猫の美術館(改正)

佐伯瑠鹿

       猫の美術館  改正

「‥クソが!あの爺。逃がさずに、縛り上げて殺しておけば良かったぜ」


 男の第一声は、そんな汚い言葉だった。閉店間際の宝石店を襲ったは良いが、欲を出し過ぎて、計画より大幅に時間が掛かってしまった。店にナイフを持って押し入って脅した際に、咄嗟に裏口から逃げ出した店主の通報により、外に出てみれば既に警官に囲まれていたが、逃走用に用意していた爆竹を盛大に鳴らして何とか隙を見て逃げ出した。今現在林の中にある民家との間をすり抜けながら身を隠しつつ逃亡に至っている。



 いつの間にか民家がなくなり、全く人気のない空き家が立ち並ぶ細い道に出てきた。何処の家の扉にも窓にも人が入れない様に、板が打ち付けられている。

「くそ!何処にも隠れる場所がねぇじゃねぇかよ!」


 男はイライラさせながら、何気に更にその先に視線を向ければ、小高い丘の上に少し古ぼけた洋館が建っているのが見えた。電気は消えている。

「あそこも廃屋かな、板が無ければ良いが、取りあえず確認してみるか、何ともなければ、ほとぼりが冷めるまで、少しばかりあそこに隠れておこう。盗んだ宝石も拝みたいしな」

 男は楽しそうに、重たいカバンを大事に抱えながら、急いでその丘の上に建っている家に向かった。 


 それから数十分後。


「どひゃ~何だよ。行き成りどしゃ降りになるなんて、丘の上に来るまであんな綺麗に満天の星空が見えて綺麗だったのによ」


 洋館に辿り着くと、下に居た時は点いてはいなかった明かりが、今は館内の窓から光が漏れていた。そして少し離れた窓際には猫のシルエットが見える。その上よく耳を澄ませてみれば、舞踏会で流れていそうな古臭い音楽が流れているのが聞こえる。ちょっとの差で家主が帰って来たかと、少々面倒くさそうに玄関先で濡れた上着と帽子を脱ぐと脇に抱える。廃墟だったら良かったのにと思いながらも、板が張付いていなかった事にホッともしていた。この激しい雨の中ずっと外にいるのは辛い。なので雨宿りをさせてもらおうと、ライオンの形が施されたドアノッカーを叩いた。しかしいくら待っても主が出てこない。何度も叩いたが同じだ。思いの外館内で流れている音楽の音量が高いのか、中にいるであろう人間にはドアノッカーの音が聞こえていないようだ。


「雨音もあって更に聞きずらいのか?しょうがない。中に入ってから事情を説明して」

 冷えた身体を早く温めたい。洋館に入る為にダメ元で、ノブを回すと何故か鍵が掛かってはおらず、少し開いた扉の隙間から光が漏れている。

「助かった。運が良かったぜ。雨宿りもできるし、ここで一晩身を隠させてもらおう」

 勇んで玄関の扉を大きく開けた途端今まで流れていた音楽がピタッと止まったと同時に今まで明かりも点いていたはずの室内も暗闇に包まれていた。


『‥はぁ?‥何だ?』


 訳が分からないまま玄関先に突っ立っていると、行き成りの大爆音の雷の音に驚いて、思わず館内の中へと足を踏み入れてしまった。暗い部屋急に怖くなり、洋館から出ようとしたのだが、扉は自然に閉まっていた。雨音も消えその空間は真の闇に飲まれた様に静けさと暗黒が訪れた。でもそれは一瞬の事であり、いきなり閃光と共に、雷の音が鳴りだし風も吹いてきた。立て付けが悪かったのか、扉がパタパタと音を立てて開いたり閉まったりを繰り返している。その度に雨も激しく館内に降り込んできていた。


「あぶねぇ所だった。こんな嵐の中。外にいたくないわ。本当に誰もいないのか?先程の音楽は‥猫は?でも少しの間の我慢だ。朝になれば‥」


 男は、ぶつぶつと言っていると、たまに光る雷光の輝きで、壁の至るところに飾られた風景画の額縁が一瞬浮かび上っては、また暗くなる館内をただずっと見ていた。


「何だよ此処、薄気味悪いな」


 扉の横にはカウンターが在り、その上には、猫の美術館と書かれたパンフレットが無造作にばら撒いてあった。


「猫の美術館?何処かで聞いたような‥そういえば、何十年か前に何人かの人間がこの美術館の付近で姿を消したって言う噂が流れたような‥昔俺が学生の頃‥歴史の教科書にも載っていて‥でもその建物‥えっ?‥ここ‥は?‥あッ!」


