第十二章 エヴァ死す
俺の目の前で、十数人の子供達が泣いていた。詳しく話を聞こうとした、その時、村長が駆け寄ってくる。
「お待たせしました! ようやく片付けが終わりました!」
「村長。エヴァって誰だよ?」
俺の言葉に、村長は一瞬戸惑った様子を見せて、鋭い目付きで子供達を睨んだ。だが、すぐに温和な顔に戻り、おずおずと語る。
「勇者様が来られる前、村の何人かは残念ながら炎の死神に殺されました。孤児院の管理者エヴァも、そのうちの一人です。ただ、それは今更言っても仕方のないことなので……」
村長は作られたような笑顔で、子供達の頭に手を置く。
「お前達、勇者様を困らせてはいけないよ」
「ごめんなさい……」
子供達は手で涙を拭きつつ、俺に頭を下げた。村長はにっこりと俺に微笑みかける。
「さぁさぁ、こちらへ」
……案内されたのは、板張りの大きな部屋だった。少し煤の匂いはするし、宿屋のように個室ではないが、皆で雑魚寝するには充分だ。ただ、ガルフが寝込みを襲ってきた時、いつでも叩き斬れるよう、剣は装備したまま寝ることにしよう。
俺はすぐに横になりたかったのだが、村の人達が食事の用意をしてくれているらしい。それまでの間、手持ち無沙汰だった俺は、ふと、アイラが水晶玉を眺めていることに気付く。
「何、見てんだよ?」
「子供達の言っていたことが、気になって……アイラ達が来る前の村の様子を見ているのです」
「へー! アイラ様、そんなことも出来るのか!」
グレースが俺達の話を小耳に挟んで、声をあげた。ガルフも歩み寄ってきて、俺達はアイラの周りを囲うように、床に置かれた小さな水晶玉を眺める。
水晶玉はスマホの画面のように、村の景色を映し出していた。ガルフとグレースが驚く。
「何と! 水晶玉の中に景色が!」
「すげえ! コレ、魔法か?」
「うるせー。黙って見てろ」
俺は二人を一喝する。水晶玉には、二階建ての大きな建造物が映っていた。
「これが、孤児院なのです」
木造のオンボロだったが、まだ燃やされずにしっかり屹立している。孤児院の前には、村長と屈強な兵士達がいて、彼らは見慣れぬ女性に話し掛けていた。水晶玉から、音声が聞こえる。
『あの怪物を止められるのは、エヴァ! お前しか、おらん!』
『お前の魔法が頼りなのだ!』
エヴァは二十代前半くらいの、長い青髪の女性だった。切れ長の目で知的な感じの美人は、無言のまま、心配げに見詰める男の子の手を握っていた。
『き、来たぞ!』
村長が叫び、後ずさる。まず、火傷を負った兵士達の集団が、こちらに向けて走ってきた。そして、その後を追うようにして、体を炎に包まれたテリコ・ミアズマ分裂体――炎の死神が現れる。
エヴァが、薄く笑った。
『私が逃げられないように、孤児院まで、魔物を誘導してきたという訳ですか……』
『そ、そのようなことはない!』
全てを見通すようなエヴァの冷ややかな声に、村長は明らかに狼狽えていた。それはエヴァの推測が正しいことの裏付けのように俺は思った。
俺の隣で水晶玉を見ていたグレースが怒りの声を上げる。
「村長の奴、わざと此処まで炎の死神を連れてきたってことかよ!? あのタヌキジジイ!!」
「だから、黙って見てろって」
俺はグレースを軽く窘めるが、アイラも口を開き、驚きの声を漏らす。
「あ、あの怪物……普通に、歩いているのです……!」
言われて、俺も気付く。炎の死神は、俺達と戦った時と様子が違っていた。両足に付いていた鉄球と体に巻き付いていた鎖がない。
瞬間、俺の視界から、炎の死神が消えた。『ぐあっ』と男達の叫び声が水晶玉から聞こえる。死神を誘導してきた兵士の集団が炎に包まれ、あっという間に黒い消し炭になって、全員くずおれた。
ガルフが唸るような口調で言う。
「な、何という俊敏さ……! いつの間に、攻撃したのだ!?」
水晶玉の中では、危険を感じたエヴァが、男の子から手を離し、その手を炎の死神に向けていた。死神との距離は約十メートル。エヴァの手に冷気が集まっていく。どうやら、氷の魔法が使えるらしい。
だが、その刹那、エヴァの腕は炎に包まれた。そして、炎の死神は、先程までいた場所と反対方向の位置に佇んでいる。俺は、ごくりと唾を飲んだ。
