土の中に埋めた花
只
第一話 gild the lily
寂れた花屋。商業施設に併設されているから生き残っているだけの店。
今時花なんて誰も興味ないだろうし、奇麗だけどお金を払ってまでほしくない。田舎だから辺りにはここしか花屋はない。
だから冠婚葬祭で儲かっているんだろう、多分。
世間知らずの高校生にはそんな憶測しかできない。
お金のことなんて考えたくないし、そんなものがないと生きていけない人間になんて生まれたくなかった。
本能だけで生きてる生物に生まれたかったと心底思う。
「花屋ってなんかドクトクな香りがするよね」
隣にいる少女、
今日は彼女の買い物の付き合いで商業施設に来ている。
その帰り道に彼女が花屋に入りたいと言ったからここにいる。
「守岡、あんまりそういうの言わなくていいから。言うにしても店出てからにしようよ」
彼女は少々デリカシーに欠けるが、それは心の赴くままに生きている証拠でそういうところが好きだ。
「ちょっと
「何回も言うけど、ここ私達の友達がバイトしてるし、うちの学校の遊び場なんてここしかないんだからバレちゃいやでしょ」
「もう、わかったよ瀬戸口”さん”。」
顔をむすっとしながらも私の言うことをわかってくれた彼女は、花を物色しに店の奥へと向かう。
彼女と買い物袋を一緒に持っている私も自然と足が進む。
「そういえば、花屋に何の用があるの?誰かの贈り物?」
「んー?気になるんだ。ふふっ、大丈夫だよ。この施設に何回も来てるのに一回も入ったことないから気になっただけだよ」
いじらしく笑う彼女は奇麗というより可愛らしい。
肩にかかるくらいに伸びたセミロングの黒髪が揺れて、うなじが目に映る。
見慣れたものだけど、何故か目に留まる。
「私のこと見すぎだよ。ここ外だってこと忘れてない?」
さっきの仕返しのようにからかってくる彼女を無視するように、傍にあった花を手に取る。
花なんて詳しくない。
バラとかアジサイとかメジャーなものしかわからない。
でも奇麗なのは確かで、隣で彼女と一緒に『きれいだねー』と浅い感想を交し合っていた。
「守岡も、グループのみんなも色んなものに可愛いっていうけど、可愛いってなんなの?周りにあわせて私も可愛いっていうけど私よくわからない。例えばだけど、このマーガレットって花は可愛いの?」
「うーん、可愛いとは思う。けど、みんなあんまり深く考えてないんじゃない?可愛いって言葉は楽だからね。どうせ次の日には忘れる日常会話なんだから適当でいいよ。瀬戸口は真面目だよね」
「真面目じゃないよ、ただ気になるだけ。そもそも真面目だったらあんな高校行ってないし、下から数えた方が早い点数なんて取らないよ」
『私達馬鹿だもんね』と彼女はカラカラと笑った。
私達のいる地域に高校は二つしかない。
頭が良い方と悪い方の二つ。
もう少し遠くに行けば他にも高校はあるが、この地域に住む学生のほとんどは近くの二つのどちらかに進学する。
頭の悪い高校は治安こそ悪いが、それ以外は楽だった。
地域の人からの視線は冷たく感じるが、隣に彼女がいるから問題ない。
むしろ、親がうるさいこと以外はのびのびと生活できて楽しいくらいだ。
しかも親が寝るまで基本的に彼女の家にいるので朝以外親と顔を合わせることはない。
だから今の生活は楽しいに分類できると思う。
「私ってもしかして不良っぽい?」
「どうしたの急に、瀬戸口は優しいよ?」
ただの独り言だったのだが、直球の褒め言葉を喰らってしまった。
彼女はほとんど嘘は吐かない。
だからこそ嬉しい。
言葉にできない思いを消化するために店内を見回ると目に留まる花を見つけた。
「この花、かわいいかも……」
私はひときわ輝く白い一輪の花を手に取った。
ポップアップには『ユリの花』と書かれていた。
周りにはピンク色や黄色のものもあったが、白いユリの花がなぜか目に焼き付いた。
その無垢な花は透珠を連想させ、それは花を買うのに足り得る理由だった。
一輪だけは寂しいので二輪目を手に取る。
「わぁ、ユリの花だ。奇麗だね。二輪だけ買うの?どうせなら、一輪ずつ買って贈りあわない?そっちのほうがよくない?」
「そうかな、でも私の家置く場所ないから守岡の家に置くことになるけどそれでもいい?一応プレゼントにしようと思ってたんだけど」
「私もう誕生日プレゼントもらったよ?でも嬉しいな、どこに飾ろうか悩んじゃうな」