 男は数ある恐ろしい噂を思い出し、真っ青になって全身に震えが走ると、慌てて踵を返し外へと逃げ出そうとしたのだが、何故か入ってきたはずの扉はただの壁みたいになって扉は消えていた。大事に抱えていた鞄を放り投げると、必死に玄関を探すが、どこにもノブも鍵穴も見つからない。


「何でなんだよ!。どうなってるんだ!!さっきまで閉まらなくってパタパタ音もしていたのに‥‥出してくれ!俺をここから出せーーーー」


 その時、どこからか視線を感じて、男は視線を感じる方に振り向いたが、誰も居なかった。しかしその視線が、一つではなく、無数の目に見られている感覚に襲われていた。


「誰だ!誰か居るのか?出てこいよ」


 男の声だけが館内に響き渡る。その他はシ~ンと館内は静まり返っていた。


「にゃ~ん」


 暗闇の中から、猫の鳴き声が建物に反射して聞こえてきた。男は驚いて、鳴声のした方に視線を向けると、一匹の猫がジィ~と自分を見つめている。しかしその瞳は紅い色に輝いていた。


「うっ‥わぁぁぁ!」


 男の悲鳴が館内中に響く。



「‥また‥ここか‥」


 村のセンター位置に立っていた男が、溜息交じりに、部下の連絡待ちをしている。

「ルッソ警部殿、申し訳ありません。犯人に逃げられました」

 途中までは、犯人の姿が目視して追っていたのだが、民家を抜けた瞬間に姿を見失ったのだ。くまなく山小屋やの室内を探したが見つからない。

「一体奴は何処に隠れたんだ。警察官を増員して探し回っても、人っ子一人見つけられないとは‥まさか丘の上の元洋館じゃないだろうな」

 ルッソが有り得ないと思いながらも、口に出していた。それを部下が真っ青な表情になり、続けて話してきた。

「悪ふざけは止めて下さいよ。あそこはもうかれこれ300年程前に、深夜での不審火による大火災によって、ほぼ原型も残ってないじゃないですか。外から丸見えですよ。いくら何でもそんな場所に隠れるなんて‥それもその火災のあった日は嵐だったそうですね。雨が降っていたのにも関わらず、鎮火されなく丸1日燃え続けたと、当時の古い記録に載ってましたよ。雨のせいで帰れなくって、そのまま泊まり込みでいた館長と、美術館の看板猫の白猫が2匹焼け死んだとか‥あ〜こわ。しかし万が一って事も有りますもんね。確認しに行きますか?」

 ルッソは過去にあそこに遊び半分で立ち入った若者が、何人も行方をくらましている事を知っていた。多分今の若い警察官は知らないであろう。かなり昔のことだ。病気がちな両親の面倒を見ていた若者に、1週間後に挙式を上げるはずだった若者それに‥。


「ああーそうす‥うん?いや待て今日は9月15日だったな」

「はい。そうです」

『待てよ確かあの行方不明の事件もみんな同じ日‥』

「いや、万が一って事も有る。部下を危険な目に合わせられん‥明日明るくなったら出向こう‥山道だ‥軽装では、クマが出たら大変だからな」

「はっ!了解いたしました」

『気にし過ぎだとは思うが‥な』

 満天に輝く星空を見上げながら、帽子を深く被り直した。



 その頃洋館では、、、。


 宝石よりも赤い目をした猫が、シルクハットにマントを靡かせ、何故か鞘に収まっているサーベルを器用にクルクルと回しながら、ヒタヒタと足音をさせながら二足歩行で近付いてきた。


「やぁ人間」

 男は驚いて腰を抜かしている。

「ね、ね、猫が喋っている」

「ええ〜喋りますともにゃ。僕はここでは一番の古株兼責任者(猫)である。ルータスにゃ。これからは一生共に暮らす仲間なのだから、ルールは守って‥」

「ちょ!ちょっと待て!仲間って何だ?一緒に暮らすってどういう事だ?」

「言葉の通りにゃ因みに一緒じゃなくって一生にゃ」

「ふざけんな!俺は猫と慣れあうつもりも、ましてや仲間なんて真っ平だ。明日には窓を突き破ってでも出て行くからな。明日にはこの嵐も止んでるだろう。俺には関係ねぇ」


 ルータスは赤い目を細めて、笑っている様だ。

「な、何がおかしい」

「ここにきた人間達は皆んな同じ事を言っていたのにゃ。ここの洋館の周りだけ、何十年何百年と、止むことのない嵐がいつも吹き荒れてるにゃ。そして10年に一度この洋館は復活するにゃ」


