エピローグ

ルリアルトが殺伐とすることは避けたかった。

だからバルトはなるべくルリア達といる時は自身の存在が目立たないように気を遣っていた。

ただの従者であるかのように。


しかし、ルリアがバルトの正妻だの、レナスとミリスが側室だのと宣ったせいでそれも全て水泡に帰したと言えるだろう。


翌日以降、ルリアルトの空気は変わ――らなかった。

いつもと同じ、普段通りの穏やかな街だ。

どちらかと言えば、開かれたルリアルトの今後に意気揚々としている空気の方が強くなっている気もする。


バルトが街中を歩こうとも、SSランカーと騒がれるくらいで殺伐とした嫌な空気はどこにもない。

訓練場兼酒場に顔を出せば、ラミアスとルークが珍しいことに昼間っから酒を飲んでいた。

非番なのかもしれないが、それでも防衛組と見張組の真面目なツートップが昼間から酒を呷る光景はバルトがルリアルトに来てから初めてのことだ。

今では聖獣扱いの幻獣達が防衛ラインを固めている、それが周知されたからこそ彼らもこうして息抜きが出来るのだろう。


いいことだ、と思って二人を見ていたら、目が合った。

ラミアスはマスターに一言声を掛けると、バルトに手を挙げ、ついて来いとジェスチャー出す。

ルークも一緒だ。


これはいよいよ嫌味の一つでも言われるかもしれないと。

二人について階段を上がると、一つの個室へ通される。

中に入るときに後ろから、給仕の娘がバルトの分だと麦酒を持ってくる。


それを受け取り、中に入れば、二人の男がイスに座って円卓テーブルに突っ伏した。


「とれえずまぁ座っちぇくりゃあ大将」

「飲みしゅぎでぁにゃいか、ラミァス」

「二人とも、大丈夫か?」


相当飲んでいるようで呂律が怪しい。

まだルークの方がしっかりしているが、かなり酔っているのがわかる。

空いている席に腰を下ろすと、とりあえずバルトは過日の労をねぎらった。


「この間はお疲れ様だったな。今日は二人して打ち上げか?」

「打てぃ上げぇ? ちげちげ」

「喜びと切なさでぐちゃぐちゃな心を酒で誤魔化していたのでし」

「ぐちゃぐちゃ?」


バルトのその問い掛けに二人の目がバキバキに見開く。


「ありがとう、バルト殿。ラミァスの分も、合わせて感謝申しゃあげます。ミリス様! レナス様が! あのような顔で笑い、戯れ合う姿を見られた……我々は……我々は、最高にしゃやせです」

「お、おう」

「……同時に、我々ではあの笑顔とお姿を引き出せない。しょれを痛感し、胸がいっぱいなのれす」

「レナスさまぁぁぉぉぁぁ」


どうやら二人して自棄酒を飲んでいたということのようだ。

ただの自棄酒ではなく、レナスとミリスの幸せが第一だと言うあたり、親衛隊長然としていて素晴らしい。

しかしバルトがそれを口にするのはただの嫌味にしか思われない。


バルトは黙って、二人の前で酒を呷った。

どうしたものかと。二人のルリアルトに尽くしてくれている姿を見ているからこそ、悪い印象を自分に持たれたくないのは当たり前で。


人の悪感情は嫉妬などから容易く燃え上がるものだ。

それだけはこの顔ぶれで起こしたくなかった。


そう頭を悩ませているバルトへの助け舟のように個室の扉が開く。


「おぉ、おったおった」

「ゴダンさん?」


入ってきたのは手に通常の倍以上はあるどデカい杯を持ったゴダンだ。

空いていた最後の空席にドカリと腰を下ろすと、豪快にその杯を呷る。

杯をテーブルにドンと置くと、机に突っ伏し唸っているラミアスと姿勢正しくも船を漕ぎ始めているルークを一瞥した。


「さんなんてやめてくれ。また随分と酔ったのぉ」


さん付けをやめろと言われたものの、ドワーフというのもあるからかどうにも大先輩の気風があるゴダンを呼び捨てにするのは憚られる。

迷った結果、一旦はスルーを試みる。


「……ゴダンさんは酔ってなさそうだな」

「これは酒ではなく果実汁だ。仕事の合間の飯時さ。わしゃドワーフだからこれが酒だとしてもこれくらいじゃ屁でもねぇが」

「仕事の合間にどうしてここに?」

「念のためさ。こいつら酔っ払ったらちゃんとSSランク様と話せるかわからんからな」


ということは、三人は何か共通の伝えたいことがバルトにあるということ。


「様って――」


言われてもむず痒い。

だがそんなことはお構いなしにゴダンは続けた。


「安心せぃ。お前さんと女神様達との関係性は、ワシら四人の中で留めてあるさ。知られているのは、聖獣二体を従えたSSランカーで、それを認められて側近になった、くらいの位置付けだな」