ニマニマしている彼女を尻目に会計に向かった。
初めて花を買った感想は特にない。
相場とか知らないし、興味ないからだ。
それよりも、透珠が電子決済できなくて焦ってたのがおもしろかった。
商業施設を出た後に一輪のユリの花を贈りあった。
なんだか気恥ずかしかったが、嬉しくて笑いながら透珠の家があるアパートへ向かった。
曇った秋の風は少し寒いけど、心が熱くて、気にならなかった。
買って帰った食材や雑貨を仕舞って透珠の部屋のベッドの上でくつろいでいた。
花を生ける瓶なんてそう都合よくあるわけなく、大きめのグラスに入れてその場をしのいだ。
二輪のユリの花が、水を反射し輝いていた。
彼女は勉強机の傍に飾ってれたが、勉強机はベッドに隣接しているので衝撃でグラスが倒れないか心配だ。
透珠、寝相悪いからな……。
心配している私と裏腹に、椅子に座ってニヤニヤと花を見ている彼女が突然立ち上がった。
「ねえ日依、今日の晩御飯秋刀魚だから楽しみにしててね!」
「一緒に買いに行ったんだから、知ってるよ。どうしたの、お腹空いちゃった?ちょっと早いけど晩御飯の準備しよっか」
「うん!今日もお母さんは食べて帰るだろうし、作っちゃおうか!」
私の手を引っ張り、駆け足で台所へと向かった。
台所へ着くと透珠から皿を出すのと、ご飯を解凍する命令を受けた。
透珠には母親しかいない。
幼い頃に父親は二人を捨てて逃げ出し、母親は透珠を育てるために夜職を始めたらしい。
だから、透珠の家庭では透珠が全ての家事を行っている。
まだ高校生の彼女にそれは可哀想なので私もよく手伝っている。
私は家事なんてしたことなかったから、最初はむしろ迷惑をかけていたが今はそつなくこなせるようにはなった。
透珠は器用で、手際が良い。
だからあんまり出番はない。
調味料取ったり皿を出したりする小さな手伝いしかできない。
それでも、いつも『手伝ってくれてありがとう』と言ってくれる。
勝手に家に来て家事の量増やしてるの私なんだけどね……。
そんなことを考えながら、戸棚からお皿を出していると既に焼く段階に入っていた。
元からある程度下処理されていたようで、『洗い物が減って助かるなあ』とニコニコしていた。
秋刀魚を焼きながら、その傍ら味噌汁用の野菜を切っている。
ご飯をレンジに入れ終えたらもう台所に居場所はないので、昨日の洗濯物を取り込むことにした。
透珠と透珠のお母さんと、私の洗濯物。昨日も泊まらせてもらったし、頻繁に泊まるから慣れたものだ。
最初は何故か透珠が恥ずかしがっていたが、慣れたのか最近は何も言ってこなくなった。
全て取り込んで収納したころには、料理がほとんど完成していた。
奇麗に盛り付けられていたご飯と秋刀魚と味噌汁を台所から運び、テーブルの上に置いた。
向かい合って座り、いただきますと声を合わせると透珠が奇麗な箸捌きで骨を取っていた。
見よう見まねでやってみても、上手く出来ず秋刀魚が見るも無残な姿になった。
味に支障はないので問題ない。
身を一つ切り離し口に運ぶととても美味しかった。
透珠の料理は例外なく美味しいのだが、秋刀魚は秋が旬というのもあり格別に美味しかった。
「美味しいよ、透珠。これは来年も作ってほしいかも」
「もちろんだよ!日依がそんなこと言うのめずらしいね、今日はいい日だなぁ」
なんだか嬉しそうに食事する彼女は微笑ましかった。
美味しい食事はどうしても口数が減ってしまって、調理時間の半分も経たないうちに二人でごちそうさまをしていた。
食事の後、片付けやお風呂に入ったりしていたら時刻は9時を過ぎていた。
歯磨きを終え、パジャマに着替え向かい合ってベッドの上で喋っていると、透珠が私の髪に手を伸ばしてきた。
「日依の髪、さらさらできれいなのになんでずっとボブカットなの?伸ばしたりしないの?もうちょっと伸ばしてお揃いにしようよー」
「えーこれ以上ケアするものが増えたら嫌だよ。それに、誰かに見せるための髪の毛じゃないし。必要最低限でいいの」
今度は逆に私が透珠の髪を触る。
「私なんかより透珠の髪の方がきれいだよ。私よりずっと髪に気を遣ってるでしょ。美意識高いよね、透珠のこと好きな人たくさんいると思うよ?」
「か、からかうのはやめてよねっ!そういうのないから!もう遅いし寝るよ!」
そう言いながら勝手に電気をリモコンで消した。
少し照れていたように見えたが、私に背を向けて寝ていて暗闇の部屋では真相はわからなかった。
