第2話

 目が覚めたら、布団の中だった。

 ここはどこだ?

 見慣れない天井を見上げてぼんやりと考える。そうだ、祖母の家だ。

 寝返りしたら窓の外にかなり傾いた太陽が見えた。

 着いたのは昼前だったはずだ。掃除に来たら座敷わらしと名乗る男がいて…。

 その先は思い出したくなかったが、一気に思い出してしまい、俺は頭を抱えた。


 本当に座敷わらしだったのか。

 でも俺の知る座敷わらしは着物姿の子供だ。人のいない部屋でいたずらするが家に幸運をもたらすと言う。俺に見られたから育ったみたいに話していたが、座敷わらしが育つなんて聞いたことがない。

 …いやいや本当に座敷わらし認定していいのか? 

 もしかしたらこの家に住みついた不法侵入者だったのかも。祖母がいない間にこっそり忍び込んだとか。

 でもあいつは祖母の名前を知っていた。俺の名前も、十歳の夏休みに急に帰ったことも、好きだった駄菓子も。

 何よりおかしな力で俺を動けなくした。

 俺の常識は座敷わらし説を否定したがるが、目の前の事実がその存在を認めろと言う。


 仮に座敷わらしだとしたらこの先もここにいるのか? 

 勘弁してくれ。見えないならまだしも実在する妖怪と一緒に住むなんてありえない。

 いくら俺がお人好しでもそれは無理だ。

 盛大なため息をついたとき「敏明、起きてるか?」と襖が開いた。おそるおそる顔を上げると男が立っていた。


「なんか、光ってる?」

「うまい生気をたっぷりもらったからな」

 舌なめずりしそうな様子で俺を見るから、一気に頬が熱くなった。

「その話はするな」

 幽霊のようだった男はいまや黒髪が光を弾いて、晴れ晴れと笑う顔はつやつやだ。 

「えーと、これからもここに住むつもり?」

「当然だろう」

「よその家に行く気はない?」

「なぜ?」

 驚いた顔をするから俺は返事に困る。

 迷惑だって言っていいのか?

 …直球過ぎるか。 


「さっき話したけど、この家は俺が住むことになったんだ」 

「ああ、敏明が一緒なんてとても嬉しい」

「いや、えーと。俺としては一人暮らしのつもりだから、困ると言うか」

「大丈夫だ。他の人に俺は見えない」

「あー、他人からどう見えるかという話じゃなくて」

「何か問題なのか?」

 男は当然ここにいるものと思っている。

 そうだよな、俺よりずっと長くここで暮らしてるんだから。


「えーと、あんたは名前はあるのか?」

 さっきから呼びにくくて仕方ないのでそう訊ねた。

「敏明がつけただろ」

「俺がつけた?」

「ああ。初めて俺を見つけた時に名前を訊かれて「ない」と言ったらつけてくれた」

 男があんまり嬉しそうに話すから、覚えていなくて申し訳ない気分になる。

「それいつの話?」

「敏明が五歳の時だ」

「ごめん。俺、なんてつけた?」

 訊きにくかったが仕方ない。

 男は誇らしく告げた。

「プテロダクティルス」

 俺は今すぐタイムマシンで過去に戻って、五歳の俺にその名前はやめろと言ってやりたくなった。


「…そうだったか」

「ああ、覚えるのが大変だった」

「ごめんな」

「構わない。敏明が一番好きなものの名前をくれたんだろう?」

 五歳の俺は能天気にも自分が一番好きな恐竜の名前をつけたらしい。プテロダクティルスはジュラ紀に生息した翼竜だ。

 ミスマッチにもほどがある。


「覚えておけるか不安だったから自分で呼んでいた。嬉しくて、忘れないように毎日呼んでいたんだ」

 そんなことを極上の笑顔で話すから、俺はうかつにも鼻の奥がつんとなる。

 ここで俺を待ちながら誰も呼ばない名前を忘れないように、ひたすら自分で呼んでいる姿を想像したら、切なくて胸がいっぱいになってしまった。


「ごめん」

「なんで謝る? 敏明はプテロと呼んでいた」

 俺はもう一度過去に帰って五歳の俺に頼むから別の名前にしてと言いたくなる。

 この外見でプテロ?

