やんでれら

カミトイチ@SSSランク〜書籍&漫画

あめふりのひに


【会社帰り】


SE 雨音。

SE 水濡れのアスファルトを歩いてくる誰かの足音。


「おにいさん、こんばんは。お仕事、いま終わったんですか?」

「はい、心珠も学校の帰りです。色々してたら遅くなっちゃって……傘、無いんですか?」

「忘れたみたい……成る程」

「それなら心珠の傘に入って行きますか?」


(拗ねたように)

「え、なんですかその反応。嫌なんですか?」

「若い子と並んで歩いていたら、変な風に見られる……べつにやましいことなんてないんだから、気にしなくても大丈夫じゃないですか。誰かに聞かれたら心珠もちゃんと説明しますし」


「……それともホントに何かやましい事が?変なこと妄想しちゃってる?」

「あううっ、頬をつままないでください〜!暴力反対〜!」

「心珠に言われたくない?あー、酷ーい!」

「そんな事したことないじゃないですか。その首元の絆創膏がどうしたんですか?あ……それ、そんなに痛かった……?」

「あ、いいんですか傘持ってもらって……って、そんな奪い取ること無いじゃないですか!なんなんですか、さっきから!ひょっとして照れ屋さんですか?」

「あはは、冗談です冗談……ありがとうございますね、おにいさん!えへへ」

「嬉しそうだな?だって嬉しいんですもん。おにいさんに傘さして貰ってると、あの日を思い出すんで……ふふっ」

「それじゃあ、れっつごー!いきますよおにいさん」


SE 雨の中傘をさしながら歩く音。

(以下左方向から声が聞こえる※隣を歩いてるため)


(不思議そうに)

「……ふーん、成る程。上司の方が急に優しくなったと。それって悪いことなんですか?優しいのは嬉しくないんですか?」

「前まで厳しかったのに異常なほど優しい……なるほど。何かあるのかもしれない、ですか」

「確かに不安に思う気持ちはわかります。ですが、まあ……考えても仕方ありませんよ」


「そんな答えの出ないことで悩んでいるより、美味しいごはんでも食べませんか?」

「心珠が作るので一緒に食べましょう。好きなもの作りますよ」

「そう、おにいさんのおうちで。一人で食べるより心珠が居たほうが気が紛れるでしょう?」

「外食にしないか?高いのでダメです。先行きの見えないこのご時世ですよ、雑にお金を使ってはダメっ。出費はできるだけおさえないと」


(得意げに)

「なーに、安心してください!心珠の料理の腕前、ご存じでしょう?大抵のものはそこらのお店よりも美味く安く作れちゃうんだから!ちなみに隠し味はおにいさんへの愛情です、てへへ」

「あー、なんで目をそらすんですか!」

「ていうか、拒否すれば叫びますよ?えっちなとこつれてかれちゃううー!って」

「さっきと言ってることが違う?はて……」

「いい?よし、やたっ!……その微妙な顔が気になりますけども。まあ、いいでしょう」

「じゃあ、あっちの方のスーパーで買い物して帰りましょうか。そこのスーパーの方が近い?ちょっと遠回りですが、この時間あっちの方が色々と安いんですよ」

「おにいさん運動不足気味なので、ちょっとお散歩した方がいいかもだし……気をつけないと、そろそろお腹でちゃうかも?あは、渋い顔した。大丈夫、心珠はそんなことで嫌いになったりしませんから」

