「ぐれいぶでぃっがー」

低迷アクション

第1話

(だいぶ、暗くなってきたな)


夏の夕暮れは、いつまでも明るい。それが油断を生んだ。


”H”は、山あいに沈みつつある夕日を観て、心の中でそう1人ごちる。彼の小学生時代の体験だ。


”黄昏時の墓は”あもじょ”が出るから、気をつけろ”


祖父にいつも言われていた。


しかし、今はいざ知らず、当時の小学校低学年にとって、遊ぶ場所は限られていた。


町は大概、親と一緒にお金を使って楽しむ場所であり、それ以外で、楽しさを生み出せるのは、公園や空き地、川に求めていくのは、ごく自然な流れだった。


加えてHの時代は、妖怪少年を主人公とした国民的アニメ、4回目のリメイクや、怪獣映画から派生した学校の怪談モノがスクリーンやお茶の間に流れていた。


彼等の足が墓所に向かうのも、また自然だった。


石畳を木の棒で叩き、檀家の供物を比較したり(時には盗み食いしつつ)


墓所内を走り回る鬼ごっこにも飽き、そろそろ帰ろうかと言う時分…


友人の1人がHの後ろを指差し、叫んだ。


「あれ、誰だ?」


振り向けば、墓石が並ぶ石畳を抜け、土が盛り上がった丘のような場所に、自分達と同じくらいの影が立っている。


咄嗟にHを含めた全員が視線を行き交わせ、互いを確認した。


今日、墓地に来たのは5人…うん、全員いる。


そう思った途端に、向こうが両手を上げた。赤い夕日を背に、高々と2本の長い、長すぎる腕を掲げた、コウモリのような黒い影…


そのシルエットが意味する事は一つだった。


「絶対、人じゃないよね?」


震え声の仲間に応えるように、影がユラユラ揺れ、倒れこむように姿を消した、次の瞬間…


石畳の道に、大きな柔らかいモノが落ちる音が響く。と同時に素足で地面を駆ける音が、暗い墓所内に響き渡る。


全員が悲鳴を上げ、踵を返すと、寺に続く入口へ駆け出す。


不気味な足音は墓石の間を飛ぶように抜け、Hさん達と並走する。


「ひぃっ、やだ!やだ!やだぁあ」


初めは先頭を走っていた1人だった。卒塔婆を蹴散らし、突き出された黒い腕のようなモノに捕まり、空中へと引き上げられる。


「助けて、誰か助けて」


泣き叫び、こちらに手を振り伸ばした友人の姿を見れたのは一瞬…すぐに、悲鳴と共に暗闇へ消える。


「わあ、わあわあわあ」


1人が消え、しばらくして(Hには数時間にも感じられたと言う)壊れた人形のように声を上げ続けた、


先頭から2番目が暗闇に引っ張られる。この隙に逃げればと、心は急くも、体が進まない。


残った2人も同様だ。地べたに尻もちをついてしまっている。1人に至ってはズボンを濡らしていた。だが、この光景を見るにつけ、Hの頭に、非情で不味い考えが浮かぶ。


年の離れた兄が共用の部屋で、眠っていると思ったHに隠れて、コッソリと観ていた深夜映画…恐ろしい怪物に襲われ、動けなくなった仲間を囮にして、助かろうとする一場面…


それは、今の自分達とあまりに酷似している。


動かなかった足に力が戻った。自・分・だ・け・が、助かるイメージが、具体性を持って頭の中を占めていく。


ゆっくり、非常にゆっくりと仲間達と距離を空け、後ろに下がっていく。アレは入口に向かった者から攫っていった。だったら、コイツラより、後ろにいれば…


化物も動けなくなった者の方が捕まえやすいだろう。2人目が攫われる前は時間があった。その隙に墓の入口まで走ればいい。


恐ろしい程、冷静な分析の元に、行動し始めるHを、地べたについた1人が指さす。


(馬鹿、おとなしくしてろ)


仲間も同じ事に気付いたのか?焦りが生まれる。このままでは、自分は助からない。もしもの時は…視線を泳がす。1人目がやられた時に散った卒塔婆がすぐ近くに転がっている。


ゆっくり手を伸ばして、拾い上げた。


「H、H…」


うるさい、イケニエは黙って…


そこまで考え、唐突に思い出す。あの、映画の最後はどうだったのかを…仲間を犠牲にして、助かろうとした奴は無事生き残れたか?


違う。結局は怪物に見つかり、食べられてしまった。そのおかげで、囮にされた方は助かったのだ。


目の前の仲間は自分を指さしていたのか?彼の指は自分より、頭一つ分高い後ろを指してはいなかったか?思った途端、背中に鈍い衝撃が走り、息呑む間もなく、石畳を引き摺られる。


服が千切れ、皮を擦る激痛と恐怖に絶叫したが、向こうは容赦なく、スピードを緩めない。やがて、背中に柔らかい土が触れるのを感じた刹那、全身が宙に放られ、そのまま体が落下していく。


状況を理解しようとする頭に土が被さる。慌てて拭い、顔を上げれば、全身を毛で覆った何かが、ヘビのように長い手を掬い、自分に土を投げ下ろしている。


”埋められる”


と、理解した瞬間、お守りとして、決して離さなかった卒塔婆を突き出す。


肉を刺す鈍い感触と映画に出てくる怪獣の断末魔みたいな悲鳴を残し、黒い影が引っ込む。呆然とした視界に、すっかり暗くなった空が映った…


 「まぁ、皆、何もなくて、良かった。良かった」


悲鳴を聞き、駆けつけた寺の住職は、まず、H達を叱った後、自分より深く埋められそうになっていた2人の体を払いながら、言葉を続ける。


「昔、ここらは土葬での。獣に掘られんよう深くするのを観ていた”あ奴ら”が真似し始めた。今はとうに火葬と言うのに、未だにこうやって出てきよる。埋められるだけで済むが、悪くすれば、窒息死…そーゆう所の加減が出来んのが、人でない由縁かもしれんが…全く迷惑な話じゃ」


「でも、俺等死んでない。埋められる筈ない。それ可笑しいよ」


友人の1人が泥だらけの口を尖らせ、反抗した。住職は再び顔を引き締め、叱り顔に戻る。


「逢魔が時…知らんか?今の子は…夜と昼の境はな。連中も姿を現す時間帯じゃ。遭ってしまったら、向こうの匙加減、人の道理は通じん。だから」


ここで、住職は言葉を止め、全員を見回す。その顔は、夜の暗さの中で、白く浮かび上がって、見えた。


「ヒトの話はよく聞くもんじゃ」


後年、あの廃寺を管理していた者がいたかどうか、Hはどうしても思い出せないと言う…(終)


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