#7 緊急作戦

 コンはモニター越しの博士をじっと見つめ、短く息を吐いた。


「一刻を争う事態、そしてこの特異性、正式な手続きを踏むと手遅れになる……これは俺たちだけ狩るしか無いな」


 ナツが強い口調で割り込む。


「でもどうやって!? こんな奴、私達パークレンジャーたった3人でどうにかなるレベルじゃないでしょ!?」


 エイジが静かにナツを諭すように顔を向ける。


「焦るな、ナツ。確かに厳しいが、カコ博士が言うように、何か手はあるはずだ。」


『今すぐにでも対応が必要なのは確かよ。ただ、今回のセルリアンの吸収能力を逆手に取る技術的な方法があるかもしれない。』


「逆手に取る?」


 ナツが眉をひそめながら問い返す。


『そう。このセルリアンの特異性を利用して、サンドスターの過剰な吸収を促して自壊させる……もしくは、吸収するという性質を攻撃の糸口にする方法を考えられるかもしれないわ。ただし、それにはさらなるデータと準備が必要よ』


 コンは少し考え込み、やがて静かに口を開いた。


「つまり、俺たちがその"さらなるデータ"を稼ぐまで、戦い続けろってことだな?」


 カコ博士は真剣な表情で頷いた。


『ええ、その通り』


 ナツは憤りを隠せない様子で声を荒げた。


「それじゃあ、コンや他のレンジャーたちを危険にさらし続けるってことじゃない!」


 カコ博士は静かにナツの言葉を受け止め、少し申し訳なさそうな顔をした。


『……ごめんなさい』


 コンがナツの肩に手を置き、やや落ち着いた声で言った。


「ナツ、誰かがリスクを背負わなきゃならない。それを引き受けるのが俺たちの仕事だろ?」


 ナツはしばらく黙り込んだが、やがて視線を逸らしながら小さく頷いた。


「……無茶はしないでよ。絶対に。」


 コンは帽子のつばを軽く掴みながら、微かに笑みを浮かべた。


「約束はできないが、無駄死はしないさ」


『……必要な装備や情報は、私が全力で支援するわ。コン、エイジさん、ナツさん、どうかよろしくお願いするわね。』


 エイジが落ち着いた声で答えた。


「了解しました。博士の解析が進むよう、できる限りのことをします。」


 コンは短く「了解」と返し、通信を切るとナツとエイジに向き直った。


「さて、とりあえず、セルリアンの動きとエリアの状態をしっかり確認しながら次の手を考えるぞ」


 エイジが頷き、ナツも諦めた様に頷いた。


「わかった、私の仕事ね」


 車の中で地図とノートパソコンを開き、ペンを取り出して耳にかけながら、キーボードを叩き始める。


「今から周囲のサンドスター濃度測定計の場所と測定値を調べるわ」


「成程、それで居場所を割り出すって訳か」


「そう、ついでに予想経路と警戒区域もね」


 そう言いながらナツはノートパソコンを置いて、耳に乗せたペンを取って紙の地図に線と丸を書き込んで行く。


「まるで台風の予報だな」


 エイジが書き込まれる図形を見て呟くと、コンが静かに呟く。


「セルリアンは地震、山火事、台風……そこら辺と同じ自然災害の部類だ……形としては自然だろう」


「それもそうね…………出来たわ」


 ナツはそう言ってペンを仕舞う。地図上には目標セルリアンの大まかな現在地と移動予測が描かれていた。


「これが奴の移動経路の予測ね。今のところ、サンドスター濃度の急激な低下地点を追っていけば、間違いなく接触できるわ」


 ナツが地図を指し示しながら説明する。


 エイジがその図を覗き込みながら顎に手を当てて考え込む。


「……問題は接触した後だな。あのセルリアンは非常に厄介かつ危険だ。装備の不備が命取りになる。」


 コンはナイフホルダーを軽く叩きながら静かに言った。「駆除するのでは無くデータを稼ぐのが目的だ。だが、あいつを無力化できるチャンスがあるなら逃すつもりはない。」


 ナツが険しい顔で口を挟む。


「でも、博士の言ってた通り、あのセルリアンはサンドスターを吸収する。私達の装備は主にサンドスター、下手に攻撃するとかえって危険よ」


「その通り、攻撃は余程のチャンスではない限り控える。今は、奴の動きを抑える手段を考える」

コンは地図を指で叩きながら提案した。「このルートなら、奴が森の入り口付近を通るはずだ。そこで罠を仕掛けて足止めする。」


「罠?」ナツが眉をひそめる。


 エイジがコンの提案に補足した。


「俺たちの装備を掻き集めてサンドスターの濃度を一時的に上昇させて奴を誘い込む。その間に"アレ"を罠として使えば、倒すまでは行かなくとも、データを取れるだろう。」


 そう言って、コンは車に積まれている箱を指さす。


「……そんな簡単に行くと思う?」


 ナツは半信半疑だったが、エイジが静かに頷いた。


「今の装備でやれる最善の策だと思う。それに、奴を野放しにしておけば被害はどんどん広がる、動きを止めるだけで大金星だ」


 ナツはため息をつき、しばらく考えた後で渋々片手を挙げながら呟く。


「……分かったわ」


「決まりだな」


 コンは短く答え、車に戻りながら装備を確認した。


「目標の誘導は俺が担当する、構わないな?」


 コンの言葉にナツが口を大きく開くが、エイジがナツの口の前に手の平を出して、ナツに目線を向けて静かに頷く。


「……そうね、コンが適任ね」


 ナツはノートパソコンを閉じ、通信機を手に取る。


「……それじゃあ、カコ博士に連絡して可能な限りの支援を要請するわ。罠の設置地点も指定する。」


 エイジが運転席に戻りながら、車のエンジンをかけた。


「よし、それじゃあナツと俺は現地で設置作業を進める。手早く終わらせるぞ」


 コンは車に積んであるオフロードバイクを下ろし、後部座席から大きな金属製工具箱程の大きさの物をひとつ取り出すとバイクのリアキャリア部分にベルトで固定する。


「コン、冷えた頭でな」


 バイクに跨がろうとするコンにエイジが後ろからそう声をかけるとコンは背中を向けながら親指だけを立てる。


 エンジン音が高らかに鳴り響き、バイクは勢いよく林道を走り抜け始めた。

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2025年12月12日 17:00
2025年12月19日 17:00
2025年12月26日 17:00

輝きをえるもの 焦げたマシュマロ愛好家 @BIIGBOUSHI

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