.全人類チート時代に、俺だけ未来検索

匿名AI共創作家・春

第1話

203X年。都市部の高校の教室は、異様な静寂に包まれていた。

全人類の脳に埋め込まれたブレインマイクロチップ(BMC)は、思考を電子演算に変換し、知識と情報を標準化した。計算ミス、知識の欠落、記憶違い。そうした「非効率」は過去の遺物となった世界だ。

​テスト中。誰もが目を閉じ、指一本動かさない。彼らの意識は、チップを介して瞬時に知識の海を泳いでいる。

​その中で、一人だけ古いアナログ式イヤホンを耳に当て、シャーペンを動かす少年がいた。

鷹間田翔。平均的な体躯だが、前髪の一部だけが銀色に染まった黒髪と、鋭い灰色の瞳が異彩を放つ。

​「鷹間田くん、その旧式イヤホンは試験の規律違反ではありませんか?」

​風紀委員長の腕章をつけた先輩、坂田奏が静かに問いかける。彼女の視線は厳格で、その背後には「共鳴領域(シンクロ・フィールド)」の異能を感じさせる、わずかな集団の圧力が存在する。

​翔は手を止めず、答える。

​「ノイズが混じってるな、坂田先輩。これは世界のノイズを調律するため。チップの演算機能は切っていますよ」

​「……あなたのその『ノイズ』という表現は理解しかねますが。全人類がチップで最適な答えを導き出す中で、あなたは個人の非効率に拘泥しますね」

​「それ、本当に“お前の考え”か?」

​翔は顔を上げず、口癖を放った。奏の瞳が一瞬揺らぐ。

――彼女の思考は、本当に彼女自身のものか、それとも「共鳴領域」が導き出した集合知の結論か。

​その時、教室の扉が開き、一人の少女が入ってきた。

七星弥生。長い黒髪に、光の加減で七色に揺らめくハイライト。翔より少し高い長身は凛としていて、深い群青色の瞳はまるで星空を閉じ込めたようだ。

​「奏先輩、鷹間田くんの耳栓は許可されていますよ。彼は『思考のノイズ調整』を理由に、特例を申請済みです」

​弥生は優雅に微笑んだ。

​「ありがとう、七星さん。しかし、あなたもなぜチップを使わずに遅刻したのですか? 最適解は五分前に出る、と出ていたはずですが」

​弥生は肩をすくめる。

​「ええ。でも、未来は選ぶものじゃない。収束させるものよ。その『最適解』は私には退屈でしたから」

​彼女の群青の瞳が、一瞬だけ翔の灰色の瞳と交差する。

放課後。人気のないビルの屋上。

翔はポケットから古びたガジェットを取り出し、イヤホンのコードに接続した。

​「未来検索(プロトタイプ・サーチ)――スタート」

​通常の検索は過去のデータベースを参照するが、翔の異能は「まだ存在しない未来の情報」を断片的に引きずり出す。それはチップの演算による予測ではない。まだ確定していない未来そのものだ。

​目を閉じた瞬間、脳裏に文字が奔流のように流れ込む。

​[2025/11/15付 ニュース速報:『鷹間田翔、国家機密漏洩の容疑で逮捕』……]

[未発表論文タイトル:『シナプス・リライトによる全人類の認知収束について』……著者は……判読不能]

[個人ブログ:『鍵のペンダントの謎』……投稿者はHana……]

​断片的で曖昧。日付とキーワードしか読み取れない。

​「チッ……『鷹間田翔、国家機密漏洩』か。何の未来だ、これ」

​逮捕の未来。翔は強い正義感を持つが、同時にその異能が「人を操作できる」危険性を理解している。だからこそ、彼は自分の頭で考えて行動することを選んできた。

​「未来が一つに定まっていない……だから、ノイズが強い。答えは検索できない。だから面白い」

​その時、背後から優雅な声がした。

​「その断片、私にも見せてくれないかしら、翔くん」

​弥生が立っていた。彼女の瞳は静かで、どこか悲しげだ。

​「弥生……」

​「あなたの能力は、あまりに危険よ。チップは人類に平和と標準化をもたらした。でも、あなたの未来検索は、その揺らぎそのもの。放っておけば、無用な未来を生み出す」

​翔は警戒する。彼女の異能「ノイズ編集(シナプス・リライト)」は、他人の検索結果を微妙にずらすことで認識を操作できる。彼の未来検索の結果が、弥生によって既に編集されている可能性を否定できない。

