第21話 反省と嗜虐心
沙夜の震える体が、俺の胸に押し付けられている。
シャツを握りしめた指先の力が、かすかに緩んだり強まったりを繰り返す。
嗚咽の余韻が小さく漏れるたび、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
――嫌われてなんかいなかった。
そう思うだけで、胸の奥に広がっていた重たい塊が、少しずつ溶けていくような感覚があった。
安堵が体の内側から湧き上がり、呼吸が楽になる。
でも同時に、沙夜の異様な様子に戸惑いも消えない。
こんなに弱々しく、震えて、必死に縋りつく沙夜を、今まで見たことがなかった。
「……わたし……ずっと後悔してた……」
かすれた声が、胸元から漏れる。
肩を小刻みに震わせながら、沙夜は顔を埋めたまま言葉を吐き出す。
「悠人に……冷たくして……無視して……」
嗚咽が混じる。涙でシャツが濡れていくのがわかる。
俺は何も言えず、ただ沙夜の震える体を感じているだけだった。
「……ごめんね……本当に……ごめん……」
懺悔の言葉。でも、その声には――どこか、諦めきっていない響きがあった。
沙夜がゆっくりと顔を上げる。
涙で濡れた瞳が、俺を見上げる。
その瞳は――確かに揺れていた。後悔と懺悔が滲んでいた。
でも、完全に曇りきってはいなかった。
その奥に、かすかな――期待のような光が、残っていた。
「……悠人は……」
震える声。でも、どこか確信めいた響きが混じる。
「悠人は……許してくれるよね……?」
胸の奥がざわつく。
その言葉の響きに、違和感が走った。
「……わたしたち……大切な幼馴染だもん……」
涙を浮かべながらも、沙夜の声には――どこか、当然のような響きがあった。
まるで、許されることが前提であるかのような。
「七瀬より……美月より……大切だもん……」
その瞬間、胸の奥で何かが跳ねた。
涙を流しながらも、沙夜の瞳には――どこか、自分が特別であるという確信が滲んでいた。
幼馴染という関係性を盾に、許されると信じている。
後悔はしている。でも、本当に心の底から反省しているのか――。
俺は、沙夜の顔をじっと見つめた。
胸の奥で、何かが渦巻き始めた。
安堵は確かにあった。嫌われていなかったことへの、純粋な安心感。
でも同時に――別の感情が、じわじわと湧き上がってきた。
――この子は、本当に反省しているのか?
冷たくされた日々。無視された日々。短い返事しか返ってこなかった日々。
あの孤独感。あの焦燥感。あの、胸の奥が締め付けられるような痛み。
それを――幼馴染だから、という理由で、簡単に許されると思っているのか?
俺の中で、何かが冷たく凍りついていく。
同時に――別の感情が、熱を帯びて膨らんでいく
嗜虐心。
俺は、ゆっくりと沙夜の肩に手を置いた。
沙夜の瞳が、希望と光に揺れる。
ああ、許してくれる――そんな期待が、その瞳に浮かんでいた。
だからこそ――俺は、冷たく言い放った。
「……そっか」
平坦な声。感情を押し殺した声。
沙夜の瞳が、一瞬だけ揺れる。
「もう……いいよ、沙夜」
その言葉に、沙夜の体がぴくりと震えた。
「え……?」
俺は、沙夜の肩から手を離した。
そして――一歩、後ろに下がる。
「幼馴染だからって……そんな理由で、何もかも許されると思ってたの?」
自分でも驚くほど冷たい声が、自分の口から出る。
胸の奥で渦巻く嗜虐心が、言葉を紡がせる。
沙夜の顔が、みるみる青ざめていく。
「え……ちが……悠人……?」
震える声。手が宙を彷徨う。
「……正直、もう無理だよ」
その瞬間――沙夜の瞳から、光が消えた。
「え……あ……ああ……」
声にならない声。体が震える。
さっきまであった、希望が――完全に消えていく。瞳が見開かれ、焦点が合わず、ただ虚ろに俺を見つめる。
呼吸が乱れ、唇が震え、顔面から血の気が引いていく。
「悠人……やだ……そんな……」
膝が崩れ落ちる。
床に手をつき、震える声で懇願する。
「ごめん……ごめんなさい……お願いします……」
涙が床に落ちる。肩が激しく揺れる。
俺の中で、嗜虐心がさらに膨らむ。
この姿を見て――胸の奥が、熱く疼いた。
「……悠人……お願い……」
沙夜が這うように近づいてくる。
震える手が、俺のズボンの裾を掴む。
「やだ……離れたくない……捨てないで……」
完全に崩れ落ちた沙夜。
さっきまでの、どこか確信めいた光は完全に消え――今、そこにあるのは、純粋な絶望だった。
「悠人……わたし……わたし……」
嗚咽が激しくなる。体が小刻みに震える。
指先は痙攣するように震え、爪がズボンに食い込むほど強く掴みつく。
「悠人のためなら……なんでもする……」
その言葉に、胸の奥が跳ねた。
「なんでも……するから……だから……お願い……」
瞳は完全に曇り、焦点が定まらない。
手は震え、呼吸は浅く、言葉はかすれている。
「お願い……捨てないで……わたし……悠人がいないと……生きていけない……!!」
その言葉は、もう正常な判断から発せられたものではなかった。
完全に壊れかけている――いや、もう壊れている。
「……本当に?」
俺は、わざと冷たく問いかける。
沙夜の瞳が、一瞬だけ光を取り戻す。
必死に、藁にもすがるような光。
「ほんと……ほんとうに……!」
必死に頷く。涙で顔はぐちゃぐちゃだった。
鼻水も垂れ、髪は乱れ、もう何も気にする余裕がないように見える。
「なんでも……する……悠人の言うこと……全部……全部聞く……」
声は震え、途切れ途切れ。
でも、その必死さは――痛いほど伝わってきた。
「他の子と話さない……誰とも話さない……悠人だけがいれば……」
沙夜の言葉は、どんどんおかしくなっていく。
正常な判断ができていない。完全に、追い詰められている。
「学校も……やめてもいい……家も……出ていく……」
息が荒くなり、言葉が途切れる。
「悠人が……望むなら……わたし……何も……いらない……」
その瞳は、もう何も映していなかった。
ただ、俺だけを――俺だけを見つめている。
「わたし……悠人のもの……だから……ずっと……ずっと……」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
沙夜は床に崩れ落ち、俺の足元にしがみつく。
震える手が、ズボンの裾を強く掴む。
もう一方の手は床に爪を立て、体を支えようと必死だった。
「お願い……お願い……」
何度も何度も繰り返す。
瞳は涙で滲み、焦点は定まらず、呼吸は浅く荒い。
「捨てないで……わたしを……見捨てないで……」
嗚咽が止まらない。体全体が震え、まるで壊れた人形のようだった。
「ゆぅ……悠人……」
何度も名前を呼ぶ声。
それは、もう懇願ですらなく――ただの、すがるような呻きだった。
沙夜ちゃんの真の顔がようやく炙り出せたって感じですね。しっかりと反省してほしい。
〜作者雑談の会〜
今日秒速◯センチメートルの実写版見たんですけど
めっちゃ泣いちゃいました。
あんな感じの話いつか作ってみたいです!
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