第16話 恋愛模様2
「お久しぶりです、六花さん~~!」
「あらあら」
桐生家訪問の次の日は、予定通り由紀を自宅に招いた。
放課後になって走るようにマンションに戻ると、ほんわか笑顔の六花が七希達を出迎えてくれた。
もうすぐ帰るとメッセージを送っていたのでわざわざ玄関前まで出ていてくれたのだ。
由紀は嬉しさ全開で六花に抱き着いた。
「親元から離れて大変だったわね~由紀ちゃん、よしよし~」
「えへへ~大変でした~」
六花は小さいので背丈の上では由紀の方が高いのだが、胸元に抱き着いてよしよしされている様は幼子そのものである。
相変わらず由紀は感情表現が豊かだな、と感心する七希である。
「七希さんも、おかえりなさい~」
「ああ、ただいま」
「二人とも、食事の用意はできていますから一休みしたら食べて行ってくださいね~」
「わあっ、ありがとうございます! すぐ頂きます!」
由紀は付き合いの深い幼馴染だったので、お互いの家には頻繁に行き来しておりほぼ家族と変わらない間柄だ。
久しぶりの六花の食事を舌鼓していると、思い出話に花が咲く。
穏やかな思い出話から近況の話になると、六花は思い出したように頬に手を当てた。
「ところで七希さん、アルバイトをする事にしたそうですけど~、家庭教師でしたか~? 私も先方に挨拶しておいた方が良いかしら~?」
こちらがお願いされている立場ではあるが、未成年なので当然親の了解は必要である。
桐生母も挨拶させて欲しいと言っていた。
「そうだな、電話で良いと思うが頼めるだろうか?」
桐生母に聞いた連絡先のメモを六花に渡す。
「は~い、もちろんよ~ 可愛い一人娘のためだもの~」
「ぷっ」
娘という部分に反応した由紀に笑いごとじゃないぞと睨む七希である。
由紀はどこ吹く風で食後のお茶をすすっているが。
「ななちゃん、アルバイトする事にしたんだね? いつの間に決めたの?」
「ああ、まあ成り行きでな。昨日突然、あの騒がしい中等部の娘のな」
「へ~? あそこからそんな話になるなんて、何があったの?」
教室では険悪な雰囲気であったので当然の疑問である。
「宥めたら懐かれた。家まで送ったらお礼と涼音の面倒を見て欲しいと頼まれた」
「う~ん、修飾語って大事だよ? コミュニケーションは報告会じゃないからね?」
ジト目を向けてくる幼馴染。
その隣にはスマホに連絡先が登録できないとおっとり困っている母。
なんというか故郷の懐かしさを感じる。
「貸してみろ六花」
「は~い」
母のスマホを受け取って手早く番号登録する。
良く考えると今後もアルバイトの関係で何度か連絡を取り合って貰うかもしれない。
登録してスマホを返す。
「ありがとう~、う~ん、時間的に大丈夫かしら~?」
「昼は勤めているみたいだから、今くらいの時間なら迷惑にはならないと思う」
「そう~? じゃあ、早速掛けてくるわね~」
そう言ってスマホを大事そうに胸元に抱えながら奥の部屋に行く。
それを見送くると、待ってましたとばかりに由紀が目を細めて覗き込んでくる。
「でもななちゃんが、桐生くんの家で家庭教師か~」
少しだけ不機嫌そうにむくれる由紀に困惑する。
「どうした?」
「ん~、な~んか思惑を感じるよね」
「涼音があほの子だと?」
「いや知らないよ? 失礼だよ、ななちゃん」
めっと怒られる。
しかし涼音には教育的指導が普通に必要だと七希は確信している。
学力ではなくて躾的な話で。
「……まあ、それよりななちゃん、桐生くんに告白されたんだっけ?」
「ああ、寒気がしたな」
男に告白されるとい感覚には運命の日から3年経った今でも慣れない七希である。
「今までの告白で寒気がしなかったことあるの?」
「無いな」
頻繁に告白されるが、こればかりは生理的な問題だ。
「女子から告白されたこともあるよね?」
「……正直、困惑しただけだな」
七希は今の自分の性別が女子であると、ちゃんと自覚している。
「う~~ん」
由紀は曖昧に笑う。
恋愛感情は自由だし、これは止めようと思って止められるものではない。
それは自分が一番知っている。
しかし恋愛感情を持たないのも、それは人それぞれだ。
果たして恋愛感情という病を発症しなかった人類が居るのかは知らないが。
