第22話 寄り合う2人
完全に壊れた沙夜。
その姿を見て――俺は、ようやく我に返った。
胸の奥で渦巻いていた嗜虐心が、急速に冷めていく。
代わりに――罪悪感が、どっと押し寄せてきた。
――何を、してるんだ、俺は。
目の前の沙夜は、完全に崩れ落ちていた。
震え、泣き、必死に縋りつき、正常な判断ができなくなっている。
俺は――ただ、安堵したかっただけなのに。
嫌われていなかったことに、安心したかっただけなのに。
なのに――この黒い感情に飲まれて、沙夜をここまで追い詰めてしまった。
「……わたし……悠人のためなら……」
かすれた声が、もう一度響く。
「……死んでもいいから……」
その言葉に――背筋が凍った。
沙夜の瞳は、完全に光を失っていた。
焦点は合わず、ただ虚ろに俺を見上げている。
涙は流れ続けているのに、もう感情が読み取れない。
震える唇から漏れる言葉は――もう、正気ではなかった。
「悠人が……いなくなるなら……わたしはもう……」
ぞっとする言葉が、淡々と紡がれる。
俺は――取り返しのつかないことを、してしまったのかもしれない。
胸の奥で、後悔と罪悪感が渦巻く。
「……ごめん」
気づけば、俺の口から言葉が漏れていた。
沙夜の体が、ぴくりと震える。でも、その瞳はまだ虚ろなままだった。
何も映していない。何も信じられない――そんな絶望に満ちた瞳。
「ごめん……沙夜……」
俺は膝をつき、床に崩れ落ちた沙夜の肩に手を伸ばす。
触れた瞬間、沙夜の体がびくりと跳ねた。
怯えるように、体を小さく縮こまらせる。
その反応に、胸が締め付けられた。
「俺が……悪かった……」
震える沙夜の体を、ゆっくりと抱き寄せる。
最初は硬直していた。石のように固まり、呼吸すら止まっているようだった。
でも、俺は離さなかった。優しく、でも確かな力で、沙夜を抱きしめる。
「言い過ぎた……本当に……ごめん……」
沙夜の髪を撫でる。乱れた髪を、優しく整えるように。
背中に回した手で、小さな体を包み込む。
しばらくの沈黙。
やがて――小さな震えが、胸元から伝わってきた。
「ゆう……と……?」
か細い声。信じられない、という響きが混じっている。まるで、夢を見ているかのような、現実感のない声。
「……ここにいるよ」
俺は沙夜の背中を優しく撫でる。
「どこにも行かない……ちゃんと、ここにいるから……」
その言葉に――沙夜の体が、一気に力を失った。
「あ……ああ……」
声にならない声が漏れる。
次の瞬間――沙夜の両腕が、俺の背中に回された。
ぎゅっと。必死に。まるで、離れたら消えてしまうかのように。
小さな手が、シャツを掴み、爪が食い込むほど強く抱きつく。
「わたし……わたし……」
震える声。涙が、俺の肩に落ちる。
「てっきり……もう……捨てられたんだと思ってた……」
その言葉に、胸が痛んだ。
「ほんとに……ほんとうに……もう終わりだって……」
嗚咽が激しくなる。溜め込んでいた感情が、一気に溢れ出す。
「悠人に……嫌われて……見捨てられて……」
声が途切れる。涙が止まらない。
「もう……二度と……話してもらえないんだって……」
沙夜の体が、激しく震える。
抱きついた腕に、さらに力が込められる。
「怖かった……すごく……怖かった……」
子供のような声。ありのままの感情を吐き出す声。
「悠人がいなくなったら……わたし……わたし……」
言葉が続かない。ただ、泣くことしかできない。
俺は何も言わず、ただ沙夜を抱きしめ続けた。
背中を撫で、髪を撫で、ただそこにいることを伝え続ける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
沙夜の謝罪が、何度も繰り返される。
「冷たくして……無視して……ひどいことして……」
嗚咽混じりの声。でも、さっきまでの虚ろさはなかった。
ちゃんと、感情がこもっている。人間らしさが戻ってきている。
「わたし……最低で……ひどくて……」
自己嫌悪の言葉が、次々と溢れ出す。
「悠人を……傷つけて……苦しめて……」
涙が止まらない。シャツがびっしょりと濡れていく。
「なのに……なのに……許してもらえるって……思ってた……」
その言葉に、沙夜自身が気づいたように、さらに激しく泣き出す。
「幼馴染だから……って……当然みたいに……」
震える声。後悔と自己嫌悪に満ちた声。
「わたし……ほんとに……最低……」
俺は、沙夜の頭を優しく撫でる。
「……もういいよ」
小さく囁く。
「もう、わかったから……」
沙夜の嗚咽が、少しだけ落ち着く。
でも、涙はまだ止まらない。
「悠人……」
か細い声で、名前を呼ぶ。
「……ほんとに……捨てないの……?」
不安に満ちた声。まだ信じきれない、という響き。
「捨てないよ」
俺は即答した。
「ちゃんと、ここにいる」
その言葉に――沙夜の体から、ふっと力が抜けた。
安堵したように、俺の胸に顔を埋める。
震えは続いているけれど、さっきまでの絶望的なものとは違う。
時間が、ゆっくりと流れていく。
沙夜の嗚咽が少しずつ落ち着き、激しかった涙が徐々に静かになっていく。
呼吸が整い、震えが収まり、体温が戻ってくる。
「……悠人」
落ち着いた声で、もう一度名前を呼ぶ。
「ん」
「……離さないで」
小さな声。でも、さっきまでの絶望的な響きはなかった。
ただ、純粋に――そばにいてほしい、という願い。
「離さないよ」
俺は沙夜を抱きしめたまま、静かに答える。
沙夜の腕が、俺の背中をぎゅっと抱きしめる。
今度は、絶望からではなく――安心を求めて。
「……ありがとう」
かすれた声で、沙夜が囁く。
涙は、まだ完全には止まっていない。
でも、もう絶望の涙ではなかった。
安堵の涙。安心の涙。
そして――もう一度、繋がれたことへの、感謝の涙。
俺は沙夜を抱きしめ続けた。
胸の奥には、まだ罪悪感が残っている。
やりすぎてしまった後悔も消えてはいない。
でも――今は、ただ、
この温もりを、確かめ合うことしかできなかった。
静かな部屋に、二人の呼吸だけが響いていた。
主人公、いいやつ。沙夜ちゃん普通に可愛い。
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〜束縛をやめたはずなのに、彼女が俺の影を追ってくる。
〜冷たくなった幼馴染と距離を置いてみた〜 そして幼馴染は病んだ。 Mogger_陰毛ソムリエ @Kira1368
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