「‥訳が分からん。遠くからでもここの洋館は見えていたぞ復活も何も‥」

「それはこの呪われた洋館に呼ばれたからにゃよ。きっと今日は9月15日だにゃ」

 男は今日の日付に、ああーそうだなと、軽く返事を返した。

「300年前の丁度今日が、運命が変わった日にゃ。大事にしていた絵も彫刻もこの建物も‥そして‥僕達‥も‥」


 ルータスは少し寂しそうに、雨が打ち付ける窓を見上げでいた。


 男は更に訳が分からなくなり、付き合ってられないと何とか立ち上がると、窓を破るための道具を探す。


「何をしてるにゃ?」

「勿論もう出て行くんだよ。ここに居たら、ますます自分がおかしくなりそうだ。正気な内に出て行くよ。短い付き合いだったな」

「それは無理だと言ってるにゃ。ここは既に柱だけが残っている状態にゃ。今見えているこの内装は過去の洋館の記憶の産物にゃ。10年に1度だけこの洋館に不運が起きた今日だけは、不幸にも入る事はできるけど、外に出る事は不可能にゃのだから」

「尚更ふざけんなぁー何の為に宝石を盗んだと思ってる。これからこの宝石で一儲けして、贅沢に暮らす為だ。それを外に出られないとか?悪夢なら早く目を覚ませ俺!」

 男は自分の顔を両手で叩いている。

「諦めの悪い男だにゃ」



「‥今は何年だにゃー!!💢💢」

「‥聞こえてるんだろにゃー💢💢」


 いきなり透けている2匹の猫が足元にしがみ付いていて、一生懸命に揺さぶっているのが目に入り驚く。

「わああー幽霊猫ー何だ。湧いて出た」

「さっきから、抱きついて話しかけていたにゃー💢」

「?なっ」

「無視しやがってー💢あっ‥そ、そんな事はどうでも良いから教えるにゃ」


 2匹とも声が小さすぎて何を言っているのか聞き取りづらかったが、何とか理解に成功して教えることにした。


「今年は1903年だけど?」


 それを聞いた瞬間に猫達が悲鳴を上げた。


「にゃンだって!19‥3年。もうあれから30年が過ぎてるじゃにゃいかーお袋〜オヤジも生きてるかも分からにゃい‥」


「マリアンナ~俺は此処に居るにゃー。祝言はどうなった~‥おいおやじ!今ここの坂の下はどんな感じだにゃ」


「はぁ?え〜と、坂の下なら入口も窓にも中に入れない様に、板で打ち付けされてたぞ。人は住んでなかった。朽ち果てた家だったし。いわゆる廃村だな」


 猫達はショックのあまり声も出せずに、その場に潰れた様に伸びてしまった。


「しかしいつの間に?今までルーニャス?しか居なかったのに」

「ルータスにゃ記憶力の悪い男だにゃ。それに最初から、アルベルトとホーマは君の周りにいてズボンを引っ張っていたにゃ」

「えっ? はぁ?成程‥先程から何かが触れている感触はあったが、驚きだ」

「通常一般人の目では我々を見ることが出来ないからにゃ。ほらお前の今の目なら見えるにゃいか?」


 ルータスは手にしている鞘で、後方を刺して男の視線をそちらに向けさせた。そこには今まで無駄に広いだけの広間に、誰も何も居なかった黒い空間だけが広がっていたと思うのだが、それこそどこから湧いてきたのか沢山の?大量の?透けている猫で溢れている。中には猫の本能だろうかネズミを追いかけている猫やら、蝶々と戯れている猫やら。世間話をしている猫‥それぞれやっている事は色々だ。


「な、なんだ‥でも、お前は最初からはっきり見えていた‥のに」


「最初に言った通り僕は、此処の責任者(猫)にゃ。一番大きいを貰ってしまった宿命かにゃ。だからいわゆる人間社会で言う正社員?的な役割があるからにゃ。君みたいに、此処に入ってきてしまった普通の人間に対して、傷つかない様に此処の説明をするのと、心のケア―を今回はしておりますにゃ。声だけで僕が見えなかったら、ただのホラーにゃ。非常~に残念でしょうがないにゃよ」

「いや、既にホラーだろう。傷つかない様にって、十分傷ついているのだが‥あれ?何かさっきより暗闇でも明るく見えてきて、目の前で倒れている二匹も、はっきり見えてきたんだけど、それに小さい音が右側からカサカサと‥」

