終章   西暦2XXX年ー五千年後の雪解けー

【炎帝】はようやく激痛が引き、【青竜王】の腕に包まれている安心感から落ち着いて息を整える。


 息を整え終えた【炎帝】は注目されていることに気づいたが、いつもの不遜な態度ではなく少し不安を煽られた気がした。


 梓「縦ロールじゃない!『悪役令嬢』って言ったら、その髪何時間かけて巻いた!ってツッコみたくなる縦ロールがお約束!」


 やり直しを要求する、と意味不明な理由でやり直させようとする梓に【炎帝】は、冗談じゃないと思った。今息があることが奇跡なくらい死ぬほど痛かったのだ。またあんな目にあわされたくない。


 洸「フン………【シン(炎帝)】のくせに、意外とカワイイ変貌をしたな。だが、梓には圧倒的な大差で負けている!」


 あきらは、梓が1番カワイイとシスコンを暴走させている。


 珊瑚「性格に反比例したな!ドブスな女を期待したんだけどな」


 だが、洸兄さんの言うとおり梓姉さんが1番、と珊瑚は言う。自分が美少女である自覚ゼロ発言だ。


 刹那「【前世】で婚約破棄して、【今世】で再会直後に蹴り飛ばしたぐらい嫌ってるのはわかるが………『女体化』した【シン(炎帝)】普通にカワイイぞ」


 素直にカワイイって言ってやればいいのにまったく女はライバル意識が強いよな、と刹那は、言う。


 環「金髪のワードは印象に残っていたのだな………サラサラストレートヘアは、巻くしかないな」


 環は、縦ロールにこだわるならコテで巻けばいいだろう、と言う。


 棗「ストレートヘアの『悪役令嬢』なら、探せばいるだろ。『YAWAR◯の本阿弥さ◯か』とか、『セーラー◯ーンのセーラーマー◯』とか………2人とも黒髪だけど」


 棗は、『悪役令嬢』ポジションに該当する気が強いキャラクターの名をあげるが、マニアックすぎて【宿体】の年齢が18才の刹那と珊瑚には通じていなかった。


 何やら自分をディスっているような気がしてきた【炎帝】は、またそうやって貶そうとしていると言い返そうとしたが、【青竜王】がギュッと抱きしめてきたので身動きが取れなくなった。


 そこで始めて【炎帝】は違和感に気づく。【炎帝】は元々、小柄で華奢だったが【青竜王】の腕にすっぽり納まるほどではなかった。


 炎帝「【敖兄アオケイ(青竜王)】………朕は、一体どうなったのだ?」


【炎帝】の言葉に【青竜王】は、よく耐えたと【炎帝】の頭を撫でた。


 青竜王「私の呼び方は【敖兄】のままでもいいが、今後は自分のことは『わたし』と言わなければな………【シン(炎帝)】は、もう私の妃だ」


 炎帝「私は、女の体に変われたのか?」


【炎帝】は確認するように、自分の肩や二の腕をペタペタ触っているが、それを見ていた洸は触る所を間違っているぞと言った。【青竜王】と【炎帝】は、そうなのかと言いたげな顔をしている。拗らせカップルなので、最もわかりやすい確認箇所をわかっていないようだ。


 洸「【シン(炎帝)】、女体化した時に最初に確認するのは『胸部装甲』だ」


 洸は、女の胸は『胸部装甲』という言い方をするのだと、いけしゃあしゃあとガセネタを教える。拗らせカップルの【青竜王】と【炎帝】は、ガセと気づいていないのでなるほどと聞いていた。