「でも、健康には気をつけないとです」

「さあ行きましょう。一緒にお散歩お散歩〜」


【スーパーへ】


SE 店内に入る音。

SE 店内の雑踏音。


「ん?どうしたんですか、おにいさん。……あちらの女性がどうかしたんですか?」

「あれ、よく見たらおにいさんと同じ会社の受付の女の人じゃないですか。男の人とご一緒ですね……腕くんで楽しそう」

「おにいさん?顔色が……気分悪いんですか?なんでもない?」

「っていうか、あの女性の方……」

「あ、いえ。べつに大した事じゃないんですが。ただ、この間は別の男の人と腕くんで歩いてたなーと」

「……はい。一昨日ですかね」

「あのチャラそうな男性とは違って、一昨日の方はコワモテの体格がいい男性でしたけど。色んなタイプがお好きなんですねえ」

「会社ではそんな風に見えないのに。遊んでるっぽいですね……」

「まあ、お綺麗ですから不思議ではないですが。よくある事ですね。清楚な感じ出してる人が実は裏で淫乱とか」


「……え、心珠ちゃんはませてるなぁ?そうですか?普通ですよ普通」

「心配?心珠のこと、心配ですか?えへへ。心配されちゃった。心配っていうことは、大切ってことですよね。嬉しい」


(とても嬉しそうに)

「おにいさんだけが、心珠のことを心配してくれる……ふふ」

「やっぱり、心珠が信じられる人間はおにいさんだけだなぁ」


【お泊り】


SE 部屋の扉を開いた音。


「たっだいまー!」

「ん……どうしたんですか?心珠の傘みて不思議そうな顔して……」

「え、折りたたみ傘、入れっぱなしのはずだった?……へえ……まあ、人の記憶なんて曖昧なものですからねえ」

「っていうか、おにいさんそれどころじゃないですよ!ほら急いでください!心珠、ここで待っているのでえっちな本や雑誌を隠してきて。え、そんなもの無い?ほんとに?」

「あはは、冗談ですって。心珠はそういうので怒らないので大丈夫ですよー。それじゃあ、お邪魔しまーす」

「あ、買ったもの入ったバッグください。重かったですよね、持ってくれてありがとうございました。このお礼は今夜、心珠のカラダで……いてっ!」

「ちょっと!頭チョップすること無いじゃないですかぁー。学力落ちたらどう責任とってくれるんです?ちゃんと籍入れてくれるんですか?」

「重い重い?こらー!そんな軽率に女の子に重いとか言っちゃだめですよ、まったくもう!」


SE 買い物バッグをあさる音。


「えーと……あった。歯ブラシかえときますね。前にみたとき毛がボサボサだったので。あと洗顔とジャンプーとかも……え、よく覚えてるな?」


(得意げに)

「ふっ、心珠は天才なんですよ。おにいさんの事に関しては特に。なんでも記憶しております!」

「……冗談に聞こえない?ガチですよ!」

「え、はい……このボサボサ歯ブラシは持って帰りますけど。傷んでダメになった歯ブラシも色々使えるんですよ」

「さて、次は食材を冷蔵庫に。お料理開始です。おにいさん、少し待っててくださいね!」


【食事終了】


SE トイレの水が流れる音。

SE 便座を閉める音。

SE 遠くでトイレの扉が開く音。


「……あ、おかえりなさい。お腹痛いんですか?お薬ありますけど、飲みますか?……大丈夫?でも一応飲んだほうがいいですよ。はい、どーぞ」

「実はおにいさんがトイレ入ってる時、お腹痛いのかなぁって思って用意してました。お水もどぞー」

「イヤホンで何を聞いていたのか?秘密です。ふふっ」


(愛おしそうな感じで)

「はい、そうですよ。このイヤホン、おにいさんがくれたやつです。ずっと大切に使ってますよ」


「……え?有線だと線が邪魔だから新しいの買ったら?いえいえ、心珠はこれがいいんです。むしろこれじゃなきゃダメみたいな」

「もしかして、線で繋がれてないとイヤホン失くすから……?」

「ですです。ずっと繋がっていないと心珠、心配になるんです。だからイヤホンつけられるときはずっとしてるんですよ」

「……って、あ、やば。携帯の充電が……充電器使っていいですか?」

「ん?この充電器、心珠が前に置いていったやつ……返してなくてごめん?いえいえ、ぜんぜんいいですよ。というか、返さなくても大丈夫です。心珠の家にもちゃんとあるので。ずっと使っていてください」