「それはこの外‥現実の世界に居る虫の音にゃ。そろそろ洋館の影響を受け始めているのにゃ。君が段々猫化が始まってるからにゃよ。既に瞳は猫化していたから、僕以外の猫が薄くだが、見えてきたのにゃ。綺麗なグリーンアイにゃ」

『‥‥‥‥‥‥え、』

「何だって!!」

「耳も小さい音が聞こえたと同時に、生えてきてたにゃ。触ってみれば分かるにゃ」

 慌てて頭の上に手を沿えると、ありえない所からピーンとした耳みたいな物が生えていた。その後震える手で、人間だったら普通に付いている場所を恐る恐る触ると、耳が消えていた。その途端断末魔の叫びが部屋中に響いた。


「ぎゃあああーーいやだーーどうにかしてくれーー‥‥」


「もう無理にゃ。最終的には、全身に毛が生えて、髭が生えてくるにゃ。後は入る時に小さくなったら、全てが終わりにゃ‥そうそう最後に自分が居たい場所に移動した方が良いにゃよ。寂しかったらあそこにいるみんなの輪に入っても良いし、独りが良ければ窓際に居ても良いし、階段の途中や踊り場でも良いし、なんなら究極のぼっちトイレの個室でも良いにゃよ」


「さっきから言ってる家ってなんだ?此処が家みたいなところだろう。‥嫌々そんな事はどうでも良い。この姿を治す方法はないのか?」

「だからニャイ!」

「そんな速攻で言わないでくれ!俺は今すぐあの窓を突き破ってでも外に出る!‥外に出ることが出来れば、今ならまだこの状態も治まるかもだぁぁぁー!」

「‥だから‥それは‥無理なんだ‥にゃ‥」

 ルータスは寂しそうに俯いている。


 必死に猫化に抵抗しつつ、窓を割る為の何かを探していると、その話をずっと聞いていた先程の マリアンナ!と叫んでいた猫がガバッと起き上がったと思ったら、どうやら錯乱している様だ。

「もう。嫌だぁーーもうこんな場所から出て、俺は自由に生きるんだ! マリアンナに逢うんだー」

 その猫はそういうと、窓に向かって猛ダッシュで突っ走った。それに慌てたのが、ルータスだった。

「ダメだ!!戻れ!皆ホーマを止めろーー」

 ルータスの焦った声を聴いた他の猫達が、ホーマの行動に気がつき慌てて、走り出すが、あと一歩間に合うことが出来なかった。


「ホーマ止めろー俺を置いていくなーーー」


 アルベルトの制止も聞かずに、ホーマは勢いよくジャンプをして‥‥。




 ガッシャーーン。




 ガラス窓は威勢よく割られ、ホーマは30年ぶりの外の空気に、歓喜に沸いていたみたいだが、それも一瞬の出来事だった。


「ぎやああああーーー」


 外に出た途端にホーマの身体は見る見るうちに原型を崩して、一瞬にして灰になって消えてしまった。それを目の当たりにして、助けようとした友人のアルベルトと他の助けに走った猫達も目を瞑って震えている。中央部分に居た猫達も震えて泣いている様だ。


「俺が‥俺の気分転換に誘ったばっかりに‥此処に遊びに行こうなんて‥誘わなければ‥ごめん‥ごめん‥ホーマ‥‥ニャアアアアアーーン!!!」


 アルベルトは力が抜けたように、床に再度倒れ込むと、大声を出して泣き出した。


「なぁ‥灰に‥なっちまったら、その後の身体は‥?そのまま‥死か?それとも現実で身体がもう一度再構築されるのか?」

「‥それは僕でも分からないにゃ。過去何人も窓を破って、出て行ったにゃ。でもみんな‥‥」

 割られた窓を見るといつの間にか、先程の事なんか何事も無かったかの様に、元通りに直っていた。


「‥怖いにゃ‥あの火災のあった日も‥」




 リン〜ゴ〜ン リン〜ゴ〜ン リン〜ゴ〜ン




 そんな時である。何処からともなく鐘の音が、館内中に響いてきた。


「何だ?この音は」

「日付けが変る事を知らせる鐘の音にゃ。0時を過ぎたらまた此処は10年間眠りにつくのにゃ。今回は最悪にも35分の付き合いだったけど、10年後は24時間愚痴を聞いてやるにゃ。その時は僕達の愚痴も思いっきり聞いてもらうにゃ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ふざけるな!俺はどうなる?」

