ゲーマー陰キャはハーレムを目指す

畝澄ヒナ

ゲーマー陰キャはハーレムを目指す

これは、ゲーマーで陰キャの俺、芋田功男いもたのりおがハーレムを目指す物語。


現実では無理だって? 大丈夫さ、夢は諦めなければ必ず叶うから。




張り切ってはみたものの、高校にも不登校気味の俺からしたら、ハードルは高いだろう。


じゃあ、何から始めたら良いのか。


もちろん、まずは高校に行こうじゃないか。




放課後、授業なんて受ける気はさらさらない。だからこの時間にあえて来たのだ。


「ねえ、誰もいないし、少しぐらいいいでしょ?」


「お前、そんなにしたいのかよ」


誰もいないはずの教室から声が聞こえる。こっそり覗いてみると、そこには入学時から好意を寄せていた女子と、学校一イケメンと言われている男子が、身を寄せ合い、イチャイチャしていた。


「俺のハーレム、第一号が……」


淡い期待は簡単に打ち砕かれた。結局この世界はイケメンが強い、それをこれでもかと見せつけてくる。


イケメンと目が合った気がした。


「ふっ……」


「どうしたの? 急に笑うなんて」


今笑ったのは、俺に対してか? 嘘だろ、全部見透かされているみたいだ。




ダメだ、やっぱり俺には家にいるのがお似合いらしい。


逃げるように帰ってきた俺は、密かに活動している自分のVtuberチャンネルを開き、傷ついた心を癒すように動画のコメント欄をぼーっと見ていた。


すると、あるコメントのアカウント写真が目に入った。


見覚えがある、このクマのアクリルキーホルダー。俺は確信する。


「これ、あの子のカバンに付いてた……」


そう、先ほど見た光景はマイナスだけではなかったのだ。これは間違いなく、あの女子のアカウント。


「俺のこと、見てくれていたのか」


心の中でガッツポーズをする。まあ、あの女子が俺の正体に気づいているなら、あんな行動は取らないだろう。この情報は使える。


「よし、ハーレム第一号が俺のところに戻ってくるぞ……!」


始まりの準備は整った。




しかし、ハーレムとはどうやって作るのか、全く考えていなかった。


俺の嫌な記憶が蘇る。


「何? こんなところに呼び出して話とか」


「あ、いや、実は、君のことがずっと前から好……」


「キモすぎ、普通に無理だから」


中学の時、前に好きだった女子に辛辣な理由で振られたんだった。


前も今も、結局俺は気の強い子がタイプなんだと気づく。


いや、そんなことはどうでもいい。


普通に告白なんて、ハーレムを作るにふさわしくない。というか、それは多分ハーレムとは言わないだろう。


「現実でも、チートが使えたらなあ」


ふと、そんなことを思ってみる。




思い返せば、俺は傷ついてばかりで、『悲しい』と思うことはあっても、人に対して、ましてや自分に対しても、『怒り』というものを経験してこなかった。


親は『優しい』なんて言うけれど、それは今の俺を作り出した、もはや悪に過ぎない。


「俺だって、やるときはやるんだ」


初めての感情だった。自分の不甲斐なさに対しての、怒り。


「俺は、ハーレムを作る男、芋田功男だ!」


そうだ、その意気だ。


「チート能力、ご都合展開を手に入れました」


頭の中に、誰かの声が響いた。ちょっと待て、ここは現実だよな?


「ご、ご都合展開……?」


それ以上、言葉が聞こえてくることはなかった。




突然の頭痛、寝ていた俺は我慢できずに飛び起きた。


「なんだ、これは」


この前聞こえた声と何か関係があるのかもしれない。親が痛がる俺を心配し、救急車を呼んだ。


「脳の血管が膨張していますね」


医者の言っている意味が理解できなかった。それって普通に生きていけるのか?