 でも男は懐かしそうに微笑む。


「ええと、プテロは何歳?」

「さあ…、二百歳くらい?」

「え? 二百歳?」

 この家そこまで古くないよな。

「ずっとここにいたのか?」

「いや。前は別の家にいた。その家の子供に見つかってここに移った」

 俺はぱっと顔を上げた。

「じゃあ引っ越せるんだ」

「え? 俺が引っ越すのか?」

 思いもよらない事を言われたという顔で男が俺を見た。


 俺としてはそこまで具体的に考えたわけじゃなく一応確認したと言うか、口からぽろりと出た言葉だったのだが、そうは聞こえなかったらしい。

 今までにこにこしていたのが嘘みたいに不穏な雰囲気になった。なまじ端正な顔をしているから、眉を寄せて不機嫌な空気を出されてドキッとした。


「その、今すぐどうこうじゃなくて」

「じゃあ、いつか出て行けという意味か?」

「え、あの」

「敏明が突然いなくなってずっと待っていたのにお前は俺を忘れて、その上、出て行けと言うんだな」

「いや、その、そういうつもりじゃなくて」

「じゃあどういうつもりだ?」

「あの…」

 何と言えばいいのか迷う間に、プテロは怒りをにじませた目で俺を見据えた。


「いいだろう。でも責任を取れ」

「せ、責任?」

「家を移るには生気が足りない」

「どういう意味?」

「この家を出たらおそらく消える」

「え、そうなのか?」

「だから生気をもらわないと出て行けない」

 言ったと同時に俺はまた布団に押し倒されていた。

 口づけは乱暴だった。

 さっきよりずっと手荒いのに、それでも舌で口腔をかき回されると気持ちがよかった。


「本当はゆっくり話そうと思っていたが、敏明が俺を追い出すつもりなら仕方ない」

「俺を殺すのか?」

 生気を残らず取られて干からびる俺を想像してぞっとした。

 のしかかってくる男を咄嗟に押し返す。 

「まさか。可愛がって俺のものにする」

 にやりと笑うプテロと目を合わせたのがまずかった。

 俺の体はまた動かなくなって、さっと下着を脱がされた。


「無理だって」

 ほんの数時間前に三度もいったばかりだ。

「大丈夫だ。気持ちいいだろ?」

 大きな手に直に握りこまれて腰に震えが走った。その手がくれる快楽を体は覚えたのか、口づけられながら性器を擦られると素直に反応した。

「放せって」

「もう一度飲ませてくれたら、補給してやれる」

 また口に含まれてあやすように舐められる。

 絡みついた舌で愛撫されて、とろりと先走りが溢れた。

 こんなのはおかしいと思うのに危機感はわかず、プテロのくれる快感に流されるまま腰を揺らして射精する。


 きれいに舐めとられ霞がかかった頭でぼんやりしていたら、ぐっと足を持ち上げられて舌がぬるりとさらに奥に忍んできた。

「うわっ」

 焦って身をよじろうとするが、脱力した体は言うことを聞かない。


「補給してやると言っただろ。大人しくしていろ」

 さっきから言っていた「補給」が何を意味するのかようやく思い当たった俺は、顔をこわばらせた。

「嫌だ、そんなのいらない」

 ずり上がろうと試みたがむだだった。

 やわらかく熱い舌でそこを舐められ、もがくうちにじわりと熱いような感覚がせり上がってくる。

 同時に指が入って来て、俺はびくっと体を緊張させた。

 痛みはないが違和感はぬぐえない。


 ぎゅっと目を閉じていると「そんなに固くなるな」と耳元で声がした。いつの間にか体を移動させたプテロが髪を撫でて首筋にキスをする。

 ふわりと甘い香りが漂う。

「したくない」

「そうか。でもする。お前が俺を追い出すと言うなら、その気がなくなるまでお前を抱く」

 ぞくりとする声で言いさらに指を増やした。

 むず痒いような熱い感じがじわじわ広がる。


「嘘つき。さっきは生気をもらったら出て行くって言ったくせに」

「生気をもらわないと出て行けないと言っただけだ」

 いけしゃあしゃあとプテロは言い、長い指がどこかを掠めた瞬間、びくんと全身が跳ねた。

「あっ?」

 それが強烈な快感だと分かるまで、すこしかかった。

 プテロがにやっと笑う。

「な、なに?」

 うろたえる俺にプテロはキスをした。絡めた舌からじんと痺れる。


 指先は的確にさっきの場所を捉えて何度も擦られた。

 そのたびに息を止めるような快感が背筋を走って、俺は絶え間なく声を上げた。

「ああ、あっ、嫌だ、やっ…、ああっ」

「かわいいな、敏明」

 足を抱えあげ綻んだそこを押し拡げて、開けてゆっくりとプテロの性器が入って来る。

 その熱さにおののく。圧迫感で息が苦しい。

 脅迫したわりに乱暴ではなかった。ゆっくり体を揺すって、俺の知らない場所を擦りたて快感を与え続ける。


「あ、あぅ、ああっ、いや…っ」

「敏明、かわいい」

 うわごとのようにプテロが囁く。

 鮮烈すぎる感覚に涙が溢れた。

 それもプテロは舐めとった。


「ずっと待っていたのに、約束を忘れるなんてひどい男だ」

 約束? 

 俺は何か約束したのか?