「心配する事はないにゃ。向こうから来てくれるにゃ。場所はそこで良いのかにゃ?10年間はこの場所から、離れられないにゃよ」

「何を訳の分からない事を‥」

 そんな事を言っていたら、目の前にいきなり額縁が浮かんで光を放って現れた。

「なに?この額縁は?」

「それが家にゃ」

「??えっ?」

「壁に掛けられている風景画は元々此処に飾られていた猫達の家だにゃ。そして何十枚も床に落ちている額縁が有るのが見えるかにゃ?あれが此処に運悪く入り込んでしまった君みたいな元人間の家だにゃ。絵の風景はその人間が人生で一番楽しかった思い出の風景にゃ。君の家となる背景は何かにゃ?」

 言われて初めて絵が描かれている事に気がついた。見た記憶がある建物だ。

「これは‥ああああぁーー俺が強盗に入った宝石店じゃないか!!」

「君にとって、将来を楽にしてくれると思った宝石泥棒が一番楽しかったのだにゃ?可哀そうにゃ。絵の中でショウウィンドウの上に座って、看板猫になるか?玄関先に座って野良かはたまた防犯見張り猫になるか?‥どっちが良いのかにゃ」


「や、やだー―止めてくれーーやだやだやだやだーーーー」


 光の中に吸い込まれそうになりながらも、両手で額縁のふちを掴んで何とか抵抗を試みているその間にも、鐘の音が5回6回と時を告げている。正面ではそれぞれの猫が自分のいた額の中に戻って行く猫に、石柱の上に上り石像の猫に戻るのもいた。先程ネズミを追いかけていた猫は、しっかりとそれを銜えてご満悦のように、絵の中に消えた。横目でルータスを見ると、奥さんだろうかやはり猫が、ルータスに寄り添い頬を寄せてスリスリとして、受付の後ろに控えている巨大な額縁の中に飛び込んでいった。ルータスも後に続いて戻って行こうとしたが、その場に立ち止まり寂しそうに振り向きこう云ってきた。


「この風景画の絵の猫だけが、モデルがいたんだ。この建物の中に‥居たんだよ。300年前のあの夜パパと友人が喧嘩していたのを覚えている。それによる逆恨みで、放火されて焼き殺された僕達兄妹。パパが僕達だけでも助けたかったみたいだけど、火の回りが早くって、もうどうする事も出来ずに、僕達はパパに抱かれながら死んだんだ。パパの最後の言葉が。 ルータスにコリー本当に私のせいでごめんな。ごめんな だった。詫びの言葉が最後だったなんて、絶対許せない!。その友人を恨みながら死んで‥その魂が何故か絵に宿ってしまい呪われてしまった‥‥その男に人間に復讐するために‥‥にゃ~んて‥‥じゃ‥また10年後に会おうにゃん」


 普通に喋れるじゃねぇかと、突っ込みたかったが、最後とんでもない悲惨な過去を寂しそうに話してきた後、急ぐように絵の中に飛び込んで行ったルータスは、ロッキングチェアの上に飛び乗り人間の様に座って、サーベルをお腹の上に乗せると寛いでいる。妹の猫は、ソファーの上で黒のドレスをヒラヒラとさせながら、その場でグルグルと回っていたかと思うと、心地の良い体制を見つけ丸くなると眠りについた。そのソファーをのぞき込む感じに人物画も描かれている。きっとその人がパパなのだろう。優しい笑みをこぼした白髪の男性が二匹を見下ろしている。


「ああっ‥ででも、ちょ‥ちょっと待ってくれルーニャス!俺はやだこんなの!!まだ宝石もまともに触ってもいないし、拝めてもいないんだぞ!!こんな所で消えるな‥」


 最後の鐘の音が鳴り終わったと同時に、男の身体は完全な猫の姿になり、絵の中に吸い込まれていった。その絵は番人の様に、お店の出入り口でポツンと今にも泣き出しそうな、寂しそうに佇んでいる絵になった。そして静かな空間にコツーンと音を響きさせて額は床に落ちる。


 ホーマのいた絵は彼女だろうか一瞬女性が草原を歩いている絵に見えたが、持ち主が消えた額縁は何も書かれていなかったかの様に、絵は消え無地の額縁だけになった。


 ルータスは目を細めて、自分の爪を出したり引っ込めたりしている。


「‥僕の名前はルータスだ。本当に記憶力の悪い男だったな。それにしても運だけは良い男だ。僕達の楽しみを味わう事なく猫になれたのだから‥つまらん。猫になった瞬間にそれまでの恐怖の記憶だけは残らないから、思いっきり遊べるし、都合が良いことこの上ない。でも、何であの男にあんな話をしたのか‥‥そういえば名前聞くの忘れた。まぁ良いか10年後に聞く‥‥nya‥‥」


