第12話 旗の輪を読む輪で包め
【前ループの変更点】
・逃がし溝を二段化(逆流の起点を二箇所に増設)
・宣誓台の位置を石盤から半歩外へ移動(旗の円と視線が重ならないよう分離)
・多読録画の輪を二重化(内輪=三読、外輪=群読)
・木札の末尾に「貸す」を追加し、旗側の合図を記号で上書き
旗の集団が円陣を組み、石の玉を指で弾いた。金属片が高く鳴り、屋根の少年が二本の指を立てる。
短い合図は強い。だから、こちらも短く重ねる。
僕は宣誓台を石盤から半歩外へ引き、会所前に立つ。
「読む。『本朝、儀式完了。未処刑。暫・点——保留し、保護す』」
三つの声が内輪で揃い、外輪の群読が追いかける。読む声の輪が、旗の円陣を外側から包む。視線は紙に落ち、指が上がり、空気が細かく分かれる。騒ぎは太れない。
旗の先頭が叫ぶ。
「投票を再開する。最初の名を——」
叫びは合図だ。けれど、読む輪の内側では、叫びは文の途中に紛れて弱くなる。
ミラが木札を配りながら、最後の一行を強める。
「読む→指→笑う→食べる→貸す」
笑いは騒ぎと喧嘩し、食べるは間を作る。貸すは、旗の「売る」を上書きする。
鐘が一つ。
長サウラが会所印の紙を掲げ、順序を忘れない。
「記録、所作、祈祷」
リオは筆を走らせ、末尾に暫・点。
綺は門影の閲覧盤を指で弾き、外の明滅が弱いことを確かめる。
鐘が二つ。
旗の男が玉を二つ、連続で弾いた。昨日より軽い音。粉屋の粉に紛れる配合。
屋根の少年が二度指を立て、ダゲンが軒に跳び、玉を空中で叩き落とす。
落ちた玉は石盤の縁へ転がるが、裏の二段逃がし溝が先に吸い込んだ。
逆流は早い。熱は外へ逃げ、火は空気を見失う。
鐘が——三つ。
石盤が息を吸う。
光は立ち上がりかけて、暫・点の溝で呼吸をひとつ置き、さらに逃がし溝へ揺れてしぼむ。
最初の名は立たない。
旗の内側で苛立ちが揺れ、叫びが太くなる。太い声は、短い合図ではない。長いほど、読む輪に吸われる。
ナヘルが祈祷の所作を胸の前で静かに組み、短い言葉だけ置く。
「疑いは保留。命は保護」
重りにならない祈りは、読みと喧嘩しない。
旗の先頭が作戦を変えた。
「ならば名を売る。名を呼んだ者には、塩と銀!」
売り声は強い。食べ物は火の友だ。
けれど、ミラが一歩前に出て、袋を掲げた。
「塩なら、配る。銀は、貸す」
配ると貸す。売るの居場所がない。
人々の指が上がる。
貸し借りの場では、声は低くなる。低い声は火を太らせない。
綺が旗の縁に歩み寄り、杖のない手で短く示した。
「合図交換。売る→貸す」
旗の後列の何人かが、一瞬だけ逡巡し、指を一本上げてしまった。上げ慣れた指は、売り文句より早い。
読む儀式が、燃やす儀式の中に小さな穴を穿つ。
先頭の男が苛立って小石を蹴る。
「最初の名を——」
「最後の名を残さない」
僕は重ねて言い、宣誓台から降りる。
「読む。『最後の名を残さないための多数決』」
三つの声がまた重なり、群読が追う。
旗の何人かは、口を閉じて耳を傾けてしまう。耳を使うと、叫びの刃は鈍る。
光は迷い続ける。
ダゲンが門柱に肩を預け、低く言う。
「転んでやるか?」
「まだ」
僕は首を振る。転倒は、最後のひと押しで使う。転びは派手だ。派手は客を呼ぶ。今は細かく削る。
旗の内側から、小柄な影が一人抜け出した。外の書記——灰色の外套の若い男だ。彼は胸の記号を指でなぞり、こちらに紙を差し出した。
「読むだけ、してください」
紙の末尾には、暫・点。
「外の掲示に、これを貼る。ここで読んでもらえれば、貼る前から“固定”される」
読む前の固定。予告の録画。
僕はうなずき、リオとミラと同時に読む。
「仮は、守る」
指が上がる。
旗の輪の外縁が、ほんの少しだけ萎む。
先頭の男は最後のカードを切った。
「宰席の名を呼ぶ! 名は慰みだろう、ならば名で安心しろ!」
広場が揺れる。名は甘い。
甘いほど、刃物のように通る。
綺が一歩、彼の前に出た。
「宰は役目。名は移る」
彼女は掌を広げ、静かに続ける。
「今日の宰は“読む”。燃やさない。読む宰の前では、名は慰みのまま止まる」
言葉は乾いて、しかし温度はあった。
旗の輪のいくつかが、目を伏せる。
それでも、先頭の男は叫び続ける。
叫びは、長い。
長い声は、読む輪に絡まって、糸みたいにほどけていく。
僕は合図を出した。
「今」
ダゲンが門前で大仰に転んだ。砂が派手に舞い、旗の二列目が一歩引く。
派手は視線を横に逸らす。
視線が横を向くと、最初の名は立たない。
鐘楼が四つ、打つ。
生活の鐘。
誰も燃えない。
巻き戻りは起きない。
胸の煤は四粒のまま。
旗の先頭は息を切らし、手を下ろした。
「今日は退く。だが、設計を買いにまた来る」
「設計は、売らない」
僕は宣誓台から答えた。
「貸す。読む。増やす」
綺が横で短く笑った。「慰みは高い。けれど、読むのは安い」
旗は風に消え、門影の閲覧盤だけが静かに光った。
リオが送辞を封じる。末尾はいつもと同じ、暫・点。
ナヘルは香炉を持たずに、夜へ祈る。
「疑いは保留。命は保護」
ミラは袋を抱え、僕に小さなパンを渡した。
「食べる、も忘れずに」
噛む音は、火を太らせない。
会所で短い段取り。
長サウラは地図を広げ、網目の結び目に小さな印を増やす。
「外の外は戻る。今度は名を売らず、物語を売るだろう」
物語は、火にも水にもなる。
なら、読む側の物語を用意するだけだ。
胸の煤は四粒。視界の端の暗さは変わらない。
けれど、村は「未処刑=完了」を日常にした。旗は騒ぎで太れなかった。
明日は、設計の中身に踏み込む。
宰席の台座に、手を入れる。
【次回の実験】
・宰席の台座(燃やす盤)の“読む化”を提案し、閲覧専用への切替手順を持参
・多読録画の輪を携えて丘へ行き、宰席の広場で先に“録画”を開始
・役目としての宰を「読む宰」に確定——設計の中心を、村の外でも痩せさせる。
処刑投票の村に転生しました。僕だけ死に戻りできます 妙原奇天/KITEN Myohara @okitashizuka_
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