愛するよりも近くで愛を眺めたい人に物申すおじさん

脳幹 まこと

愛するよりも近くで愛を眺めたい人に物申すおじさん


 お待たせしました。

 私が、どんな話でも聞くおじさんです。


 何から話していただいても構いませんよ。私はただ、聞くだけの男ですから。


 他の誰かに打ち明けることもありませんし、お代も取りません。


 それであなたの心が楽になるなら、私も嬉しいですからね。


 ええ、どうぞ。遠慮なさらず。


……はい。


……想い人がいらっしゃるのですね。


 ほう。それは。


……ふむふむ、それで?


……おお。


 なんと。それは素晴らしい。向こうも、あなたに気があると。

 ええ、実に喜ばしいことですな。


……おや?


 なんだか、歯切れが悪くなりましたね。

 順風満帆な話に聞こえますが……何か、問題でも?


……はぁ。


 自分のことは良いから、幸せな様子を近くで眺めていたい、ですか?


 ご自身が、その恋の当事者なのに、ですか。


 まるで、ご自身の幸せを……そう、映画か何かを観るように楽しみたい、と。

 ふぅむ。少し、分かりかねますな。なぜ、そんな回りくどいことを?

 直接、その幸せを受け入れればよろしいでしょうに。


……ほう。『自分には、勿体ない』、と。


 おやおや、なるほど。

 そのお話、大変興味深く拝聴しましたよ。ええ、実に興味深い。


……いやはや、素晴らしい。

 実に謙虚な方じゃありませんか。


 自分に好意を寄せてくれる、しかも自分も好ましく思っている異性がいる。

 普通なら有頂天になって舞い上がってしまうところを、冷静に割り切っていらっしゃる。その幸せな状況を、まるで他人事のように、第三者の視点から眺めてさえいればそれでよいと。


 その理由がまた、ステキですね。


「自分には勿体ないから」


 いやはや、その自己分析の的確さ、そして高嶺の花を前にして、あえて一歩身を引くというその判断力。大したもんですねぇ。

 昨今、自分の器もわきまえずに突っ走る手合いが多い中で、あなたは実に、実に思慮深い。ええ、感服いたしました。


……ええ。素晴らしい。


 素晴らしいんですが、ねぇ……。


 ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?


 その「謙虚さ」というのは……本当にあなたの本心なんでしょうかねぇ?


 もしかしてですがね、あなたが「謙虚さ」と呼んでいるものは……

 うーん、どう言えば伝わりますかな……。


…………。


 ただ、怖がっているだけ……なんてことは、ありませんかねぇ?

 人と深く、深く関わることを。


 傷つくのが怖い。相手の人生に責任を持つのが怖い。自分の知らない自分を見せつけられるのが怖い。

 そういう得体の知れない恐怖を、「謙虚」というキレイな言葉でラッピングして、安全な場所から眺めているだけ……。


 なぁーんて、そんな意地の悪い見方もできてしまうんですよ、ええ。


 いや、失礼しました。

 他意はないんですよ。……ただ、ちょっと思い出したことがありまして。


 私の、ある親戚の話なんですが……。


 その方はね、周りも羨むような素敵な女性といい仲になったんですが、いざ相手が本気になった途端、急に距離を置き始めたんです。

 で、周りが「どうして」と聞くと、決まってこう言うんですよ。

「俺には勿体ない」と。「彼女にはもっといい人がいるんだ」と。これまた殊勝なことを言ってね。周りは「なんて謙虚な奴だ」なんて褒めるんですねぇ。


 でもね、結局のところ、その方はただの臆病者だった。

 自分の人生という名のぬるま湯――その安全地帯から一歩も出たくなかった。

 楽だったんですよ、高嶺の花を遠くから眺めて、「俺は謙虚だから」なんて言い訳をして、何もしないでいるのがね。相手の好意という甘い蜜だけを吸って、責任という苦い毒は決して飲もうとしない。実に卑怯な男でした。

 結局、その親戚は誰とも深く関われず、今でも一人ですよ。

 まぁ、本人は「一人は気楽でいい」なんてうそぶいてますがねぇ。どうだか。


……おっと、いけません。他人の話をしすぎました。あなたの話でしたね。

 その、あなたが抱いているという恐怖。


 ひょっとすると、私の親戚のような単なる臆病さとも、また違うんじゃないですかねぇ……? もっと、根が深い。


 あなたが本当に恐れているのは、一人の人間と深く関わることそのものではない。


……あなたが恐れているのは、今、天秤にかけているもう一人の存在を、切り捨てなきゃならなくなること。


……そうでしょう?


「自分には勿体ない」? いいえ、違いますね。あなたにそんな殊勝な心意気などありませんよ。


「この人を本命に選んだら、もう一人のあの子と気軽に会えなくなってしまう」


 そうでしょう?


 第三者視点で見たい? 当たり前ですよ。

 だってあなたに最初から当事者になる気がない。観客席から二人の異性を品定めして、高みの見物を決め込んでいるんですから。


 つまり、あなたは別に謙虚でもなければ、臆病ですらない。

 ただ、遊んでるだけなんですよ。

 どちらか一人に決めて、もう一人を捨てるという面倒から逃げている。その罪悪感から目をそむけるために、「自分は謙虚な人間なんだ」なんていう安い物語に酔っているだけじゃありませんか?


 ああ、失礼。あなたは見たところ、二人どころではありませんねぇ。造花に囲まれて、とても華やかに見えますよ。


 羨ましいとは思いませんがね。

 

……さあ、どうでしたか? 私のお話は?


 どこか間違ってますかねぇ?


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