 絵の中のルータスは最後の言葉を残したのち、静かに洋館と共に姿を消していった。



 その翌日



「警部殿有りました。犯人が置いていったと思われる宝石と売上金の入った鞄と、何故かびしょびしょに濡れている上着と帽子です」


 不思議に思いながらも、中身を確認すると、鞄一杯の宝石と札束がぎっしりと詰まっていた。

「良くもこれだけ盗んだものだ。これだけあれば十分、暮らしていけただろうに」

 しかし当の本人は、姿も気配も感じない。あいつにしたら大切な盗品を置いて、どこかに行ってしまうなど有り得ないと思いつつ。辺りを見まわたした。すると、少し先に黒く変色している部分があった。何だと思い近寄ってみると、此処だけ雨でも降ったのか、長方形に形どって地面というか床が濡れていた。


「なんだこれ‥そういえば30年前にも、同じ現象があったな。確か同じ敷地内のぉ~中央部分に2か所同じ長方形の濡れた跡が‥‥おや?あそこにも一ヶ所当時と同じ場所に濡れた部分が有るな‥これはいったい‥」


 不思議に思っているとふいに、あの出来事を思い出していた。あれは忘れられない痛ましい事故だった。当時新米だった自分が担当した事故を思い出し、目頭が熱くなるのを押えていると、後ろに居た若い警官のおしゃべりが、聞こえてきた。


「そういえば、昨日の白いドレスを着た女性綺麗だったな」

「そうだな。あの時は気にしなかったけど、今思えば変だよな。何であんな遅い時間に、女一人で立っていたんだ?それもウェディングドレス着てただろう。近くの民家で結婚式でも挙げてたのかな?酔い冷ましで出て来てたとか?」

「まさかこの近くにはあそこ以外の村はないぞ‥林の中の民家でも、ちょっと遠いし、結婚式なんて挙げていそうもないくらい、静かだったろう。もしや霊的なアレじゃないだろうなぁ~!」

「止めてくれよ。俺そういうオカルト系苦手なんだから‥」

 と、新米警察官達はふざけていた。

 仕事中だぞと、注意をしようとした時、裏側に当たる斜面の下から悲鳴が聞こえてきた。何事かと数名で斜面を降りて行くと、そこには腰を抜かした警官の前に、人骨の標本みたいに綺麗な状態の骨が横たわっていた。どうみても最近の物みたいに綺麗だ。何気に良く周りも見渡せば、こちらは逆に古そうな何体者の人骨がばら撒かれている状態だ。


「な、なんなんだこれは!有り得ない」


 そんな中ルッソはその夥しい人骨の中に、見覚えのある物を発見した。それは20年前に私が娘に送ったヒスイのネックレスだった。

「‥‥あぁああーーマルターー」

「えっ‥マルタって20代で行方不明になったっていう、警部のお嬢さんですか?まさかここに遊びに来ていたんですか」

「あぁーそうだ。従妹とあちこち冒険するのが好きでね。あの日も今日は少し遠出して此処に行くと、その日に帰るからと言ったまま、そのまま‥二人は消息を絶ってしまった。その日も9月15日だった。まさか20年間此処に居たなんて‥マルタにリビ帰ろうママが待ってるよ」


 娘と思われる頭蓋骨とネックレスを大事そうに抱える。その光景を辛そうな表情で見ていた他の警察官達だったが、そんな時。少し離れた村の方から男女の楽し気な笑い声が、風に乗って聞こえてきたような気がした。


 そこに居た警官全員その笑い声が聞こえたらしく青ざめている。既にここの村は人っ子一人も住んでいない廃村なのだから‥ルッソ警部はこれは不味いと思い、今は哀愁に浸っている場合ではないと、スクッと立ち上がり号令をかけた。


「!!今のは気のせいだ!こ此処の地区は直ちに閉鎖させる。人目に触れさせない為に、記憶から消す為に村を囲むように植樹をして、村ごと無かったかのように‥する!!ここの仏さんはこの先にある墓地に埋葬する」

