人面瘡と朝ごはん
瘴気領域@漫画化してます
人面瘡と朝ごはん
洗面所の鏡を見たら、オレの額に人面瘡があった。
「おはよう。いい朝だね!」
額の人面が、爽やかに話しかけてくる。
どこかで聞いたようなアニメ声。
あ、オレの好きな声優の声だった。
「い、いい朝だね……」
声豚のオレは、ついうっかり返事をしてしまう。
こんなのは幻覚に決まってるじゃないか。
幻覚や幻聴と会話すると症状が悪化すると何かで聞いた覚えがある。
一番ダメなパターンじゃん。
オレやべーやつじゃん。
「ほらほら、早く顔洗って歯磨きしないと。今日も遅刻しちゃうよ」
「そ、そうだね」
人面瘡は、オレの困惑など気にもかけずに身支度を催促する。
ぼんやりしたまま蛇口をひねり、水をかぶると「きゃっ! つめたーい!」なんて言った。かわいい。声は。状況は不気味だ。
「朝ごはん食べないと。元気出ないよ」
言われるがままにトーストを焼く。
朝食なんていつぶりだろう。
カビた食パンがトースターの中でじわじわ茶色になっていく。
「バターがいい? ジャムがいい? あっ、目玉焼きも焼こうか!」
バターもジャムも卵もない。
焼いただけのカビパンを、フォークとナイフで切って食べる。
形だけでもブレックファースト。
食中毒?
熱消毒したから大丈夫じゃないか?
「あっ、もうこんな時間! ほらほら、急がないと遅刻しちゃう!」
よれよれのスーツに袖を通して、玄関を飛び出す。
「ああん、もう、わたしも朝ごはん食べたかったのにな」
「ごめん」
「いいよ、大丈夫。わたしは何か適当に食べるから」
冷静に考えてみれば、一人だけ朝食にありついているのは人間的によろしくない。人面瘡が何かを食べるかなんて知らないけれど、ポーズだけでも分ける意思を見せるべきだったんじゃないだろうか。カビパンだけど。
アパートの二階を降りて、一車線のアスファルトを歩く。
小学生の一団とすれ違う。
「こんにちはー!」と甲高い声で挨拶される。
うるさい。頭痛がする。
挨拶の声が悲鳴に変わる。
額の人面瘡が赤黒い舌を伸ばして、小学生たちを次々に絡め取り、飲み込んでいった。
ああ、美味い。
駅に着く。
人混みの流れに乗る。
悲鳴。
人混みが乱れる。
オレが歩くと、人混みが分かれていく。
モーセが海を割ったみたいに。
なんだろう。
「き、きみ、止まりなさい!」
警官。
駅前交番のお巡りさんだ。
落とし物を届けたときに会ったことがある。
その人が、震えながら近づいてくる。
「凶器を捨てなさい!」
凶器?
自分の手を見る。
フォークとナイフを握っていた。
ストロベリージャムで汚れている。
いけね、朝飯から持ったままだった。
「朝ごはん、美味しかったね。おかわりもいる?」
「うん」
人面瘡の言葉に、オレは頷いた。
人面瘡と朝ごはん 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai
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