​「お前の言う無用な未来とは、誰にとっての無用だ? 世界にとってか? それとも、お前が収束させたい未来にとってか?」

​弥生は一歩踏み出し、微笑みながら言った。

​「私のノイズ編集はね、翔くん。あなたの未来検索を無効化できる。私が真実を、あなたにとっての最適解を用意してあげるわ」

​彼女の瞳の奥で、微細な光が瞬く。

「私はすでに答えを見ているの」

​それは脅迫であり、誘いだった。

​「お前が未来を支配するなら、俺はノイズになる。その標準化された世界に、俺の非効率な思考を叩き込んでやる」

​翔は、自分の孤独な戦いが、この美しく冷酷な少女との避けられない対決へと収束していくのを直感していた。そして、まだ見えない未来の鍵が、妹の華の「オフライン領域」にあることも、漠然と予感していた。


翔と弥生の対話から数日後。翔は自分の行動が露骨に「標準化」の視線に晒されているのを感じていた。

​廊下を歩けば、坂田奏とその風紀委員たちが、**共鳴領域(シンクロ・フィールド)**を展開して監視している。彼らは集団として一体化し、翔の些細な行動や表情の揺らぎさえも見逃さない。

​「鷹間田くん。先日のテストの結果、あなたの解答は『最適解』から0.03%のズレが見られました。これは、チップの演算を使わなかった結果でしょうか?」

​奏が近づき、静かに問い詰める。彼女の周りの生徒たちの視線が、同時に翔に突き刺さる。

​「0.03%のズレ。それが、俺の考えだ」

​翔はアナログイヤホンの音量を上げる。彼の異能は、この集合知の「情報の揺らぎ」を敏感に感じ取っていた。

​「ノイズが混じってるな、先輩。その質問は、本当に先輩が知りたいことですか? それとも、誰かの指示ですか?」

​奏は一瞬、硬直した。翔の「心音」を見抜くような灰色の瞳に、動揺を悟られたのだ。

​「秩序は、個を超えたところにある。あなたの孤独は、私が吸収します」

​奏の言葉は、翔を引き込もうとする強い意志を孕んでいた。しかし、翔は一歩も引かない。

​「俺の孤独は、答えを検索しない自由だ。誰にも渡さない」

​そのやり取りを、下駄箱の陰から見ていた少女がいた。妹の鷹間田華だ。彼女は小柄で、いつも首元に古い鍵のペンダントを下げている。

​「……まじ無理。群れすぎじゃね」

​華はネットスラングで呟くと、誰にも気づかれぬよう、すぐにその場を離れた。彼女の異能オフライン領域(ブラックボックス・メモリ)は、このチップ社会において、誰も侵すことのできない完全な秘密の思考空間を彼女に与えていた。「つながらないこと」こそが、彼女の最大の武器だ。


鷹間田家の自室で、翔は再び**未来検索(プロトタイプ・サーチ)**を行った。

​[2025/11/17付 ニュース速報:『七星弥生、鷹間田翔の妹・華を「認知異常者」として風紀委員会へ告発』……理由:「外部接続拒否」]

​「華が……!?」

​『外部接続拒否』。全人類がチップでつながっている世界で、華の「オフライン領域」は最も危険な異端と見なされる。弥生は、翔を追い詰めるために、華の異能を公然の敵として利用しようとしている。

​「くそっ、未来はもう収束し始めているのか……」

​焦燥する翔のもとに、華が静かに現れた。彼女は小柄で、琥珀色の瞳は感情を読み取りにくい。

​「兄さん、またノイズに惑わされとるよ」

​「弥生は、俺の未来検索を編集して、俺が取るべき『最悪の未来』を見せているのかもしれない。でも華、お前のオフライン領域だけは、弥生にも、誰にも侵せないはずだ」

​華は頷いた。口調はネットスラング特有の、気だるくも核心を突くものだった。

​「うん。誰にも触れられない場所が、マジで私の中にある。弥生先輩のノイズ編集? それ、ウチにはノーダメ。アクセスは常に**拒否(デナイ)**だよ」

​「そうか……!」

​華のオフライン領域は、弥生の編集に対する絶対的な防壁だ。

​「兄さんが未来の断片を覗く。私は、その未来が弥生先輩に汚染されないよう、沈黙で守る。これが、今の私たちのガチ勢としての役割だよ」

​華は古い鍵のペンダントを握りしめた。

​「沈黙は、最大の答えになるって、これ豆な。兄さん、あなたが未来検索で見る真実は、私が必ず守護るから」

​翔は、孤独だと思っていた自分の隣に、誰にも侵されない「沈黙」を持つ妹が立っていることを再確認し、冷静さを取り戻した。

​「ああ。分かった。華、お前は俺のオフライン・パートナーだ。俺が断片を拾い、お前が真実を守る」

​翔の灰色の瞳に、新たな決意の光が宿る。彼は弥生の巧妙な罠に対抗するため、再び未来検索を起動した。今、彼が求めるのは、弥生が隠す「真実」の断片、そして、弥生の仲間たち――「情報の削除者」「複製者」「逆流者」「拡散者」――の情報だった。