「だから離さない」

 熱っぽく告げながら抜き差しを繰り返す。

「あ、あっ、そこ…っ、あぅ」

 頭の中がとろりと溶けて、もうまともに考えられない。

 熱く固い性器で奥を突かれ、ひたすら喘いだ。

 甘い香りが強くなる。


「気持ちいいだろ? 俺は敏明を大事にするぞ」

「ひっ、あっ」

「ほら、受け取れ」

 プテロがどくんと弾けるのを感じた。

 びりびりと背筋が震えて、頭の中が白くなるほどの快感に俺は意識を飛ばした。




 庭からうるさいくらいの蝉の声が聞こえる。

 俺はドキドキしながら箪笥の影から廊下を覗いた。

 さらさらの髪を揺らして浴衣姿の少年がやってくる。きょろきょろと辺りを見回して俺を探している。そっと箪笥の影を出て隣りの和室に逃げたのに、反対側の襖から少年が入って来てにっこり笑った。


「敏明、みーつけた」

「見つかっちゃった。プテロはなんでそんなに探すのがうまいの?」

 プテロはふふっと笑う。

「敏明が好きだから」

「俺だってプテロが好きなのに」

 拗ねる俺の頬にプテロがキスをした。

「俺のほうがもっと好きだから」

「いいや、俺のほうが好きだ」

「じゃあ敏明と暮らしたいな。ずっと一人は寂しいもん」

 いつも一人で留守番していた俺は、プテロの寂しさがよくわかった。


「じゃあ大きくなったらプテロが住める大きな家を買う」

「それもいいけど、敏明がここに住めばいい」

「無理だよ、学校あるもん」

「そっか。大きくなったらここに住む?」

「どうかなあ。祖母ちゃんがいいよって言ったら住めるかも」

「じゃあ頼んでみてよ」

「わかった。プテロこそここで待ってろよ。よその家に行ったらダメだぞ」

「行かないよ。敏明とずっと一緒がいい」

「じゃあずっと一緒にいる。約束な」

 二人で指切りをする。

 指切ったと歌が終わると同時に目を覚ました。


 俺は布団の中にいて、寄り添うようにプテロが眠っていた。

 温かな体のしっかりした存在を感じる。

 約束ってあれか。

 端正な寝顔を眺めて悪かったなと思う。

 あんな子供の約束を信じて俺をずっと待っていたのに出て行けなんて言ってしまって。そう思いながらまた眠ってしまった。



 朝日が差して、目を覚ました。

 プテロが優しい顔で見つめていてドキッとする。

 きまり悪くて目をそらしたら頬にキスされた。

「…腹減った」

「悪いが食べ物はないぞ」

「わかってる。俺の荷物は?」

「取ってくる」

 空腹で立ち上がるのも億劫で有難くプテロに任せた。後ろ姿でも力が満ちているのがわかる。


 昨夜、あの男に抱かれたと思うと落ち着かない。

 しかもあんなエロい抱き方をされて気持ちよくなるとは予想外だったし…、いや思い出すな。あれは事故だ。

 プテロがバッグとレジ袋を持ってきて、まずお茶のペットボトルを開けてごくごくと飲んだ。ふーっと思わず息をつく。

 気まずくてプテロと目を合すことができない。

 のろのろと縁側に出て、昨日の夕食用に買った唐揚げ弁当を黙って食べながら、どうしたものかなと思う。

 プテロも横に座り、荒れた庭を眺めている。


 夢で過去を見てさすがに俺も悪かったと反省していた。

 プテロは一途に待っていたのに俺は全部忘れていて、しかも出て行けと言われて。

 約束を裏切られた落胆が怒りになって逆上した気持ちも理解できた。

 でも一緒に暮らすのは…どうなんだ?


「…あのさ」

 黙って庭を眺めていたプテロが俺を見た。

「わかっている。出て行けばいいんだろう」

 静かな表情で淡々と言った。

「え?」

「昨夜は悪かった」

 先に謝られて、俺は焦った。


「いや、俺も悪かったと思ってる。いきなり出て行けって言われたら怒るよな。ていうか、約束忘れててごめん」

「思い出したのか?」

「うん。昨日夢で見たよ。プテロかわいかった」

「育ってしまって残念だった?」

「え? そんなことはないけど」

「じゃあ、俺はここにいていいのか?」

 俺はためらいながらうなずく。


「でも、ああいうことはなしで」

「ああいうことって?」

「だから、昨日みたいな」

「抱くのはダメってことか?」

 ズバリと言われて赤面する。


「どうして?」

「生気があればいいんだろ?」

「まあそうだが」

 プテロは納得いかないという表情で首を傾げた。

「あんなに気持ちよかったのに?」

 俺は黙り込む。

 快感の問題じゃない、アイデンティティの問題だ。

 でもプテロには理解できないらしい。

 妖怪だもんな、感覚が違うのだろう。


「まあいい。俺がその気にさせたらいいんだろ?」

「ならないよ」

「そうか?」

「そう!」

「では気長に口説くとしよう」

 涼しい顔でプテロは笑う。

 俺とプテロの同居が決まった瞬間だった。


 完




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どうぞ遊びに来てくださいねm(__)m





 

 

 

 



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【BL】座敷わらしのプテロ ゆまは なお@Kindle配信中 @huacha

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