魔法使いと魔術師

@Ciel1024

第1話不老と老衰

「君もだいぶ老けたなエリシア」


夕暮れの柔らかい光が、木製の窓枠を通って部屋に差し込んでいた。ベッドに横たわり、出会ったころの見るものを引き付けてやまない圧倒的な美しさこそ鳴りを潜めているがそれでもどこか人を引き付ける雰囲気をまとっている友人にアリオンはからかうように言った。


「ふふ、もうすぐ寿命を全うしようという友人にかける最初の言葉がそれかい?ひどい男だね。......それに出会ったころと何一つ姿の変わらない君に言われると少し腹が立つね」


友人のからかいに微笑みながらエリシアは返す。


「......そりゃあ俺は魔法使いだからな」


世界に自らの理を刻んだ魔法使いは不老になる。今からはるか昔に魔法使いに至ったアリオンは自嘲気味につぶやいた。


「そうだね、君が世界全体を見渡しても、限られたとても優れた魔法使いであることは私が一番知っている。でもそれなのに私から見ると君は魔法使いであること以前にただの大切な友人という面の方が強く残っているのが不思議だね」


君にはたくさん迷惑をかけられてきたからかなと笑うエリシア。

共に様々なところを旅した若き日の愛しい記憶を思い出しながらエリシアは言う。


「君との旅はひどいものだったな。君はいつも昼過ぎまで寝ていて予定は大きく狂わされるし、お貴族様にため口をきいて家臣のものに囲まれたり、前衛不在の旅だったのに上位竜に喧嘩を売って二人で必死に逃げる羽目になったり」


「俺ばっかり悪いみたいに言いやがって。お前だって偽物の魔術書に騙されて大金を払って路銀を失ったり、ちょっと別行動したらすぐ迷子になったり、人のこと言える立場じゃないだろ」


苦い顔をしながらアリオンは言い返す。


「そうだったかな? まあ何にせよひどいものだった。......でも私の人生の中で一番美しくて幸せで大切な思い出だよ」


君のおかげだと朗らかな表情で笑うエリシア。


「......そうかい。それはよかったよ」


対照的な表情を浮かべるアリオン。二人の間に静かな沈黙が流れる。しばらくしてアリオンが沈黙を破った。


「...やっぱりもう長くないのか?」


平静を装いながら尋ねるアリオンの声は僅かに震えていた。エリシアは静かに微笑みながら返答する。


「そうだね、自分の体だ。良くわかるよ」


エリシアは自らの最期を明確に悟っていた。


「今からでも遅くない、君なら魔法使いに......いや、悪い。なんでもない」


言おうとしたことを途中でやめ、うつむくアリオン。


「そう悲しい顔をするな、アリオン。私は志半ばで無残に死ぬんじゃない。天寿を全うするんだよ。それにもう会えないかもしれないと思っていた大好きな友人が最期に会いに来てくれた。こんなに幸せな最期はそうはないだろう」


悲しいことなんて何一つないとでもいうような表情のエリシア。


「...そうか、そうだよな。君はそういうやつだ」


無理やり自分を納得させるアリオン。


「エリシア。最後になにか望みはないか? この偉大なる魔法使いアリオンがかなえてやろう」


努めて明るい声でアリオンは問う。


「おや、珍しいこともあるものだ。明日は槍でもふるのかな? ...そうだね君がそう言ってくれるなら二つお願いがある」


エリシアは真剣な顔をしてお願いを伝える。


「まず一つ目だ。この家に来た時に小さな少女に案内されただろう。今は私たちに気を遣ってくれて外に出ているようだが...私が亡くなったらあの子を君の旅に連れていってほしい」


アリオンはエリシアの家を訪ねた時に出てきた9歳ぐらいに見える少女のことを思い出した。


「あの子か。...悪いが君の最後の願いであってもそれは了承できない。君も知っているだろう? 魔法使いはたびたび命を狙われる。そうでなくても旅には危険がつきものだ。あんな幼いこどもを旅には連れていけないよ」


毅然とした態度で断るアリオン


「それなら心配しなくていい。あの子には私が開発した汎用防御術式を骨の髄まで叩き込んでいる。他の魔術こそ年齢相応の実力しかないが自らの命を守る力だけはこのエリシアが保証するよ。それに君ならどんなことがあってもきっとあの子を守ってくれる」


