第53話 酒場での出会い

 昼間の荷下ろしの仕事はとてもキツイものだったが、それでようやく銀貨一枚分の稼ぎだった。本当に銀貨一枚がもらえるわけではなく銅貨での支払いなので価値はもっと低い。

蔵人「この銅貨がこの街では銀貨一枚分の価値ってことね。全く、くたびれるよ」

 夜になると蔵人はまた新しい酒場に出向いて噂を広めた。いの一番にベッドの上で休みたかったが、休めない。

 席に座ると給仕の女性にうざ絡みを始めた。

蔵人「おねーちゃん聞いてくれよおお! 俺の悲しい身の上をよおお!!」

女給「はいはい、注文が先ね」

蔵人「酒!! 安いのをいっぱいね!! あとうまい料理! これもいっぱいね!!」

女給「代金は先払いよ?」

蔵人「この街の人間はケチだねええ! 全く、俺の故郷の村だったらツケでも良かったのによ!」

女給「はいはい、さっさとお代を払いましょうね」

蔵人「ほら!! 持ってけドロボー!! これだけあれば十分だろい!!」

 蔵人は大銅貨五枚をだした。今日の稼ぎの半分であった。

蔵人「釣りはいらねーぜ、嬢ちゃん?」

女給「足りないわよ!」

蔵人「あぁん!? 田舎者だって馬鹿にしやがって、今日の稼ぎの半分だぞ!?」

女給「あたしを独占するのには足りないってことよ」

 勝ち気な女給はエールのジョッキを置くと、コインを持って厨房へと消えた。蔵人は肩をすくめ、隣の男に話しかける。

蔵人「この街のおねーちゃんは勝ち気だねえ」

 フードを深く被った怪しげな男、しかしその大きな灰色の瞳だけが闇の中で光を放ち、蔵人を射抜いた。

「全くだ。だがそれもまた魅力ともいえるんじゃないか?」

蔵人「違いないな!! この街の美しい乙女に乾杯!!」

 二人は乾杯した。だが男の声は次第に鋭さを増す。

「ところで、お前さんの言っていたことだ。それが気になってしょうがないんだ。どこから来たんだ?」

蔵人「よくぞ聞いてくれました! 聞くも涙の悲しい変遷をこの不味いビールをの皆がら聞いてくれ!」

 蔵人は芝居がかった調子で答える。

「エールが不味い、か」

 男の瞳が光を増す。

蔵人「ああ、こののっぺりとしたキレのないビールは不味い!! 俺の肥えた舌には合わないな。やはりア◯ヒィスゥパァドゥルァァァァイこそ至高!」

「スーパー……なんだって?」

蔵人「そんなことはどうでもよしこさんなんだよ!! 涙なくしては聞けない悲しい俺の話を、聞けーー!!!」

 男は冷ややかな笑みを浮かべる。

「だいぶ酔っているようだな? それともわざとか?」

 一瞬蔵人は息を飲んだ。しかし話を続けた。

蔵人「シュヴァンデンベルクとの国境の森は知っているよな? オルマリンクて呼ばれてる森だ」

「もちろんだ。そこにあるドネーツ大河に合流する川の源流がある場所でもあるからな? あそこの木材は実に質がいい。もっとも、大半がローア王国の領域なのが気に食わんところだがなあ?」

蔵人「俺はそこで城を作る人夫として徴集されたんだ。あそこの労役はきつかったぜ」

 男の瞳がさらに鋭くなる。

「つまり、お前はローア人なのか?」

蔵人「先祖はもっと東の出自らしいけどな。だからこその厄介払いも兼ねていたんだろうさ」

「ふむ……」

蔵人「その労役があまりにも辛くてな。あそこは起伏の多い土地だし森のど真ん中だし」

「砦くらいなら周辺の木材を使えば、それほど手間はかからないんじゃないかあ?」

蔵人「あんた肉体労働しないおぼっちゃまか? ……まあ、それだけじゃないんだけどな」

「それだけじゃない、とは?」

蔵人「その程度の砦なんてレベルじゃない、石造りのとてつもなくでけー城を作ってんだよ!! もう建物は出来上がって、後は城壁や堀の整備って感じかな」

 男は低く笑った。

「嘘だな? だが本当だ」

 蔵人は一瞬フリーズした。

蔵人「……はあ?」

「それだけの城塞を作るためには、それ相応の物資が必要だ。だが、辺境伯にそのような物資を購入した痕跡は存在しない。俺達を蛮族だと侮るローア人じゃ、街に密偵を張り巡らされているなんて考えもしないんだ、だよなあ?」