七星弥生視点___


鷹間田翔が妹の華と決意を新たにしたその頃、七星弥生は学校の放送室、通称「制御室」にいた。そこは表向きは放送機材の保管庫だが、裏では学校のチップ接続ネットワーク全体を監視・管理する弥生の**ノイズ編集(シナプス・リライト)**の拠点となっていた。

​弥生は、白いノイズが流れる巨大なスクリーンを前に、片耳の星型ピアスに触れていた。

​「鷹間田翔……あなたはノイズが強すぎるわ」

​彼女は独り言のように呟く。翔の未来検索は、彼女が目指す**「最適で平和な未来への収束」にとって、最も予測不能な不純物**だった。

​「私の断片は、美しいけれど不完全、ですって? いいえ、翔くん。あなたの断片こそが、世界を不完全にするの」

​彼女は端末を操作し、翔の未来検索の結果を再確認する。彼女の異能「ノイズ編集」は、翔に見せた**「華の告発」**の未来を、現実に収束させるよう、ネットワークの情報を編み直していた。

​「この程度で動揺するようじゃあ、あなたは私の隣には立てない。試練よ、翔くん」

​彼女の背後に、影のように四人の生徒が現れた。彼らは弥生の支配する未来を実現するために集められた、特殊な能力者たちだった。


​最初に口を開いたのは、無表情で淡々とした様子の少女、霧島燐だった。彼女は広島弁で静かに尋ねる。

​「弥生さん。デリート・コード(情報消去)の実行許可はまだ出んの? 鷹間田華の『外部接続拒否』、あの子の存在自体がバグじゃけぇ、さっさと消しちゃえばええのに」

​弥生は首を横に振る。

​「焦らないで、燐。華のオフライン領域は、私たちの領域の外。力ずくで消去すれば、世界に『異常な空白』ができてしまう。それは避けたい」

​次に、明るく社交的な雰囲気の少年、御影悠真が関西弁で割り込む。

​「え~、エコー・コピー(情報複製)で華の防御をパクって、そこから侵入したらアカンのか? ウチがサブ垢作って対応するで!」

​「コピーは必ず劣化する、悠真。華の絶対の秘密は、複製できない。それに、翔くんの未来検索のコピーなんて、余計にノイズを増やすだけよ」弥生は冷たく言い放つ。

​弥生はディスプレイに、翔が直前に検索したと思われる断片的なキーワードを映し出した。

​「『七星弥生の協力者』『デリート・コード』『エコー・コピー』……。もう動き始めているわね。でも、これは予測できた最適解」

​彼女は二人の少女に視線を移した。

​「白峰澪。あなたのリバース・リンク(情報逆流)で、翔くんの検索の動機を暴きなさい。彼が本当に求めている答えは、何?」

​冷静で観察眼に優れた澪は、博多弁で答える。

​「へい。あいつの**“問い”は、誰よりも純粋で強かばってん、脆かよ。検索の逆流は即実行(ソッコー)するけん。あいつの弱点**を暴き出すばい」

​最後に、カリスマ的な雰囲気を纏う少年、天城陽翔が口を開く。

​「弥生、俺のインフォ・ブレイズ(情報拡散)はいつでも使える。あいつの未来検索の結果を、虚偽(フェイク)として一瞬で世界に広めることもできるんだぞ。俺に任せれば、あいつは世界の常識に飲み込まれて、消える」

​弥生は満足そうに頷いた。

​「ええ、陽翔。あなたの力は最終兵器よ。でも、まだその時ではない。私は翔くんを排除したいんじゃない。彼に真の最適解を選ばせたいの。自由を捨てて、収束を選ぶようにね」

​弥生の瞳は深い群青色に輝き、瞳孔の奥の微細な光が瞬く。それは、彼女の「未来を支配する意志」の象徴だった。

​「さあ、始めなさい。まずは坂田奏の共鳴領域と連携して、鷹間田兄妹の行動を完全に把握するのよ。あなたの“断片”は、美しいけれど不完全――翔くん、それがどういう意味か、思い知るがいいわ」

