいほど綺麗である。

「透羽……!」

 透羽が初めて見せる満面の笑みを見て、淳希は息を呑んで頬を真っ赤に染めた。

 頬を赤く染めた淳希を見て、透羽は目を見開く。

(な、何だよその反応……! 俺、何か間違ったんか?)

 透羽は、急いでフイッと顔を逸らす。淳希のキラキラした大きな瞳が、透羽にとっては眩しすぎたからだ。

「透羽」

 淳希は透羽の腕をクイッと引くと、自身の腕の中に閉じ込めて強く抱きしめる。

 抵抗することなく素直に身を預ける透羽を見て、淳希は頬を緩ませる。

(透羽は警戒心ってものがないなぁ)

 出会った頃は、透羽がここまで気を許してくれるとは思ってもいなかった。それが今や、ここまで気を許してくれるなんて。

「透羽ってやっぱり、最高にカッコよくて、最っ高に可愛い」

「なぁっ!?」

 それを聞いて、一気に首まで真っ赤にした透羽が、目を丸くして「可愛いって何だ!?」と混乱したのは言うまでもない。

「透羽、ありがとう」

 淳希は透羽の背中に腕を回し、力を籠める。

「透羽、俺と出会ってくれてありがとう。これからもずっと一緒にいるから。透羽にとってどんなに怖いことがあっても全部はね退けて、俺が守ってやる。だから、他の奴なんか見ないで俺だけを見てよ、透羽」

「っ!?」

 淳希は自身の腕の中で、煙が出るのではないかというほど頬を真っ赤に染めて、ビックリしたネコの様に目を丸くしている透羽を見下ろす。

「た、たりめーだろ。……俺は前からずっと、テメェを見てんよ」

 透羽は、言ってから自分で恥ずかしくなったのか、腕に力を込めて淳希の腕の中から脱出しようとする。

 淳希は、大した抵抗になっていない抵抗を頑張っている透羽の頭を優しく撫でた。

「……良かった。拒絶されたらどうしようかと思ったよ」

「きょ、拒絶? んなのする訳ねぇだろ」

「ホント? それは嬉しいなぁ」

「俺だって、別に淳希のこと嫌いってわけじゃねぇし」

「まぁ拒絶されたらされたで、また別の策を講じてたけどね」

「……別の策?」

(透羽が逃げられないような、ね)

 淳希は心の中で言うが、もちろん透羽には聞こえていない。

 透羽は、「別の案って何だ?」と首を傾げて聞くが、淳希がその本心を教えることはない。

(透羽に怖がられるのは嫌だしね)

 淳希は、「トップシークレット」とだけ答えておいた。

「俺たちの家に帰ろうよ」

「あぁ、そうだな」

 淳希が透羽の手を引いて立ち上がる。

 アニミーハンターがなくなって、これからはやることがそれぞれ異なってしまうけど。

(あ、そういえば透羽はアニミーハンターがなくなって、次はどうするんだろう? これはまさか、一緒の大学キャンパスライフも夢じゃなかったりして? まぁでも、透羽がこの先何をしようとしても、俺はサポートと応援に徹するだけだ)

 どんな選択をしても、透羽の帰る場所はいつも同じだから。

「おかえり、透羽」

 透羽は不思議そうに首を傾げていたが、すぐに合点がいったのかフワッと笑う。

「ただいま、淳希」

 透羽が長い眠りについている間、淳希がずっと待ち望んでいた透羽からの返事。

 今度は、きちんと返ってきた。

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感情屋 Watta @samatto

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