『俺達のグレートなキャンプ145 人喰いウツボカズラを倒すか』

海山純平

第145話 人喰いウツボカズラを倒すか

俺達のグレートなキャンプ145 人喰いウツボカズラを倒すか


午前十時。静岡県某所のキャンプ場に、一台の軽自動車が勢いよく滑り込んできた。砂利を蹴散らし、派手に停車するその車から、石川が満面の笑みで飛び降りる。

「よっしゃー!!今日も最高のキャンプ日和だぁ!!」

両手を高々と上げ、青空に向かって吠える石川。その興奮ぶりは、まるで初めてキャンプに来た子供のようだった。いや、百四十五回目のキャンプでもこのテンションを維持できるのは、もはや才能と言えるだろう。Tシャツの胸には「GREAT CAMP」と英字がプリントされ、腰には使い込まれたナイフケースがぶら下がっている。

助手席から降りてきた千葉も、負けじと拳を突き上げる。

「石川さん!今日はどんな暇つぶししましょうか!?」

目を輝かせる千葉。その純粋な期待に満ちた瞳は、まるで師匠の教えを請う弟子のようだ。髪は寝癖が付いたまま、それでも気にする素振りもなく、ただただワクワクが顔全体から溢れている。

後部座席から降りてきた富山は、疲れた表情で大きくため息をついた。

「はぁ...今日は普通のキャンプにしてよね。お願いだから」

眉間に皺を寄せ、腰に手を当てる富山。長年の付き合いで、石川の「グレートなキャンプ」がどれほど常識外れかを身をもって知っている。ポニーテールの髪が風に揺れ、疲労の色が滲んだ瞳が石川を睨む。

石川が振り返り、ニッと歯を見せて笑う。

「もちろんだぜ富山ちゃん!今日は超普通!ただテント張って、飯作って、自然を満喫する!それだけだ!!」

「...本当に?」

富山が疑いの目を向ける。しかし石川は胸を張り、三本の指を立てて誓いのポーズを取った。

「ボーイスカウトに誓って!」

「あんたボーイスカウト入ってなかったでしょ」

「細かいことは気にすんな!さぁ、設営だ設営!!」

三人は手際よくテントを設営し始めた。石川と富山の息の合った動きは、長年のキャンプ経験を物語っている。ペグを打つリズムも、ロープを張る力加減も完璧だ。一方、千葉はまだ少しぎこちないが、それでも一生懸命にポールを支える。

三十分後、三つのテントが無事に立ち上がった。石川のテントは青、千葉のテントは赤、富山のテントは黄色。カラフルに並んだ三つのテントが、午前の陽光を浴びて輝いている。

「よっし!完璧だ!!」

石川が両手を腰に当てて、達成感に浸る。額に汗が光り、それを腕で拭う。

千葉が嬉しそうに自分のテントを眺めている。

「今日は本当に普通のキャンプなんですね!なんか新鮮です!」

「だろ?たまにはこういうのもいいんだよ。さて、次は薪拾いだな。千葉、一緒に行くぞ!」

「はい!」

石川と千葉が森の方へ歩いていく。その背中を見送りながら、富山はキャンプチェアに腰を下ろし、持ってきた文庫本を開いた。

「やっと...やっと普通のキャンプができる...」

小さく呟き、安堵のため息をつく。風が穏やかに吹き、木々の葉がサラサラと音を立てる。鳥のさえずりが聞こえ、遠くで他のキャンパーたちの笑い声が響く。これこそが、富山の求めていた「普通のキャンプ」だった。

しかし。

その平穏は、わずか十五分で崩壊した。

「うわああああああああ!!!」

森の方から、石川と千葉の絶叫が響き渡る。そして、それに続くように、キャンプ場のあちこちから悲鳴が上がり始めた。

「きゃああああ!」

「何だこれ!?」

「助けてくれぇ!!」

富山が本を落とし、勢いよく立ち上がる。心臓が早鐘を打ち始める。何が起こった?事故?熊?

