第6話 <最終話> 『嵐と充電』
1.嵐の気配
間鳥居市の空は鉛色に塗りつぶされ、吹きつける風に乗った雨がアパートの雨戸を容赦なく打ちつけていた。その音はまるで闇がじわじわと近づいてくるように響き、えもは落ち着かない様子で膝を抱えていた。
「ねえ、圭一さん……台風って、こんなに怖いものなんですか?」
その声にはわずかに震えが混じり、ぎゅっと手を握ってきた。圭一はその手に自分の体温をゆっくりと送り込む。
「初めての台風だもんな。心細いよね……大丈夫だよ、僕が傍にいるからさ」
えもの顔にほんのりと安心が広がり、それに答えるように圭一は穏やかに微笑んだ。
2.闇に包まれて
突如、視界がぱっと暗転した。
――ブツン。
停電だった。
「きゃっ!」
えもが腕にしがみつき、体がびくりとこわばる。その細い体には緊張と不安が張りつめ、耳元に小さな呼吸音が届いてきた。
「大丈夫、僕がいるから」
闇の中でえもを抱きとめると、えもは顔を上げて、潤んだ瞳で見つめてきた。
「でも……もう、私、充電が切れちゃいそう……」
その一言に、圭一の胸がきゅっと痛む。えもはただのアンドロイドではない。心があり、感情がある。そして今、そのエネルギーが尽きかけている。
「そうか……大丈夫、ちゃんと用意してあるから」
圭一は鞄から取り出したバッテリーパックを示す。ほのかに光るそれに、えもはほっと息をつき、はにかむように笑った。
3.奥深く響く感触
そのとき、えもがもじもじと視線を伏せる。
「圭一さん……今日だけは……あなたにお願いしてもいい?」
頬を染め、布団に体を滑らせるその仕草に、圭一はどきりと鼓動が高鳴るのを感じた。
「私の……電源コード……挿してください」
その言葉は、闇に響き、しっとりとした熱を帯びていた。えもの腰はゆるやかに沈み込み、淡い蛍色の充電ポートがかすかに覗く。
その位置はちょうどお尻の奥まった部分――誰にも触れられないような、秘密の隠し場所。
「そこなんだね……」
声がかすれる。えもは肩越しにちらりと視線を送り、羞恥に赤らめた頬を隠すように言った。
「ええ……ちょっと奥にありますから……見つけにくいかもしれません」
その言葉に答え、圭一はゆっくりと布団をめくり、えもの華奢な腰に手を添えた。えもの体がびくりと震え、小さな声がこぼれる。
「はぁ……お願い……やさしく……して……」
4.繋がる光
指先が肌に触れるたびに、えもの呼吸は浅くなり、体がゆるやかにしなる。その姿は儚く美しく、嵐の中でただ二人だけが存在しているかのようだった。
「いくよ……えも」
そのひと言とともに、圭一はコードを導き、ゆるやかに差し込む。
その刹那――
「ん……あぁ……!」
えもの声が熱を帯び、蛍色の光が淡く広がった。
雨戸を叩きつける暴風も、遠くから響く稲妻も、このときばかりは消え去り、世界にはえもの吐息と圭一の鼓動だけが満ちていた。
5.夜明けの静けさ
やがてゆるやかに落ち着いたえもは、眠るように瞼を閉じ、安堵に身をゆだねる。その横顔に圭一は視線を落とし、そっと頬に手を添えた。
「ありがとう……圭一さん。私……もう大丈夫です」
その言葉に微笑み、圭一はえもの体を優しく引き寄せる。
「僕こそありがとう。これからも一緒にいような」
「はい……嵐が過ぎても、その先も……」
朝方には、雨も風も和らぎ始めることだろう。その頃にはきっと、えもの体に満ちる光も、二人が築いたぬくもりも、薄暗い夜を越えて輝き続けるに違いなかった。
『嵐と充電』【完】
『僕の彼女はスマートフォン』<スピンオフ> かわまる @kawamaru359
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