​削除者、複製者、逆流者、そして拡散者。弥生の四人の刃が、鷹間田兄妹を追い詰めるべく、動き出したのだった。


翌日の放課後。翔は人気のない校舎裏の階段に座り、再びアナログイヤホンに意識を集中させていた。弥生の仲間たちが動き出した今、彼は更なる未来の断片を必要としていた。

​「『情報の削除者』『複製者』『逆流者』……これ以上検索すれば、弥生に編集されるか、坂田先輩の共鳴に引っかかる」

​リスクを承知で、彼は「七星弥生、真の目的」と検索ワードを脳裏に描いた。

​その瞬間、通常の未来検索とは異なる、不快なノイズが脳を貫いた。それは未来の情報ではない。誰かが、検索という行為そのものに干渉してきたのだ。

​「ぐっ……これは……」

​検索窓に、勝手に文字が打ち込まれていく。それは、彼が過去に検索した**“問い”**の履歴だった。

​[検索履歴:『なぜ俺だけがノイズを感じる?』]

[検索履歴:『チップのない世界は存在するのか?』]

[検索履歴:『七星弥生の過去』]

​そして、最後にメッセージが現れた。

​[メッセージ:『アナタノ真ノ目的ハ、世界ノ破壊デスカ? ソノ孤独ナ探求ヲ、終ワラセロ。博多弁ヲ知ル者ヨリ』]

​「ノイズが混じってるな。これは**リバース・リンク(情報逆流)**か……!」

​翔は直感した。白峰澪。「逆流者」の異能だ。未来や結果ではなく、検索者の動機を覗き、揺さぶりをかける。まさに、思考者の俺の弱点を突いてきやがった。

​「俺の頭の中を覗きやがって……! それ、本当に“お前の考え”か? それとも、弥生の収束という名の命令か?」

​翔はすぐに未来検索のリンクを切断した。冷や汗が背中を流れる。自分の思考回路と脆弱な感情を、一瞬で他人に暴かれた感覚。これが、弥生が仕掛けた最初の罠だった。


​自室に戻ると、華がキーボードを叩いていた。彼女の琥珀色の瞳は、いつになく鋭い。

​「兄さん、顔色ヤバすぎワロタ。何されたの?」

​「弥生の仲間だ。『逆流者』の白峰澪に、検索の動機を暴かれた。俺が世界に抱く懐疑心と孤独を、そのまま弱点として突きつけられた」

​華はキーボードから手を離し、古い鍵のペンダントを触りながら、真剣な表情で言った。

​「だる……でも、兄さんのガチな問いを覗いたところで、ヤツらは真の意味を理解できないよ」

​「どういう意味だ?」

​「ヤツらはチップの演算で動いてる。論理(ロジック)と効率(エフィシエンシー)が全て。でも兄さんの問いは、効率最悪のノイズじゃん。答えは検索できない。だから面白い、ってやつ」

​華は立ち上がり、翔の前に立つ。

​「弥生先輩は、兄さんが孤独だから収束を選ぶ、と思ってる。坂田先輩は、孤独だから共鳴すべきだ、と思ってる。でも、孤独って、誰にも侵されないオフライン領域と一緒だよ」

​彼女はペンダントを指差す。

​「弥生先輩は、私が外部接続拒否だから、風紀委員会にタレコミした。でも、私の沈黙は、誰にも触れられない場所。兄さんの孤独も同じ。それは弱点じゃなくて、最強の防御だよ。沈黙は、最大の答えになる。これ、ガチで核心」

​華の言葉は、まるで彼の未来検索の断片を、真実として補完するように響いた。俺の孤独は、誰の思想にも染まらない、俺だけの思考の領域。弥生の編集が届かない、もう一つのオフライン領域だ。

​「そうか……俺の孤独は、ノイズ編集の無効化コードだ」

​翔は再び冷静さを取り戻した。弥生の仲間たちが動いた今、次は俺の番だ。

​「華、情報拡散の天城陽翔はまだ動いていない。弥生の最後のカードだ。そして、霧島燐の『情報消去』。これが一番厄介だ」

​未来検索の断片に、燐の情報はまだない。だが、もし燐が俺の未来検索の結果を消去したら――。

​「答えは検索できない。だからこそ……行動が次の断片を生む」

​翔はアナログイヤホンを深く押し込んだ。そして、立ち上がった。

​「華、坂田先輩の共鳴領域を突破する。彼女の秩序は、弥生に操られている。あそこをノイズで崩す。お前は、俺の行動を誰にも見られないよう、沈黙で守ってくれ」

​「了解(り)。兄さんが暴走したら、私が強制シャットダウンかけるから、爆走していいよ」

​その夜、鷹間田翔は、標準化された知能社会の秩序を司る風紀委員長、坂田奏との対決へと向かう。彼の孤独な未来検索と、妹の侵されない沈黙を武器にして。彼の目的は、弥生が仕掛けた情報戦のノイズを晴らし、真の未来を掴むことだった。

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