やまのおくりもの

霜月あかり

やまのおくりもの

朝もやに包まれた登山口。

ユウくんは、パパとママといっしょに山へやってきました。

見上げると、青く高い空の下に、大きな山がどっしりと立っています。


「ほんとに、てっぺんまで行けるのかな」

少し不安な気持ちを口にすると、山がぐうんと大きく胸を張ったように見えました。

――まるで「だいじょうぶ、ゆっくりおいで」と言っているようでした。


山道を歩きはじめると、木々がざわざわと葉を揺らします。

「ようこそ、ぼくの道へ」

そんな声が耳に届いた気がして、ユウくんはちょっと背筋をのばしました。


途中、小川のせせらぎが道を横切っています。

冷たい水を手ですくってみると、透きとおるようにきらきら光りました。

「おいしい!」

ごくりと飲むと、体の中まで澄みわたるよう。

山の水が、自分に力をわけてくれているようでした。


さらに進むと、鳥たちの歌が響きます。

チチチ、ホーホケキョ、ピピピピ……。

まるで合唱団が「がんばれ」と応援してくれているみたい。

風もふっと吹き、汗で熱くなった顔をやさしくなでてくれました。


やっとの思いで頂上にたどり着いたとき――。

目の前に広がったのは、雲の切れ間からのぞく果てしない青空と、遠くの街並み。

さっきまで歩いてきた道が小さく見えます。

ユウくんは思わず大きく深呼吸しました。

肺いっぱいに入った空気は、冷たくて、それでいて甘い味がしました。


そのとき、山がふっと語りかけてくる気がしました。

「ぼくは、きれいな空気や水をみんなに届けている。

 木々や花や、ここにすむ動物たちも、ぼくからの贈りものだよ。

 どうか忘れずに、大切にしておくれ」


ユウくんの胸の奥がじんわりあたたかくなりました。

「ありがとう、やまさん」

小さな声でそうつぶやくと、風がまたふわりと吹き、答えるようにユウくんの髪をなでました。


下山の途中、道ばたに咲いたちいさな花を見つけたユウくん。

花に向かって、そっと言いました。

「きれいに咲いてくれてありがとう」


山は何も言わず、ただ大きくそびえ立ち、夕暮れの光に赤く染まっていました。

けれどその姿こそが、ユウくんへのいちばんのおくりものだったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やまのおくりもの 霜月あかり @shimozuki_akari1121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