スティメルド外伝二 ある夫婦の攻防戦

マカロニサラダ

第1話 ある夫婦の攻防戦

     ある夫婦の攻防戦


 その時――彼は熱っぽく語った。


 だが、もう一方の当事者はただただ、呆れるだけだ。


 ファーナ・オーシャは、決して夫の提案を受け入れようとしない。


 二人の話が口論じみた物にまで発展した時、スティメルドがファーナの執務室を訪ねた。


「おや。

 珍しいですね。

 何時もは仲睦まじいお二人が、喧嘩なんて」


 スティメルドが首を傾げると、ファーナは嘆息する。


「ご期待に沿えず申し訳ないが、別に喧嘩とかじゃない」


「そのご様子でですか?」


 ファーナ・オーシャ宰相の妹であるスティメルド・オーシャは、優秀な少女だ。

 現在十四歳である彼女は、その頭脳が認められ〝参謀補佐見習い〟という立場にある。


 作戦の立案書を書き上げ、それを国の上層部に提出する。

 仮にそれがファーナ達国の中枢に認められたなら、その作戦が実行される事もあるだろう。


 だが、事は国家の一大事に関わる話だ。

 今は戦国の世で、一度の敗戦が、国の根幹を揺るがしかねない。


 その為、オーシャ王国のお歴々も安易に十四歳の少女の作戦を、実行する訳にはいかない。

 多くの時間を割き、その作戦を精査して、仮に実行するなら万全の形で遂行したい。


 それが現在スティメルドを取り巻く環境であり、オーシャ王国の実情だった。


「まあ、作戦のネタなら、まだまだありますからね。

 先の立案書が気に食わないなら、別の物を用意します」


 そこまで口にしてから、スティメルドは話が変わってしまった事に気づく。

 彼女としては自分の作戦書がどうなるかより、この姉夫婦の関係性の方が気になった。


「で、何があったんです? 

 私としては、興味がありますね。

 私の大事な姉を、お義兄さまがどう困らせているのか」


 と、ファーナは鼻で笑う。


「逆かもしれんぞ。

 私が、モーバックを困らせているのかもしれん」


 スティメルドは、真顔で対応する。


「それはありませんね。

 私が見るに、お姉さまはお義兄さまに対し、寛大すぎるところがありますから。

 一歩引いてお義兄さまを見守っていらっしゃるお姉さまが、お義兄さまを困らせる筈がない。

 その反面、お義兄さまもお義兄さまで、そんなお姉さまの心中は考慮していらっしゃる。

 何か我が儘を言う事があっても、ここまでお姉さまを困らせる事はないでしょう。

 だから、お二人の喧嘩は珍しいと言えるのです。

 私の関心をひいているのは、正にそこですね」


「………」


 この妹は、片恋相手のヴァザン・ティスカナがらみの話以外では、本当に冷静だ。

 理路整然と、姉夫婦の関係を客観視してくる。


 そういう所は本当に厄介だと思いつつ、ファーナは眉を曇らせた。


 ここで漸く、もう一方の当事者である、モーバック・オーシャが口を開く。


「流石だ。

 スティメルドの言う通り、俺は普段、ファーナの掌で転がされているだけの男なんだろう。

 それを心地いいと思ってしまうのが、この俺だと思ってくれて構わない」


「………」


 この義兄は義妹に対し、自分の性癖を包み隠さない。


 正直者として定評があるモーバックは、その評価に違わぬ姿勢をここでも見せる。


「だが、俺も男なんだ。

 世の中には、男として決めねばならない時がある事を、俺は知っている。

 これは俺の男としての尊厳を賭けた、戦いなのさ」


「はあ。

 相変わらずお義兄さまの説明は、ふわっとしていますね。

 益々意味不明です」


 義妹にバッサリとダメだしされる、モーバック。

 そのモーバックとファーナは、十五歳の時結婚した。


 これは中世期の頃なら、珍しくない事だ。


 何せ初潮を迎えさえすれば、もう嫁に出しても普通という価値観の時代の事だから。

 ましては第一王女である王位継承権第一のファーナには、子を生す責任がある。


 オーシャ家は何故か子宝に恵まれない傾向にあるので、ファーナの早い結婚は必然なのだ。


 事実、ファーナとモーバックは結婚五年目だというのに、まだ子をもうけてはいない。

 その事に焦りを感じているのが、モーバックと言う青年だった。


 だが、普段の彼は平静を装っている。

 周囲に気を遣われない様、努める事ができるのが彼だ。


 その彼が、なぜこうも気合が入っているのか? 