「石川!?千葉!?」

叫びながら森の方へ走る。足が震え、呼吸が荒くなる。草を踏みしめる音が、自分の耳にやけに大きく聞こえる。

そして、森の入口に差し掛かった瞬間、富山は見た。

「...は?」

目を疑う光景。いや、目を疑うどころではない。現実を拒否したくなる光景。

巨大な、あまりにも巨大な植物が、そこにあった。

高さは優に三メートルを超える。深紅の壺状の捕虫袋が不気味に口を開け、その縁には鋭い棘のような突起がびっしりと並んでいる。まるで牙だ。内部は真っ黒な闇で、時折ゴボゴボと音を立てて、何かの液体が泡立っている。そして最も異常なのは、その植物が地面に根を張っていないことだった。

太い蔦が、まるで足のように地面を這い、ゆっくりと、しかし確実に移動している。

「なに...これ...」

富山の声が震える。膝がガクガクと揺れ、立っているのがやっとだ。

そのウツボカズラの周りでは、複数のキャンパーたちが蔦に絡め取られていた。中年の夫婦、若いカップル、隣のサイトにいたおじさんキャンパー。全員が必死に抵抗しているが、蔦は容赦なく彼らの体に巻き付き、じわじわと巨大な口へ引きずっていく。

「ふ、富山ちゃああああん!!」

石川の声が聞こえた。見ると、石川は太い蔦に片足を掴まれ、必死に木の幹にしがみついている。顔は真っ青で、額に大量の汗が流れている。

千葉も別の蔦に腰を掴まれ、地面を爪で引っ掻きながら抵抗していた。

「た、助けてください!!このままじゃ食われます!!」

千葉の叫び声が森に響く。その声には、いつもの陽気さは一切なく、ただ純粋な恐怖が満ちていた。

富山の頭が真っ白になる。どうする?どうすればいい?警察?消防?いや、そんな悠長なことを言っている場合じゃない!

「く、くそぉぉ!!」

富山は落ちていた太い枝を拾い上げ、石川を掴んでいる蔦に叩きつけた。ガツン!という鈍い音と共に、蔦が一瞬怯む。その隙に石川が蔦を振り払い、木から飛び降りる。

「サンキュー富山ちゃん!やっぱお前最高だぜ!!」

息を切らしながらも、石川は笑っている。こんな状況でも。

「笑ってる場合!?」

富山が怒鳴りながら、今度は千葉の方へ走る。しかし、新たな蔦が地面から飛び出し、富山の行く手を阻んだ。

「きゃあ!」

咄嗟に後ろに跳び、蔦の攻撃を回避する。心臓が口から飛び出しそうなほど激しく脈打つ。

その時、巨大ウツボカズラがゆっくりと向きを変えた。そして、その巨大な口を、石川に向けた。

「...おい、マジかよ」

石川の顔が引きつる。ゴボゴボという液体の音が大きくなり、ウツボカズラの口から緑色の粘液がドロリと垂れる。それが地面に落ちると、ジュウウウと音を立てて、草が溶け始めた。