蔵人「……」

「だから、オルマリンクの森に城塞が立てられている、なんて話は嘘っぱちだ。それは情報がもの語っている。だがお前は嘘をついていない。もちろん嘘はついているが、お前は、事実と嘘を練り込む術を知っている。だからこそ、城塞ができたなんてわかりやすい嘘はつかない、つまり、城塞はもう出来ていることは真実だ、そうだろう?」

蔵人「……それだけじゃ、城が立ったことが本当だと言えないだろ」

 男の声はさらに低く、鋭くなった。

「シュヴァンデンベルクの主要な酒はエールだ。それを不味いといい、あまつさえ俺達の土地で作られたピルスナーを最上だと持ち上げた。下面発酵のピルスナーを、だ」

 男は矢継ぎ早に話を続ける。

「その肌といい髪色といい、お前は南方の大山脈の先に住んでいるホーライ人の特徴のそれなのに、砂漠の民の出自だという。ホーライ人の顔立ちで砂漠の民ぃ? 設定がガバガバだ。吟遊詩人なら酒場を追い出しているところだ。もちろん、 その砂漠を南下すればホーライ人の領域だが、南であることには変わりないよなあ? それともお前の故郷では南のことを東と呼ぶ奇妙な習慣でもあるのか? つまり、お前の出自や経歴の方が嘘っぱちってことだ」

蔵人「……」

「黙るのはいい返事だ。大抵、沈黙の方がベチャクソ嘘を語る肯定の言葉よりもより雄弁だからな」

 ――とうとう来た。蔵人の待ち望んでた、大公の使者、それがこの男だと、蔵人は思った。

「端的に聞きたいんだ。お前はなんのために、我らが大公殿下に会いたいんだ?」

蔵人「……奴隷にされないためだ」

「つまりローアを裏切るということかあ?」

蔵人「裏切る? 辺境伯は俺の主君でもなんでもない。俺の仲間を奴隷にしようと躍起になってる奴を、敵って呼ばずに何て呼ぶんだ?」

 男はにやりと満面の笑みを浮かべる。それは子供が新しい知識を得たときのような、純粋な好奇心が顔に現れているような、不気味でありどこか可愛げのある顔だった。

「やっぱり何かあるな。お前たちがここにいることも、オルマリンクに城が立ったことも、俺の想定を超える何かがある。そうだろ?」

蔵人「それは大公の前で言ってやるよ」

「いやだめだ、ここで言ってもらう。今すぐ、ここで、話してもらう」

蔵人「俺はどうしても、大公にあって、話を聞いてもらわなくちゃいけないんだ。顔色の悪い密偵なんかと話している暇はないんだ、もう、時間がないんだ!!」

グリゴリー「密偵“なんか”? 悪くない言い方だ。俺の顔色が悪いのは事実だが、実はな、身分はそんなに悪くないんだよ。大公なんてこっ恥ずかしい称号を持っているやつには劣るが、少なくとも酒場で酔っ払ってる田舎者よりは上だ」

蔵人「……悪いのは顔色じゃなくて性格だったな!」

グリゴリー「よく言われるよ、性格が悪いから、まずは俺がテストしてやる。俺を説得できない奴が、アレクを説得できるわけない、当たり前のことだよな?」

蔵人「……」

グリゴリー「ほおらまた黙った。俺が正しいからだ。だが時間がないんじゃなかったか? 早く説得しないとお仲間が奴隷になるんじゃないのか? それとも、黙って震えてる方が楽か?」

蔵人「ふーっ、」

 蔵人は深呼吸をした。腹立たしいことだが、確かにこの男の言うことは正しかった。 

 ジョッキの中に残ったエールを飲み干して、そのジョッキをテーブルに叩きつける。

蔵人「目先の欲に釣られるのが俺の悪い癖なんだ」

グリゴリー「そうだ、だが人間の大半がそうだ。恥じることはない。……俺はなんて優しいんだあ?」

蔵人「……あんた本当に性格悪いな!! ……話すよ、俺達のこと、森のこと、辺境伯との関係、目的、全部惜しみなく、全てを話す。ここが俺の命の張りどこみたいだからな」

 グリゴリーは蔵人の瞳になにか光るものを感じた。それは美しい輝きとは言えないかも知れない。鈍く濁ったサーベルの刀身のような、冷たく、しかし鋭い輝きだった。

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学校丸ごと異世界転移に変なニートのおっさんが巻き込まれていた件(おっさんが主人公) 佳作太郎右衛門 @kasakutarou

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