 モーバックと言う実直な男を知っているスティメルドとしては、興味をそそられる所だ。


「成る程。

 それだけ義兄さまは、真剣という事ですね。

 では、そろそろ話しの核心に入りましょう。

 お義兄さまは、お姉さまに何を求めていらっしゃるのです?」


「……あー、それは――」


 と、ファーナが何かを言おうとした時、モーバックが口を開く。


「――いや。

 俺はただ――ファーナにメイド服を着て欲しいだけなんだ」


「………」


「………」


 自分の妻に、メイド服を、着てほしい。


 この男は今、恥じらいもなく、そう言ったのか――?


「……だから、私はスティメルドにこう言おうとしたんだ。

〝それはとんでもなく、くだらない話だから、関与するな〟――と」


「………」


 話がここまでくると、確かにファーナの言い分は正しい。

 少なくとも彼女自身は、夫の正気を疑うしかない。


 いや。

 これは〝阿保か?〟の一言で、済ましていい話だろう。


 というより、なぜ一国の宰相たる自分が、侍女の制服であるメイド服を着なければならない?


「違う。

 そうじゃない。

 ファーナは、何も分かっていないんだ。

 第一に、君はこの上なく魅力的な女性だ。

 第二に、君はそれなのに、洒落っ気と言う物をまるで知らない。

 第三に、俺は君なら、メイド服を着こなせると確信している。

 いや。

 俺は単純に、可愛い格好をしたファーナを求めているだけなんだ。

 それこそ夫の特権であり、決して贅沢とは言えない願望だろう。

 もう一度言うが――夫が妻の可愛い姿を求めて何が悪い――?」


「………」


 恐ろしい、男だった。


 自分の欲望をここまで明言できる男が、嘗ていただろうか?


 並みの男性であるなら、例え恋人や妻にもそんな要望は伝えられない筈だ。

 普通に、気持ち悪がられるだけだから。


 だが、この男はそんな感性など微塵もなく、ただ己の願望を叶えようと足掻く。


 いや。

 モーバック・オーシャという男は、ただファーナに遊び心を持ってほしいだけなのだ。


 これだけの美女が、始終軍服姿というのは、余りにも勿体ない。

 ファーナ自身の為にも、お洒落に目覚めるというのは、夫にとって必須の事と言えた。


「……成る程。

 ある意味、感心しますね。

 この変態、いえ、お義兄さまは、そこまでお姉さまを愛しているのかと」


 ただその願望の形が、余りに歪だ。

 なぜよりにもよってメイド服なのかが、ファーナには理解できない。


「いや。

 この城の侍女達のメイド服は、男女共に認められた物だ。

 幾つかの試作品を展示して、より多くの支持を得たデザインの服を採用している。

 つまり男子はもとより、女子にも認められた服という事。

 女子もミニスカで、フリフリで、可愛いメイド服を着たがっているのさ。

 だとすれば、ファーナにもそういう隠れた願望があって然るべきだろう? 

 一度でいい。

 一度着てみれば、君の中でも何かが変わるかもしれない。

 君のファッションに対する興味も、開けるかもしれないんだ――!」


「………」


 やはり、モーバックは熱弁を振るうしかない。

 お陰でファーナは、いよいよ顔をしかめる。


 スティメルドは一考してから、顔を上げた。


「……お姉さまに、メイド服。

 うん――アリですね」


「――何っ?」


 あろう事か、スティメルドまで、あらぬ事を言い出す。

 これは本当に想定外だったので、ファーナは珍しく狼狽えた。


「スティメルドまでこの阿保、もとい、モーバックに同調する気か? 

 つまり、私を敵に回すという事? 

 給料を減額されても、構わないと言っている?」


 スティメルドの答えは、決まっていた。


「いえ。

 まさか。

 私は可能な限り、お姉さまのご機嫌を損ねたくありません。

 そこの阿保、もとい、お義兄さまの熱意は買いますが、私は飽くまでお姉さまの味方です」


 故にスティメルドは、こう提案する。


「なら、ここは勝負で事を決めましょう。

 その書類は処分しても、構わない?」


「んん? 

 ああ。

 既に清書はすましているので、無用な書類だ」


 ならばとばかりに、スティメルドはその書類を丸める。

 彼女はそれを、モーバックに手渡した。


「〝この丸めた紙を、あの空の花瓶に入れた方が言い分を通す〟というのは、どうです? 

