星詠みの罪人

マゼンタ_テキストハック

青年と星の巫女

 辺境の村の青年アランにとって、星の巫女・ミオは唯一の光だった。彼女の歌声は天の理を紡ぎ、世界に恵みをもたらすと信じられていた。しかし、ある日、巫女をたぶらかし、汚したとされる堕ちた神官チャカの不審死が報じられた。

 巫女の醜聞にアランの心は絶望に沈んだ。傷心を癒すため、亡き祖父が守っていた辺境の廃神殿へと向かったアランは、雨の中、偶然にもミオと遭遇する。

「どうか、少しの間、ここに置いてくれませんか?」

 巫女の懇願に、アランは迷わず首を縦に振った。その日から、アランは世界のことわりに背くことになった。


 ミオとの奇妙な同居生活が始まった翌日、風呂から上がったミオの背中に、ひどい傷と痣をみる。そして、彼女は冷たい目でアランを見据え、告白した。

 「私はマキ。ミオを守るため、この体に宿る影の巫女」

 ミオの中に、彼女を守るためならば全てを破壊することも厭わない、もう一つの人格が存在した。堕ちた神官チャカは、巫女を我が物にしようと、彼女に常軌を逸した暴力を繰り返していたのだ。


 マキは、チャカのDVにより生み出されていた。

 アランは、かつて見たミオの瞳に宿る、一瞬の悲哀を思い出し、彼女を護ると誓う。優しいだけのアランは消え失せ、狂おしいほどの忠誠を誓う狂信者に変貌していた。チャカへの嫉妬が憤怒になったのだ。



 聖なる都では、神殿騎士団がミオの行方を追っていた。そして、ついに廃神殿へと迫った。


 その夜は、松明の光が雨に滲み、今にも消えそうだった。

 アランは剣を抜き放ち、立ちはだかった。

「彼女に指一本触れるな……!」

 騎士団は次々となぎ倒される。かつて臆病であった青年の姿はもうそこにはない。巫女を護るためなら命すら惜しまぬ異様な執念が、彼を戦鬼に変えていた。


 その背後で、ミオの姿をしたマキが立ち尽くしていた。冷たい双眸が、アランを見つめる。だが、突如として彼女の瞳が揺らぐ。

 「……アラン、もうやめて」

 ミオの声はかすれ、雨にかき消されそうだった。

 アランは一瞬動きを止めた。そして次の瞬間、矢が放たれる。

 ミオは反射的に身を投げ出していた。

 アランを庇ったのだ。

 彼女の衣が血に染まり、胸を貫いた矢が震える。


 アランは絶叫し、彼女を抱きしめる。

「なぜ……俺を……」

 ミオは微笑んだ。

「マキも私も、ずっと護られていたの。……ありがとう」


 その瞬間、彼女の体から柔らかな光が溢れ出す。雨雲を突き抜け、天を照らすような清らかな輝きだった。

 騎士団は去り、残されたのは、息絶えたミオの体と、彼女を抱きしめて離さぬアランの影だけ。

 人々は後に語る――「星の巫女は、自らを犠牲にして罪を清めた」。

 だが、辺境の夜、廃神殿の跡にはひとつの噂が残る。

 血に濡れた狂信者が、今もなお影の中で「彼女の声」を待ち続けていると。

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