第15話 約束された敗北のデート 前編

 それから、2日後の日曜日を迎えるまで、ぼくはモモとまともに顔を合わせられなかった。


 というのも、モモが、なんだかぼくを避けているような素振りを見せるのだ。


「モモさま……」


 と話しかけても――


「ひ、ひぐっ!」


 などと異音を発しながら、どこかへと逃げ出してしまう。


 ぼくは最初、一体何があったのかと混乱したが、前世の記憶を引っ張り出したぼくは、同じ現象を知っている事に気がついた。


 それは前世、ぼくが散々ナツミちゃんに弄ばれて性欲と恋心をギリギリまで高められたあの因縁の日の1週間後、ナツミちゃんがクラスのイケメンと付き合い出した時のことだ。


 ぼくは、それからずっと、当然の帰結としてナツミちゃんやそのイケメンを激しく憎悪したのだが、それでもナツミちゃんへの恋心や性欲をどうしても消すことが出来ず、むしろその二つの想いは逆に燃え盛るばかりで、ナツミちゃんと顔を合わせた時に、その混乱する二つの心が爆発してしまって――


「ひ、ひがっ!」


 などと叫んで情けなく逃げ出してしまったのだ! それくらい、恋心に狂った童貞というのは時に信じられない愚かさを発揮するものなのである!


 これを思い出した時は、まさしくこれだっ、と思った。あの聖女モモが味わっているのは、おそらくあの時のぼくと類似の感情。


 いわば――


 わたしがさきに好きだったのにWSSである。


 このWSS、あるいはBSSという感情は、その対象への狂おしいほどの性欲と憎悪が組み合わさった時、しばしば人間の尊厳を破壊するほどの致命的な毒性を発揮する。


 だがぼくは知っている。その先に待っているのは、その憎悪による脳の破壊、脳のダメージを、自らの性欲と結びつけて快楽だと誤認してしまう、現代世界にはこびる忌まわしき性癖――


 「NTR」であることを……!


 ぼくはモモを曇らせたかったわけではあるので、現状のWSSという心理状態は、ある意味でこのぼくの念願を叶えたといっても良い状況だ。


 だが――


 肝心のぼくが、まったくもってそれを愉悦をもって眺められるポジションにいないのが問題だっ!


 今のぼくの頭の中は、ナツミちゃんのこと、モモのこと、ナツミちゃんとのデートのこと、ナツミちゃんの自宅を訪問するということ、ナツミちゃんとエッチができるかもしれないということ、ナツミちゃんへの恐怖などなどで、ごちゃごちゃとぐるぐると雑念がメリーゴーランドしている状態である。


 こんなときにとってつけたような曇らせをねじ込まれても、ぼくはまったくもってそれを楽しめるものではない。


 まず、曇らせるにしても、ぼくがぼくの意思でだれか適当な女の子とちょっと仲良くして、それを見つけたモモが曇る、といったような、あくまでぼくのコントロール下、制御下にあるような曇らせをこそ、ぼくは希望していたのだ。


 それがなぜ、ぼくの前世最高にして最悪の思い出、未来永劫刻まれ続ける初恋の味を教えてくれた、ナツミちゃんなどという怪物によって曇っているのか!


 あまりにも相手が悪すぎて、オッズが悪すぎて、このままでは童貞神モモが寝取られ性癖に目覚めてしまうのは確定的に明らか!


 だって、僕自身が僕自身のことは一番分かっている。


 たしかにモモだって可愛い女の子だし、ここまで会話してきて、ある種の愛嬌のようなもの、親しみのようなものを感じられる、愛しい少女であるとは感じている。


 だが、ある一つの致命的問題がある。


 それは、モモは男に夢中になることはあっても、男を夢中にさせるテクニックは一切有していないということである。


 どこまでいっても童貞は童貞、異性をメロメロにするための手練手管などは一切持っていない、完全武装放棄した国家童貞、もしも敵性国家異性に攻められればそれだけで成すすべもない状態なわけである。


 だがっ!


 ナツミちゃんという女の子は、それとはあまりに対照的っ……!