 洸「ただし、確認するのは【シン】だけだ!【兄上(青竜王)】が確認するのは、絵面的にアウト!【人間界】では御上に捕まる!」


 洸は、ガセネタを掴ませたが流石に【前世】の兄が公序良俗的にアウトになるのはマズいので胸を触るのは【炎帝】だけと念押しした。


 そうかわかった、と言って【炎帝】は胸をさする仕草をする。洸は、コイツ躊躇ないなと思いながら見ているが違和感を感じた。


 胸を撫でる手が平坦な動きだ。洸は、梓を見る。梓の慎ましい胸よりも謙虚な【炎帝】の胸の平たさに、悪意を感じたのは気のせいではないと思う。


 梓「気づいちゃったか………『胸部装甲』は、これから育成・・するために未発達になっている!」


 梓は、男の人は『源氏の君』のように好みの女性に育てるのが好きなんだよ、と適当なのか自分の趣味なのか、いい加減なことを言った。


 環「梓………拗らせ【兄上(青竜王)】に適当なことをいうんじゃない。本当にやりかねないぞ『光源氏の愛妻育成計画』を!」


 環は、やめろと言いながら計画名までつけて結構ノリノリだった。  


 棗「いや………お前ら、誘導してるだろ」


 棗は、ここは私が親として【前世】知識を幾つか伝授するしかなさそうだな、と言うのを燎が止めた。


 燎「やめておけ………新婚早々、【竜王殿】がハーレムを作って、恋愛下手の【竜王殿】では事の収集をつけられずに、女の争いだけが泥沼化する未来しか見えないぞ」


 燎がものすごく具体的な未来予想を聞かせた。


 マジであり得そうだ、と刹那が引き顔をしている。


 珊瑚は梓姉さん、グッジョブと『イイねポーズ』をした。


 珊瑚「金髪女だったから、巨乳かと思ったが………貧乳にも満たない板乳・・とはな!」


 珊瑚は、腰に両手を当てて自分の慎ましい胸を張ってドヤる。パッと見た感じでは珊瑚と『女体化』した【炎帝】の『胸部装甲』は似たりよったりだ。


 朔は、梓は育成云々を言っていたが、絶対に悪意や嫌がらせの類で胸部サイズを平たくしたに違いないと確信する。


 そこへドアが開いて、プラチナブロンドの長身の美青年が入って来た。


 朔「遙………隠れていられなかったのか?」


 朔は、肌の色を除いて顔の造形が自分と瓜二つの美青年に言った。


 遙「俺が出て来ないとオチがつかないだろ」


 遙と呼ばれた美青年は、皆は自己紹介していたから自分もそれに倣おうかと自己紹介をはじめる。


 遙「この【宿体】の名は陵遙みささぎはるか………中身は誰の【魂魄】か、言う必要はなさそうだな」


 遙を見た途端に、【炎帝】が身構えたので【真名】はわかっているようだ、と遙は言った。

 

 炎帝「【楊戩ヤンジン】………なのか?」


 約三千年前に【炎帝】の処刑宣告により【楊戩】は妻の【竜吉ロンチー公主】、【三清道祖・太上老君】、【創造神・伏羲ふっき】や【神竜シェンロンシャン】たち【竜王一族】、【崑崙十二仙】たちと共に【転生】という形で【人間界】へ逃亡した。だが、【人間界】の時間の流れは早い。【人間界】では約五千年以上の歳月が過ぎた。


 炎帝「随分と見た目の印象が変わったものだな………」


【炎帝】の知る【楊戩】は、【先々代天帝・昊天上帝】と【玉麗天后】の嫡男だけあって貴公子然とした高貴な雰囲気漂う美男子だった。目の前にいる遙は、容姿は非の打ち所がない超絶美形だが左目の眼帯のせいか、どこか野性味を感じさせる雰囲気だ。


