紅い頬っぺ

あんぐぅ

あの日

拝啓 〇〇様へ


今年も猛暑が続く日々ですが、

如何お過ごしでしょうか?


あの日から今年でもう八十年が経ちました。


私は今でもあの広大な青空の下での出来事を鮮明に覚えています。


_____


あの日も、今日のように灼熱の太陽に肌が焦げるように暑かった。

私は少女に着た事を伝えるために帽子を脱いだ。


「今日も、暑いですね?」


そう言うと陶器のように真っ白な少女の頬が赤く染まった。そう、少女の腕の中で大事に抱かれている籠の中のリンゴたちみたいに。


「あ、あの・・・」

「何か?」


何かを伝える為に、一生懸命に言葉を選ぶその唇。まるで、収穫を待つ朝露に濡れてつやつやとした輝きを放つ、リンゴのようだった。

その瑞々しい唇におのずと私は、唇を寄せていた。


「え、どうして、ですか!?」


少女は慌てふためくも、真っ赤な両頬を押さえたまま俯いてしまった。

まだ大人になりきれていないあどけなさ。自然と笑がこぼれる。だが、生暖かい風に誘われ視線を上げた。


「おや?」


逞しく白い背中がそこにあった。

村の青年が私に何か用事があるのだろうと、一歩前に踏み出した。だが、それ以上は前に踏み出すことが出来なかった。


「どうかしたのですか?」


ワイシャツを握る少女に問い掛けても、ただ、顔を強く押し付けているだけだった。

それでも、何も言わない少女の気持ちはよく分かる。だって、真っ赤に耳が染まり上がっているのだから。


「君は、何か用事があるのでは?」


私は後ろ姿の青年に声を掛けた。すると、少女は幼子のような笑顔を浮かべ青年を見た。そして、嬉しそうに名前を呼んだ。


「どうしてここにいるの?」


青年の表情は、死を目前に控えた兵士のように、絶望的だった。

心配した少女の手を払い除け、下唇を噛み締め私の方を見た。

そして、ひと睨みすると青年は走り去っていった。


あぁ、そうなのか。


あの青年はこの少女の事を愛しているのだろう。だから、あの時青年はこの広大な空と共に黙って見ていたのだろう。



去り行く青年の姿を不思議そうに見ている少女もまた、愛らしい。

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紅い頬っぺ あんぐぅ @anzu-maron

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