「えっ?良いのですか?身元の確認とかは?」

「大丈夫だ。きっと此処の住人達だ。ご家族のお墓もそこにある‥これはオフレコだ!良いな‥以上!!」


 その号令に部下たちはざわついていたが、再度の号令に慌てて敬礼すると、慌てふためいた様に、散らばった骨を一ヶ所に集める者。シートを取りに行く者。それぞれに散らばって行く。その数日後。上官数名関係者等が集まり森の再生計画を立て始めた。



 時は巡りそして現在‥



「は~い♡ダイナーよー♡今日は私達はイタリアのとある森に囲まれた廃村に来ておりまーす」

「ハーイ♡ポーラーでーす♡そうなんです。私達の心霊動画チャンネル登録者数がなんと10万人を突破という事で、それを記念しての本日は、初の国をまたいての企画で送りしま~す。今回はイタリアで最も最怖と噂のある心霊スポット廃村にとうとう来てしまいましたー。声が聞こえたとか霊が写ったとかの情報も沢山ありますよね。特に老婆の声が録音されてて『アルベルト‥どこぉー』って声は、はっきりと聞こえて、これはもう世界的に有名な配信ですよね。今日も怪奇なものが、撮れると良いのだけど、何故か此処の土地には絶対近づくな入るなと口々に伝えられてきたみたいですが、それを無視して皆さん怖いもの見たさで封鎖された門をよじ登って検証しに来るんですよ。絶対何か他にも隠された心霊スポットが有ると信じて、そうじゃなかったら、昔はこんな森に囲まれていなくって、もっと見晴らしが良かったらしいです。意図的に森にしたと噂もあるんですよ。その何かを探して、何人もの心霊YouTuberの人達が検証してきたのですが、別に隠す必要のない朽ち果てた石作りの家や、かなり古い建物の火災跡地に柱が数本が在るのみなんですよね。他に隠された場所があるのか?それ以上の動画は未だに撮られていません!私達が最初の目撃者になって見せますから、楽しみにして下さいね」

「そうそう。私の曽祖父がここの出身だったんだけど、何故か家族総でで、国外に出てしまったので、私としても初めての家族のルーツを辿る初海外を楽しみにしてました。話が逸れてしまったわね。ここでは昔。もう都市伝説的な噂だけになっているのですが、何十年の前には、花嫁の霊が出ると有名だったのよね。それも不思議とその花嫁は男性の前でしか姿を現さないみたいなのよ。言い伝えでは、結婚式の1週間前に旦那様になる筈の彼氏が突如として行方不明になってしまったんですって、姿を消したと思われている例の火災現場の跡地である洋館だった場所にも度々探しに行ったけど見つからず、それを悲しんで、沢山泣いてその結果耐えきれずに、式の当日に花嫁衣装を着た状態で手首を切って自害したらしいの。悲しい出来事だわ。それで行方不明になった彼氏を探して、男性の前に現れていたみたいなの。今は出ないみたいですね。成仏されたのかしら?曽祖父が実際に聞いたんだけど、何かその時に、楽しげに男女の笑い声が、廃村の方から聞こえたんだって、まだ新米警官だった亡きお爺ちゃんがそこまでは教えてくれたんだけどね。この森が出来た理由を知っていたのに、オフレコやら言いたくないとかで、一切話してくれなかったのよ。実際に私が此処に来る事なんて、予想もしてなかったでしょうね。ふふ。まぁ私は彼氏を泣かせない為に、誘拐されない様に気をつけないと」

 そんな事を笑いながら解説していた。


「それでは検証という事で、今から廃墟探索した後に、森の中の火災現場を少し回ってみようと思います。その後に時間が許す限り隠された謎の現場を探したいと思いま~す」

 女性二人組のYouTuberは、スマホを片手に朽ち果てた家の中を、ライトで周りを照らしつつ、おしゃべりしながら撮っている。


「まもなく915になります。おっと今丁度日付が変わって深夜0時丁度になりましたね。まだまだ時間は有るから面白い画像が撮れたらいいね。それにしてもまだ暑いです。夜なのに変なの」




 リン〜ゴ〜ン リン〜ゴ〜ン リン〜ゴ〜ン


「えっ?鐘?」

 そんな気温に文句を言っている時、どこから聞こえてくるのか森中から微かだが、かなりの重低音な鐘の音が聞こえてきた。

「何だろ?この鐘の音?‥何処から?‥もしかしてこれが、隠された謎の心霊スポットと関係している鍵なんじゃ?」

「なのかな?そうだとしたら、私達凄いよ大発見じゃない。みんなが知り得なかった事が、私達が一番に探せるかもよ」

「♡そうよねやったわ。それじゃ。廃屋はこの辺にして、そろそろ音がした森の中に移動しますかね」

「‥そうね‥分かったわ。5件見たけど、何か写っていたら良いのだけれど、ホテルに帰ってからチェックするのが楽しみですぅ~。鐘の音も入っていると良いのだけど、可なり耳を済ませないと聞こえないくらい小さかったし」