 遙「【陛下】は、女体化しても顔は男の時と同じだな」


【炎帝】の【天帝】退位は決定事項なので、遙は敢えて【元陛下】と呼んだ。


 いつもの【炎帝】なら不機嫌さを顕に当たり散らすが、今回は大人しかった。


 女体化直後で動揺が大きいせいか、女体化したことで女性特有の忍耐力が身についたのかキレることにはならなかった。


 洸「おや?ほんのちょっとだけ大人になったか?」


【炎帝】がキレて当たり散らさなくなったのは大きな進歩なのだが、洸は褒めて増長されたくないので手厳しい評価をした。  


【青竜王】も洸と同じく丸くなった性格が褒めることで、元に戻ることを危惧して洸に会話を合わせてそうだな、と無難に相づちを打った。


 青竜王「【ジン】………今は、遙という名なのだな」


【青竜王】は、【人間界】では【平安時代】に会っているから約1300年ぶりぐらいに再会したことになるか、と遙に言った。


【炎帝】が、えっそうなのかという表情をしているので【青竜王】は【平安時代】の【日本】で【楊戩】が最初に生まれ変わった【陰陽師・安倍泰親あべのやすちか】と関わったことは黙秘していたようだ。


 遙「【竜王】は、【平安時代】に【泰親】と【式神しき契約】をしていたことを黙っていたんだな」 


 遙は、ワザと【炎帝】に【青竜王】が【陰陽道】の【名門・安倍流】の【式神・十二天将】のひとりだったことを聞かせるように昔話をしているが、【炎帝】はただの昔話を聞かされているだけといった様子だ。


 刹那「なあ………女体化して【シン(炎帝)】の奴、性格変わってないか?」


 いつものアイツなら、絶対にキレて破壊行動に走ってるはずだ、と刹那の言葉を聞いて【炎帝】はこうして聞かされると自分のこれまでの行動が、いつ断罪されてもおかしくないようなことしていたと気づかされる。


 遙「それに関しては、【元陛下】は自覚がなかった。その理由はイタい頭のせいなのか、何者かの【洗脳】なのかはわからんが後者だとすれば、暗殺の対象は【楊戩】だったが真に命を脅かされていたのは【元陛下】のほうだろうな」


【楊戩】の暗殺に失敗した者たちは、【炎帝】を暗殺しようとしたよな、と遙は言った。


 遙の言うとおりなので、【青竜王】は頷いた。話の内容が陰謀めいていたので、遙が【炎帝】に対して頭のイタい発言をしたことは言及されなかった。

 

 遙「だが………自覚がなくとも、洗脳されていたとしても、107回も【楊戩】を暗殺しようとして最後の108回目は処刑宣告だ。………退位しても女体化して別人として再生したとしても、された側の俺は絶対に【元陛下】を許さない」


 遙は、世の中には反省しても謝罪しても許されないことがあるということを知るがいい、と冷たく言い放った。


 遙が殺されかけた回数を言ったことに、刹那が数えてたのかよと若干引いた。


 洸「108回か………【人間】の【煩悩】と同じ数じゃないか」


【黒竜王】の【宿体】の洸は【僧侶】なので、お坊さんっぽいことを言う。


 棗が、話題が反れるがちょっといいかと声をかけた。


 棗「【天界】では【シン(炎帝)】は死亡したと処理されることになる。そこで、性別を改変したのを期に名前も改名しようと思う!」


 環「いい考えだ。しかし、姉上………【シン(炎帝)】の女体化は永久に持続するものなのか?」


 環は【雌雄同体】というものは、気分次第で性別がコロコロ変わるのではないかと言う。


 棗「一般論ではそうだな。しかし【シン(炎帝)】は半分とはいえ【宝玉の精霊】の血が入っている。そうコロコロと性別が変わることにはならん」


【精霊】は人々のイメージで姿形が定着するので、1度形を成すと簡単に変化することはない、と棗は言った。


 青竜王「【父上】………名前は考えているのですか?」


【青竜王】は、【炎帝】を退位させる時期が来たら改名させる予定で、既に新しい名前は用意されていると確信があった。


 棗「【太真たいしん】というのはどうだ?私たちは、ずっと【シン】と呼んでいたから………この名なら字面は変わるが【シン】と呼ぶことはできる」


 もっとも、呼び方から身バレするだろうがと棗は言う。


 棗「【シン(炎帝)】は、【玉皇大帝・・・・】によって処された………これが【太元(玉皇大帝)】のシナリオだ」


【青竜王】と【炎帝】が【人間界】へ【転移】したことで、【天界】で決着をつけることはできなかったが、『女体化』させ改名までしたので【炎帝】の存在は完全に消された。


【天宮】に出仕する高官たちは、『約束の日』と呼んでいる【炎帝】が【天帝位】に就いていられる任期を知っているので、その後は【玉皇太子】が再び【天帝】に戻り【玉皇大帝】の治世となることは【天界】時間で三千年前から決まっていたことなのだ。