「溶解液...?嘘だろ...?」

石川が後ずさる。しかし、蔦がまるで鞭のように襲いかかってきた。

「うおっ!」

咄嗟に横に転がり、攻撃を回避。だが、すぐに別の蔦が追ってくる。立ち上がる暇もなく、次々と蔦が襲いかかる。

「くっ、速い!」

地面を転がり、木の陰に隠れる石川。息が上がり、胸が激しく上下する。Tシャツは泥と汗でグチャグチャだ。

千葉はまだ蔦に掴まれたまま、じりじりと口に近づけられている。

「いやだ!いやだあああ!!石川さん!!」

必死に手を伸ばす千葉。その顔は涙と汗でぐしゃぐしゃだ。

「千葉ぁ!!」

石川が飛び出し、落ちていた大きな石を拾い上げて、蔦に投げつける。石は見事に命中し、蔦が千葉を離した。

「今だ、逃げろ!!」

千葉が這うようにして石川の元へ駆け寄る。二人は必死に距離を取り、富山の近くまで逃げてきた。

「はぁ、はぁ、はぁ...なんだよこれ...何が起こってんだよ...」

石川が膝に手をつき、荒い息をつく。全身が汗でびっしょりだ。

千葉も地面に座り込み、肩で息をしている。

「し、死ぬかと思いました...」

富山が二人の肩を掴む。

「石川!これ、どういうこと!?あんた、何か知ってるの!?」

「知るわけねぇだろ!!俺だって意味わかんねぇよ!!なんでウツボカズラが動いてんだよ!!しかも人喰いって!!」

石川が叫ぶ。その声には、初めて聞く動揺が混じっていた。

キャンプ場のあちこちで、まだキャンパーたちの悲鳴が上がっている。ウツボカズラは容赦なく蔦を伸ばし、次々と人を捕らえようとしている。おじさんキャンパーは木の上に逃げ、若いカップルはテントの中に隠れている。

その時、森の奥から、一人の男が走ってきた。

「みんな、離れろ!危険だ!!」

白衣を着た、四十代くらいの男。メガネをかけ、髪はボサボサ、必死の形相で走ってくる。片手には大きなアタッシュケースを抱えている。

「あんた誰!?」

富山が叫ぶ。

男は三人の前で急停止し、ハァハァと息を切らしながら答える。

「私は...ハァ...植物学者の...ハァ...田中だ!あの植物は...ハァ...私の研究所から逃げ出した...ハァ...試験体なんだ!」

「はぁ!?」

三人の声が揃う。

田中は額の汗を拭い、早口で説明を始める。

「詳しい説明は後だ!とにかく、あれを止めないと大変なことになる!あれは遺伝子組み換えで作られた新種のウツボカズラで、自立移動能力と高度な捕食本能を持っている!このままでは...」

言い終わる前に、ウツボカズラが再び蔦を伸ばしてきた。今度のターゲットは田中だ。

「うわぁ!」

田中が横に飛び、蔦が地面を叩く。ドスン!と重い音が響き、地面に亀裂が走る。

「こいつ...マジで殺る気だ...」

石川が呟く。その目は、いつもの陽気さを失い、真剣そのものだった。

田中がアタッシュケースを開け、中から注射器のような器具を取り出す。中には青緑色の液体が入っている。

「これは『グレート除草剤XX』だ!私が開発した、あの植物専用の特効薬だ!これをあいつの捕虫袋内部に直接注入すれば、活動を停止させられる!」

「直接...って、あの口の中に入れってこと!?」

千葉が目を見開く。

「そうだ!だが、近づけば蔦に捕まる...それに、あの溶解液に触れたら...」

田中の言葉が途切れる。その目には、深い後悔と恐怖が宿っていた。

石川がスッと立ち上がった。

「...俺がやる」

「石川さん!?」

千葉が驚いて石川を見上げる。

富山も慌てて石川の腕を掴む。

「馬鹿言わないで!あんた死ぬ気!?」

石川が振り返り、いつもの笑顔を見せる。ただし、その笑顔はどこか決意に満ちていた。

「大丈夫だって。俺、百四十五回もグレートなキャンプしてきたんだぜ?今更ウツボカズラごときにビビってられるかよ」

「ごときって...!」

富山の声が震える。目に涙が滲んでいた。

石川は富山の頭に手を置き、ポンポンと叩く。

「任せとけ。俺は『奇抜でグレートなキャンプ』をモットーにしてんだ。これも一つのグレートな体験ってことでさ」

そう言って、石川は田中から注射器を受け取る。

「使い方は?」

「捕虫袋の内壁に突き刺して、ボタンを押すだけだ。だが...近づくだけでも危険だぞ」

「了解」

石川は深呼吸をし、ゆっくりとウツボカズラに近づいていく。一歩、また一歩。靴が草を踏む音が、やけに大きく聞こえる。

ウツボカズラが石川に気づき、ゆっくりと向きを変える。その動きは不気味なほど滑らかで、まるで知性があるかのようだ。

「よう、デカブツ。俺と遊ぼうぜ」

石川が挑発するように手招きする。心臓は暴れ馬のように跳ね回っているが、表情には一切出さない。

ウツボカズラが反応した。蔦が、まるで矢のように石川に向かって飛んでくる。

「おっと!」

石川が横に跳び、蔦を回避。しかしすぐに次の蔦が来る。今度は左から。

「ちっ!」

地面を転がり、攻撃をかわす。背中に小石が当たり、痛みが走る。だが構わず立ち上がり、さらに前進する。

三本の蔦が同時に襲いかかってきた。

「くぅ!」

一本目を跳んで回避、二本目を屈んで回避、三本目は...間に合わない!