統計はともかく本条七希に恋愛は難しいのかもしれない、と由紀はずっと傍に居るからこそ感じている。
それが安心するような、もやもやするような、時々思い出したように胸が締め付けられる。
「……ななちゃん」
「ん?」
未だに一人食べ続けている七希の健啖ぶりは見慣れた食事風景で、この景色をいつまで自分が眺められるのだろうと考えると少し切なくなる。
「どうした、由紀?」
見つめて来たまま止まっている由紀に首を傾げる七希である。
「ん~ん、今はいいや。まだその時じゃないもん……」
「なんの話だ?」
「家庭教師頑張ってね」
由紀は笑顔で話を終わらせた。
「ん? ああ」
学園でも評判の桐生誠也の事は、もちろん由紀も知っている。
この状況が、七希の心を動かせるのか気になるところだ。
副産物ではあるが進藤の事もあるので、これは波風が立たないはずがない。
とはいえそれは進藤かなめの問題であって、七希が気にするような話ではない。
「ななちゃんは、大変だね~」
「そうか?」
どこ吹く風の有名人に、由紀は破顔する。
「うんうん、疲れたらあたしのお膝貸すよ?」
「恥ずかしいから遠慮する」
「ふふ、あたしの膝は恥ずかしい?」
「当たり前だろう」
「それってどういう感情?」
由紀は目を細めて期待するように七希を見てくる。
どういう感情かと聞かれた七希は、明確に答えられる何かが無い。
「……高校生にもなって幼馴染の膝を借りたら……なんというか、恥ずかしいだろう?」
「そうかな? それってあたしが女だから?」
「それはまあ……というか男に膝枕なんてされたくないだろ」
「あたしはななちゃんに膝枕されたいけど?」
「そうなのか? それくらいはいつでもしてやるが」
「ありがと。いつでもは良いよ。いつかはしてもらうけど」
優しく微笑む由紀の笑顔に、なぜが顔を背けてしまう七希の耳に鈴が鳴るような心地よい笑い声が聞こえてくる。
不思議と心が落ち着かない。
七希が珍しく内心ソワソワしているところに、六花が戻ってきた。
「桐生さんとお話してきました~、ななちゃんをよろしくお願いしますって伝えていますからね~」
「……ああ、ありがとう六花」
どこかホッとした気持ちで母に頭を下げる。
「由紀ちゃんは今日、泊まっていく?」
「良いんですか?」
「ええ、もちろん。七希さんの部屋で良かったかしら~?」
いつもなら当たり前の六花の問いに、七希はドキリとした。
その感情に首を傾げる。
「六花さん、あたし達ももう高校生ですから! ななちゃんと同衾はできませんよ~」
「あらあら? そういえばそうね~、ごめんなさいね~」
由紀の返答は当たり前だが、少しだけホッとしたような、寂しいような感情が胸を突く。
結局その日は帰ってきた一華も交えて遅くまで会話に花が咲いてから就寝した。
もちろん、違う部屋で。
◇■◇■◇
明けて翌日は二人で『普通』に登校した。
由紀もいつもと何も変わらなかったので、どこか七希はホッとしていた。
別に由紀が何かをした訳でも無いのだが、言語化しにくい空気感が昨日の夕方にはあった。
「なな姉! おはよ!」
いつもより早い時間の通学路を歩いていると、高等部より少しだけ始業が早い中等部の涼音と出くわした。
「ああ涼音、おはよう」
「昨日の子だね? おはよ!」
涼音は一瞬いない者として無視しようかとしていたが、その気配を感じ取った七希の目が座ったのを目敏く感じ取った。
「お、おはよーございますぅ」
「ふふ、可愛いね」
飼い主以外には懐かない猫のように顔を背ける涼音である。
「ふん、誰よあんた」
「ごめんごめん、あたしは藤間由紀。ななちゃんの幼馴染だよ?」
「あたしは桐生涼音! なな姉の妹よ!」
「へ~、ななちゃんに妹が出来たんだ?」
「そう、昨日ね!」
当然のように続く会話に辟易していると、校門のところで桐生兄と進藤かなめが何やら話している現場に出くわした。
「は? 誰あの泥棒猫」
一瞬で感情があっちにいったりこっちにいったり忙しい奴だなと我関せずの七希である。
あさおんっ! ~本条七希の数奇な人生~ 瀬戸悠一 @SetoU1
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