 朔は、【天界】の裁きが終わったなら【先住者】の裁きを始めていいか、と言った。


 その言葉に【太真】はビクッと身を震わせた。【青竜王】は【太真】の肩を抱き寄せて、私がお前を護ると目配せで語る。


【太真】を抱く【青竜王】の腕には、僅かに力が入っている。それは、眼前で裁きを宣言する朔への緊張と警戒、そして何より、この件が【太真】と己の関係、ひいては【天界】と【人間界】の均衡を揺るがしかねない重大な案件であることへの、彼自身の覚悟の現れだった。


 朔「梓が既に話しているから【先住者】たちがどれほど怒り、恨みを抱いているかは理解してもらえていることを前提で話す。………これも遙が先に言った言葉をなぞるような言い方になるが、俺も許すことはできない。【外界けがいの民(先住王の配下の先住者のこと)】たちの中には怒りや恨みを自分たちなりに落ち着けて消化させてる者もいるだろうが………」


 そこで朔は言葉を止めて、傍観者に徹していた【先住者】たちを見る。彼らは、【長命種】なので【山の先住王】の生まれ変わりの朔とはまだ付き合いは浅いが、朔は彼らの意思を代弁するつもりで発言した。【先住王】の言葉に感動して感涙する者、合掌して拝む者────────────今にも跪いて頭を垂れそうな雰囲気だ────────────、平静さを保って言葉を聞いている者様々だが、全員が朔の決断に従う姿勢を見せている。


 朔「【天界】の者ならお前たちもわかるだろ。【先住者】は【長命種】………繁殖率が低い」


 繁殖率が低いが、新たに子をもうけることは不可能ではないが、長い長い歳月がかかる。【長命種】なので気長に待てるが、【長命種】ゆえに中々、新しい【生命】が誕生しないという矛盾を抱えて『地獄に身を置く』ような『針の筵に座っている』ような日々を過ごすことになる。朔の言わんとすることは、【青竜王】も【太真】も理解できた。


 朔「そこで、話を戻すが………【竜王殿】は、【神国(日本)国王】の幼い【王子】たちを蘇らせることが可能かもしれないと言っていたな。それは、【炎帝神農】の『時間を超える異能力』を使うということか?」


 青竜王「っ………!【シン】の【異能力】を知っていたのか………」


【青竜王】は、【太真】の【異能力】を話して交渉しようと考えていたが、朔がそれを知っていては【切り札】にならないと知る。


 燎「【時間遡行】が可能なのか!」


 燎は、『時間を操る異能力』を持っていたから【炎帝(改め太真)】は生かされていた・・・・・・・可能性があったと理解した。


 梓「自分だけに使うのは制約無しだけど、自分以外に使うのは制限を課されるし誓約やら等価交換やら、色々と複雑だよ」


 梓が、対価を用意してって言ったでしょと先の会話のことに触れた。


 燎「俺は、てっきり梓が【生活続命法しょうかつぞくみょうのほう】を使うと思っていた」


【生活続命法】とは、【道教】においては【究極奥義】であり【禁術】でもある。行使する際には【誓約】を立て、制限や等価交換の【制約】が課される。


 梓「でも、私は【太上老君】の生まれ変わり………つまり【道教】のボス!だから、『誓約と制約の縛り』は………他人になすりつけることも、踏み倒すこともできるのだよっ!」