ガシッ!

蔦が石川の腕を掴む。

「やべっ!」

強烈な力で引っ張られる。足が地面を離れ、体が宙に浮く。

「石川ああああ!!」

富山と千葉の叫び声が響く。

石川は必死に抵抗し、ナイフを抜いて蔦を切りつける。しかし蔦は太く、なかなか切れない。じりじりと口に近づいていく。

ゴボゴボという音が近づく。溶解液の臭いが鼻を突く。酸っぱいような、腐ったような、吐き気を催す臭いだ。

「くそ、くそ、くそぉ!!」

必死にナイフを動かす。汗が目に入り、視界が滲む。腕の筋肉が悲鳴を上げている。

ついに蔦が切れた。

「よっしゃ!」

地面に落下し、転がる。そのまま勢いをつけて、ウツボカズラの死角に回り込む。

そして、思い切り跳躍した。

「うおおおおおお!!」

空中で体を捻り、ウツボカズラの巨大な口に向かって飛び込む。時間が遅く感じる。風が顔を叩く。心臓の音が耳に響く。

そして、石川はウツボカズラの口に突入した。

内部は想像以上に広かった。そして、暗い。底には大量の溶解液がゴボゴボと泡立っている。

「うわっ、やっべ!」

石川は内壁にしがみつき、必死に液体との接触を避ける。壁はヌルヌルと滑りやすく、今にも落ちそうだ。指が滑る。爪が壁に食い込む。

「今だ!!」

石川は注射器を構え、内壁に突き刺す。そして、ボタンを押した。

プシュッ!!

青緑色の液体が、ウツボカズラの体内に注入される。

その瞬間、ウツボカズラが激しく痙攣した。

「うわああああ!!」

石川が内部で揺さぶられる。体が浮き、壁にぶつかり、また浮く。まるで洗濯機の中だ。

そして、ウツボカズラが大きく傾いた。

ドバァァァ!!

