麗しき暗殺者
岸亜里沙
麗しき暗殺者
一日の勤務を終え立ち寄った、行きつけのバー。注文したバーボンをちびちびと飲みながら、男はマスターと雑談をする。
男の名は
ここのバーの中だけは、会長という肩書きから解放され、一人の男、芳賀俊彦になれる唯一の場だった。
いつものようにカウンター席に座り、芳賀が一人で酒を飲んでいると、入り口から一人の女が入ってきた。明るい派手めの
芳賀が思わずその女に目を向けると視線が合い、女は芳賀の隣にやって来て話しかけた。
「ご一緒しても、宜しいかしら?」
「もちろん。どうぞお掛けください」
そう言いながら、芳賀は軽く微笑む。
朝、強烈な頭痛で目が覚めた芳賀は、よたよたと起き上がると、大きなダブルベッドの
久しぶりに大量の酒を飲んだ為、二日酔いになったようだ。芳賀がちらりとベッドに目を向けると、自分の隣に寝ていたはずの女が見当たらなかった。
「まさか・・・」
芳賀は急いでテーブルに置いてある自身の財布の中身を確認するが、紙幣もクレジットカードも全てそのままだった。パテック・フィリップの高級腕時計も、テーブルに置かれたままだ。
「トイレに行っているのか?」
芳賀は呟きながら立ち上がると、部屋中を確認する。しかし女の姿だけがどこにもなかった。まるで昨夜の出来事が、全て夢だったかのように。
だが部屋に
ちょうどその時、ベッドの枕元に置いておいた携帯電話が鳴っているのに気づく。それは会社からの電話だった。
バーを出ると、芳賀と女は立ち寄った二軒目の居酒屋で酒を飲み交わす。
猫を思わせる大きな瞳は
ブラックホールのように男を引き寄せ、その魅惑的な眼差しで見つめられたら、もう
女の父親程も
しかし
妻も自分も
女は顔を赤らめながら芳賀の肩にそっと
「はい、芳賀です」
芳賀が電話に出ると、それは広報部の
「会長、お休みの所すみません。今、どちらにいらっしゃいますか?」
芳賀はさすがにラブホテルに居るとは言えず、都内に居るとしか答える事が出来なかった。
「すみません、あの・・・、週刊誌の方が会社に訪ねて来まして、それで・・・、会長の不倫についての件で情報を集めていると言っていました・・・。そのような事実はございませんとだけ回答をしておきました。ただ・・・」
八代は戸惑ったように話していたが、そこで一旦話を止め、静かにひとつ息を吐くと話を続ける。
「ただ、会長と若い女性が二人で写っている写真を持っていまして、そちらも見せられました。・・・そちらについては、詳細は分かりかねると回答を致しました。何度か会長にお電話を差し上げたのですか、お出にならなかったので・・・。申し訳ございません、会社としてそのような回答を致しました」
「そうだったのか。すまない。この後少し会社に顔を出すから、詳細を聞かせてくれ」
「
電話を切った芳賀は、二日酔い以上に酷い頭痛を覚え、頭を抱える。
昨夜の女は、もしかしたらライバル企業の者だったのかもしれないと、考えた。
自身の記事が週刊誌に載れば、会社の株価は暴落し、損失は計り知れない。
そして何より、妻や子供たちに与えるであろう精神的苦痛は、察するに余りある。
一夜の
「ハニートラップに、私は引っかかったのか・・・」
立派な絵画が飾られた応接室は広々とし、大理石が敷き詰められた床は、ピカピカに輝いている。女が立派な皮のソファーに座っていると、一人の男が応接室に入ってきた。
「依頼されてた会社の会長を
女は笑う。
「そうか、ありがとう。これで我が社の業績も上がるだろう。これは約束の報酬だ」
ソファーの前のテーブルに、札束が置かれると女はそれを受け取り立ち上がる。
「あなたもクズね。自社の業績を上げるために、他社を
男も冷徹に笑う。
「これは、戦争なんでね。どんな手を使ってでも勝つ。それが企業努力さ」
麗しき暗殺者 岸亜里沙 @kishiarisa
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