 梓は勝ち誇ったようにドヤる。


 朔は、チートだなと言って【太真】の【異能力】の情報源を明かす。


 朔「俺は、【炎帝神農】の【異能力】のことは【太乙真人たいいつしんじん】の生まれ変わりから聞いた」


【太真】は、奴も生まれ変わっているのかという表情をしたが、【青竜王】は今は【ヤン(黒竜王・洸の前世)】と【老君尊師(梓の前世)】の兄が【宿体】だったな、と言っているので面識がある様子だ。


 太真「まさか………お前は、わた………しに【時間】を戻して失われた【生命】を返せと言うのか!」


【太真】に、もう【天帝】ではないと自覚が出て来たのかぎこちなくではあるが、一人称は改善されてきていた。


 朔「【竜王殿】………奥方の言葉遣いは、教育が必要だな」


 朔は、【太真】をガン無視で【青竜王】へ妃教育を打診する。


 遙「朔………まだ『空気扱い縛り』は続いているのか?」


 遙は、朔が自制の為に【太真】を改名前からずっと『空気扱い』していることを別室で見ていたので知っていた。


 朔は、【炎帝】ではなくなったからその縛りは解除したと答える。そして、今のは会話をしたら言葉遣いをダメ出ししそうだったから流しているだけだと言った。とりあえず、『空気扱い』は解除されていることは判った。


 洸「朔………今は見逃してやれよ。【シン】はアホだから、すぐに全部改善するのは無理だ。一人称が『朕』ではなくなっていることだけでもちょっとした進歩なんだぞ」


 洸はフォローしているのかディスっているのか判別しにくいが、【青竜王】は一応フォローしてくれていると思いたかった。


 梓「【太真】、全部戻すのは無理だよ。それやっちゃったら『歴史改変』だ。私が【時間遡行】を許可できるのは3年以内!」


 他人の【時間】を遡行するのは、自然に反する行為なので許可を得なければならない。梓は【三清道祖・道徳天尊(太上老君)】の生まれ変わりなので、彼女の許可が【道徳天尊】の許可ということになる。


 朔「梓が【チート転生者】でよかった………通常の手順だと、【道徳天尊】か【霊宝天尊】を【召喚】して許可を得た上で協力してもらわねえとならない【術】だからな」


【時間】を戻すことは『道徳に反すること』、または『自然の摂理に反すること』なので、【道徳天尊】か【霊宝天尊】に伺いを立てるのが【儀式】の手順なのだと朔は言った。【元始天尊】は『歴史改変』レベルのスケールが大きくなる案件に【召喚】するらしい。今回は、【道徳天尊(太上老君)】の生まれ変わりの梓が現場にいるので、ものすごく時短できる。    


 朔の要求は、あまりにも唐突で、そして不可解だった。


 朔「俺だって、流石に千年百年ちとせももとせも前に戻せなんて無茶ぶりはしない。【神国(日本)国王】の【第1王子】【第2王子】………2人の王子殿下が生存していた時間に時間を戻せ・・・・・


 朔が求めるのは、特定の個体を現行時間へ連れ戻すことではなく、ただ【時間】を巻き戻すこと。その行為自体が、何を生み出すのか。


【太真】は、言い慣れない一人称に言葉を噛みそうになりながらも、自身の能力で可能な範囲を述べた。

 

 太真「【時間】を戻すだけ・・なのか?………わたし………が………【天帝・炎帝神農】が死んでいるのだぞ。生存していた【時間】から現行時間に連れて来る・・・・・こともできるのだが?」


 彼女の【時間遡行の異能力】は、単なる巻き戻しに留まらない。しかし、朔は冷徹に言い放つ。


 朔「知っている………【元炎帝陛下】の命は別件・・に使わせてもらう。」


 朔は、【太真】にその【異能力】は『【人間界】の時間で三千年間、朔(闇嶽之王くらみたけのみこと)配下の【先住者】が要求したら行使する』ことを約束させる。そして、傍観している【先住者】たちにこれで手打ちにしていいかと問う。