 彼女の強みは、圧倒的な美少女フェイスにエッチすぎる柔らかスレンダーボディ、艶々のツインテールをさらさらとくるくるさせる小悪魔仕草といった、現代戦争ラブコメにおける最新鋭の兵装を標準装備している

 彼女の本質的優位性は、その戦略タクティクスにある。


 生まれ持っての恋愛強者、勝つために生まれてきた稀代の軍師である彼女は、男というものを、人間というものの心理を、あまりに知り尽くしている。それは、まるでドアノブを下げればドアが開くかのように、男という敵対勢力を触れただけで殲滅する恋に落とす、一種の魔法である。


 ましてや、ぼくのごとき最初から武装することすら諦めている最弱後進国童貞が、列強最優超絶美少女圧倒的暴力装置悪魔の誘惑に晒された時、その運命は火を見るより明らかだ。


 ただ、頭を垂れて、跪き、従属することしか、敗者には許されない。


 それが戦争恋愛というものの真理であり――

 さもなければ、命そのものを奪われるだけなのだから――


 そして今、一人の童貞が、まさに超絶美少女の毒牙にかかろうとしていた。


 童貞の初手はこうである。


「こ、こ、こ、こんにちはっ、ナツミちゃん! きょ、きょ、きょ、今日はいい天気だねっ!」


 ぼくはちょっとばかりよく回る頭を持っているつもりだったし、異世界でのモモとの経験を経て、少しは成長したものかと思っていたが、真に恋に狂っていた相手の部屋にお邪魔するというラブコメ小説よりラブコメらしいシチューエションの前では、あまりにも無力だったっ!


 自分がここまでつまらないことしか言えない人間だったということへの恥で、いますぐ自死したい想いでいっぱいである。


 それに対する、超絶美少女の初手はこうだ。


「ふふふっ、タカフミくんが相変わらずで、とっても嬉しいですよぉ♪ とりあえずベッドに寝っ転がってください、踏んであげますからっ」


 踏んであげますからっ。


 なんとも当たり前のように、誰も見たことがない新兵器を軽々と繰り出してくるものである。


 なぜ相変わらずで嬉しいのか。


 なぜ部屋に来たばかりの異性にベッドに寝転ばさせるのか。


 なぜ突然にも踏んであげるなどという提案が行われるのか。


 その答えはあまりにも自明。


 それは、敵はこちらの戦力の底童貞力をすべて威力偵察体験済みだからである。


 ぼくはもう、この時点で絶望的な戦力差に、無条件降伏寸前だった。


 だって、ほかならぬ僕自身が、一瞬にして、あのナツミちゃんの黒のオーバーニーソックスに包まれたお御足に踏まれたいと、そう強く欲望させられてしまっていたのだから――


「言ったでしょう? わたしは心を読める力なんてなくても、タカフミくんの考えることは全部お見通しなんですよ? だーかーらっ、ほら、ごろーんって寝転んじゃってくださいねっ! ほらほら、ワンちゃんこっちですよー」


 そんなことをいいながら、ぼくの左腕にぎゅっと抱きつきそのスレンダーなボディに似合わぬ、いや、スレンダーなボディだからこそ破壊力が最大限まで高まっている、豊満でありながらふにゃっとしたマシュマロを押し当ててくる彼女は、そのままあまりにも自然な動きでぼくを引っ張り、ぼくの足は操り人形のように彼女の意思通り動き、ベッドに誘導され寝転んでしまう。


「よいしょっ」


 そのまま、彼女は流れるような動きでベッドの上に立って乗ると、ミニスカートから下着が見えそうで見えないギリギリの位置を保ちながら、こう聴いた。


「タカフミくんの大好きなナツミちゃんが、特別に好きな所を踏んであげますね~。どこを踏んでほしいですかっ?」


 最序盤にしてすでに、王手飛車取り。


 あまりにも天才的。


 どうしようもなく致命的な電撃戦を、彼女は仕掛けてきたのだった――

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心が読める能力を持って貞操逆転世界に転生したけど、拾ってくれた聖女様の思考が性欲まみれ過ぎるせいで二人のラブコメが超次元進化していく件 弾山能愛 @HikisannNoa

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