「あー。そういえば、寝室の方なんですけど……え、あ、すみません。ちょっと用事があって入っちゃいました。ひっ……」

「そんなに、怒らないでください、勝手に入ったこと謝りますからぁ」

「うう、う……」

「……ほんと?怒ってない?……ちらっ」

「あはは、騙されたーっ。泣いてませーん」

「……うっ、すみませんすみません。ほんとにすみません。もうからかいませんから、家から追い出そうとしないでください!」

「え、それで寝室がどうかしたのか?あ、そうそう。PCとかゲームとかおにいさん寝室に色々あるじゃないですか。コンセントがぐちゃぐちゃになってたのがずっと気になってて、マルチタップ使って纏めちゃいました。そそ、タコ足配線」

「お金払う?いえいえ、心珠が勝手にやったことなので気にしないでください!」

「気が利く?えへへ、そーでしょう。心珠はおにいさんの役に立つことが生き甲斐なんです。あー、また重いって言ったぁ!重いゆーなぁ!まったくもう!」

「あ、ちなみに折りたたみ傘ありましたよ。はい、どーぞ。褒めて褒めて。ふふふ」


「あの、おにいさん。今日お泊りしてもいいですか」

「お母さん夜帰ってこないので。……いいじゃないですか。もう何回も泊めてくれてるのに今更そんな顔しないでください。……おにいさん、お母さんのお兄ちゃんなんでしょう?なら大丈夫じゃないですか」

「お母さんには聞いたのか?はい、良いって言ってましたよ。……あ、おにいさん待って。いま連絡はしないほうが良いんじゃないかな。お母さんお仕事中だし。お客さんと一緒にいる時に連絡するとすっごく怒るので」

「……みてください、心珠の腕のこれ。三日前、急ぎの用事があって仕事中に電話しちゃったんですけど、これはその時ので。帰ってきたお母さんすっごく怒っていて、それで……痛そうでしょ?だからやめてほしいなーって」

「ほんとですか!ありがとうございます、おにいさん!おにいさんは心珠の気持ちちゃんとわかってくれる、さっすがぁ!」

「痣、痛くないのか?はい、もうそれほど痛みはないです。……でも、このつねられた痣を見ていると、四日前にお泊りした時に、おにいさんにつけちゃった痣を思い出しちゃいうんですよね。お揃いみたいでちょっと嬉しいかも……大きさはちょっと違いますけどね?へへ」

「え、やっぱり泊めてやらない?ああっ、すみません!怒らないでえ!もう言いませんからぁ!」


【寝室】


SE 扉をノックされた音。


(扉越しに聞こえる声)

(甘えたような声で)

「おにいさん……起きてますか。あ、良かった。お部屋入ってもいいですか」

「心珠、ちょっと寂しくなっちゃって……どうしても、だめですか?」

「少しだけ?ありがとうございます!失礼します」


SE 扉をガチャリと開ける音。

「おにいさん、遅くにすみません。もう寝てましたよね?……大丈夫、最近眠れないから?」

「ストレスとか溜まってて、それであまり眠れなくなっちゃってるんですかね」

「ふむう」

「……色々試してみてるけど、全然効果がない。なるほど」

「では、心珠に少し任せてくれてみませんか?実は心珠、いいアイデアがあるのです。ものは試し、やってみてもいいですか?」

「さっき髪を乾かしてくれたお礼です」

「……良いよ?ありがとうございます!では、準備しますね」


「はい、おまたせしました。ちょっとベッド座りますね」


SE ギシッと左横でベッドの軋む音。


「ではでは、心珠のお膝枕に頭を乗せてください」

「はい、そうです。ここ、心珠の太腿に頭を……恥ずかしい?けどおにいさん、心珠に任せてくれるって言ったじゃないですか。あれ、嘘つかれた……?」


SE 動き頭を膝枕へと乗せる音。


「はい、良い子ー!ではでは、心珠の特別リラクゼーションタイム!頭皮マッサージをします……いきますよー」


SE 以下頭皮を指圧マッサージしている音が続く。


(以下小声で)