【先住者】たちの答えは、絶対的な忠誠を示していた。


 山の民たち「全ては【王】の御心のままに」


【人間界】の三千年は、【天界】では千年に満たない。【太真】はこれで裁きが終わったことに安堵しつつも、腑に落ちない思いを抱えていた。

 

【青竜王】は、腕の中で微かに震える太真を抱き寄せたまま、静かに朔に問いかけた。


 青竜王「朔………いや、今は【闇嶽之王】として私たちと対峙しているのだったな。【山の先住王・闇嶽之王】よ………お前の民、【山の民】は断絶した種族さえいると聞く。その積年の恨み、たったこれだけの代償で、本当に【先住者】たちが満足するとは思えないが」


【太真】もまた、同じ疑念を抱いていた。命をもって償うより、遥かに軽い裁きではないか、と。


 その疑問に答えたのは、【太上老君の転生者】梓だった。彼女は、やれやれと肩をすくめて【太真】と【青竜王】を見やる。


梓「あのね【太真】、【青龍】、君たちは朔や【山の先住者】たちが本当に何を求めてるか、まだ分かってないよ。その『時間を超える異能力』はね、彼らにとっては最高の便利アイテムなのだよ」


 そして、朔と一卵性双生児の弟として転生した【楊戩ヤンジン】の生まれ変わりの遙が告げる。


 遙「馬鹿言うな。彼らは繁殖率が低いんだ。寿命は長いが、個体数を増やすのは至難の業。だから、個体の時間を早送りして懐妊させるまで【胤付け】を手伝わされる。他にも、致命傷で死にかけの同胞を過去に戻してやり直させる。あるいは、子孫が絶えそうになったら、過去の血縁者を連れてくるなんて、平気で無体なことを要求する………かもしれない」


【太真】の顔色が、一気に青ざめた。


 太真「そ、そんな……まさか、三千年、私にそんなことを……」


 梓「そのまさかだよ。彼らにとって、君の力は【種】の存続を確実にするための『切り札』。三千年間、君は彼らにこき使われる。現状は朔からの『王子を生存していた時間に戻せ』という頼まれごとしか聞いていない。だから、自分が何を背負ったのか、まだよくわかっていないだろうね」


梓の言葉に、【青竜王】は静かに目を閉じた。


 青竜王「……なるほど。彼らの願いの主軸は、あくまで【種】の存続か。三千年。我々天界の時間に換算すれば短いかもしれぬが、【種族】の存続に関わるとなれば、【太真】はかなりの頻度で酷使される予感があるな」


 贖罪は命を奪うことではなく、【太真】の【異能力】を永遠に他者に捧げること。それは、ある意味で死よりも重い、新たな生の責務だった。


 遙は、そんな【太真】を見下ろす。表情筋のバラエティに乏しいので何を思っているか図れないが、どこか皮肉めいた感じがする。


 遙「だが、これで【天界】への体裁は保てた。お前はこれから、【人間界】にいた【西王母様の末娘】という肩書きで、この【竜王殿】の妃となる。馴れ初めも、【天界】では散々ネタにされた【白竜王】と【瑤姫】の『清く健全でアクティブな交際』のように、【竜王殿】が、『年の離れた妹の世話を焼くシスコンを拗らせた兄』というネタにするそうだ」


【太真】は顔を赤らめた。【青竜王】もまた、その話に静かにため息をつく。


 遙「そして、俺の妻、【竜吉ロンチー】も【転生】していてな。彼女は、お前が自分の妹という肩書きで【竜王殿】に嫁ぐからには、きちんと『淑女教育』を施すと、今から張り切っている」


 遙は、口元を笑みの形にする。【炎帝】の馬鹿げた処刑宣告が原因で【人間界】に【転生逃亡】し、何度か【転生】を繰り返して【宿体】を変えた【楊戩】。「……どうやら俺は永遠に、お前のお義兄さまを続けることになるようだ、義妹よ」と遙はつぶやく。