内部の溶解液が、口から一気に吐き出される。緑色の液体が滝のように溢れ出し、地面にぶちまけられる。草木が次々と溶け、ジュウジュウという音が響く。

「きゃああああ!」

「危ない!」

キャンパーたちが慌てて逃げる。田中も富山と千葉を引っ張って、安全な場所へ避難させる。

そして、溶解液と一緒に、石川も吐き出された。

「うおぉぉぉぉ!!」

空中を一回転し、地面に叩きつけられる。ゴロゴロと転がり、木の根元で停止。

「いってぇ...」

全身が痛い。特に背中と腰。多分あざだらけだろう。体中が溶解液でベトベトだが、幸い皮膚は溶けていない。出てくる時に薄まったのか、それとも接触時間が短かったのか。

「石川さん!!」

千葉が駆け寄ってくる。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

「大丈夫ですか!?生きてますか!?」

「生きてる生きてる...でも、溶かされるとこだったぜ...マジで...」

石川が笑いながら答える。その笑顔は、疲労困憊だが、どこか達成感に満ちていた。

富山も駆け寄ってきて、石川の頭を思い切り叩いた。

「馬鹿ぁ!!死んだらどうするの!!」

涙を流しながら怒鳴る富山。その目には、怒りと安堵が混じっていた。

「ごめんごめん。でも、やるしかなかったんだって」

石川が頭をさすりながら謝る。

田中も近づいてきて、石川に手を差し伸べる。

「君...ありがとう。君のおかげで、多くの人が救われた」

石川はその手を取り、立ち上がる。体がグラつくが、なんとか踏ん張る。

三人で巨大ウツボカズラを見ると、もう動いていなかった。蔦はダラリと地面に垂れ、巨大な口も閉じている。グレート除草剤XXが効いたのだ。

「やった...やったぞ!!」

石川が拳を突き上げる。

周りのキャンパーたちから、歓声と拍手が起こる。おじさんキャンパーも木から降りてきて、親指を立てた。

「すごいぞ若者!まるでヒーローだ!!」

若いカップルも無事で、お互いに抱き合って喜んでいる。

田中は深々と頭を下げた。

「本当にすまなかった...私の不注意で、こんな事態を招いてしまって...」

「いやいや、結果オーライっすよ!むしろ、百四十五回目のキャンプで、まさか本当に怪物と戦うことになるとは思わなかったっす!超グレートな体験でした!」

石川が笑いながら答える。その言葉に、千葉もうんうんと頷く。

「本当に!まさか人喰いウツボカズラが本当にいるなんて!」

富山だけが、冷めた目で二人を見ていた。

「...あんたたち、頭おかしいんじゃない?」

しかし、その口元は微かに笑っていた。

田中は警察と研究所に連絡を取り、ウツボカズラの回収作業が始まった。特殊な車両が到着し、巨大な植物をクレーンで吊り上げていく。その光景は、まるでSF映画のようだった。

キャンプ場の管理者も駆けつけ、キャンパーたちの安否を確認。幸い、軽傷者は数名いたものの、重傷者はゼロ。まさに奇跡的だった。

全ての騒動が落ち着いた頃には、既に午後三時を回っていた。

三人は自分たちのサイトに戻り、キャンプチェアに座り込む。全員、疲労困憊だ。

「...はぁ」

富山が長い、長いため息をついた。

「なんだったの、今日のキャンプ」

その声は脱力しきっていた。

石川がカセットコンロに火をつけ、やかんを載せる。

「まぁまぁ。とりあえず、コーヒーでも飲もうぜ」

湯が沸くのを待つ間、三人は無言で空を見上げる。青い空に、白い雲がゆっくりと流れている。鳥が鳴き、風が優しく吹く。さっきまでの騒動が嘘のような、穏やかな時間。

やかんが笛を鳴らし、石川がドリップコーヒーを淹れ始める。豆を挽く音が心地よく響き、コーヒーの香ばしい香りが広がる。

三つのマグカップに、丁寧にコーヒーが注がれる。湯気が立ち上り、太陽の光を浴びてキラキラと輝く。

「じゃあ...」

石川がマグカップを掲げる。

「人喰いウツボカズラ討伐、成功を祝して...」

千葉も笑顔でマグカップを掲げる。

「乾杯しましょう!」

富山は呆れた顔でため息をつきながらも、マグカップを掲げた。

「...もう、付き合いきれないわよ、あんたたち」

三つのマグカップがカチンと触れ合い、乾いた音が響く。

「かんぱーい!!」

コーヒーを一口飲む。苦味と香ばしさが口の中に広がり、疲れた体に染み渡る。

「...うめぇ」

石川が満足そうに呟く。

「本当に美味しいです」

千葉も笑顔で頷く。

富山も、小さく頷いた。

「...まぁ、悪くないわね」

三人は並んでキャンプチェアに座り、コーヒーを飲みながら、キャンプ場の景色を眺める。他のキャンパーたちも、徐々に日常を取り戻している。焚き火を囲んで笑い合う家族、ギターを弾く若者たち、のんびりと昼寝をするソロキャンパー。

隣のサイトから、おじさんキャンパーが顔を出した。

「おーい、君たち!さっきは本当にすごかったよ!良かったら、今夜は一緒にバーベキューでもどうだい?」

石川が満面の笑みで答える。

「マジっすか!?喜んで!!」

「おう!じゃあ六時頃に!肉は俺が多めに持ってきてるからさ!」

「ありがとうございます!!」

千葉も嬉しそうに手を振る。

おじさんキャンパーが自分のサイトに戻っていく。その背中を見送りながら、石川がニヤリと笑う。

「な?グレートなキャンプだろ?」

富山が冷めた目で石川を見る。

「グレートっていうか...もう無茶苦茶よ」

「でも、楽しかっただろ?」

「...まぁ」

富山が小さく認める。確かに、怖かったし、危険だったし、もう二度と経験したくない。でも、不思議と後悔はしていない。むしろ、生きている実感がある。心臓がまだドキドキしているし、体中の筋肉が疲労を訴えている。でも、それが妙に心地いい。