「功男は、大丈夫なんですか?」


「命に別状はありません。ですが……」


母の質問に言葉を濁す医者。俺は、何が言いたいのか予想がついた。もう俺は自覚している。


「功男? どうしたの?」


その問いかけに、俺は答えることが出来ない。物理的に、もう声が出ないんだ。


「その、功男さんは、言語障害に……」


「そんな……!」


泣き崩れる母。そんな母の背中を、無言でさすることしかできなかった。




しかし、不思議と困ることはなかった。


それは俺が陰キャだからだ。


人と話すことなんて滅多にない。会話があるとしたら親ぐらいなものだ。


親には申し訳ないが、俺は全然、ショックを受けていない。


「功男、ごめんね。仕事で出張になっちゃって……」


俺は『全然大丈夫』と筆談で返事をする。


母と父は同じ会社の正社員。そして、同じプロジェクトのメンバーだそうだ。


「家事はあの子たちにお願いしてあるから」


あの子たち、一体誰のことだろうか。




翌日、いつも通りゲームに励む俺。すると、唐突に家のチャイムが鳴った。恐る恐るドアを開ける。


「やっほー功男、元気してる?」


「のり君ってば、学校にも来ないんだから」


「功男兄、久しぶり!」


目の前には、中学時代、ゲーム仲間だった女友達の愛子あいこ、保育園からの幼馴染である薔薇香ばらか、母の妹の子供、つまり従妹の心海ここみが立っていた。


俺が言葉を話せなくなったことは、既に知っているようだ。


「あたしたち、あんたをお世話しに来たの」


相変わらずのサイドポニーテールをくるくると巻く愛子。


「たまには一緒に学校行こ? ね?」


ゆるふわボブショートの薔薇香が俺に上目遣いをしてくる。


「心海、功男兄と暮らすの楽しみ!」


この中では最年少、ツインテールを揺らしながらぴょんぴょんと跳ねる心海。


俺は『よろしく』とだけ紙に書き、三人に見せた。




すんなりと受け入れたが、思えばこれが『ご都合展開』というものなのではないだろうか。


確かに、こんな友達と幼馴染と従妹がいたことは覚えている。


だが、俺が引きこもり気味になってから、連絡なんてしていなかった。


これを『ご都合展開』と言わずなんと言う。


俺のハーレムが、チート能力のおかげで完成に近づいている。




「功男兄、心海と付き合ってよ」


いきなり呼ばれたかと思ったら、俺にはもったいない言葉が飛んできた。


俺は『付き合えない』と短く断る。


「心海じゃダメなの?」


そうではない。俺が許しても、世間が許さない。俺は彼女が欲しいんじゃなくて、ハーレムを作りたいんだ。


静かに涙を浮かべる心海に対し、俺は『ごめん』とだけ伝えた。




そんなことがあった翌日、俺が二階の部屋からリビングに降りると、そこには血まみれのナイフを持った心海と、その近くで倒れている愛子と薔薇香がいた。床には血だまりが出来ている。


俺は動揺しながら紙に『どうしてこんなことしたんだ』と書きなぐる。それを見た心海は俺に向かって叫んだ。


「だって二人がいたら、心海は一番になれないじゃん!」


心海がナイフを向けてこちらに走ってくる……。




俺は汗だくでベッドから飛び起きた。


さっきのは、悪い夢だったようだ。


そのままベッドから降りてリビングに行く。本当に夢だったのか確認しないと。


リビングには愛子も薔薇香も心海もいなかった。代わりに、俺の可愛い妹が俺のために料理や洗濯、掃除……同時進行で色んなことをしている。


いや、待てよ。この状況はどう見てもおかしい。


俺の目がおかしくなったのだろうか。何回数えても妹が十人いる。


ただ、これはこれで良いハーレムになりそうだ……。




俺はむくりとベッドから起き上がった。


また夢だったのか、残念だ。


そういえば、俺に妹はいなかったな。


「功男、ご飯出来たよー」


愛子が俺を呼んでいる。


「のり君ったら、お寝坊さんだよ」


部屋の外から、薔薇香が恥ずかしそうにこちらを覗き込んでいる。


「功男兄! 何日同じパンツ履いてるの!」


心海がなにやら叫んでいる。いいじゃないか、俺は風呂キャンセル界隈なんだ。




ハーレムは完成目前。何人からハーレムなのか、と問われれば、そうだな、せめて十人は欲しい。


もうすぐ親が出張から帰ってきて、三人がいなくなってしまう。


そうなれば、せっかくのハーレムは……台無しだ。


俺は思い切って、外にナンパしに行くことにした。


引きこもりだろうが何だろうが、行動しなければ夢は叶わない!


俺だってオシャレをすれば少しはマシになる。そう思い、自信満々に玄関から足を踏み出した。


「功男? 外行くなら傘持って行きなよー?」


愛子の声が玄関先に響いたが、俺はそれを無視して外に出てしまった。


案の定、外に出てたったの三歩で土砂降りの雨に見舞われた。


もうこれは、外に出るなということだろうか。




結局、俺は相変わらずゲーマーで陰キャのまま。


愛子と薔薇香と心海は、親と入れ替わるように帰っていった。


チート能力なんて、真っ赤な嘘だったのか。


じゃあ、なんで俺は言語障害なんかになってるんだ。理不尽すぎる。


「功男……今日から三年生だけれど……」


母の言葉に耳を傾けることはなかった。もうなにもかもが嫌になったんだよ。でも、本当にこのままでいいのか?


「功男くんは元気ですか? 単位も出席日数も足りないので……残念ですが」


一度も会ったことがない担任教師が、俺の家に来て、そう言い残していった。


両親は俺を責めなかった。しかし時折、リビングから母のすすり泣く声が聞こえる。そして、それを慰める父の声。


もう一度、最初の言葉を思い出せ。


『大丈夫さ、夢は諦めなければ必ず叶うから』


その言葉は嘘じゃないって、俺は証明できるはずだ。




俺は両親に頭を下げ、通信制の高校に通い直した。


ゲームしかしてこなかった、人の話を聞いてこなかった、基礎学力なんて中学で止まってる。


平均以下の俺は、大学受験を目指した。


そして、血の滲むような努力の末、見事大学に合格した。


俺が最後に親に向けた言葉は『この家を出る』だった。




地図を頼りに、大学の寮を探していた。


言語障害のことは、既に説明済みだ。


「ああ、君が芋田功男くんだね。僕はこの寮の管理人、よろしくね」


比較的若い男の人だった。


辺りを見回すと、俺が想像していたものとは違った。男女別と聞いていた寮に、女子がいる。


「ごめんよ、男子寮の空きがなくてね。少しの間、女子寮でお願いしたいんだけど……」


申し訳なさそうに言う管理人をよそに、俺は舞い上がっていた。


これこそが俺のチート能力、ご都合展開!


これからが俺の本当の人生の始まりだ!

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