 森の中に入り暫くするといきなり雲行きが怪しくなり、おや?と言っている間に猛烈な嵐に見舞われてしまった。

「キャーー何よ。今まで満天の星と月明かりに照らされていたのに、酷~い。髪もメイクもぐちゃぐちゃよ。絶対カメラには映さないでよ!」

「それは私も同じよ。あっ。あそこに大きいお屋敷が見えるわよ。運が良かったね。事情を話して雨宿りさせてもらおう」

「賛成!でもこんな所に人居るの?あそこも廃墟かもね」

「それならそれで良いじゃない。さっきのおんぼろの家だったら雨漏りしたけど、あのりっぱな建物ならそんな心配もないわ」

「そうね」

 ポーラーとダイナーが、玄関の前にたどり着く頃には、かなりずぶ濡れになっていた。髪をかき上げたり、濡れた顔を手の平で払っている。外に差し込む明かりも無い人気も感じない洋館に、見るからに廃墟とは思ったが念の為に、ライオンの装飾のドアノッカーを掴むと勢い良くそれを叩いて訪問を知らせた。その後反応もやはり人気も感じられず、入れるかどうかと、恐る恐るノブに手をかけ回した。ガチャと音と共に少し開いた。運良く鍵が掛けられておらず、そこで安堵して申し訳なさそうに、そ~と扉を開けた。


「夜分にすみませ~ん。‥すみませーーん。誰か居ますかー?」

 館内は暗く雷光が光る度に、微かに部屋の様子が伺える感じだ。

「お邪魔しま~す‥‥良かった。扉開いたし、完全に廃墟だわね」

「‥うん‥そういえば、火災に遭った洋館ってこの近くじゃなかった?」

 その直後この会話を聞き取りずらそうとしたかのように、雷がでっかい音を立てて上空で鳴り響いた。その途端に二人は悲鳴を上げる。

「ビックリしたぁぁーー」

「こわぁー何処かに落ちたのかな‥え?何?今何か云った?雷の音で良く聞こえなかったよ。タイミング悪ぅ~ww」


 そして、静かに扉は閉められた。



「おや?70年ぶりのお仲間さんが来たようですね。前回は時間がなくって皆さん心の中で泣き泣き諦めてましたが‥」

 その言葉に、70年前宝石泥棒を働いた男が、知らんぷりを決め込んでいるのが見えた。それを横目にルータスは、苦笑いさせながら、少し高い段差の所に上がるとこう叫ぶ。

「今回は猫化が始まる23時44分まで、長~くいたぶり遊べそうですよ。猫の本来の本能だ!‥血の贄だ!!。ギャハハハ!!‥この出口の無い館内にいる間は決して死ぬことはないですからね。今回はドン底の恐怖の中。何回怯えた表情で生き返らせる事ができるか‥その恐怖で満ちた血のなんたる美味よ‥楽しみだねぇ〜‥猫化が始まるその時まで、鏡だけにしか映らない私達の姿を、何処で気が付くか、それまで恐怖にどれだけ耐えきれるか。その血で染まった私のマントが帽子が更に赤黒く綺麗に染め上がります。‥皆さんの毛皮もね艶々♡」


 その言葉に歓声が上がり、館内中に居た猫の金色に輝いていた瞳が、一斉に血の色に輝く瞳に変っていった。

「お兄ちゃん私のドレスもやっと綺麗になるわね」

「そうだねコリー。随分色あせてしまっていたからね」

 妹のコリーが嬉しそうに、黒いドレスを撫でている。そこに三毛猫が近寄ってきた。

「ねぇ~コリー私と勝負しない?私のリボンとどっちが綺麗に染まるか」

「良いわよ。でもあなた2回目じゃなかった?私に勝てるかしら」

「それはやってみないと分からないわ」

「ふふふそうね。頑張りましょう。もう爪が牙がウズウズしてるわ」

「愉しい一日になりそうですね‥コリーそして皆さん。ここからは可愛い猫の皮を被ったプリティな猫を演じてきますか。では早速お初の挨拶に伺いに行きましょうかね‥にゃ〜ん‥ 逃げ惑え人間!人間に復讐を‥ふふふ」


                 完

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猫の美術館(改正) 佐伯瑠鹿 @nyankonyanko

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