千葉がコーヒーをすすりながら、ぼそりと呟く。

「でも石川さん...本当に、よく無事でしたよね」

その言葉に、石川は少し真面目な表情になる。

「まぁな。正直、ヤバかったわ。あの溶解液、マジで危なかった。ちょっとでも長く浸かってたら、今頃俺、ドロドロに溶けてたかもな」

「やめてよ、そういう話!」

富山が顔をしかめる。想像したくない光景が頭をよぎり、ゾッとする。

石川が笑いながら手を振る。

「大丈夫大丈夫!俺は不死身だからさ!」

「不死身じゃないでしょ、人間なんだから」

富山が呆れたように言う。しかし、その声には安心感が滲んでいた。こうやって、いつも通りふざけられる石川がいる。それだけで、ホッとする。

石川がコーヒーを飲み干し、満足そうに息を吐く。

「しっかし、まさか本当に人喰いウツボカズラと戦うことになるとはなぁ。植物学者が現れて、特効薬を渡されて、命がけの注入作戦...もう完全に漫画の展開じゃん」

「本当にそうですよ!僕、途中で夢じゃないかって思いました!」

千葉が目を輝かせながら言う。もう完全に、怖かった記憶より楽しかった記憶の方が勝っているようだ。

富山が二人を交互に見て、大きくため息をついた。

「あんたたち...本当に変わってるわよ。普通、あんな目に遭ったら、トラウマになるものじゃないの?」

「トラウマ?なんで?」

石川が首を傾げる。その表情は、本気で理解できないという顔だ。

「だって...死にかけたのよ?」

「でも、死ななかっただろ?むしろ、みんなを救ったんだぜ?これ以上のグレートな体験ある?」

石川の言葉に、千葉が勢いよく頷く。

「そうですよ!僕たち、ヒーローになったんです!本物の!」

二人のキラキラした目を見て、富山は何も言えなくなった。この二人には、何を言っても無駄だ。もう完全に、あの体験を「最高の思い出」として記憶している。

「...はいはい。もう好きにしなさい」

富山が諦めたように手を振る。しかし、その口元は笑っていた。

三人は再びコーヒーをすすり、穏やかな時間を過ごす。風が気持ちよく吹き、木々が揺れる。遠くで子供たちの笑い声が聞こえ、焚き火の煙が空に昇っていく。

しばらくして、石川が突然立ち上がった。

「そうだ!記念撮影しようぜ!」

「え?今から?」

富山が驚いて見上げる。

「当たり前だろ!百四十五回目のグレートキャンプ、しかも人喰いウツボカズラ討伐成功の記念だぞ!?写真残さなきゃ!」

石川がスマホを取り出し、三脚をセットし始める。その動きは慣れたもので、あっという間にセルフタイマーの準備が整う。

「ほら、富山ちゃんも千葉も!こっち来い!」

「はい!」

千葉が即座に立ち上がり、石川の隣に並ぶ。

富山は渋々立ち上がり、二人の隣に立つ。

「はいはい...もう、仕方ないわね」

三人が並び、石川がスマホのタイマーをセット。カウントダウンが始まる。

「よし!じゃあいくぞ!せーの!」

「「「グレート!!」」」

三人が同時にポーズを決める。石川は両手でVサイン、千葉は親指を立ててグッドサイン、富山は照れくさそうに小さくピースサイン。

カシャッ!