   ◆   ◆   ◆  




「やれやれ、相変わらずだ」


 重厚な革張りのソファに深く身を沈めた陵影璽みささぎえいじは、手に持った手紙を軽く叩いた。


ドイツの寒々とした空気が漂う書斎には、インクと古い紙の匂いが満ちている。外見は熟年のイケオジ、今は軍人としてこの地に滞在している彼は、【天界】にいた頃は【昊天上帝陛下】と呼ばれた。その瞳には、手紙に記された内容の奥底にある、気の遠くなるような時の流れが見えているかのようだ。


 テーブルに置かれた琥珀色のブランデーグラスに、影璽は視線を移す。独り言のようでありながら、誰かに語りかけているような彼の口調は重い。


「【楊戩ヤンジン】……我が嫡男・・・・の【炎帝】に対する感情は、もはやごうという他ない。憎悪の根は深い。それこそ、数多の時を遡らねばならぬほどのな」


 手紙の内容を追想する。遙の、未来永劫許すことはないという、鋼の意思。理解できる。あの【炎帝】の所業は、彼らにとっては決して忘れられるものではない。


「だが、皮肉なものだ。【炎帝】は死し、女体化によって再生した。名を【太真】と変え、【西王母】の末娘という肩書きを得て、楊戩は彼女を『義妹』と呼ぶ。雪解け…か。彼らなりに、か」


 ふ、と影璽は口元に微かな笑みを浮かべる。それは嘲笑ではなく、安堵にも似た、複雑な感情の表れだった。


「【昊天上帝】として私が課した『三千年の天帝任期による贖罪』………それは成就しなかった。大罪人の子を我が子としながら罪を贖わせるのは無理があったか………」


 グラスを手に取り、ゆっくりと揺らす。氷の音が静かな部屋に響く。


「代わって、新たな形での贖罪が始まった。【人間界】、それも【神国・日本】の【先住王】からの『三千年の奉公刑』………これもまた壮大だ」


 彼はそのまま、窓の外の灰色の空を見上げる。誰にともなく、しかし確かな祈りのような響きを込めて、つぶやく。


「つつが無く、刑期を終えるといい。今度こそは………な」

 それは独り言か、それとも遥か時空を超えた誰かへの囁きか、判然としない。


 再び手紙に目を落とす。最後の記述。青竜王の妃となったことで、「竜王一族の分かれた轍が再び一つに纏まった」という言葉。


「なるほど。そうか」


 影璽は満足げに頷く。


「【先代竜王弟・ユウ】の叛逆により、袂を分かったはずの血筋が、こうして時を経て再び交わるか。天のことわりも、人のなさけも、一筋縄ではいかぬものよ」


 彼は深く息を吐き、手紙を静かにテーブルに置いた。その顔には、長き旅路を見守るかのような、深い安堵の色が浮かんでいた。




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『忍ーSHINOBIー転生戦士の起源篇』は、以上で完結です。


 長編の投稿作品『忍ーSHINOBIー柳生武藝帖篇』と被る部分があり、ネタバレしてますが全バレにはなってません。


 ストーリーの中に説明書きをするより、外伝にして物語で説明したほうが理解しやすいかと思っての試みでしたが、書いていた私は物語にしたほうが設定がわからなくなった時に読み返しやすいと思ったので、今後も外伝を挟みつつ長編と並行して行こうかと考えています。


 その間の長編投稿作品は中断してしまうのですが………。


『忍ーSHINOBIー転生戦士の起源篇』は、外伝で短編で収める予定だったので登場人物は必要最低限になっていて、物語の進行に関与しない事柄は匂わせで出して解明していない中途半端な状態になっています。


 1つの作品を完結させて私が思ったことは、短編の尺でストーリーを纏めて完結まで持っていくことが非常に難しいと痛感した試みでした。ですが、作品を完結させることができた喜びも噛み締めております。


 最後までお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。

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忍ーSHINOBIー転生戦士の起源篇 紫月 白 @mashiro-shizuki

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