新米死神ラセツちゃん その2

ラセツちゃんの実習の相手は三船久連子という享年七十二歳の老婆であった。人間相手の死神の業務は必ず、一人に対し一名の死神で行われなければいけない。魂の情報量の多い人間に複数名の死神が干渉すると、気魂重複症になるのでいけない。そういうことだからラセツちゃんの初めての仕事も当然ラセツちゃんのみでの業務になる。ラセツちゃんはまさか自分が人間担当になるとは思いもよらず、百足腹駅のホームで人魂の串焼きを食べ、現実逃避をしていた。

 死神は冥界の門から出向する事になる。百足腹駅からは乗り換えなし。冥界の門に着いてからは火車のロープウェイで現世と冥界の狭間、うつつへと向かう。狂缶のアドバイスによりラセツちゃんは火車のロープウェイでお尻を火傷しない様に、小豆婆の小豆クッションを持ってきていた。

 ラセツちゃんは河童が皿を洗う為に設置された上向きの蛇口で顔を洗ってから、裂車に乗って冥界の門を目指した。

「どちらさまかね」

 魂は冥界の門を出た先の、うつつの世界で宙に舞っている。死神はそれらに唯一干渉する事が出来る。ラセツちゃんが魂に干渉するなり、三船久連子はそう呟いた。

「ああっと初めまして……。三船久連子さんで合ってますか……」

「あたしのことかい? そうだよそんな名前だよ。久遠の久に連絡の連、子供の子」

「おっお答えありがとうございます……あの久連子さんにお伝えする事があってですね」

「夕刊ならもう取らないよ。さぷりの押し売りもいりません」

「えっと、そういう事ではなくて……。仕事で……」

 ラセツちゃんはそこで言い淀んでしまった。生命の死後、初めにそれを告げるのが死神の役目だからである。そこでラセツちゃんはとりあえず、死神電卓で三船久連子の年齢を数えだした。

「ななじゅうに……に……かける……」

「あたしは死んだのかね」

 三船久連子はそう呟いた。ラセツちゃんの指が止まった。


  *


「なんでアイツが人間担当なんだよ」

 教習所に残ったジゴクくんが狂缶に迫った。

「おやわかりませんか」

「わからねぇな」

「そうですか……早計は死の隣人ですね」

「あぁ⁉」

 ジゴクくんに臆せず狂缶は淡々と述べた。

「我々死神は担当に基づいて業務をこなします。生命で言う所の親、ですら死神では保育担当となる……。皆それを疑わず従順に自らの担当をこなす、私もそのひとり」

「言ってるとことが当たり前すぎてわかんねぇな」

「そう……まさにそこなのです……死神とは機械的に業務をこなすもの、しかしあの子はどうでしょう」

「あの子は、さみしいと言いました……我々が存在する理由は魂がさみしいからと」

「メンタル弱ぇだけだろ」

「確かにそうかも知れません。しかし、だからこそ私はあの子を人間担当にしました」

「だからなんでだよ」

 狂缶は穏やかに、そして強くこう言った。

「感情とはつまり矛盾。そして人間とは矛盾の生き物だからです」


  *


「七十二、あたしの歳だ。あんたがいまそれに打ち込んだ。よく見ればここは家じゃあないね。こんな広くて暗いところは知らないよ。あんたの顔も知らない。だったらあんた、死の遣いかなんかかい?」

「自分の終わりくらい分かってるさ」

 どうしようもなくなったラセツちゃんは、もう明け透けに正直に話す事にした。

「私は死神で……三船さんのお迎えに上がりました……いま計算していたのは、三船さんが受け取れる給付金の額です……向こうの世界で使えます……」

「あたしは死んだのかね。嬉しいものだね」

 三船久連子は誇らしげに言った。

「え、どうしてですか?」

 ラセツちゃんは返って冷静になって聞いてしまった。

「だって旦那より早く逝くってそしたらアイツ、私を忘れないだろう?」

 そこでラセツちゃんは、えんえんえんえん泣いてしまった。

「泣くんじゃない泣くんじゃない。神様が泣くなんてみっともない」

「私はっ……神様なんかじゃないですっ……」

「死神だって神様だよ」

 三船久連子はラセツちゃんの頬へ手を伸ばした。

「あんたの顔見てたら……うちの子供んこと思い出した……。最期に泣いてくれるなんて嬉しいね、嬉しいものだねぇ……」

「三船さん……」

 三船久連子の魂は成仏した。

 ラセツちゃんの実習はそこで終わった。

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ダメダメ死神ラセツちゃん 加瀬あずみ @qqrcx

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