そう断言するエリシアの顔には少女への深い愛情とアリオンへの絶大な信頼がうかがえる。


「君がそこまで言うんならそうなんだろうな、でも何故俺の旅についていかせるんだ? そもそもあの子と君はどういう関係だ? 君に子供はいなかったし、そういう相手もいなかったと記憶しているのだが」


アリオンからの問いにエリシアは少女と出会った日のことを思い出す。


「あの子はね私が四年前ほど前に拾った孤児だ。両親は内戦で失ったらしい」


アリオンは少し前にある国で起こったクーデターを思い出す。


「そうか、それは気の毒だがなんで拾ってそのまま一緒に過ごしてるんだ?孤児院に入れるなりなんなりいくらでもやり方はあっただろうに」


エリシアは間違いなく優しく善意にあふれた人格者だ。しかし悲しいことに今の時代両親を亡くした幼い孤児など特別珍しい存在ではない。実際アリオンと旅をしていた時にも幾度かそのような孤児に出会ったことがあるがその時は安心して暮らせる孤児院を探してそこに送るまでのことしかしていなかった。それでも十分すぎるほどに優しいのだが。


「私も最初はそうしようと思ってたんだ。でも孤児院まで送る途中で教えた魔術に夢中になる様子を見て君の姿を重ねてしまったんだ。そしたらどうも孤児院に入れる気にはなれなくてね...」


それでも私が死んだら孤児院に入れるしかないと思っていたんだが君が来てくれたと嬉しそうに話すエリシア。


「俺とあの女の子が似ているとはとても思えんが...まあいいだろう。あの子供が一人で生きていける年齢になるくらいまでは面倒を見てやろう」


「ありがとう、あの子はどうも魔法使いになりたいらしい。数少ない魔法使いに師事できるのはあの子にとっても幸運だろう」


俺が魔法使いになってほしいのはお前だよという言葉を飲み込んでアリオンは頷く。


「それで二つ目の願いはなんだ?」


「二つ目のお願いは死ぬ前にもう一度君の魔法で一緒に空が飛びたい」


魔法使いであるアリオンの代名詞ともいえる「空を自由に飛ぶ魔法」で飛ぶことを望むエリシア。


「なんだ、そんなことか。それなら容易い。ほらさっそく行くぞ」


二つ返事で引き受けたアリオンはそういうと家を出ようとするがそこでふと気が付く。


「そうか、君はもう一人で立ち上がって歩ける体ではないんだったな」


どんなに速く移動しても、それこそ自分だけ空を飛んでいてもあらゆる魔術を駆使して涼しい顔で隣を歩んでいた若き日のエリシアはそこにはもう存在せずアリオンは時の流れを強く実感するのだった。


「悪いね。迷惑をかけて」


エリシアをおぶって家の外にでたアリオン。


「何、気にするな。それよりさっそく飛ぶぞ」


杖を出して準備をする。


「うん、お願いするよ」


夕暮れの空が茜色に染まり、街並みの屋根の影が長く伸びる。アリオンはおぶっていたエリシアを横に立たせ体を支えたまま魔法を発動させる。ちょうど二人を囲むほど大きさの魔法陣が現れ、二人の体はフワリと浮き始める。次第に高度が上がり気づけば街全体を一望できるほどの高さになっていた。


「どうだエリシア。ふたりでこうやって飛ぶとあの頃を思い出さないか? 初めて一緒に飛んだ時なんてお前はひどくおびえて早く降ろせと喚いていたな」


自らの体にしがみついて騒いでいたエリシアを思い出してアリオンは楽し気に笑う。


「ふふ、よく覚えているよ。君が無理やり一緒に飛ばせるものだから最初は怖くて仕方がなかったよ。でも、空からみるこの光景の美しさは初めて飛んだ時と何も変わらない。アリオン、最期にこんなに素敵な景色を見させてくれて本当にありがとう。君は私の心からの友人で、偉大で優しい最高の魔法使いだ。きらめきのような短い生の中で君と出会えたことは私の最大の幸運だ。天国で神様にお礼を言うとするよ」


30分ほどの空の旅を終えた翌日の朝、人類の魔術史に大きな功績を残し、後の世で人類史上最も偉大な魔術師の一人に数えられることになる女性、エリシア・リオラは大切な友人と可愛い養子に看取られながら静かに息を引き取った。その顔はとても穏やかなものだった。


「さようなら、俺の大切な友人。君という偉大な魔術師の友人がいたことを俺は生涯忘れない」

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