夢の国の見えない住民

クソプライベート

第1話

1. 題名:

夢の国の見えない住民



2. キャッチコピー:

客ゼロの楽園は、生活力だけで運営できる。



3. 紹介文:

舞浜の“あの場所”が閉園になって十八年。40歳になった主人公は、警備や点検の目をくぐり抜け、園内でひっそり暮らしている。白い手袋、古い地図、夜中のBGMタイマー。小さな工夫の積み重ねが、日常と笑いを作る。だが彼の潜伏生活には、本人すら知らない“仕掛け”があった。その真実を知るのは、たったひとり——ミッキーマウスだけ。



4. 本文タイトル:

〈城裏の住人手帖〉



5. 本文:

午前四時四十四分。園内BGMの試験音が一瞬だけ鳴った。合図だ。

僕は白い手袋をはめ、城の影から手をひょいと出して、赤外線センサーに“ご安全に”の合図を返す。センサーは人の手より反射の弱いものには反応しにくい。百均の軍手にアルミテープを縫い込んだこの白手袋は十八年の実験が生んだ結晶だ。バカっぽいけど、効く。




夜のうちに「チュロス鍋」を仕込んでおいた。正式名称はない。売店に残っていた深鍋と焦げついた砂糖を寄せ集め、ポップコーンの弾け残りを米の代わりに煮る。味は——うん、夢の国の匂いがする。塩が足りない日は、海風の強い日を待つ。舞浜は、自然の塩を配達してくれる。


僕の移動は主にバックステージ通路だ。昔の「施設点検用ルート」を記した紙の地図を使う。角が丸まって、鉛筆で書いた“隠し印”がいくつもある。たとえば、B-3と書いた赤い丸。そこは警備員のコーヒーの匂いが濃い。つまり見回りが甘い。

地図の表紙には小さく手書きのタイトル——「城裏の住人手帖」。中身は自分で足した生活の知恵ばかりだが、表紙だけは最初から書いてあった。


緊張は、だいたい朝の五時にやってくる。警備ドローンが城前広場を八の字に巡回し、スピーカーが「本日は休園です」と言う。毎朝言わなくていいのに、毎朝言う。僕は噴水の縁で彫像のふりをする。呼吸は鼻だけ、まばたきは音楽の拍に合わせて。

二曲目になると安堵の時間。清掃ロボが出てくる。あいつらは正直で、ゴミしか見ない。僕はロボの後ろにぴたりと付いて移動する。ロボはたまに僕の足元の落ち葉を吸い込み、靴がきれいになる。ありがたい。


ところが、その朝は違った。

新しい人間の足音がしたのだ。打ち合わせの小声。「再開発調査」「立ち入り」「全域スキャン」。言葉は短く、靴は新しい。

再緊張。僕は地図のB-3を指でなぞり、ペンキ職人のベストを羽織る。ベストの胸元には古いピンバッジ。白い手袋をはめ直し、倉庫へ走る。倉庫の奥には——重たい頭と、大きな耳。

ミッキーマウスの着ぐるみ。十八年前、誰かが脱ぎ捨てたままのそれ。


「さすがにそれは……」と自分に言いながら、僕はかぶった。重い。視界は小さなメッシュからだけで、世界が点になる。中のスイッチを押すと、こもった声で「ハロー!」と鳴った。どうやら音声は自動。

調査隊のライトが近づく。僕は一歩、前へ出た。反射で、いつか見た手の振り方をした。

スキャン音が鳴り、モニターに“キャラクター稼働中——点検モード”の表示。調査隊は顔を見合わせ、肩をすくめて引いた。

ミッキーは最強の身分証だった。バカみたいだが、効く。


その日は城の裏で日暮れまでやり過ごした。頭を外すと、汗で髪がぺたんと貼り付く。着ぐるみの内側には、小さなポケットがあった。ファスナーの奥から、折りたたまれた紙が出てきた。

「見つけたら、ひとりで読んで」

達筆で、短いメモ。続きはこうだ。


——十八年前。最後の閉園アナウンスの日、制服のまま残った若い人がいた。ベンチで居眠りして、朝になっても帰らなかった。就活が嫌で、どこにも帰る場所がない目だった。

俺はパレードキャプテンで、その日は中の人としてミッキーだった。見逃した。いや、見守った。

センサーに“夢の継続テスト”というタグを付けた。君を「施設の一部」と認識する小さなバグだ。白い手袋


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