名前をつけることは大事 (チートな受付嬢バージョン)
安曇みなみ
*
「次の方、どうぞー」
冒険者ギルドのカウンターで、私、「ミナーミィ」こと「安曇みなみ」は、今日も完璧な営業スマイルを貼り付けていた。
前世は日本の食料品メーカーで身を粉にしていた、ごく普通のOL。過労で意識が飛んだと思ったら、剣と魔法のファンタジー世界に転生し、なぜか冒険者ギルドの受付嬢になっていた。
そんな私に与えられたチート能力。それは……。
「ミナーミィさん! 今日も頼むよ、例のやつ!」
カウンターにやってきたのは、ゴブリン退治で泥だらけになった屈強な冒険者パーティー。リーダーのギザ歯の戦士が、ニカッと笑う。
「はい、かしこまりました。いつものですね」
私はにこやかに応じ、すっと右手を掲げて、高らかに、しかし上品に唱えた。
「至高のいくら丼召喚ッ!」
ポワン、とカウンターの上に、湯気の立つどんぶりが人数分出現する。炊き立ての白米の上に、宝石のように輝くいくらの醤油漬けが、惜しげもなく敷き詰められていた。
「うおおおおぉぉぉ!! これだよこれ!」
屈強な男たちが、子供のようにはしゃぎながらどんぶりに喰らいつく。プチプチと弾ける食感、濃厚な旨味、そして日本米の甘み。彼らの荒んだ心と疲れた体は、この一杯で完全に癒されるのだ。
そう、私のチート能力は、この「至高のいくら丼召喚」。
転生時に脳内に響いた神(らしき声)とのやり取りは、今でも鮮明に覚えている。
『お主に授けるチート能力は「至高のイクラドン召喚」じゃ』
『イクラドンって、あの、いくら丼ですか?』
『そうじゃ。ありとあらゆるイクラドンを実体化させることができるのじゃ!』
『ありとあらゆるって、じゃあ豪華に海鮮丼とか、ウニ丼とかも……』
『それはできぬ。あくまでイクラドンだけじゃな』
『じゃあ、刻みのりありとか、シソの葉入りとか、わさび多めとか、そういうことですか?』
『うむ! まさにそういうことじゃ! すごかろう!』
……まあ、すごく微妙な能力だと思ったけど、何もないよりはマシだ。
冒険者たちにもなぜかバカ受けしたし、冒険者ギルド併設の食堂にだって雇われた。書類仕事や算術が得意なことがわかると、食堂ではなく正規の職員にもなれた。
こうして私は人気者となり、自称美人でチートな受付嬢へと華麗なる転身を遂げたのだ。
****
そんな平和な日常が、ある日、唐突に終わりを告げた。
ドドドドォォォン!!!
街を囲む城壁が、巨大な何かによって粉砕された。悲鳴と怒号が響き渡る。
ギルドの扉が蹴破られ、血まみれの騎士が転がり込んできた。
「だ、ダメだ……! 伝説の邪龍、カタストロフ・ドラゴンが……街を……!」
窓の外を見上げると、空を覆い尽くすほどの巨大な龍が、灼熱のブレスを吐きながら街を破壊していた。Aランクの冒険者たちが束になってかかっても、その漆黒の鱗に傷一つつけられない。
ああ、終わった。せっかく異世界でのスローライフが始まったと思ったのに。またしても過労死ならぬ、龍災死か。
ギルドの天井が崩れ落ちてくる。瓦礫の下敷きになる、と思った瞬間、私は空を舞う邪龍を見て、前世の記憶がふと蘇った。
(龍って……なんだか、怪獣みたいだな……)
そう。ゴ○ラとか、ガ○ラとか、そういう特撮の。
そして、私の脳内に、一つの電撃が走った。
(……イクラドン)
待って。私の能力名、よく考えてみて?
《至高のイクラドン召喚》
……ドン。
最後に「ドン」ってついてる。
ラ○ン、とか、メガ○ドンとか、怪獣の名前の最後にも「ドン」ってつくやつ、いなかったっけ?