「……ぎゅ、ぎゅ……ぎゅ、ぎゅ……」(※適当な時間繰り返し)


「……どうですか、気持ちいいでしょ……?」


「……ぎゅ、ぎゅ……ぎゅ、ぎゅ……」(※適当な時間繰り返し)


SE 頭皮をマッサージする音終わり。


「……はい、おしまい。良かったですか?えへへ……」

「ではでは。お次は、タッピングです。頭を心珠の指先で優しくとんとんしていきますね」


SE 以下頭皮を指先でタッピングする音。


「……とん、とん、とん……とん、とん、とん……」(※適当な時間繰り返し)


「……けっこう心地よいでしょう?」


「……とん、とん、とん……とん、とん、とん……」(※適当な時間繰り返し)


SE 頭皮を指先でタッピングする音終わり。


「それじゃあ次、これです。じゃん、綿棒」

「これで、おにいさんのお耳の穴をほじほじしていきます。まずは右耳から……はい、横向いて」


SE 横を向く音。


(以下右側から音が聞こえるようになる)

「……はーい、綿棒さんいれますよ。力抜いてください……ずぽー」


SE 綿棒が耳の中に入っていく音。


「……ゆっくり、優しく……ほじほじしますね」


SE 以下耳の中を綿棒で擦る音。


「……ほじ、ほじ……ほじ、ほじ……」(※適当な時間繰り返し)


「……おにいさん、あんまりお耳掃除してないでしょ……」

「いえ、お掃除のしがいがあります」

「……汚い?……汚くないですよ。おにいさんのなら、汚くないです……」


「……ほじ、ほじ……ほじ、ほじ……」(※適当な時間繰り返し)


SE 以下耳の中を綿棒で擦る音終わり。


「はい、右耳おしまーい。次は左です……ごろんしてください」


SE 寝返りをうつ音。


(以下左側から音が聞こえるになる)


「はい、よしよし。いーこいーこ」


SE 髪を撫でられる音。


「では、左耳……綿棒さんずぽーっ」


SE 綿棒が耳奥へ入っていく音。

SE 以下綿棒で耳奥を擦る音。


「……こし、こし、こし……こし、こし、こし……」(※適当な時間繰り返し)


「……え、なんですか?」

「……さっきから、心珠から良い匂いがする?あ、それはボディークリームの香りですね……好きな匂いでしょう。最近変えたんですよ……え、落ち着く匂い?良かった。えへへ」


「……こし、こし、こし……こし、こし、こし……」(※適当な時間繰り返し)


SE 以下耳の中を綿棒で擦る音おわり。


「はーい、おしまい」

「じゃ、今度は……上に向いてください。そそ、心珠の顔をみて」


SE 両耳を塞がれる音。

SE 以下両耳を塞がれた状態で声が聞こえる。


SE 耳を塞いでいる手の圧を一定のリズムで変える。


「……ぎゅ、ぎゅ……ぎゅう、ぎゅう……」(※適当な時間繰り返し)


「……ね、おにいさん……目を見て。心珠の」


「……ぎゅー、ぎゅー……ぎゅううう」(※適当な時間繰り返し)


「おにいさん、一つ聞いていいですか」


(明るい声)

「今日、スーパーで会った女性……この間、お泊りしてましたよね?」


SE 時計の秒針音。

(数秒の間)


「……あはっ、びっくりした?あらあ、おめめパッチリ……目が覚めちゃいましたか?」

「はい、偶然ですけどね見かけちゃったんですよ。街を二人で歩いているところ……ちな、ホテル入っていきましたよね?ちゃんと携帯で写真もとってありますよ、見ますか?」

「あはは、なんですかぁその顔。おっもしろーい♡っていうか」


(急に冷たく)

「……ダメじゃないですか、あんなのにひっかかったら」


(明るい声)

