【BL】座敷わらしのプテロ
ゆまは なお@Kindle配信中
第1話
「懐かしいな」
久しぶりに訪れた祖母の家は記憶にあるより古びていた。
古い引き戸の玄関に鍵を差し込んで回転させた。木の格子が入った引き戸を開けると土間がある。
土間に入った俺をむわっとした空気が包む。まだ六月なのに閉めきりだった家の中は澱んだ空気がたまっていた。
縁側の雨戸を開けて回り、空気を入れ替えていく。
祖母が入院して以来、半年近く人の出入りがなかったせいで廊下は薄っすら埃が積もっている。
父が早くに亡くなって母に育てられた俺は、学校の長期休みにはここへ遊びに来ていた。
最後に泊りに来たのは小四の夏休みだ。中学に上がったら部活が忙しくて泊りに来なくなり、足が遠のいていた。
三年前から入退院を繰り返す祖母と会うのは病室になって、だから十年近くこの家に来ていないことになる。
そういえば、よくかくれんぼをした。納戸や箪笥の影に隠れてドキドキしながら見つかるのを待った。誰としたんだっけ? この家に子供はいなかったはず。
でも確かに誰かと遊んだ記憶がある。優しそうな少年の面影が浮かんだ。毎年その子に会うのが楽しみで…、誰だった?
小学生の記憶は曖昧だ。
近所の子かな、浴衣姿だった。
そんなことを思い出しながら納戸に行ったら、目の前に男が立っていた。
「わああっ」
驚いて声を上げた。無人のはずなのに。
ていうか着物姿ってなんだよ。
え、幽霊?
いやちゃんと足がある。
「何だお前、どっから入った?」
思わず掃除機を構えると、彼ははっとしたように目を見開いた。
「敏明? 敏明なのか?」
そう叫んでぱっと顔を輝かせ、俺の肩をつかんだ。
不意打ちされて俺は押し倒された格好になる。床に尻もちをついて男を見上げた。びっくりするくらい整った顔立ちをしている。
「え、誰? 俺を知ってんの?」
「忘れちゃったのか? 座敷わらしだ」
男はそう名乗り、俺は目を瞬いた。
「座敷わらし?」
「そうだ」
男はにこにこと俺を見ている。座敷が苗字でわらしが名前じゃないよな? キラキラネーム全盛時代でもまさかそれはないだろう。
俺は体を起こして男の手を肩から外させた。やけに冷たい。それになんだか頼りない感じがする。存在感が希薄と言うか、幽霊と言われても納得するような。
「本当に忘れたのか? いつも一緒に遊んだのに」
「え?」
「それにおやつをよく分けてくれただろう?」
「おやつ?」
「ぱちぱちキャンディとかぽりぽりラムネとか」
子供の頃、好きだった駄菓子だ。
「えーと、あんたはここに住んでるのか?」
「当り前だろう。座敷わらしなんだから」
しごく当然と言った態度で肯定された。
…ちょっと頭の具合が悪いのかもしれない。
端正な顔で目には理知的な光があるけれど言ってることは滅茶苦茶だ。
それにしても雨戸も閉めきりの家で、どうやって生活してたんだ?
「大体、座敷わらしって子供だろ?」
「そうだ」
「あんたは大人じゃん」
「それは仕方ない。敏明が俺を見つけたからこんなに育ってしまった」
「俺が見つけた?」
…だいぶ具合が悪いのかもしれない。
自分を座敷わらしと思いこむなんて。
祖母ちゃんはこいつの面倒を見てたのか?
「えーと。病院とか行ってる?」
「笑子さんのこと?」
笑子は祖母の名前だ。
やっぱり祖母ちゃんの知り合いらしい。
「あの…、祖母ちゃんは先月亡くなったんだ」
「そうかと思ってはいた。優しい人だったな」
男は沈んだ顔で呟く。
「うん」
男が祖母の死を悼んでいるのを感じたが、本題に入らないと。
「えーと、それで、この家は俺が住むことになったんだ」
「本当に? 敏明がここに住むのか?」
男はぱっと表情を明るくした。
一人が寂しかったんだろう。でも俺は得体の知れない男と暮らすのは嫌だ。
「ああ。だから悪いけど」
出て行って欲しいと言いかけてためらった。
どんな事情か知らないが祖母と暮らしていたようだし、頭の具合も心配な男を追い出していいものか迷ったのだ。でも居つかれても困る。
「悪いけど?」
「あー、どこか行くあては?」
「え?」
「だから親戚とか…、ていうか家は?」
「ここだ」
…やっぱり病院かな。身元がわからないなら警察?