まだ9時を過ぎたばかりであんまり眠くないけど、透珠が寝るっていうならそうしよう。
一枚だけの布団をめくり、中に潜り仰向けになる。
狭いベッドで一緒に寝るのはいつものことだ。
客人用の布団はあるはずだが、私が隣にいると寝相がよくなるという意味の分からない理由で一緒に寝ることになったのが中学生の頃だった気がする。
実際問題寝相が良くなるので不思議なものだ。
静寂の中、二人の呼吸音だけが混ざり合っていた。
一応目は瞑っていたが、寝れる気配もなく10分ほど経過したころに透珠が口を開いた。
「私、全然眠くない」
「そりゃあ、まだ9時だからね」
隣の透珠がなんだかもじもじしている。トイレに一人で行けない年齢でもないだろう。
「ひ、ひよりはさっ、好きな人とかいないのかな」
声が少し裏返ってる気がするが、まあそれはいいとして好きな人か……考えたこともなかった。
今までの人生で好きな人なんてできたことないし、ましてや告白なんてされたこともない。
そもそも、私は透珠以外の人間と関係性を深めることはないからだ。
だから、答えは一つしかない。
「私、透珠以外の人に興味ないかな。学校で友達って言える人もほとんど連絡先すら知らないし」
「ふ、ふーん。そうなんだ」
なんだか少し気まずい空気が流れる。
透珠が恋バナに興味があるとは思ってもいなかったな。
透珠も一人の女の子だし、当たり前といえば当たり前だ。
それに、透珠は私と関わっていること以外に欠点が見当たらない。
顔も整ってるし、性格もいい。モテて然るべきだろう。
透珠が他の人の下へと行くのは嫌だし辛いと思う。
だけど彼女の幸せを思えば、仕方ないことだと受け止めれると思う。
ナイーブな気持ちになり、寝れる気配が完全に消えたから、目を開ける。
するとカーテンから月光が差し込んでいて、暗闇の部屋を照らしていた。
そういえば、明日は晴れ予報だったな。
そんな考えを遮るように突然、透珠が布団を取っ払い私の上に覆い被さってきた。
「ねえ、さっきの言葉どういう意味」
私の視界が透珠の髪に覆われて、彼女以外の情報が遮断される。
透珠の顔が近い、彼女から目が離せない。
布団が無くて寒いはずなのに、透珠のことしか考えれない。
「私も日依以外の人なんて興味ない。どうだっていい、私は隣に日依が居ればそれでいいの。そうだと思ってた、今だけでも十分幸せなのに、でも、今以上に日依を求めちゃってる、私」
透珠の呼吸が荒くなる、つられて私も呼吸がしづらくなってくる。
透珠の言ってることが頭に入ってこない。
顔を赤らめて、呼吸を荒げる彼女の顔があまりにも扇情的でなにも考えれない。
「ねえ、日依はどう思ってるの、私はこんなに心臓がドキドキしてるよ。私、日依のことが好きで、恋してる、と思う。こんなのおかしいんだ。私達は女同士で、ただの友達、なのにこんなに胸が高鳴っちゃって止まらないの」
透珠は私の手を取り、自身の心臓の音を聞かせる。
確かに鼓動が早くて、止められそうもない。
私はこの瞬間に恋というものを理解した気がする。
だって、私も同じくらいドキドキしてるから。
「ごめん、ごめんね、ほんとはこんなこと言うつもりはなかったの。私がこの気持ちを言わずに、私が我慢すればずっとこの関係でいられたのに。でも、我慢できなかった。ずっと隠してきた、何年も前からずっと。でも日を重ねるごとに気持ちが強くなっていって、耐えられなくて、ごめんなさい、お願い、突き放して、そうしたら私、今までの私にもどるから……」
そういう彼女はぼろぼろと涙を流した。絶えず鼓動は早いまま。
大粒の涙が私の頬を伝ってベッドへ染みる。
これじゃあ、私が泣いているみたいで少し笑ってしまった。
透珠のこんな姿を見るのは久しぶりで、変な興奮を覚えたことを隠すようにゆっくりと、彼女の頭を両手で包んで胸元に引き寄せた。
『へ?』と間抜けな声を出す彼女の頭を撫で、言い聞かせるように話す。
「聞こえるでしょ、私の心臓の音。すごくドキドキしてるよ、透珠。この気持ちは透珠が今教えてくれたよ。私も透珠のこと好きだなぁ。突き放したりしないよ、私は透珠に気持ちを伝えてもらってすごく嬉しかったよ」
「だめだよ、私の好きと日依の好きは違うよ。私は、日依の全部が欲しいって思っちゃう。キスだってしたいと思うし、身体だって触りたいって思っちゃう」
泣いてぐずる彼女がとてもかわいくて、すこし意地悪したくなったけど今はやめておこう。