「ま、あの女の素性とかこれまで知らなかったわけだし、仕方ないといえば仕方ないですよね〜。でも、今日あれをみて、もうわかったでしょう?」

「ああいうのってけっこういますからね。ちやほやしてくれるなら誰でもいいみたいなの」

「これにこりたら、これからは女の人に誘われてもほいほいついていかないこと……わかりましたか?」


(笑っているけど笑ってない声で)

「もし、また同じ事をやったら、今度はキツイ罰を与えますからね」


「そう、前に一度やってみせましたよね。指か爪か……やっちゃいますから。はい、もちろん心珠のですよ。心珠がおにいさんを傷つけるわけないじゃないですか」

「おにいさんの見てる前で、心珠が痛い目にあうのをゆっくりと見せる。例え目をつぶっても、音と声で伝わる心珠の痛み、苦痛……ふふっ。その顔……思い出しましたか?」


「……嫌だ?ならちゃんとしてください。おにいさんは心珠のおにいさんなんですから、あんなのに唆されないでくださいよー。もうダメですからね……」


SE 両耳を塞いでいた手を外す。


(耳元で、冷たい声で)

「わかった?」


(優しく甘い声で)

(狂気が見え隠れする感じで)

「あはっ。はい、良い子。よしよ〜し、お利口さんですね、ふふっ……あは」


「怖かったね。でも大丈夫、心珠がいます……心珠だけが、おにいさんをちゃんと……純粋に好きでいてあげられるんです」

「……ほら、心珠の顔見て……目を見て……」


SE 以下頬を優しく撫でられる音。


「……いいこ……好きですよ、おにいさん……なでなで……」

「……すき……すき……おにいさん、すき……ふふ……」



【駅のホーム】


SE 駅のホームの音


(背後から声)

「……おにいさん。そんなに前にいたら危ないですよ」 


SE ばっ、と振り返る音。


(至って冷静な声色で)

「ほら、少し下がってください。間違えて線路に落ちたら大変ですよ」

「……なんでここに心珠がいるのか?たまたま、おにいさんが歩いているの見かけて……ふらふらしてたから心配でついて来ちゃいました」

「……そんな顔しないでください。驚くのもわかりますけど、さすがに傷つきます」

「……いえ、この前お泊りした時に心珠が怖がらせてしまったので、自業自得ですよね……すみません」

「……心珠は、ただ……おにいさんが心配だっただけで……」

「……それより、おにいさんこそどうしたんですか?今日、お仕事のはずじゃ?……顔色すごく悪いですけど、何かあったんですか?」


(少し驚く感じで)

「え、会社に行ったら上司に退職を勧められた……?」


「なるほど……それは……辛いですね。……退職されるんですか、おにいさん」

「土下座されて頼まれた?ああまで言われたら辞めるしか……ふむ。では、もう決めたんですね。その言い方だと」


「いいじゃないですか。心珠、前におにいさんが上司さんに怒られてたのを、たまたま見たことあるんです。会社の前で怒鳴られていたのを……あれ見た時思ったんですよね。人の目がある中であんなことする人がいるこの会社には居ないほうがいいんじゃないかなって。……正直、心珠からすれば、やめて良かったって思いますよ。まだ社会人経験の無い学生の分際であれですが……」

「でも俺にはもう何もない?」

「仕事を辞めたら何も残らない?」


「……けど、心珠がいますよ?」

「心珠がおにいさんの側にいますよ?心珠ができること、なんでもいってください……なんでもしますよ。心珠はおにいさんに救われたんですから。今度は心珠がおにいさんを救いたいんです……」