それよりもこんな親戚がいたか母に訊くのが先か。一瞬のうちにそんな考えが頭を巡る。
「もしかして覚えてないのか?」
男は悲しげに俺を見る。
子供みたいに感情がわかりやすい。そんな顔をされると申し訳ない気分だ。
「ここでかくれんぼしただろう?」
「それは覚えてる」
「敏明がかくれんぼの途中でいなくなったから、どうしたのかと心配していた」
「えーと、それはいつ頃の話?」
「敏明が十歳の夏だ」
「…ああ」
夏休み中に母が交通事故にあったと連絡がきて、急に自宅に帰ったのだ。幸い骨折だけで後遺症も残らなかったが、看病が必要でここには戻れなかった。
「それからずっと待ってたのか?」
「ああ」
男は大まじめな顔でうなずく。
ともかく男が自分を座敷わらしだと思いこんでいるのは理解した。
一体どうしたもんだろう? 困惑のため息が出る。
と、男の体がぐらりと揺れて前に倒れ込む。
「え、大丈夫?」
支えた体は驚くくらい軽かった。顔色も白くて体温がやけに低い。
病気? いや頭の話ではなく。
「ああ。敏明、すこし生気をくれ」
「せいき?」
訊ねた瞬間、首の後ろに腕が回って口づけられていた。
は? 何これ。
驚いていると舌が入って来た。
「おいっ!」
思わずつき飛ばしたら男はあっさり床に倒れ込んだ。
「あ、ごめん」
「ひどいじゃないか。十年以上も放っておいて、もうすぐ消えるかもしれないと覚悟までしたのに」
恨みがましい目で睨まれると、その迫力にすうっと背筋が冷えた。言うことを聞いた方がいいかもしれない。
「あの、生気って?」
「座敷わらしは人がいない家には住めない。その家に住む人の生気で生きているから」
つまり半年以上人がいないこの家で、飢えながら過ごしていたって?
「それなら引っ越したらよかったんじゃないか?」
「それはできない。俺は敏明に見つかったから、もうこの家を出て行けない」
「どういう意味?」
「座敷わらしが見える人に会えたらその人と縁ができる。縁ができたらその家から動けない」
「つまり俺と一緒じゃないとダメって?」
「そうだ。敏明がかくれんぼの途中でいなくなったから、ここで待っているしかない」
えーと、俺はこいつをこの家に縛りつけて、そのままいなくなったってこと?
ていうか、さっきから俺の思考もおかしい。
本当に座敷わらし? まさか!
「敏明、頼むからもう少し生気を分けてくれ」
そう言って泣きそうな顔をする。
「え、でも、キスは嫌だ」
怯む俺に男はすっと寄って来た。
今、浮いた? 歩かずに移動したよな? マジで座敷わらし? 思いこみじゃなくて?
パニックになる俺に男はさらに迫ってくる。
「涙でもいい」
「そ、そんな急に泣けないって」
「じゃあ精液でもいい」
「はああ?」
「敏明の体液が欲しいんだ」
「お前、祖母ちゃんにそんなことしてたの?」
「そんなわけないだろう。人の生気を食べていると言っただろう」
「だ、だったら俺がいればいいんじゃないか?」
「半年も飢えてて、もう限界なんだ」
そう言いながら俺の首筋を撫でる。
その手はひんやりしていて、本当に消えそうな感じだ。
端正な顔が近づいてくる。半分やけになって俺は目を閉じた。座敷わらしか半信半疑だけど俺のせいなら仕方ないのか?
