​ふるさと納税デストロイヤー

クソプライベート

全力納税

男の年収は、ほぼすべて故郷への納税に消える。

​都心のワンルーム、鈴木譲(すずきゆずる)の夕食はいつも同じだ。パックご飯に、故郷の「寂田村(さびたむら)」から返礼品として届いた、しょっぱいだけの白菜の漬物。これが彼の人生における、唯一の贅沢だった。

​「今年も、全額いっとくか」

​源泉徴収票を睨みながら、譲は慣れた手つきでPCを操作する。寄付先はもちろん、寂田村。金額は、控除上限額など遥かに無視した、生活費をギリギリまで切り詰めた数字。同僚たちが投資や貯蓄に励む中、彼はただひたすら、故郷に金を送り続けていた。

​最初の異変は、返礼品から始まった。

​数年間、白菜の漬物一択だったカタログに、ある年から「最新式ドローン(農薬散布用)」が加わった。翌年には「全自動トラクター(AI搭載)」。その次の年には「小型気象コントロール衛星(半径5km限定)」という文字が躍っていた。譲は首を傾げながらも、いつものように一番安い漬物を選んだ。故郷が潤うなら、それで良かった。

​譲が自分のしでかしたことの重大さに気づいたのは、ある日のニュース番組だった。

​『特集です。人口300人の限界集落だった寂田村が、いま世界から注目を集めています。豊富な税収を元手にインフラを整備し、いまや完全自動運転の電気バスが走り、各家庭には家事全般をこなすアンドロイドが一体無償提供されているとのこと…』

​画面には、ガラスと緑に覆われたドーム型の近代都市が映し出されていた。譲が知る、寂れた商店街や、草いきれの匂いがする畦道はどこにもない。村はいつしか「サビタ・フューチャー・シティ」と名を変え、世界最高の住みやすい都市ランキングで一位に輝いていた。

​「やり、すぎた…」

​譲はテレビの前で呆然と膝をついた。彼はただ、子供の頃に食べたあの漬物を作るおばあちゃんたちが、少しでも楽になればと願っていただけなのだ。まさか故郷を魔改造してしまうなんて。壁に貼った、色褪せた寂田村の田園風景の写真が、虚しく彼を見つめていた。

​罪悪感に苛まれる譲のもとに、一本の見知らぬ番号から電話がかかってきた。

​「もしもし、鈴木譲様でしょうか?わたくし、寂田…いえ、サビタ・フューチャー・シティ市長の佐藤と申します」

​張りのある老人の声。子供の頃、よく遊んでもらった村長さんだった。

​「あ、あの、俺は…」

「鈴木様。長年、いえ、もう計り知れないほどのご寄付、心より感謝申し上げます。あなた様のお名前は、条例により非公開とされておりましたが、この度、全村民の総意により、感謝状を贈らせていただきたく…」

​譲は言葉を失った。てっきり、故郷をめちゃくちゃにしたと怒鳴られると思っていた。

​「最初は、我々も戸惑いました。使いきれないほどの金が舞い込み、村はすっかり変わってしまった。ですが、ある時気づいたのです。あなたは、我々に未来を託してくれたのではないかと。過去の寂田村を守るのではなく、新しい故郷を創るチャンスをくれたのだと」

​電話の向こうで、市長が少し笑った気がした。

​「一度、帰ってきてはいただけませんか。あなたの愛した漬物も、最新のバイオプラントで完全再現しております。…少し、しょっぱさは控えめになりましたがね」

​受話器を置いた譲の頬を、一筋の涙が伝った。それは、後悔の味ではなく、少しだけ未来の味がした。

​彼は壁の古い写真をそっと剥がすと、荷造りを始めた。行き先は、失われた過去ではない。自分が創り出してしまった、新しい故郷だ。その顔には、数年ぶりに、漬物ではない笑顔が浮かんでいた。

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