神との対話が脳裏をよぎる。
『そうじゃ。ありとあらゆるイクラドンを実体化させることができるのじゃ!』
そうだ!海鮮丼やウニ丼はだめといわれたけど、イクラドン(怪獣)はだめといわれてない!
この絶体絶命のピンチ。起死回生の一手は、もうこれしか無い!
問題は、私が今までずっと「いくら丼」だと信じ込んでいたこと。魔法の力は、術者のイメージに左右されるといわれている。思い込むのよ、私! あれは丼じゃない、最強の怪獣なんだと!
とうとうドラゴンが、ギルドの破壊された屋根から、その恐ろしい顔を覗かせた。
邪龍が私に気づき、その巨大な顎を開く。終わりのブレスが迫る。
「違う! 私が召喚するのは、腹を満たすための食べ物じゃない!」
私は天に向かって、人生最大の声で叫んだ!
「古の契約に従い、今こそその姿を現せ! 我が最強のしもべ! 全てを蹂躙する終末の破壊神! 怪獣イクラドーーーーンッ!!」
その瞬間、世界が光に包まれた。
邪龍が吐き出したブレスは、天から降ってきた巨大な「何か」によってかき消される。
街の広場を埋め尽くすほどの巨体。その体は、真っ白でもちもちしてそうな、お米のような質感でできている。そして、その頭部は赤く艶やかに輝く巨大な一粒のイクラのようだ!
怪獣イクラドン、爆誕の瞬間である。
「グルォォォ……(醤油の香り)」
イクラドンが咆哮すると、あたり一面に香ばしい醤油の匂いが立ち込める。
邪龍が威嚇して突進するが、イクラドンは口から緑色の粘液――明らかに「わさび」――を吐きかけて迎撃。わさびを食らった邪龍は、ツーンときたのか目を白黒させて悶絶している。
チャンスとばかりに、イクラドンはその巨体でのしかかった。邪龍の鱗が、もちもちボディにむにゅりと沈む。そして、その指先からは醤油漬けの液体が滝のように流れ出し、邪龍を包み込んでいく。
「キュ……キュイイイィィィ……(漬かっていく音)」
伝説の邪龍は、なすすべもなく巨大な醤油の奔流に飲み込まれ、やがて動かなくなった。
後に残ったのは、街中に漂う醤油の香りと、こんがりと「漬け」になった邪龍。そして、満足げに佇む怪獣イクラドンだった。
こうして、街は謎の怪獣によって救われた。
****
討伐(?)された邪龍の肉は、恐るべきことに極上の美味であった。私は街の復興のため、その肉を使った「邪龍の漬け肉のせイクラドン」をギルド食堂で提供することにした。
すると、その味が瞬く間に大陸中に知れ渡った。「かの邪龍を打ち破った聖なる丼」「一口食べれば邪龍のごとき力が宿る」「醤油の香りは邪気を払う」など、尾ひれどころか翼まで生えた噂が拡散。
いつしか、騎士は武運長久を祈って、商人は商売繁盛を願って、病人ですら快癒を信じてこの街を訪れるようになった。人々はこの旅を、敬意と食欲を込めてこう呼んだ――「イクラドン巡礼」と。
街は聖地として空前の好景気に沸き、私は「聖女ミナーミィ」と崇められるようになった。……のだが、肝心の私は受付業務そっちのけで、毎日ギルドの厨房に立ち、巡礼者のために来る日も来る日もイクラドンを召喚し続ける羽目になった。
聖女になったはずが、前世より過酷なワンオペ厨房で働かされている私の元に、今度は「我が国の魔王討伐にも、ぜひその聖獣(イクラドン)の御力を!」と懇願する隣国の王太子一行が訪れることになるのだが――それはまた、別の話である。
名前をつけることは大事 (チートな受付嬢バージョン) 安曇みなみ @pixbitpoi
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