ああもう、訳がわからん。
触れた唇は冷たかった。舌で唇をなぞられてぞくりと背筋が震えた。
嫌悪が恐怖か判断できない。遠慮なく口の中を舐められる。頬の内側や上顎、歯並びを確かめるように舌を回され、くすぐったくて身をよじった。
いつの間にか男の腕は俺を抱きしめていて、体がひんやりと冷えていた。
舌を絡め取られて、溢れそうになる唾液をすすられる。それが目的とはいえ、こんな深いキスは久しぶりでもぞもぞする。
ずいぶん長い間、熱心に舐められて舌を吸われて息が上がる。
なんだか気持ちがいい。
「も、いいだろ」
身を引いたが男は俺の後頭部に手を添えて、まだと言うとまた唇を押しつけた。半年分だもんな。
男のキスは巧みで頭がぼうっとする。
いつの間に体が熱くなっていて、頬がほてっていた。
やけに気持ちがいい。体を撫でる男の手は温かくなっている。
ゆっくり床に押し倒された。
「敏明、やっぱり精液をもらっていいか?」
「は? ダメに決まってるだろ!」
「でもこれ、どうするんだ?」
男がそこを撫でて初めて、勃起しているのに気がついた。
「え、なんでそんな」
驚く俺に男は平然と言う。
「座敷わらしの体液は催淫効果があるらしい」
「いやいやいや、先に言えよ!」
「俺もいま初めて実感した」
「初めてだったって?」
「ああ。で、これを脱がせていいか?」
ジーンズの前立てを開かれて俺は焦る。
「ダメだって!」
「こんなにおいしそうなのに、もらえないのか?」
しゅんと悲しげにされると何だか罪悪感がわく。
こいつにとっては半年ぶりの食事で、それを目の前にして食べさせてもらえない状態なわけで、でもでも精液をあげるってつまりこれを飲みたいってことでどうなのそれは。とぐるぐるしていたら、また口づけられた。
今度は最初から熱かった。
舌も体も熱くてさっきとは段違いに気持ちがいい。体が快感を得ているのをはっきり感じた。
男の手がジーンズを脱がせるのがわかったけれど、抵抗する気が起きない。
これが妖怪スキル?
もう冷たくはない手に直接握られて、びくっと体が跳ねた。
「ちょ、それ、いやだ」
わずかに抵抗したものの、誰かの手に触られるのは久しぶりで、しかもすでに昂ぶっている。正直な体は男の手を喜んでぐっと硬さを増した。
「うん、ちょっとだけだから」
絶対嘘だ。
でも文句をいう暇はなかった。
いきなり口に含まれ熱心に舌で舐めまわされる。
ヤバい、あっという間にいきそうだ。
「放して、出るって」
「出せばいい」
そうだった、それが目的だった。
「あ、あっ、もう…」
きゅっと吸い上げられて一気に射精した。
びゅくびゅくとほとばしる精液を男はすべて受け止めて飲んでしまう。ごくりと喉が鳴る音、続けてほうっと満足げなため息が聞こえた。
「濃くてうまいな」
「そんな感想いらないっつーの!」
最後の一滴まで残らず舐めとられて、俺はもう羞恥でぶっ倒れそうだ。
「本当なのに」
何が悪いかわからないと言いたげに男は俺を見る。
その目を見たのがまずかった。光彩が不思議な色合いに変化していた。光の反射なのか青にも碧にも見える。くらりと引きこまれる。と思ったらまた体が反応した。
男もそれに気がついた。
嬉しそうに笑って手を伸ばしてくる。
「もうやめろって」
「でも敏明が辛いだろ? 俺もまだ足りない。もう一度出してくれ」
その言い方はどうよ。
そう思ったけれど、また口に含まれて快感が背筋を貫いた。
さっきよりも敏感になった先端を舐められると思わず腰が揺れる。男も余裕が出たのか、細やかな愛撫をしてくる。
「ほら、もう一度出せるだろう?」
「あ、それ、やだッ」
口では何と言おうと体はかつてないほど感じていて、俺は男のくれる快感に酔った。
結局、三度達して俺はぐったりと体を投げ出した。脱力感が半端ない。
正直いってめちゃくちゃよかった。それがいたたまれない。
男は満足そうに俺の髪を撫でて、頬にキスをする。
「おいしかった、ありがとう。生き返った」
礼を言われたが何とも複雑だ。
でも確かに男の体はほかほかと温かく、存在感が増している。
「悪かった、しんどいだろう」
「なんで?」
単純に三回いっただけとは違うだるさだ。
「俺が補給してやれたらいいが、さすがに今は無理だ」
「補給って?」
「性交すれば敏明はもっと早く回復する。今は一方的に搾取されたから体が辛いだろう?」
成功? なんの話だ。
大きなあくびが出た。
「寝ていいぞ。この家はもう安泰だ」
微笑んだ男がまだ何か話していたが、俺はもう目を開けていられなかった。
吸い込まれるような眠りに入ってしまい、この後どうなるかなんて予想もしていなかった。
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