シャッター音が響き、写真が撮れる。石川がすぐにスマホを確認し、満足そうに頷く。

「よっし!いい感じ!これ、後でSNSに上げよう!」

「ちょっと待って!上げるの!?」

富山が慌てる。

「当たり前だろ!『人喰いウツボカズラを倒しました!』ってキャプションつけて!」

「誰も信じないわよ、そんなの!」

「それでいいんだよ!むしろ、『また石川が変なこと言ってる』って思われる方が面白いだろ?」

石川がニヤリと笑う。その笑顔は、いつもの悪戯っぽい笑顔だ。

千葉も笑いながら頷く。

「確かに!それ、面白いです!」

富山は両手で顔を覆った。

「もう...知らないから...」

しかし、その声は笑っていた。

夕方、約束通り、おじさんキャンパーとバーベキューをすることになった。石川たちのサイトとおじさんのサイトの間に、簡易的なバーベキューエリアが設けられる。

おじさんキャンパーが、クーラーボックスから大量の肉を取り出す。

「どうぞどうぞ!遠慮なく食べてくれ!今日の君たちは本当にすごかった!」

「うわぁ、こんなに!ありがとうございます!」

千葉が目を輝かせる。

石川も嬉しそうに炭に火をつけ始める。着火剤に火をつけ、うちわで扇ぐ。炭が徐々に赤くなり、パチパチと音を立て始める。

富山は野菜を切り、串に刺していく。トマト、ピーマン、玉ねぎ、ズッキーニ。手際よく並べていく。

「富山さん、料理上手いですね!」

千葉が感心したように言う。

「まぁ、長いことキャンプしてるからね。これくらいできないと」

富山が少し照れくさそうに答える。

おじさんキャンパーが缶ビールを配る。

「さぁ、まずは乾杯といこう!」

四人がビールを掲げる。夕日が缶に反射し、オレンジ色に輝く。

「それでは...今日の無事と、若者たちの勇敢さに!乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」

プシュッと缶を開け、ビールを飲む。キンキンに冷えたビールが喉を通り、疲れた体に染み渡る。

「っはぁ〜!うめぇ!!」

石川が満足そうに声を上げる。

千葉もゴクゴクと飲み、顔を真っ赤にする。

「あ、美味しい...!」

富山もゆっくりと味わいながら飲む。ビールの苦味と炭酸が、絶妙にマッチしている。

肉が網の上で焼かれ始める。ジュウジュウという音と共に、食欲をそそる香りが広がる。煙が立ち上り、夕暮れの空に溶けていく。

「さぁさぁ、どんどん焼くぞー!」

おじさんキャンパーが肉をひっくり返す。焼き色がついた肉が、美味しそうに光る。

「いただきます!」

千葉が真っ先に焼けた肉を取り、口に放り込む。

「うんま!!」

目を輝かせながら、モグモグと噛む。肉汁が口の中に広がり、旨味が爆発する。

石川も次々と肉を頬張る。

「やっぱキャンプの後の肉は最高だな!」

富山も野菜と一緒に肉を食べる。

「美味しい...疲れた体に染みるわ」

おじさんキャンパーがビールを飲みながら、笑顔で言う。

「しかし、本当に驚いたよ。まさかあんな化け物みたいな植物が本当にいるなんてね」

「僕も信じられません。未だに夢みたいです」

千葉が答える。

「でもさ、よく考えたら、俺たちってすごくない?化け物倒したんだぜ?」

石川が得意げに胸を張る。

「それは確かにすごいけど...でも、もう二度とやりたくないわ」

富山がため息をつく。

「まぁまぁ、富山ちゃん。人生、何が起こるかわかんないからさ!」

「起こらないでよ、もう!」

四人の笑い声が、夕暮れのキャンプ場に響く。焚き火の炎が揺れ、星が空に瞬き始める。

夜が深まり、バーベキューも終盤に差し掛かった頃、おじさんキャンパーがふと呟いた。

「君たち、次はどこでキャンプするんだい?」

石川が目を輝かせる。

「次ですか?もちろん、また奇抜でグレートなキャンプをしますよ!次は...」

「やめて!もう聞きたくない!」

富山が両手で耳を塞ぐ。

しかし、石川は止まらない。

「次は『富士山頂でテント張ってご来光見ながらカレー作る』とか!」

「寒いでしょそれ!」

