第三章 天 白雨に撃たれし俺、異世界で因果を結び直す

 その呟きすら、光に飲み込まれて消えた。


 ――はずだった。


 光の中心に、雨音が混ざった――いや、割り込んできた。

 白のど真ん中に、ひとすじ、黒いリズム。天気の音じゃない。世界の裏側から叩いてくる、規則正しいノックみたいな雨音だった。光がスクリーンなら、その雨はフィルムに付いた傷だ。映像じゃなく、上映そのものを切り裂くノイズだ。


 次の瞬間、空間の白に、一本の黒い線が走る。

 銃声だった。

 乾いていて、短くて、やけに現実的な音。

 俺の胸のど真ん中が、遅れて熱くなった。熱さは痛みじゃなくて、「あ、これ死ぬやつだ」という理解の温度だった。


「え?」


 間抜けな声が出た。

 白い世界に、赤が滲む。俺のシャツに似た赤じゃない。絵の具みたいな赤だ。ここが現実じゃないって、最後の最後まで主張するみたいに。


「はい、終わり」


 声がした。女の声。

 振り向くと、そこに少女が立っていた。


 フードを深くかぶった、細身の少女。衣装は神々しいまでの乳白色だった。布は軽いのに、重さがある。神殿の祭衣みたいに清らかで、同時に戦場で血を拒む装束みたいに無機質だった。まるでアテナの祝福を受けたアルテミスが、弓を隠すために白を纏っているみたいに。

 肌は透けるように白い。年齢は俺と同じくらいか、少し下に見える。顎の線はまだ柔らかい――けれど立ち方だけが大人だった。可憐さが「守られるもの」じゃない。刃を隠すための鞘みたいに、彼女の可憐さは働いている。


 白い空間のはずなのに、彼女の周囲だけ、細い雨がまっすぐ落ちている。風に流れない。散らない。ガラスの糸みたいに垂直で、彼女の輪郭をきっちり切り抜いていた。雨粒は床もない場所で消えていくのに、落ちる途中の光だけが残る。その光が、肩や袖口を淡く濡らして見せる――いや、濡らしているのは布じゃない。雨そのものが彼女の衣で、同時に結界で、刃でもある。触れれば冷え、近づけば裂ける。神々しいほど静かな白の雨が、彼女をまとっていた。


 そして手には、両手には銃。

 純白の拳銃が左右に一丁ずつ。どちらも少女の手には明らかに大きすぎて、握りこむ指が細いぶん、金属の塊が余計に道具として浮き上がって見えた。軽そうな腕に、重さだけが正直にぶら下がっているのに、持ち方は揺れない。手首の角度が狂わない。


 雨はその銃にさえまとわりつかない。濡れた金属の艶だけが、短く光った。

 神様が、玉座のオフィスチェアで「おや?」みたいな顔をした。


あまの 白雨しらさめ……何の用だ」


 少女は銃口を下げないまま、ため息をついた。


「用もクソもないです。処理です。これ、案件が臭すぎる」

「臭いとは何だ。私は神だぞ」

「だから臭いんですよ。神って、だいたい臭い」


 俺は咳き込みながら、血じゃなくて、雨水みたいなものを吐いた。吐いた瞬間、床もないのに水たまりができて、そこにハトの白が浮いた。

 天白雨が眉をひそめた。


「ほら。もう汚染してる」


 神様が杖をトントンした。


「待て待て。私は今、彼を異世界に――」


「その異世界、今週もう三回バグりました。因果の結び目がほどけすぎ。こういう雑な死因の魂を投げると、向こうの世界が下水みたいになる」

「下水は生命の源だぞ。古代ローマ――」

「うるさい。現場が詰まるんです」


 天白雨は、俺の胸元に視線を落とした。そこには穴が空いているのに、痛みはない。ただ、穴の向こうに俺の人生が見えた。

 コンビニの肉まん。教科書を読むふり。友達のふり。全部、ほどけたまま。

 天白雨が言った。


「白鳥 結。結ぶって名前なのに、何も結んでない。だから、そもそも異世界でやり直す以前の問題」

「……じゃあ、俺はどうなんだよ」

「ここで働く」


 即答だった。


「は?」

「因果を結び直す係。あなた、自分で結んだことないから、他人の結び目を見る仕事から始めるのが一番」


 神様が咳払いをした。


「いや、それは私の管轄では――」


「あなたは死の受付窓口でしょ。私は誤配送とバグの回収係。はい、引き取ります」


 天白雨が、俺の額に銃口を当てた。

 冷たい金属。雨の匂い。ハトの白。全部が混ざって、俺の人生のエンドロールみたいに一列に流れていく。


「ちょ、ちょっと待て! 俺、転生して無双とか――」

「無理。あなたはまず、トイレの詰まりを直して」

「いやだよ!」

「じゃ、もう一発。今度は『哺乳類排泄物フォルダ』行き」

「やめろォ!」


 ――パン。


 軽い音。

 世界が暗転した。

 目を開けると、白じゃなかった。

 灰色の廊下。白い手袋。白い書類。白いラベル。


『鳥類排泄物フォルダ(特例)』


 俺の名札には、こう書かれていた。


【白鳥 結/因果結び直し係(見習い)】


 背後で、天白雨が言った。


「ようこそ。あなたは今日からここで働くの」


 俺は、死んだみたいな顔でうなずいた。

 ……いや、もう死んでたわ。

 そして俺の初仕事は、笑えないくらいくだらなかった。

 ホチキスが、詰まっていた。




〈了〉

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天白雨に撃たれし俺、異世界で因果を結び直す 九十九 弥生 @no_quarter_73

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