「……俺なんかの事で心珠に迷惑をかけたくない?」

「心珠、おにいさんに迷惑をかけられたなんて、これまで感じたことないです。むしろおにいさんの為に何かをしているときは幸福を感じています」


「だから側に居させてください。さっきみたいに……何処かへ行こうとしないでください」


「……言ってときますけど、心珠はおにいさんが居なくなったら、必ずおにいさんのところへ行きますよ。すぐに後を追います。それでもいいなら、お先にどうぞ」


「え……心珠の、手が震えてる……?」

「……ほんとだ。最近はお母さんに怒られても、クラスの人にいじめられても震え無くなったのに。どうして……」

「……もしかして、怖いのかな。おにいさんがどこかに行っちゃうかもしれないって事が」


「おにいさん、手に触れてもいいですか」

「今のおにいさんには、人の温もりが必要だと思います。だから……」


「……いえ、違いますね……多分、逆。心珠が欲しいのかも。おにいさんがいなくなりそうで、怖くて、不安だから……手を繋いでいて欲しいんだと思います。心珠が安心したいだけ」

「ごめんなさい、心珠……おにいさんが辛くて苦しんでいるこんな時に、ホントに身勝手で最低な人間ですね……」


「……おにいさん。また、連絡してください……」

「もう行きますね。今、心珠がここにいたら、邪魔だと思うので……」


SE 慌てて手をつかむ音。


「……おにい、さん……?」

「邪魔じゃない……?ホント?心珠、おにいさんと手を繋いでいていいんですか……?」


SE 手を握る音。


「……ありがとうございます……」

「温かいですね、おにいさんの手。こうして包まれていると、とても安心します。えへへ」


(熱っぽい声で)

「……あの日以来ですね。おにいさんから、私の身体に触れてくれたのは……ふふっ」



【雨降り公園(過去)】


SE 以下雨音。(セリフを邪魔しない程度の音量)


(以降心珠以外の人物のセリフも全て心珠の語りで)


――片方脱げた靴。雨の降る中、ブランコに座る心珠。


小学生の頃から。ずっと言われていた。


「髪が臭い」「独り言が気持ち悪い」「目障り」


いろんなことをいろんな人に言われて。

だから考えてなおして、積み重ねた。


けど、わかったのは、あの人間たちにとって別に理由はなんでもよくて、都合よく使える人が欲しかったという事実。


ヒエラルキーの為の弱者。鬱憤を晴らすサンドバッグ。恋人ができない感情の落としどころ、理由付け。


どこにいても、なにをしていても、私は使われてばかり。今回もそう。遊びというていで、クラスメイトに靴を奪われ隠された。


でも隠された場所はわかっている。きっとあの砂場にある山の中だろう。


埋められている場所はわかってる。けど、一向に掘り出そうという気力がわかなかった。


だんだんこの境遇に慣れてきたと思っていた。でも、どうやら違ったみたいだ。心が目に見えないように、その傷もまた目には見えない。……いや、見ないふりをしていたのかもしれない。


このまま、学校へ向かおう。そして、あの人たちがやったように机に字を書いてこの世界から去ろう。お母さんにも手紙を送って。高いところは苦手だから、毒物がいい。林檎ジュースにでも混ぜて。苦しいだろうけど、最期に好きなものを飲みながらいけるなら幸せだろう。


暫く時間が経ち、砂山が崩れて靴が見えていた。

けど、あれを拾う気にはならない。微かに残った自尊心がそれをさせなかった。


そんな時だった。


「……心珠ちゃん?そこで、何してるの」


おにいさんがあらわれた。仕事帰り、傘をさしたおにいさんは駆け寄ってきて、持っていた傘を心珠にさしてくれた。


……あったかい。


びしょびしょになった制服。なのになぜか温度を感じた。

対して、傘が無くなったおにいさんは濡れていた。スーツ。雨で濡らしてしまったら後が大変なのに。


(……なのに心珠を……)


「大丈夫?こんなとこで一体……」


そこでふと気がつく。心珠の靴の片方が無いことに。苦い顔をして……頭を優しく撫でてくれた。


あたりを見渡し砂山の靴をみつけとってきてくれたおにいさん。泥だらけになった靴。白かったそれは砂で汚れていた。けれど……彼の履かせてくれたそれは、童話にでてくる硝子靴のように、美しく綺麗に見えた。