「じゃあ『海でテント張って潮干狩りしながらバーベキュー』とか!」

「潮に流されるわよ!」

「じゃあ『雪山でイグルー作ってそこでキャンプ』とか!」

「凍死するでしょ!!」

石川と富山のやり取りを見て、千葉とおじさんキャンパーが大笑いする。

「あはは!君たち、本当に仲がいいね!」

「そうですか?」

石川と富山が同時に答え、顔を見合わせる。そして、また笑う。

確かに、毎回無茶苦茶で、毎回ハラハラして、毎回疲れる。でも、不思議と楽しい。それが、石川たちのグレートなキャンプだった。

夜空には満天の星が輝き、焚き火は静かに燃え続ける。遠くでフクロウが鳴き、川のせせらぎが聞こえる。

「でもさ、マジで今日はすごかったな。百四十五回目にして、最高にグレートなキャンプだったわ」

石川がしみじみと言う。

「確かに...忘れられない一日になったわね」

富山も認める。

「次も、もっとグレートなキャンプにしましょうね、石川さん!」

千葉が笑顔で言う。

石川が立ち上がり、夜空に向かって叫ぶ。

「おう!!次も、その次も、ずっとグレートなキャンプをしてやるぜぇ!!」

その声が、静かなキャンプ場に響き渡る。他のキャンパーたちから「静かにしろー!」という声が飛んでくるが、石川は気にしない。

富山が頭を抱える。

「もう...本当に、懲りないんだから...」

しかし、その顔は笑っていた。

こうして、石川たちの百四十五回目のグレートなキャンプは幕を閉じた。人喰いウツボカズラという予想外の敵との戦い、命がけの討伐作戦、そして無事の帰還。まさに、伝説に残るキャンプとなった。

翌日、三人がキャンプ場を後にする時、管理者が見送りに来た。

「お気をつけて。また来てくださいね」

「ありがとうございました!また来ます!」

石川たちが手を振る。

車に乗り込み、エンジンをかける。キャンプ場を後にしながら、富山がぼそりと呟いた。

「...ねぇ、石川」

「ん?」

「次のキャンプ...普通のでいいからね」

石川がニヤリと笑う。

「わかってるって!次は超普通のキャンプだ!」

「...本当に?」

「本当だって!」

富山は信じていなかった。絶対に、また何か奇抜なことを考えている。そんな予感がした。

でも、不思議と嫌じゃなかった。むしろ、次のキャンプが楽しみだと思っている自分がいた。

千葉が後部座席から身を乗り出す。

「次はいつ行きましょうか!?」

「そうだな...来月あたりかな!」

「楽しみです!!」

車は田舎道を走り抜けていく。窓から見える景色は、緑豊かな山々と青い空。風が心地よく吹き込んでくる。

富山はふと、今日撮った写真を見返した。三人で並んで、ポーズを決めている写真。石川は相変わらず元気いっぱいで、千葉は純粋に楽しそうで、自分は...少し照れくさそうだけど、笑っている。

「...ま、悪くないわね」

小さく呟いて、スマホをしまう。

石川が運転しながら、鼻歌を歌い始める。

「♪グレートなキャンプ〜、今日もグレート〜♪」

「その歌、やめてよ恥ずかしい」

「いいじゃん!グレートなんだから!」

千葉も一緒に歌い始める。

「♪グレートなキャンプ〜、明日もグレート〜♪」

「あんたたち...」

富山は呆れながらも、口元を緩ませる。

こうして、石川たちの奇抜でグレートなキャンプの旅は、これからも続いていくのだった。

次は何が起こるのか。誰にもわからない。でも、きっとグレートな何かが待っている。そう信じて、三人は前を向く。

「俺達のグレートなキャンプ、万歳!!」

石川の声が、車内に響く。

「「万歳!!」」

千葉と富山も、声を揃えて叫ぶ。

車は田舎道を走り続け、やがて地平線の彼方へと消えていった。

―完―

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『俺達のグレートなキャンプ145 人喰いウツボカズラを倒すか』 海山純平 @umiyama117

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