頭から首筋まで手を伸ばし、いじらしく触る。
「えーそうだなぁ、私も透珠のことをえっちな目で見たことがないって言えばうそになっちゃうね」
体を起こして、透珠と目を合わせて話す。
泣いて腫れた目で驚いてる顔をしてるもんだから、笑えてくる。
「そ、そうなの!?ええと、それはうれしい、かな」
「だから、透珠にも私のことをえっちな目で見てほしいな」
そういって私は透珠の手を取り、私の胸へと押し当てた。
元から真っ赤だった彼女の顔がさらに赤くなって、気絶するんじゃないかちょっと心配なくらいだった。
もちろんとても恥ずかしいが、透珠がかわいすぎてそれどころではなかった。
「ちょっと日依!?私は本気なんだよ!?だめだよ、こんなの不誠実だよ!」
「これが私の思いだよ、透珠。私は透珠の願いは叶えたいし、叶ってほしい。それに、私から透珠の身体に触れることはできない。だから、透珠に私のことを襲ってほしい。それが私にできる精一杯」
「……なんで日依から私に触ってくれないの」
「私には、透珠を汚すような真似はできない。でも透珠にされるなら本望なの」
「私は日依のことが好きなんだよ!私は日依に触ってもらって汚れるなんて思わない。それに、私は日依と全部一緒でいたいの。本当に想いあってるならそうしてほしい、じゃないと私、悲しいよ」
そう言って彼女はまた泣き出しそうになった。
私も本心から透珠のことが好きだと思う。
でも、私が彼女に相応しいと言われたら、それは違う。
彼女にはもっと素敵な人がいるはずだ。
私なんかと一緒に居るより、もっとたくさんの幸せがあるはずなんだ。
そもそも女同士の恋愛なんておかしいと私の生物としての本能が否定してくる。
でも、そんな彼女が私を求めて、私に求められようとしている。
その事実が、私を狂わせる。
そうして、私は誓うように透珠の唇へとキスをした。
目を閉じているからわからない、だけど、私の胸を掴んでいるその手が力強くなったのを感じた。
永遠のように感じた数秒間は、唇を離すと何もなかったように消えた。
「日依、ほんとにいいの?私、ほんとにうれしい」
「いいんだよ、透珠。私、透珠のお陰で透珠が好きなんだって気づけたよ。だから、ありがとうね、透珠」
泣きじゃくる彼女をなだめていると、私も嬉しくて、気づけば少し涙が零れた。
泣きやんだあと、私たちはもう一度、確かめ合うようにキスをした。
「私はもう透珠を汚しちゃったし、今度は透珠に私を汚してほしいな」
やすい煽り言葉に、透珠は犬みたいにしっぽを振ってがっついてきた。
「そ、そうだね。こうなったら嬉しいと思って一応勉強しておいたから、満足してもらえるように頑張るね!」
「……え?」
こうして私は生涯忘れられない一夜を迎えたのだった。
翌朝目を覚ますと服も着ずに二人ともベッドで寝ていた。
昨日はなんかすごいことをした気がする。
身体中が痛むが、それが昨日の出来事を鮮明に表している。
それはともかく、私達は晴れて付き合うことになった。
隣で寝ている透珠の寝顔はいつもと同じはずなのに、今までよりずっと愛おしく見えた。
彼女の乱れた髪を撫でていると、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
どうやら外は予報通りに晴れているらしい。
予定調和の世界、無味乾燥な生活。
そんな私の視界に彩りをくれるのは、いつも透珠だ。
私の生活に予想外なことはあまりなかった。
私が何もしなければ何も起きないし、何か起きたとしても予想の範疇を超えることはなかった。
でも透珠は違った。
いつも私に知らない景色を教えてくれる。
昨日もそうだったように。
時計の針はまだ午前の10時を指していた。
透珠もまだ寝てるし、二度寝をしよう。
寝てる間に彼女が逃げないように、固く手を結んで目をつぶる。
願わくば、朝が来なければいい。
死ぬまで夜のまま、彼女と繋がりあっていたい。
そんなありえない、でも確かに色づいた未来を思わず祈りながら眠りへと堕ちていった。
土の中に埋めた花 只 @jankv
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。土の中に埋めた花の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます