無限の四角形

課長

第1話 無限の四角形

 四角形は、完全である。

 

 私はその内部にいる。外部が存在するかどうかは、考える必要がない。四辺がある。それで十分だ。四辺によって、私の世界は定義されている。定義が与えられるなら、それが全てだ。それ以上を模索する必要はない。


 毎朝、私は辺を確認する。四本であることは、変わらない。だが、確認を省略してはならない。理性とは、感覚を疑い、数値で裏づけを取る行為である。辺を数え、角度を測り、長さを計算する。それが生活の基本である。


 角度は直角である。九十度は、他の値に揺らがない。揺らぐとすれば、それはすでに四角形ではない。つまり世界は崩壊している。崩壊を想定することはできる。だが、実際には起こらない。私はそれを日々の計測によって保証している。


 対角線を引くこともある。二本の対角線は交わり、世界を四つに分割する。だが、重要なのは、その延長線である。線はどこまでも続く。有限の形に閉じ込められていながら、そこから無限が導かれる。辺もまた同じだ。一本の直線は、端があるように見えて、実際には果てがない。四角形は有限でありながら、そこに含まれる構造は無限を保証している。


 私は安心する。有限の内部で無限を得ることができるからだ。外部を想定する必要はない。四角形の外に世界が広がっていると考えるのは、不必要であり、不確実であり、そして非合理である。内部だけで、無限は成立する。


 時折、私は疑う。測定の誤差や、角度のわずかな揺らぎが、私の知らない“外部”を示しているのではないかと。しかし、それは無意味な想像だ。想像は証明にならない。証明されないものは、存在しないのと同じである。


 結局、私は四角形を信じる。いや、信じるのではない。四角形があるからこそ、私は思考できるのだ。四角形の中にいることは、私にとっての前提であり、論理の基礎である。基礎を捨てれば、すべては崩壊する。


 だから、私はここに留まる。四角形の内部に個を確立させる。そして無限を生きる。

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無限の四角形 課長 @kachodeisu

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