第5話
昼休み。教室の空気は、朝よりもさらに濁っていた。誰かが誰かを笑い、誰かが誰かを無視する。笑い声と沈黙が交互に襲ってくる。僕は、弁当を持って屋上へ向かった。誰にも誘われなかったし、誰も誘いたくなかった。
鉄の扉を開けると、彼女がいた。フェンスの前に立ち、空を見ていた。風が強くて、スカートが揺れていた。彼女は振り返らなかった。僕は、少し離れた場所に座った。
「ここ、よく来るの?」
僕が声をかけると、彼女は頷いた。言葉はなかったけれど、拒絶もなかった。
「教室、苦手なんだ。」
僕の言葉に、彼女は少しだけ笑った。
「牢屋みたいでしょ。」
「うん。誰かが決めたルールに、従わされてる感じ。」
「でも、誰もそのルールが正しいかどうか、考えない。」
彼女の言葉は、鋭かった。でも、冷たくはなかった。むしろ、痛みを知っている人の優しさがあった。
「違うことをすると、すぐに浮く。浮いたら、沈められる。」
僕は、彼女の言葉に頷いた。僕も、何度か沈められたことがある。意見を言っただけで、空気を読まないと言われた。黙っていたら、存在感がないと言われた。どちらにしても、正解はなかった。
「だから、私は黙ってる。黙ってる方が、自由。」
彼女はそう言って、空を見上げた。雲は低く、重たく垂れ込めていた。まるで、世界が僕らの存在を押し潰そうとしているかのようだった。
「でも、黙ってるだけじゃ、何も変わらないよね。」
僕がそう言うと、彼女は僕を見た。その目は、少しだけ驚いていた。そして、すぐに笑った。
「君、変わりたいの?」
「……わからない。でも、変わらないままなのは、嫌だ。」
その言葉は、自分でも予想していなかった。でも、口にした瞬間、確かに自分のものになった気がした。
透明な檻の中で、僕らは叫ぶ @toraco_p
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