 そうですね。

 私はお義兄さまの意気を買っているので、三回チャンスをさしあげます。

 お姉さまは、一回で十分ですよね?」


 この時、ファーナは瞬時に、スティメルドが言わんとする事を察した。


(ああ。

 そういう……)


 対して、モーバックはやる気満々だ。


「――分かった。

 それで、決着をつけようじゃないか。

 俺が先手、という事でいいか?」


 意気揚々と、モーバックはこのチャレンジに挑む。


 だが、重さの無い紙くずを狙った場所に放り込むのは、思った以上に難しかった。

 ましてや、件の花瓶は、十メートルは先にある。


 現にモーバックは結局、このチャレンジに失敗した。


「くそ――――! 

 くそ――――――! 

 クソッタレ―――――――っ! 

 どうして俺と言う男は、こうチャンスに弱いんだぁぁぁぁぁぁ………っ!」


「………」


 悔しがり方が、尋常ではなかった。


 この男は、そこまで妻のメイド服姿が見たいのかと、スティメルドあたりは恐怖さえ覚える。


「で、では、今度はお姉さまの番、という事で」


 若干モーバックの悔しがる姿に気圧されながら、妹は姉に例の紙くずを渡す。

 ファーナは、それを持って立ち上がるだけだ。


 彼女がするべき事は、実に単純だった。

 

 ファーナはそのまま花瓶の直ぐ近くまで歩み寄り――そのまま花瓶に紙くずを入れた。


「――はい。

 これで――お姉さまの勝利が確定しました。

 残念でしたね、お義兄さま」


「……は、い? 

 そ、それは、どういう事、だ? 

 だって――」


「――いえ。

 私は〝あの紙くずを、花瓶に入れた方が勝ち〟と言っただけです。

〝遠方から投げて、それを花瓶に入れろ〟とは、一言も言っていません」


「――な、にっっっ?」


 震撼する思いの駆られる、モーバック。


 だが、間違いなくその通りなのだ。


 記憶力がいいモーバックは、この時、確かにそうだったと認めてしまう。


「……ファーナは何の打ち合わせをする事もなく、その事に気づいていた? 

 妹の作戦を、話を聴いただけで理解していたというのか――? 

 ……だ、だとしたら――」


 ――これは、ぐうの音も出ない完敗だろう。


 いや。

 それよりモーバックはこの姉妹の絆の深さに、打ちのめされていた。


 自分はまだまだファーナの事を理解しきれていないと、痛感したのだ。


「――だが、俺は諦めない! 

 メイド服がダメなら、今度はワンピースだ! 

 首を洗って待っているがいい、我が妻よ! 

 俺の願望が叶えられる日は、そう遠くはないぞ――!」


「………」


 最後にそう捨て台詞を残して、変態、いや、モーバック・オーシャはこの部屋を後にする。


 スティメルドは、珍しく微笑んだ。


「貸し、一ですから、お姉さま」


「フン。

 直ぐに返してやるさ。

 差し当たっては、お前が立案した作戦を採用する事で」


 不機嫌そうに言い捨てる、ファーナ・オーシャ。

 彼女の妹はニヤニヤ笑いながら、義兄の後を追う様に、退室する。


 これは、その数十分後の出来事。


「………」


 まず、ファーナは黙然とする。


 それから、思った事を、正直に口にした。


「……やっぱり、全然、似合っていないじゃないか。

 あの嘘つきめ。

 危うく、とんだ恥を晒すところだった」


 侍女に用意させた、予備のメイド服を着ているファーナ・オーシャは――そうぼやく。


 姿見に映った自分のメイド姿を見て――ファーナは顔をしかめるしない。


 で、これが、今回のオチ。


「あの。

 夜分に、失礼します。

 宰相閣下、至急、この書類に目を通して頂きたいのですが」


 急いでいた為、その文官は、ノックさえ忘れてファーナの執務室を訪ねる。


 そこで対面したのは、メイド服姿の、ファーナだ。


 彼女はその文官を唖然とした顔で見つめ、それから当然の様にこう呟いた。


「分かっていると思うが――」


「――絶対に、他言はしません。

 というか、私は何も見ていません。

 えー、それでこの件なのですが――」


 今日も、何事もなかったかの様に、夜はふけていく。


 この時、文官は〝ノックってやっぱり大切なんだな〟と、しみじみ思った―――。


                         ある夫婦の攻防戦・了                                              

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