――氷結魔法発動の気配を感じて、一瞬で接近。で、すれ違いざまに、エヴァの腕を攻撃したのか。
はたして自分なら、今の速度に対応できただろうか。正直、自信はない。ガルフの言った通り、とんでもない素早さだと思った。
エヴァは燃える腕に冷気を集中させて発火を止めるが、その腕は黒く染まっていた。
酷い火傷を負ったのに、エヴァは全く動揺せず、背後の男の子に淡々と言う。
『今のうちに、孤児院の皆を避難させてください』
『エヴァさんは!?』
男の子が叫ぶ。エヴァは勿論のこと、男の子ですら、気付いているのだろう。目の前の敵が途方もなく強いことを。そして、この敵と戦えば、エヴァが無事では済まないことを。
それでもエヴァは男の子に優しく微笑みかける。
『私は生きている間に、もうやるべきことはやりました。アナタ達は此処で穏やかに暮らしていける筈です』
男の子が涙を堪えつつ、孤児院へと走るのを見ながら、エヴァは両腕を体の前で交差させた。
グレースとガルフが叫ぶ。
「もう一度、魔法で攻撃しようとしてるぜ!」
「ダメだ! さすれば、またも死神のカウンター攻撃を喰らってしまうぞ!」
だが、エヴァは両腕を炎の死神に向けず、ただ、胸の前で交差させながら言う。
『代償魔法【ボール&チェイン】』
途端『おおおおお!』と唸り声。水晶玉が映し出す炎の死神の体は、いつしか鎖で縛られ、両足には鉄球が付いている。
「な、何と! あれは、エヴァ殿の魔法だったのか!」
「ってか、いつの間に命中したんだよ!?」
「わからぬ! だが、とにかくすごい!」
「ああ! すげえ魔法だ! こりゃあ勝ったな!」
水晶玉を見ながら喜ぶガルフとグレース。だが、俺の顔は険しい。バカ二人は忘れているようだが、エヴァは死んでいるのだ。このまま、ハッピーエンドで終わる訳がない。
当然、エヴァは力尽きたように、がくりとその場に跪いた。グレースが驚愕の声をあげる。
「な、何で!? アイツの攻撃を食らってないのに!!」
「代償魔法って言ってたろーが。これが代償。自分の生命力を、神だか悪魔だかに差し出したんだ」
水晶玉を眺めながら、俺は言う。敵の強大さを実感したエヴァは、自分の生命力を代償にして、本来の魔力の数十――いや、数百倍の力を得たのだ。
「エヴァが代償で得たのは、回避不能の対象直撃魔法だ」
俺の呟きに、アイラはこくりと頷いた。
「あの鎖と足枷は、防ぐことも、かわすことも出来ないのです。チートのように強力な魔法ですが、その分、代償は大きい。エヴァさんの命は今、風前の灯火なのです」
アイラが悲しげに言った。地面に平伏すエヴァに『おおおおお』と苦しげに唸りつつも、炎の死神は、じりじりと近付いていく。そして、火炎に包まれた骨の腕をエヴァに向けた。
もはや、全てを諦めたように、目を閉じるエヴァ。次の瞬間、エヴァの体は青白い業火に包まれる。美しいエヴァの容姿は、瞬く間に黒い消し炭へと変わった。
俺は「チッ」と舌打ちして、水晶玉から目を背ける。俺の隣では、グレースがボロボロと泣いていた。
「酷でえ……酷でえよ……」
「我らが来る前に、エヴァ殿が、命を懸けた魔法で、奴を弱体化させてくれていたのだな……」
ガルフの言葉に俺は笑う。
「はは。アイツ、厨二病じゃなかったなー」
軽口を叩きながら俺は立ち上がり、部屋の壁を思い切り叩く。俺の拳で、壁に大きな亀裂が走った。
「ゆ、勇者殿!?」
ガルフが驚いて叫ぶが、返事せずに俺は部屋の扉を開く。
アイラが小走りしてきて、俺の手を取った。
「マコト! 何処に行くです!」
「村長のとこに決まってんだろ」
疲れと眠気は、怒りの為に消え失せていた。エヴァの代償魔法のことを隠していた村長への怒りだけではない。エヴァのお陰とも知らず、弱体化していたテリコ・ミアズマ分裂体に勝って、悦に浸っていた自分自身に一番ムカついていた。
――弱くなった敵、倒して『俺つえー』じゃねーよ。クソダセーじゃねーか。
そして……同時にふと、こう思った。
もしかしたら前の異世界でも、いたのかも知れない。誰にも知られず、俺の為に命を懸けてくれた奴が。
もう誰も死なせな異世界 土日 月 @tuchihilight
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