バルトの懸念が実現していないのはどうやら少なからず彼らの配慮があったかららしい。

街中の空気が変わった様子がないのは、ゴダン達があの時の出来事を内に留めてくれていたが故だろう。


「ありがとう、その情報は助かった」

「やっぱり伝えとらんかったか。こんだけ酔ってたら無理か」


ゴダンはラミアスとルークを一瞥するとため息を吐いた。

手持ちの杯をグイと飲み干してテーブルの上に置くと、ゴダンは席を立つ。


「お前さんのそれ、黒剣じゃろ? 見せてくれんかの。前から気になっとったんだ」

「構わないが、彼らは?」

「非番だしこのままでも構わんだろ。この杯見ればワシが来たとわかるだろうしな」


ほれ行くぞ、と歩き始めるゴダンの背について行く。

階段を降り始めたところでゴダンがふと振り向いた。


「あと、もう一回言うが、さん付けなんてやめとくれ。ワシらにはそんなん不要だと予め言っておくからの」

「俺もバルトで構わない、頼むよ」

「あいわかった」


ニカッと笑うその顔は堅物と言われるドワーフにしてはとっつきやすい柔らかなものだった。





◇◇◇




「お前さんは防具はつけんのか?」


ゴダンの店に着くと、壁には剣や胸当てなどの武具がびっしりと並んでいる。


「俺の武器は速さだと思ってるからな。防具をつけると鈍るんだ」

「じゃが何もつけんというのも危なくないか? 一発喰らって致命傷なんて笑えんぞ」

「そうだが、それは防具をつけてても同じだろ? 喰らわなければいいんだったら、つけない方がいい。それにもし喰らったところで、頑丈さにも自信はある」

「なるほど。歴戦の達人故の自信じゃな」


ガハハと笑いながら奥の工房へと向かうゴダンについて行く。

工房は大きく、汗水垂らしながらハンマーを振るドワーフの姿も数人あった。


目を輝かせながらバルトを見ているゴダンに、バルトは黒剣を渡す。

通常の剣と同じサイズだが、黒剣の素材であるダクマタイトは鉱石の密度が違うのか重量は倍以上だ。

受け取ったゴダンが思わずふらつく。


「わかってはおったが、結構な重量じゃな。これでお前さんの速さを活かせるのか?」

「問題ない。確かにもっと軽い剣なら更に速く動けるが、そうなると速さを乗せた斬撃に剣が耐えられずに折れるんだ」


速度に重さを乗せて斬るのがバルトの剣。それは普通の剣では簡単にガタが来る。

だからこの剣に出会うまでは剣に愛着など持たないように、使い捨ての感覚だった。


しかし、たまたま見つけた手付かずの遺跡の中でこの剣と出会って以降は、ずっと世話になっている。

製錬技術も失われているダクマタイト製のため、そのメンテナンスすらもろくに出来ていないにも関わらず、バルトの黒剣に傷みはないように見える。


「ダクマタイトの黒剣なんて久々に見たわい。こんなに立派なものは初めてだ」

「傷んでないよな?」


丈夫なのはわかっているが、それでも相棒の状態は心配だ。


「問題ねぇ。刃も傷まねぇって本当にどうやって造ってるんだか。試しにメンテできるかと思って連れてきたのに無駄足だったな」

「親方それダクマタイトなのか!」


ゴダンの背後から弟子達と思われるドワーフがやいのやいのと騒ぎ始めた。

バルトに許可を取ってから、ゴダンはこれも経験だと言って黒剣を弟子達に見せる。


「もしやあんた、噂のSSランカーか!」

「おお! ラミアス達が歯が立たなかったっていうやつか!」


わいのわいの騒がしくなってきた。

これは面倒くさくなりそうだ。


そんなバルトに気付いたのか、ゴダンは黒剣を弟子達から取り返してバルトに渡してくる。

手と目でもう行けと促してきている気がする。


「ありがとう、傷がついてないってわかっただけで助かった」

「何かあればいつでも見てやるからの」

「あぁ、頼む」

「そうだ、防具はつけなくても、外套は持ってて損はないだろ」


そう言うと、ちょっと待ってろとゴダンは店の奥へと再び入っていった。

弟子達に質問攻めされて少し経つと、ゴダンが戻ってくる。


「これ、持ってけ」


そう言って渡してきたのは、月明かりに照らされる闇夜のように美しい紫紺の外套だ。

手触りからもかなりの上物だと言うのがわかる。


「シーサーペントの鱗革で造ってある。丈夫だし、水にも火にも強いぞ」

「こんな高そうなの、いいのか?」

「うちにあっても誰も買えないしな。記念に造ったようなもんだ。これに相応しい奴がいたら渡してやろうと思っていたが、今まで巡り会えなかった。だがお前さんになら、惜しみなく渡せる」

「そんな高い評価でいいのか俺」


過大評価されていないかと、本音が溢れる。

しかしゴダンは――


「幻獣を二体も従えておいて、何でそんな自己評価が低いんだ。もっと自信持て。それに外見の印象は大事だぞ。実力に見合ったものは、身につけておくべきだ。それがお前さんという人間を表す一つの鍵にもなるんだからな」


自分自身をまだバルトは評価出来ない。

まだまだ足りない、そう感じている。

満足したら成長は止まる。そう思い続けていたせいで、自分自身のことをおろそかにしていたらしい。


全くの第三者からこうして正当な評価をされたことなどどれくらいぶりか。

認められるというその感情を思い出し、バルトの心は温もりを感じていた。


「……すまない、感謝する」

「言葉はいらねぇさ。何か面白い素材を見つけたら持ってきてくれたらそれでいい」

「わかった、これからはゴダンのところに持ってくるよ」

「うむ、待ってるぞぃ」


ゴダンに見送られて店を出る。

ゴダンの言葉に自身の外見――服装にも気を配ろうと、そう決意したバルトであった。


街を歩く。

誰もが明るく笑い、争いのない穏やかな街だ。

千年の歴史が紡ぐ平和の結晶、ルリアルト。

この街だけは、絶対に守る。


ルリア、レナス、ミリスの顔を思い浮かべる。

二度と、誰にも奪わせない大切な存在。

今ではそこに、この街の人々も含まれている。

世話になった人が多い。


「この身が朽ちるまで尽力することを誓うよ、ルリア」


空を見上げながら最愛の女神様の名を呟く。

紫紺の外套を翻しながら、バルトは決意新たに、女神の待つ塔へと歩みを進めるのだった。



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聖獣が護る女神の都 727 @tandt

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