王子様。ふいに思い浮かんだそのワードに恥ずかしくなる。けれど、確かな運命を感じてしまった。


「……そっか。それは、酷いな。……わかった、護身用にこれあげる……」


その日、始めて部屋に上げてくれた。

そこでくれたボイスレコーダー。おにいさんは戦い方を教えてくれた。


それから、お風呂に入れてくれて、髪を乾かしてくれて、始めて人に甘えられて、心珠は愛を知った。

胸の奥が締め付けられて、吐息が熱を持つ。不意に確認した鏡には、今まで見たことがないくらい赤くなった自分の顔。


夜、眠る心珠にかけてくれたシーツはドレスのようだった。月明かりで白くきらきらと輝いていて、心珠の心はあなたの物だって意識した。

あの日、与えてくれた温もり。それを今度は心珠があなたに。


「君は汚くもないし、気持ち悪くもない」

「髪だってこんなに綺麗だし」

「可愛いひとりの女の子だ」

「少なくとも、俺にはそう見えてるよ」


あの雨の日、孤独に凍てつく感情を溶かしてくれたように……今度は心珠が、あなたの側でずっと。


あなたと心珠は似ているの。心珠の心を分かってくれるのは、あなただけ。でも、あなたの心を分かってあげられるのも心珠だけ。


ずっと……ずーっと。みていたからわかるよ。


「――君は優しすぎるから……」


あなたはそう会社の同僚に言われてた。けど、だからなに?って心珠は思った。そのせいで人間関係が上手くいかないとでも奴は言いたかったのだろうか。

心珠は、彼の優しいところが好きなの。弱くて、可哀想なくらい脆くて……それでも、優しいところが。

それを否定する場所なのであれば、あなたはそこにいるべきではない。あなたの居場所ではない。だから、壊す。


(怒りをあらわにした声で)

……そう。心珠のおにいさんは、お前らのような奴らが馬鹿にしていい人じゃないんだよッ。ぐちゃぐちゃにしてやる!

社会的にも、生物的にも!おにいさんを追いやった、お前たちの何もかもを……徹底、的、にッ!!


……大丈夫。今度は心珠がおにいさんの居場所を作るから。心配しないで。心珠がずっと側にいる。お金はあるし、心珠がずっと養うね。


あなたがそうしてくれたように、傷つかない世界を作ってあげる。苦しいことばかりのこの世界で、あなたの居場所は心珠だけ。


心珠に甘えて、癒されて、満たされて、幸せになるの。

あ、でも勿論浮気は駄目だよ。心珠は理解があるから一度だけは見逃してあげるけど、二度目があったらちょっと痛いことするからね。

痛みをもって学べばちゃんと覚えられるから。そうして、本能に刻むの……裏切りは怖い事だってね。

忘れっぽくて怒られてた心珠でも、それでちゃんと覚えられたから。おにいさんなら、できるはずだよ。


「……あ、いけない。またぶつぶつと独り言……」


ざぁー、降り注ぐ雨の中。心珠は傘をさして会社の前で鞄の中を探るあなたを見つめていた。

困っているお顔もやっぱり可愛い。ふふ。


「……この折りたたみ傘、隙をみて部屋に戻しとかないとね」


心珠は彼へと向かって歩き始めた。


あなたから向けられる愛情は、どこかまだピントがずれているけれど……。


一生、来世、どこまでも心珠は、あなたの側にいて支えて行くから。


心珠はそのために居るんだから。


(異常なまでの深い愛情が込められた感じで。静かなトーンで)

……心珠は、あなたを愛してる。


SE 雨音が消える。


(聞き手の耳元で突然の囁き声が入る)

(前半片耳→後半両耳交互に聞こえる)

……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる……愛してる愛してる愛してる愛して愛してる愛して、愛してる……アイシテル……アイシテル……愛して、アイシテル……愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる……。


(はっきりと耳元で、一番感情を込めて)

愛してる。


(ほんの微かに聞こえるように)

ふふっ。


SE 雨音。

SE 水濡れのアスファルトを歩く足音。


「おにいさん、こんばんは。お仕事、いま終わったんですか?」




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